第六十九話 ナタリア先生のはちみつ授業セカンド ※イラスト有り
イングラウロ魔法学校の下期が始まって二日目、いまだ休み気分の抜けない生徒もいるが、そこは成績優秀者の集まるAクラス。担任のダームエルが教室に入ってくると、生徒達は即座に姿勢を正した。
「下期の魔法基礎学はまず魔力の物質化だ。上期の授業でも説明したが、魔力を魔力のまま放出、物質化するのは魔法を行使するより難しい」
教壇に立つダームエルの説明に、生徒達の何人かは神妙な顔をする。
彼の言う通り、魔法という方法を介さず、ただ純粋なエネルギーとして魔力を放出するのは難易度で言うなら中級魔法以上とも言われている。
威力を求めるなら炎や雷などを発現させればよいので、攻撃魔法としての有用性を見るならこの技能は不要となる。
だがそれが防御となると話は別だ。相手の魔法に有効な魔法をぶつけて相殺するのは判断力や詠唱速度など使い手に高い技術を求め、自身や味方を傷付ける恐れがある。物質化した魔力を壁にするのが最も確実かつ安全な防御方法となるなのだ。
しかし攻撃力と防御力の均衡を取れている魔術士は少ない。攻撃魔法を使える者に対してそれを受け止めうる魔力防壁―つまりは結界―を使える者は半数程度だろう。更にそれを教導出来る者の割合など、推して知るべしである。
「実のところ教師の中にも難なく扱える者は少ない。そこで今日は臨時特別講師を招いている。入ってくれ」
ここでの思わぬ言葉に生徒達は頭に疑問符を浮かべる。
そして扉を開けて入ってきた人物を見て、ある者は納得し、ある者は驚愕し、またある者はますます困惑した。
「はじめましての人ははじめまして。そうでない人はこんにちは。特別講師として招かれました魔導人形のナタリアです。よろしくおねがいします」
そう言って教壇に立った、普段とは違うレディススーツに身を包んだ魔導人形は恭しく頭を下げた。
発端は新学期が始まるより数日前、俺はオリビアの担任であるダームエルに呼ばれていた。
オリビアの成績で何か問題があるのかと身構えていたが、予想に反して用件は講師の依頼だった。
俺がいつも使っている魔力刃だが、これは魔力放出という技能の一種らしい。この魔力放出はそのシンプルさに反して習得、制御が難しいらしく、教える側も苦労しているのだとか。
なので難無く使っている俺に講師を務めて欲しいとの事だった。
俺が使えるのは攻撃用の魔力刃だけなので断ろうかと思ったのだが、他の授業の傍聴と校庭の魔法練習場の使用許可を出すというので引き受けた。
俺の魔法に関してはオフィーリアが少し教えてくれたものを元にオリビアから借りた教科書を読んだだけでほぼ独学に近いし、錬金術も魔道具作りも簡単なものしか作れない。射撃に関しても、あの冒険者との件からトラブルを避ける為に樹海に行くのを控えているので、ずっと練習不足だった。これで魔法の知識を深め、近場で魔法や射撃の練習が出来るようになるのはありがたい。
引き受けると応えてすぐ、ダームエルから授業に関する諸注意を受けた。
重要なのが生徒達との接し方についてだ。
魔法学校は身分に関わらず実力で評価する為、教師は生徒をファーストネームで呼ぶのが通例となっている。たとえ生徒が貴族の生まれでも様付けしてはいけない。
あと、授業中はオリビアを贔屓しないように言われた。当然だ。
そんな訳で、俺は今こうして教壇に立っているのである。
オリビアが陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせてるな。言ってなかったし、驚いてもらえて何よりだ。
さて、俺がどの程度教えられるかは判らないが、引き受けた以上はしっかりやるとしよう。
「待ってください、先生。魔導人形に教われというんですか?」
だが教壇に立って挨拶すると、早速生徒から不満の声が上がった。
「その魔導人形は自律型のようですが、それってつまり魔物ですよね? 信用出来るんですか?」
「そうですよ。それに魔力放出なんて高等技術を魔物が使えるとは思えません」
まぁ、普通の反応だよね。
いくらサペリオン王国は種族差別が少ないとは言っても、それは人類に限った話だ。魔物は魔物でしかないので、彼等の反応も当然だろう。
「横から失礼するが、その魔導人形を創造ったのはこの学校の卒業生、つまり我々の大先輩であり、そこにいるオリビアの母上、今なお校内の記録に名を残すオフィーリア・ガーデランドだ。魔物でも信用に足るだろう」
割り込むように入ってきたのは、意外にも入学直後にいざこざがあったマティアスだった。いや、意外ではないか。あのときも彼は論理的、客観的事実に基づいて正義感から行動していたわけだし。
「え、オフィーリアってあの?」
「在学中は常に成績最優秀賞を取り、他校との交流戦では一人で相手選手を全滅させたという、あのオフィーリア?」
「樹海の魔物を相手にした実技授業で辺り一面を焼け野原に変えたっていう、あのオフィーリア?」
「学園祭に来賓していた侯爵家嫡男からの求婚に無言のビンタを返した、あのオフィーリア?」
マティアスの説明に生徒達が口々に驚きの声を上げる。
あの人マジ何やってんの?
