第六十四話 小さな火
大広間の先はこれまでと雰囲気が違う。周囲から魔物の殺気がビリビリと感じられるのだ。
隣を歩くミールさんも何処か緊張しているように見える。ナタリアは私達の前だから顔は見えないけど、いつも通り落ち着いてるみたい。
「キキッ!」
突然響く甲高い鳴き声と共に大きな影が降り注いできた。口からはみ出すほどの大きな牙が特徴のサーベルバットだ。
私が構えるより先に、ナタリアがブラックホークで撃ち抜いた。
「ギキィッ!」
悲鳴を上げるサーベルバットを魔力刃が真下から切り裂いた。
ナタリアは真っ二つになって落下する死体には目もくれず、洞窟の奥に視線を向けている。
宙に浮いてるフロートライトが光を強め、より広く照らし出した。
「キィキィ!」
「キキィ!」
奥から何匹ものサーベルバット飛んできている。群の縄張りに入ってしまったみたい。
「来ます。お嬢様、ミールさん、気を付けてください」
私は拳を構え、ミールさんも長い剣を抜いた。
ナタリアに格好いいところ見せたくて、つい気合が入ってしまう。家に帰るときも調子に乗ってクランプボアを殴り倒したけど、今もほぼ同じテンションだ。
そんなを私の気を知らずにか、ナタリアは私の前に立って、サーベルバットが近付くより先に撃ち落す。しかも銅蜘蛛も土魔法のストーンショットで的確に撃墜している。
どうしよう、私する事が無い。
と思ったらナタリアが突然ブラックホークを弄り始めた。それと同時にミールさんが前に出てサーベルバットを迎撃する。
私が迷っている間に、ナタリアはブラックホークを構えて射撃を再開した。
結局私が何かする前にサーベルバットの群は退散していった。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
ナタリアが訊いてくるけど、私は怪我どころか魔物に触ってすらいない。
ミールさんは二の腕に掠り傷が出来ていたので、ナタリアが収納空間から出した回復薬を貰っていた。
銅蜘蛛は倒したサーベルバットの死体を落ち着き無さそうに見て、ナタリアの足を突いた。どうしたんだろ?
「どうしました?」
ナタリアが尋ねると、銅蜘蛛は死体に噛み付く仕草をした後、私達が来た大広間の方を足で指した。
「なるほど、解りました」
ナタリアは収納空間を開くと、中にサーベルバットの死体を放り込んでいく。サーベルバットは素材としての価値はあまり高くなかったと思うけど、どうするんだろう?
「持って帰って後で食べるそうです」
疑問に思っていると、ナタリアは答えを教えてくれた。
そうか。洞窟に棲んでたら他の魔物は貴重な食料だものね。それにあれだけの大家族なら食べ物は幾らあっても足りなさそうだし。
ミールさんの手当てを終えて進み始めると、ナタリアはまた私の前に立つ。私を気遣ってくれてるんだと思うけど、正直言ってちょっと居心地が悪い。
私だって暴れたい……じゃなくて、ナタリアが私のメイドとして色々助けてくれているのは解ってるけど、せめて私の得意な戦闘くらい頼ってくれてもいいと思う。
それにさっきのナタリアとミールさんの連携は凄くスムーズだったのに、私だけ戦わなかったら除け者にされてるみたいで嫌だ。
次は私も前に出よう。そう決意して進むと、周囲から小さく揺れ始めた。
気のせいかと思ったけど間違いない。
「! !!」
「下から来ます、散開してください!」
銅蜘蛛の意図をナタリアが訳して指示してくれる。
私は咄嗟に飛び退くと、さっきまで立っていた場所を地面から生えた黄土色の柱が貫いた。
柱は伸びきった身体を緩めると、頭を下ろして威嚇するように口を開いた。
「ラージマウスワームです!」
ミールさんの言う通り、柱の正体はラージマウスワームという巨大なミミズの魔物だった。
今度こそ私が!
