第七十二話 魂と身体と弱さと
爆発の衝撃で吹き飛ばされながらも、どうにか受身を取り地面を転がる。勢いそのままに顔を上げると、ゴーレムは既に追撃しようと迫っていた。
慌てて立ち上がり、両手に出した魔力刃を振るうが、やはり装甲にあっさりと阻まれた。
斬撃が駄目なら、今まで使う機会の無かったこれならどうだ。
剣状にしていた魔力を外部に放出せずに手の中に留める。俺が魔力刃を習得する切欠になった魔力拳だ。
ゴーレムや魔導人形の基礎性能は主に素材で決まると、オフィーリアは言っていた。俺の身体にはオリハルコンや世界樹などの最高素材が使われているが、このゴーレムは見たところ一般的な金属製だ。
負ける要素は無い。
オリビアの拳には遠く及ばないが、固く握った自分のそれを勢い任せに振り抜く。
ギィン
嘘だろ…
甲高い音を立てた俺の拳は、ゴーレムの掌にあっさりと受け止められていた。
もう一発!
苦し紛れにもう一方の拳を振るが、それも受け止められた。
打つ手が無い。なんて上手い事言っている余裕も無く、ゴーレムはそのまま押し込んできた。
俺も必死に押し返そうとするが、おかしい。俺が力負けしている。
性能は素材で決まるんじゃなかったのか?
それともこのゴーレムの内部には俺以上の素材が使われているのか?
いや、今考えるべきはそんな事じゃない。
力で勝てないならせめてこの体勢から脱出しないと。
蹴りで体勢を崩させるか?
いや、無理だ。今ギリギリで踏ん張ってるのに、ここで足を上げたらこっちが先に崩れる。
手も足も出ない。なんて上手い事言っている場合じゃない。
何とかしないと。
「そこまでで良いわ」
巡る思考を、アナベルの声が遮った。
ゴーレムは俺から手を離し、直立姿勢になってアナベルの元へと帰っていく。
「さて、じゃあ部屋に戻りましょうか」
「…はい」
これはあくまで実験だった、まだ決着は着いていなかった、なんて言うつもりは無い。俺は魔導人形として、このゴーレムに負けたのだ。
オフィーリアの名に泥を塗ってしまった。
俺は唇を噛み締めながら、アナベルの後に着いて行った。
「ふへっ、にしても貴女、弱いわね」
グハッ!
部屋に戻って開口一番、アナベルの言葉が俺の心臓を抉った。
やべぇ、泣きそう。涙出ないけど。
「ああ、勘違いしないでね。これは人の魂を宿した魔導人形なら普通の事なのよ」
「どういう事ですか?」
「半自律型が自律型に成長するまで時間が掛かるのはさっき話したけど、それと同じように人の魂が人形の体に馴染むのにも時間が掛かるのよ」
アナベルは部屋にある黒板にチョークで図を描き始めた。
「冷静に考えてみなさい。人間の魂がいきなり別の、それも生物ではない身体に入って、その性能を充分に引き出せると思う?」
「それは、確かに無理でしょうけど…」
例えば俺の転生したのが犬や猫やらの動物だったとして、いきなり四足歩行が出来るとは思えないし尻尾を自在に動かすのも難しいだろう。意外と本能で自然に動かせるかもしれないが、少なくとも四足歩行の足運びなんてあまり知らないし尻尾の動かし方なんて以ての外なのだから、戸惑うのは間違いない。
ましてや俺が転生したのは魔導人形だ。その構造は生物とは大きく異なる。今までの生活に大きな支障が無かったのは人型の人形だからだろう。
「人の魂が宿ったばかりの魔導人形は本来の性能よりかなり弱くなると言われているわ。実例が少ないから仮説の域を出ないのだけれど、人間の感性が人形としての身体の制御を邪魔する為らしいわねぇ」
人間の感性か。
つまり俺が強くなるには人間の感性を捨てれば……
でもその先にあるのは何だ。
あの夜のような、意識の無い道具に成り下がるのは御免だ。あんなの死んでるのと変わらない。
オリビアを護る為で他に手が無いなら喜んでそうなってやる。でもそうじゃないなら、俺は俺でいたい。
「普通のゴーレムや魔導人形ならそうはならないのだけれどね。事実、私のゴーレムは計算上の性能を充分に発揮してくれているし」
「人の魂が宿ってない方が強いという事ですか?」