「そしてこれは知っている者もいると思うが、そのナタリアはこのクラスのオリビアの従魔だ。魔物だからと過度に警戒する必要も無い」
その一言に第二女子寮の寮生で普段から俺達と交流のある女生徒達が頷く。
「マティアスがそこまで言うなら…」
「なぁ…」
反発していた生徒も納得まではいかないでも引き下がる様子を見せた。
ともあれ全てマティアスに任せるのも教える側として示しが付かない。
ここはきちんと見せておいた方が良いだろう。
「皆さんが戸惑うのも無理は無いかと思います。しかし私の身元に関しては今ご説明がありました通りです。そして魔力放出に関してもご覧の通り、基礎的な事は習得していますのでご安心ください」
軽く手を上げ魔力刃を出現させて見せると、騒いでいた生徒達は驚きながら目を見開いた。
魔力放出が高等技術って本当だったんだな。俺の場合は相性が良かったのか数日練習しただけで出来るようになったから、あまり実感が湧かなかったんだが。
「さて、皆さん納得していただけたようなので、授業に入りたいと思います。教科書を開いてください」
俺は教科書を開き、予習しておいた内容を確認する。
これは余談だが、現代日本では教師の使う教科書には教えるべき箇所の注釈などが載っていたりするのだが、この世界では教師も生徒も同じものを使っている。
閑話休題。
魔力と魔法に関する基礎知識はオフィーリアに教わった通りだ。
魔法は魔力を燃料に行使するが、魔力を魔力のまま放出するのは難しく、その根本的な理由は解明されていない。
俺の勝手なイメージだが、体力を例に考えている。体力は確かに体内に存在し、それを消費する事で身体は運動し、内外に様々な作用を起こす。しかし体力そのものを人体から取り出し視覚化する事は出来ない。それと同じようなものだろう。あくまで解釈する為の例であって、同じ原理というわけでは無いだろうが。
ただし魔力は体力と違い、通り道さえあれば体外に出せる。それを俺達は日常の中で経験している筈だ。魔法じゃないぞ。
「皆さんは魔法を使わずに魔力を放出する事を日常生活でも体験していると思いますが、何があるでしょう?」
俺が問い掛けると、クリスティナが控え目ながら挙手した。
「魔道具…ですか?」
「その通りです」
魔道具は使用者がその場で魔力を供給するものが大半で、あらかじめ魔力を貯蔵しておくものだってまず充填しなければいけない。しかし魔力の供給に魔法を行使する術式は必要無く、純粋に自分の魔力を操る事が出来れば誰でも可能なのだ。
「私は魔道具の使用が魔力放出を習得する足掛かりになると考えています。これは私自身の実体験に基いています」
と説明しても、生徒も隣で聞いているダームエルもいまひとつ納得が出来ない様子なので、実際に俺が魔力刃を習得するまでの経緯を話す事にした。勿論冒険者ギルドで絡まれたといった部分は省いてだが。
「このように魔力供給をしている最中に魔道具を腕から離すと魔力がそのまま手から溢れてしまいます。その溢れた魔力を制御するのが魔力放出に繋がります」
ここまで話しても、やはり実感が湧かないようだ。なので俺は実際に見せてみる事にした。
「ダームエル先生、ご協力いただけますか?」
「ああ、構わないが、どうすればいい?」
「では掌を出してください」
俺は差し出された掌の上にブラックホークの空マガジンを乗せる。
「目を閉じて、この魔道具に少しずつ魔力を込めてください」
「わかった」
ダームエルが魔力供給を始め、その様子を数秒眺める。そして掌に触れないようにマガジンだけを取り去ると、掌の上には淡い光が灯っていた。
生徒達が息を呑むのが伝わってくる。
「もう結構です。目を開けてください」
目を開いたダームエルは自分の掌を見て、感心したように頷いた。
「なるほど。魔道具に込めようとしていた魔力が不意に行き先を無くしてそのまま溢れたというわけか」
「はい。これに慣れれば後は魔法を使うときに形をイメージするのと同じで要領で、魔力の形を整えます」
ダームエルは早速試したのか、彼の掌の上では魔力が三角や四角へと形を変えている。言われて即座に実践できるあたり、流石はAクラスの担任だ。
「このようになります。ここまでで何か解らないところや質問はありますか?」
問い掛けてみるが、特に挙手や発言は無かった。
オリビアの頭上にハテナマークが乱舞しているような気がしたけど、うん、後でクリスティナに教えてもらってくれ。
「ダームエル先生、問題が無ければ生徒達自身にも体験してもらおうと思うのですが、よろしいですか?」
「それは構わないが、しかし全員にやらせるとなると魔道具の数が足りないな。時間が掛かり過ぎるのでは?」
「ご心配無く」
