第七十四話 すれ違い
夕食時、第二女子寮の食堂は寮生達で賑わっている。
「ダームエル先生から聞いたのですが、後期には観学祭という行事があるそうですね」
いつも通りナタリア、エイミーと食事を食べていると、ナタリアが突然話題を振ってきた。
ナタリアも観学祭の事を聞いたのね。
「ええ、模擬戦大会があるのよね。私も参加するから、ナタリアは応援よろしくね」
あれから考えてたけど、ここは思い切って高く目標を立てた方が良いと思うのよね。
目標は優勝!
そしてそのまま勢いに乗ってナタリアに告白する!
私はナタリア本人に気付かれないよう、決意を固めてテーブルの下で手を握り締めた。
「お嬢様、出場するんですか?」
………え?
思いがけない一言に、私は一瞬凍り付いた。
「な、ナタリアさん、オリビアはほら、模擬戦とか好きだし、上級生の強い人と戦うのも楽しみにしてるんだよ」
「ですが観学祭は生徒の就職先確保の為ですよね? 冒険者志望のお嬢様には関係無いのでは?」
あ。
言われて気付いた。
確かに私は魔法学校を卒業したら、お父様とお母様が昔していたみたいに冒険者として旅に出る予定だ。
何処かの貴族や研究所なんかに雇ってもらうつもりは全く無い。むしろそういったものに縛られたくないとすら思っている。
確かにナタリアの言う通り、私が出場する意味は無いのだけれど…
「その、こういう機会だから上級生とも戦ってみたいなぁと…」
顔を鬱伏せつつ上目遣いでナタリアの顔色を窺うと、困ったように溜息を吐いていた。
「お嬢様のお気持ちは解りますが、観学祭は上級生にとって進路に関わる一大行事ですから、そこに興味本位だけで踏み込んでいくのは如何なものかと……」
興味本位……
違う。
私は本気だ。
本気で……優勝出来たらナタリアに告白しようと……
目が熱くなってくるのが判る。
ダメだ、泣くな。
ナタリアが言ってるのは模擬戦大会に関してだ。
そんなつもりで言ったんじゃない。
判ってる。
ここで泣いちゃダメだ。
「あの、お嬢様?」
ナタリアが心配そうな声をする。
耐えろ、私。
これは私が勝手に決めて、勝手に駄目になっただけだ。
ナタリアを困らせちゃいけない。
でも、これ以上ここにいるのは無理だ……
「ごめん、食欲無いから先に部屋に帰ってる」
「え、あの」
「ナタリアは気にせず食べててよ」
私は逃げるように席を立ち、ナタリアを置いてその場を後にした。
食堂から出て、誰の目にも入らなくなったところで、堪えきれずに涙が溢れた。
俺は何かいけない事を言ってしまったのだろうか。
「ごめん、食欲無いから先に部屋に帰ってる」
「え、あの」
「ナタリアは気にせず食べててよ」
突然席を立ったオリビアを追おうとしたら、腕を引かれた。
見ると俺の腕をエイミーが強く掴み、静かに首を横に振っていた。
俺は浮きかけた腰を落とし、逸る気を抑えようと息を吐く。
「ごめんね、ナタリアさんが悪いわけじゃないんだよ」
エイミーはそう言うが、その声音には苛立ちがはっきりと現れていた。
「今はそっとして置いてあげて」
「……解りました」
納得したわけじゃない。
でもきっと俺よりエイミーの方がオリビアを理解しているんだろう。
なら下手に動かず、言う通りにしていた方が良いかもしれない。
それから夕食の残りを食べたが、こんなに美味しくない食事はオフィーリアが死んだ日以来だった。
夕食を終えて部屋に戻ると、オリビアはベッドの上で横になり、布団をかぶっていた。
エイミーはああ言っていたが、きっと俺のせいなのだろう。
自分では間違った事は言っていないつもりだ。実際にオリビアの大会参加は歓迎されるものではない。
だけれど、オリビアが亡き両親を目標に強くなろうとしている事も、強い相手と戦うのを楽しみにしていた事も、俺は知っていたじゃないか。
まだ十三歳の子供だぞ。
大人と同じ分別や自制心を求めてどうする。
入学当初の決闘騒ぎで大勢の生徒と戦えて、オリビアはあんなに楽しそうにしていた。だけど俺が諌めてからは、同じ騒ぎは起こしていない。
それだけじゃない。苦手な座学だって、クリスに教わりながらもAクラスに居られるだけの成績は維持している。
いつも素直で、大した我が侭も言わない良い子だ。
なのに一方的に楽しみを奪って、それが本当に正しいのか。
オフィーリアの代わりに、親代わりになろうって決めたのに、こんな当たり前の事に気付かないなんて。
「お嬢様」
「……」
呼びかけてみても返事は無い。
「食堂からパンを少し頂いてまいりましたので、お腹が空いたら食べてください」
机の上にパンの入った籠を置き、部屋を出る。
もっと他に言うべき事があるんじゃないか。
疑問が過ぎるが、俺はその答えが見付けられずにいた。
そんな状態で傍にいてもオリビアも困るだけだろう。
いや、違うな。
オリビアを傷付けてしまったという事実に、上手い諭し方が出来なかった自分の馬鹿さ加減に耐えられなかったんだ。
少し頭を冷やそう。
そう思って夜の廊下をあても無く歩く。
ふと窓の外に目を向けると、辺りは既に黒く染まっているた。だがその闇の中を、俺の目は人より優れた視力で視界を映してくれた。
窓から見える学園の敷地を隔てる壁の外に誰かが居る。
不審に思いながらも様子を見ていると、その何者かは壁の前を暫く往復し、そしてやがて姿を消した。
何だったんだ。
いや、そんなのはどうでもいいか。
今はオリビアだ。
俺は雑念を締め出し、どうすればオリビアと仲直り出来るか考える事にした。
男は路地裏から、先程まで様子を窺っていた魔法学園を睨み付ける。
「ここにアイツが居やがるのか。畜生が」
怨嗟を込めて呟く男。彼は失った右腕を押さえ、かつて受けた苦しみを回想する。
「ふむ、内部への潜入は得策ではないな」
「突然出てくんじゃねぇよ」
音も気配も無く背後に現れたそれに、男は忌々しげに吐き捨てた。
「仕方無かろう。“我々”はそういうものだ」
「ちっ、てめぇは黙って俺の指示に従ってりゃいいんだよ」
「従うとも、不本意だがね。全く、厄介な魔道具があったものだ」
高圧的な契約者に、悪魔はやれやれと肩を竦めた。




