第六十八話 恋は上り坂
ジェーンさんにナタリアの捜索を頼むと、クラン『羽ばたく飛竜』の情報網で探してくれた。
普段のメイド服のような目立つ格好じゃないから時間は掛かったけど、目撃情報があったみたい。
「お嬢、ナタリアらしい奴を見掛けたってさ」
「ホントですか!?」
「ああ、今、北の広場にいるらしい。うちのクランメンバーの―」
「解りました、ありがとうございます!」
それだけを聞いて、私はすぐに走り出した。
「―ダニーが一緒にいる、って、行っちまったよ」
一秒でも早く着きたい!
「神風一式!」
お父様に教わった移動用の魔闘術を発動させると、地面を蹴った瞬間に押し退けられた空気が風になって広がる。
「きゃっ!」
「うわ、なんだ?」
突然の事に驚いた人達に内心謝りながらも足は止めない。
単純な身体強化の魔法よりずっと速くなっている筈なのに、一歩踏み出すだけの時間がもどかしい。
もっと疾く走らないと!
人や建物の間を駆け抜け、漸く広場に辿り着いて見たのは、ナタリアとさっきの男の人がベンチに隣同士で座っている光景だった。
今すぐあそこに割って入って……!
でも、今行って良いの?
突然頭に浮かんだ疑問に、冷静になった頭が考える。
もしナタリアが本気であの男の人を好きなら、私は邪魔になるんじゃないか。
私の為に頑張ってくれてるナタリアに、そんな事をして良いのか。
そもそも何て声を掛ける。
ナタリアが男の人といるのが心配になって来たなんて言えるわけが無い。
「と、とりあえず様子を見よう…」
足音を立てないようにして木の陰に隠れ、二人の様子を窺う。
声は聞こえないけど、何か真剣な話をしてるみたい。
あああぁぁぁぁっ!
あ、あの男の人、ナタリアの頭を撫でてるっ!
羨ましいっ!
私もしたいっ!
掴んでいた木の幹に指が食い込み、メキメキと音を立てる。
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
ナタリアが俯いてるっ!
まさか泣かせたの!?
私のナタリアを!
私のナタリアを!
私はそれまでの我慢を投げ捨てて走り出した。
「ナァァァァァァタアァァァァァリィィィィィィアアァァァァァ!」
「ん? うわっ!」
顔を上げたナタリアに勢いそのまま抱き着く。
勢い余って押し倒す形になっちゃったけど気にしない。
「ナタリア! 大丈夫!? 痛くない!? 私が来たからにはもう心配ないからね!」
「オリ、お嬢様、いきなりどうしたのですか?」
身体を起こそうとするナタリアを渡すまいと抱き締めて、元凶らしい男の人を睨み付ける。
「その人に酷い事されたの!? 待ってて、すぐにブッ飛ばすから!」
「話が見えんがこれだけは言える。誤解だ」
「あの、お嬢様、本当に何でもないですから。彼はジェーンさんのクランのメンバーで、以前にも共闘した事のある友人です」
「え、そうなの?」
「そうです」
腕の中のナタリアが頷く。
途端に私の中で燃え上がっていた怒りが小さくなっていった。
「あの、ごめんなさい」
「いいって、別に何かされたわけじゃないし」
そう言って男の人はひらひらと手を振った。
「それでお嬢様、そろそろ放して頂きたいのですが」
「あ、うん」
本当はずっとこのまま抱き締めていたいけど、そうもいかないわよね。
名残惜しいけど、ナタリアを開放して起き上がる。
「それで、私の方はもう用事は済みましたが、お嬢様はいかがです?」
「私も、もう終わったけど…」
勘違いして暴走したなんて。
恥ずかしくて顔を逸らしていると、ナタリアはベンチから立ち上がった。
「ではそろそろ帰りましょうか。荷物も纏めなければいけませんし」
「そうか、じゃあまたな」
「ええ、今日はありがとうございました」
「やっぱり喋り方」
「解ってるとは思いますが」
「言わねぇよ。女の秘密は守る主義だ」
「信じますからね」
むぅ、やっぱりこの二人、仲が良いのよね。
ミールさんもそうだけど。私の知らないナタリアを知ってるいるみたいで凄く悔しい。
「ではお嬢様、帰りましょうか」
「…うん」
顔を上げられないままナタリアの後を着いて行く。
ああ、勘違いして嫉妬して、私って本当にダメだなぁ。
こんなんじゃ私を好きになってもらうのなんてまだまだ先だよ…
「……様、お嬢様」
「はいっ!?」
考え込んでいたから呼ばれているのに気付かず、変な声を出してしまった。
「大丈夫ですか? 具合が悪いのでしたら遠慮なくおっしゃってください」
「ううん、大丈夫。考え事してただけだから。それでどうしたの?」
「こちらをお渡ししておこうと思いまして」
ナタリアが出したのは、さっき露店で買っていた金の指輪だった。
「え、これって…」
ナタリアが自分の為に買ったんじゃないの?