そう思って即座に地面を蹴り、ラージマウスワームに正面から飛び掛った。
真下からの蹴りで顎をカチ上げる。
ラージマウスワームの頭が天井に叩き付けられるが、まだ攻撃の手は緩めない。すぐさま全身を横に捻った。
「甲牙!」
身体能力を魔力で強化するのは魔闘術の基本だけど、甲牙は拳を風魔法で加速させ、重力魔法で重みを増す事で更に威力を上昇させた技だ。消費魔力が少ないし、拳打ならどんな攻撃にも使える、私の魔闘術の基本技だ。
今回はバックナックルで発動させた。
ラージマウスワームは壁に激突し、そのまま倒れ込んだ。
着地した私はナタリアに向かって胸を張る。
どうかな?
カッコいいところ見てもらえた?
「お嬢様!」
「え―」
得意気になっていた私はいきなりナタリアに突き飛ばされた。わけが判らず戸惑う目に映ったのは、ラージマウスワームの尻尾を背中で受け止めるナタリアの姿だった。
倒したと思ったラージマウスワームはまだ息があり、最後の力で反撃を試みていた。それに気付かなかった私を、ナタリアは庇ってくれたのだ。
「やあっ!」
「!」
ラージマウスワームの身体をミールさんの長剣が両断し、銅蜘蛛のアースブレードが貫いた。ラージマウスワームは少しの間小さく痙攣して、やがて動きを完全に停止させた。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ! それよりナタリアの方は!?」
「私は人形ですから、この程度、何ともありません。お嬢様がご無事で何よりです」
ナタリアはそう言って微笑んでくれるけど、私はそんなふうには思えなかった。
「さぁ、先に進みましょう」
何事も無かったかのように進み始めるナタリアに、私は伸ばしかけた手を下ろし、黙って付いていくのだった。
「ええと、オリビアちゃんて呼んでいいですか?」
歩いていると、いつの間にか近くに寄ってきていたミールさんに話しかけられた。
「あ、はい。敬語も無くて大丈夫です」
ドワーフのミールさんは私より頭一つ分は背が低いけど、歳は私より上だ。目上への礼儀はしっかりするようにと、お父様がよく言っていた。
「ナタリアさんのああいうところ、相変わらずみたいね」
「相変わらず、ですか?」
「ええ、相変わらず。前に一緒にパーティーを組んでいたときも、私を庇って腕をボロボロにしちゃってたから」
ミールさんはそのときの事を思い出してか、口元を押さえて苦笑する。
「でもナタリアさんたら、自分は痛みを感じないしオフィーリアさんに直してもらえるからって、そうするのが当然ってふうで、それがかえって申し訳なくって。本当、自分の事を何だと思ってるのやら」
非難するようでいて、その声には優しくて、でも悲しさが混じっているようだった。
そしてそれとよく似た事を言っていた人がいた事を思い出した。
「何処か危ういところがあるって、お母様も言ってました…」
そうだ、呪いに倒れたお母様も、それを心配していた。
「やっぱりオフィーリアさんも気にしていたのね」
「ええ」
私が人攫いに襲われたときも、お母様の呪いを解く薬の材料を取りに行くと言ったときもそう。身近な人が危険に晒されたとき、ナタリアは自分自身を省みない。魔導人形としては正しいのかもしれないけど、誰もそんな事は望んでいないのに。
「魔導人形じゃなくて、ナタリアだから好きなのに……」
ふと、そんな言葉が漏れてしまった。
声に出ていたと自覚したときにはもう遅い。隣を歩くミールさんにはしっかり聞かれてしまった。
「あ、いや、今のは別にそういうわけじゃっ」