俺は収納空間を開き、適当に取り出したマガジンを教卓の上に積み上げる。
マガジンの材料は魔力を溜める魔晶石と外装の金属だけで、構造もシンプルなので、俺でも簡単に作れる。帰省中に入手した材料で大量生産しておいたのだ。
「今から配りますので…どうしました?」
「いや、そんな大量の魔道具を何処から出したのかと」
何故か全員の目が点になっていたので尋ねると、ダームエルは眉間を押さえながら呻くように答えた。
「何処と訊かれましても、収納空間ですが?」
これは俺も流石にもう自覚していた。俺の収納空間の容量はおかしい。
収納空間は習得こそ簡単だが、容量を拡張するのは非常に困難で、並みの魔術士ではリュック一つ分が関の山。熟練の魔導師が箪笥一棹分と言ったところらしい。それも日頃行っている魔法の鍛錬の大半を収納空間に割き続けて漸くその量に至り、発動中も少量だが魔力を消費する。
俺は習得して一年でそれを遥かに上回り、今も更に拡張を続け、しかも消費魔力も然程多くないので、確かにこれは異常だろう。
生前オフィーリアは非常識なまでに適性があるからだろうと言っていたが。
ともあれ今は魔力放出の授業だ。俺の収納空間に関してはまた別の機会にしよう。
「魔道具は行き渡ったら隣の席の人とペアになって、先ほど私がダームエル先生にしたように魔力を込める側と魔道具を離す側になって実践してみてください。込める人は目を閉じて、取る側はタイミングを悟らせないようにしてくださいね」
生徒達の半数が目を閉じてマガジンを掌に乗せ、残り半数が彼等の掌からマガジンを取る。
なかなか苦労しているようで、即座に放出が起きているものは全体のほんの一握りだ。だけど焦る事は無い。実技能力は日々の積み重ねだ。理論を理解したからといってすぐ出来るなら誰も苦労しないだろう。
「ナタリア先生、魔道具の容量がいっぱいになってしまいましたが、どうすれば良いですか?」
挑戦している生徒を眺めていると、一人が挙手した。マティアスだ。
俺を先生と呼んでくれるんだな。
ちょっと嬉しい。
「こちらで回収して空のものと交換しますので持ってきてください」
「解りました」
教壇までマガジンを持ってきてくれたマガジンを収納空間にしまい、代わりに空マガジンを手渡す。
「一つ質問なのですが、二人組で、それも魔力を込める側が目を閉じる意味はあるのですか?」
マガジンを受け取ったマティアスは俺に尋ねる。真面目な彼らしいもっともな質問だ。
二人組で行うのは魔力供給先が不意に消えるというのを再現してもらう為だ。一人でやらせてもいいのだが、それだとどうしても意識してしまい、マガジンを取ったときに魔力の供給にムラが出来る。最初は偶発的に起きる現象で感覚を掴んでもらい、意図的に出来るようになるのは慣れてからでいい。また取る側には他人がしているのを間近で観察してもらう意味もある。
ただ理屈と要点を教えるだけではなく、そこに至る経緯を無駄な部分も含めて体感で覚えてもらいたい。
普段作っているの参考書とは逆のやり方だが、それは文面で教えるだけの参考書とこうして直接触れ合う授業の違いだ。どちらが優れているというわけでもない。
説明するとマティアスは納得して席に戻った。
その後も他の生徒達からマガジンの交換を受ける。
何人かは魔力の燐光を溢れさせるのに成功させ、授業終了の時間が近付いてきた。
「では後ろの席から魔道具を集めて持ってきてください」
生徒達に指示を出し、収納空間を開いて回収の準備をする。
大人数の子供に教えるなんて俺に出来るのか不安だったが、どうやら問題なく終わってくれそうだ。
そう思い肩の荷を降ろそうとした矢先だった。
パンッ
乾いた破裂音が教室内に響いた。
反射的に目を向けると、一人の男子生徒が腕から血を流していた。
ゴールデンワークの最中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私のなろう初投稿である『メイド人形はじめました』は本日で投稿一周年を迎える事が出来ました。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
昨年末から最近まで本業が多忙で一回あたりの投稿量は減ってしまいましたが今後も続けていく所存ですので、拙作ではありますが今後もお付き合い頂ければと思います。
本当は大量投稿か番外編をしたかったのですが、前述の理由で本編の書き溜めすら不十分なので泣く泣く断念しました。
その代わりと言ってはなんですが、活動報告にて本作キャラの一部の情報について格付けを載せております。
興味ある方は是非どうぞ。
またもや身内からイラストを貰いました。
クールなナタリアをありがとう!