そう言おうとしたけど、その前にナタリアが先を続けた。
「これは毒などを防ぐ効果があるそうです。お嬢様がお強いのは理解していますが、こういった搦め手にも対策しておくべきかと」
「で、でもそれならナタリアが持ってた方が」
「私は魔導人形ですので、そもそも毒など効きません。それよりお嬢様を御守りする方が大事です」
「っ……」
ダメだ。
もう愛しさが湧いて抑えられない。
もう
「普通に指にはめても良いですし、チェーンを通してペンダントにするのも良いと思います」
もう
「お嬢様?」
もう
「ナタリア大好き!」
「うわっ!」
我慢出来ずに抱き着いた。
日が沈みかけ、多くの飲食店が書き入れ時を迎える頃、ダニーはクランの仲間達と共に一件の酒場に来ていた。そこは昼間にナタリアと会った店でもある。
今日は先日のマーダーベア討伐メンバーで打ち上げをする予定だったのだ。もっとも、昼間にダニーがこの店の前にいたのは違う理由なのだが。
ダニー達が席に着くと、給仕の娘がやってくる。
「いらっしゃい、いつもありがとね」
飛び抜けた美人というわけでは無いが、明るく人好きのする顔の娘は満面の笑みで注文を取る。
不意に近付かれたダニーの口元が緩み、それを見ている仲間達がニヤニヤと笑う。
ダニーは実はこの娘に想いを寄せており、昼間にこの店を訪れたのは娘に声を掛ける為であった。そのときは偶然ナタリアに見られ、誤魔化そうと彼女を店から引き離したので目的は叶わなかった。こうなれば仲間達に見られている前でもいいから声を掛けるか。
そう思った矢先だった。
「そうそう、ダニーさん、今日見たよぉ」
「見たって何を?」
娘はイタズラっぽく口角を上げ、同席するクランメンバーにも聞かせるように話し始めた。
「昼に買出しに出てたらねぇ、ダニーさんが女の人と仲良さそうに歩いてるの。銀髪の綺麗な人だったなぁ」
「え、それって」
ダニーの顔から赤みが消え、クランメンバーも目を瞬かせる。
「私はもう確信したね。あれってダニーさんの恋人なんでしょ?」
「いや、ちが」
ナタリアの存在は彼女の元主人の知名度やダニーとの模擬戦もあってそれなりに知られていた。無論この場にいるクランメンバーは彼女の事を話に聞いた程度には知っている。
しかし彼女自身が他の冒険者とあまり関わっておらず、加えてイングラウロに行っていた事もあり、冒険者以外には殆ど知られていなかったのだ。
しかも今日のナタリアは露出の抑えた服を着ており、一見しただけでは魔導人形と判らなかったのだろう。
「あ、もう結婚してた?」
「だから」
ダニーは必死に訂正しようとするが、娘は聞こえていないのか話を続ける。
「ダニーさんはモテるだろうと思ってたけど、既にあんな綺麗な相手がいたなんて、隅に置けないねぇ。今度連れてきなよ、サービスするからさぁ」
娘は言いたいだけ言って、厨房へと戻っていった。
残されたダニーの呼び止めようとした手が虚しく空を切る。
「その、なんだ。間が悪かったな」
「飲め」
「気が済むまで付き合ってやる」
こうして打ち上げ会はダニーを慰める会へと急遽変更と相成った。
頑張れ、ダニー。そのうちきっと良い事あるさ。
良い事あるさ(書くとは言ってない)