「性能を早期に安定的に引き出せるという面においてはそうね。実際、私のゴーレムは作って二年ほどで、素材もそれなりの物を使っているけど、あくまで一般的に手に入る範疇よ。貴女がその身体の性能をきちんと引き出せてたなら、私のゴーレムなんて相手にもならない筈だわ」
なるほど。
最初から制御プログラムがインプットされた専用AIによる操作と全て人による手動操作の違いという事か。
単純な動作だけでなく出力にまで影響があるというのは意外だけど。
「その身体のあり方や機能をもっと知る事ね。そしてそれらを受け入れて、自分の思考で制御出来るようになれば、性能を100%引き出せるようになるんじゃないかしら。と言っても、これも実例が少ないから保障は出来ないし、私は制御系より機能重視だからあまり詳しくは無いのだけれど」
そうか、要はマニュアルでオートを超えれば良いんだ。
言うほど簡単じゃないのは解ってる。でもそうしなきゃいけない。
オリビアはいずれもっと強くなる。そうなったとき、今の俺じゃ足手纏いにしかならない。そんなゴミなら居ない方がマシだ。
そうならない為に、俺はもっともっと強くならなきゃいけない。
俺は決意を新たに、拳を強く握り締めた。
「ところで、そろそろ着替えた方が良いんじゃない?」
「え? あ」
言われて思い出した。
ゴーレムの炸裂弾が直撃したとき、俺の着ているスーツはボロボロになってしまっていたのだ。
「ああ、せっかく下ろしたばかりだったのに」
臨時とは言え講師になるので張り切って買ってきたのだが、まさか初日にこんな事になるとは。
とは言え戦闘するとなった時点で着替えなかった自分が悪いのだ。
間抜けな自分への罰だと思って納得するしかない。
「そうねぇ。私も配慮が足りなかったわけだし、お詫びと言ってはなんだけど、直してあげるわ」
「え、出来るのですか?」
アナベルの姿と針仕事が結び付かず、失礼ながら疑問文を声に出してしまった。
「大きく欠けた部分も無いし、この程度なら錬金術で直せるわ」
そうか、俺は今まで薬草や金属の加工しかしてこなかったけど、確かに錬金術なら破れた服を直すのも簡単だ。
「ではお願いします」
「ええ。じゃあ脱いで頂戴」
「……」
なんて?
「間に異物があると面倒なのよ。間違って身体とくっついてしまっても困るでしょう?」
た、確かにそうだけど、どうしよう?
今は着替えの服は用意して無いんだが。
「何してるの。女同士なんだから恥ずかしがる事無いでしょう」
アナベルが脱がそうと俺の肩に手を掛ける。
い、いや、俺男なんです!
なんて言える筈も無く、必死に手を抑えて抵抗する。
「大丈夫です! 錬金術で直せるなら自分でやりますから!」
「師匠の人形をボロボロにしてそのまま帰せるわけ無いでしょう。服は直すからその間に全身を良く見せなさい」
なんか後半の方が本音っぽいんですけど!?
「大丈夫ですっ、うわあぁっ!」
引っ張り合いながら問答していた俺達だが、ここは物が乱雑に置かれた研究室だ。脚を引っ掛けて転んでしまったのは当然の結果だろう。
「ぅぅ、すみません、すぐに退きま―」
ふにっ
ゆったりとしたローブ姿なのでわかりにくいが、この人もそれなりの物をお持ちだった。
「ふへへ、大胆ね。私にそっちの趣味は無いのだけれど、別に執着も無いし、したいなら別に構わないわよ」
俺の下にいるアナベルは顔色一つ変えずに言ってのける。
「いや、これは事故で―」
「失礼します。ナタリア先生いますか?」
俺の弁解を、扉を開けて現れた誰かの声が遮った。
「「「あ」」」
床に倒れたアナベル、その上で胸に触れている俺、扉を開けて現れたオリビアの声が重なる。
「な、ナタリア…」
「あの、お嬢様」
説明しなければいけないのに言葉が上手く纏まらない。
「ナタリアが…」
その間にオリビアの顔は赤く染まり、歪み、目尻には大粒の涙が溜まっていく。
「これはですね―」
「ナタリアがそんな女だったなんて!」
「ちょ、誤解! あとその台詞は主人としておかしい!」
引き止める間も無く走り去ったオリビアの背中に、俺の声は届かなかった。
「貴女も大変ね」
アナベル先生、他人事みたいに言ってますけど、半分は貴女のせいですよ?
その後、どうにか説明して誤解は解けたものの、この日一日は口を利いてもらえなかった。