何とか誤魔化そうとするが、言葉がまとまらない。考えれば考えるほど、短く意味の無い音しか出てこない。
「ふふ、そうね。その通りだわ」
「へ?」
何でもないかのように笑うミールさんに、私は呆けた声を返してしまった。
「魔導人形とか人類とか、そんな種族に関係無く、ナタリアさんはナタリアさんで、他の誰でもないナタリアさんだから、私はお友達になれたの」
ああ、ミールさんは本当にナタリアを…
「お二人とも、前から来ます!」
ナタリアの声に思考を中断し、即座に拳を構える。
闇を裂いて、一匹の獣がミールさんに飛び掛った。
ミールさんは剣を抜くのが間に合わずに、素手で獣の突進を受ける事になった。でもそこは力自慢のドワーフらしく、両腕で獣の顎をしっかり受け止め、牙が噛み合わさるより先に投げ飛ばした。
「ハダカヒョウです!」
ミールさんが叫んだ通り、獣は毛の無いヒョウの魔物だった。
宙で身体を捻ったハダカヒョウは壁を蹴って着地し、牙を剥いて獰猛な目を向ける。
ナタリアがブラックホークを抜き、魔力弾を撃ち出す。目で追う事すら困難な弾丸がハダカヒョウの四肢を貫いたけど、そこはやっぱり魔物で、このくらいじゃ倒せない。
ハダカヒョウは洞窟の壁を蹴り、周囲を飛び回る。
「!」
銅蜘蛛の土魔法で床から岩の剣が突き上がる。当たりはしなかったけど、進路を塞ぐのには充分だった。
一瞬動きが乱れた隙にミールさんが長剣で斬り掛かる。
ハダカヒョウは身体を捻るが躱し切れず、重い斬撃を受けた。
今度は油断しない。
私は構えた拳に魔力を込め、得意の魔闘術を発動する。
「雷煌放電!」
雷を乗せた連続の拳はハダカヒョウの正面を覆い尽くし、全身に幾つもの雷撃を打つ。
お父様が言うには、この技の真の使い手は一秒で一億発も打つらしい。お父様自身はそこまで出来ないって言ってたし、私もその域には全然届いていない。
それでも使いやすくて強力だから、この技は気に入っている。
ハダカヒョウは地面に激突すると跳ねるように立ち上がり、一目散に洞窟の奥へと消えていった。
ナタリアがブラックホーク追撃しようと照準を向けるけど、もう間に合わないみたい。
でも撃退には成功したし、今回はちゃんと戦えたかな。
クイ、クイ
銅蜘蛛がハダカヒョウの逃げた方向を前脚で指す。
「どうやら魔晶石はそちらの方向にあるようですね」
ナタリアが通訳すると、銅蜘蛛は満足そうに頷く。
私は無傷だし、ミールさんも大丈夫だとアピールので、ナタリアもそのまま進む事にした。
そして銅蜘蛛の指し示した先、フロートライトに照らされた闇の奥がキラキラと光っている。
ナタリアが光を強めると、壁一面に透明な水晶が突き出していた。
とても綺麗で近寄って見ようと思った。だけど闇の中に蠢く気配が、私の足を押し留めた。
「何かいる…」
ナタリアもミールさんも銅蜘蛛も気付いていたみたいで、誰も迂闊に踏み出さない。照明の光が強くなり、その全貌を照らし出す。
最初に見えたのは宙吊りにされた傷だらけの下半身だった。それが何なのか理解する前に、下半身はそれを吊り下げている茶色く大きな管に呑み込まれた。
「マンイーター?」
突然ナタリアが呟いたけど、いつも冷静な彼女らしくない的外れな内容だった。
「どうしたの、ナタリア? マンイーターは森に住む植物の魔物よ。こんな暗い洞窟の奥にいるわけが無いじゃない」
「あ、いえ、すみません、何でもありません」
ちょっと変に思いつつも、気持ちを切り替えながら視線を戻す。これはラージマウスワームだ。それに今食べられたのはたぶんハダカヒョウ。もしかしたらさっき私達から逃げた奴かもしれない。
ラージマウスワームは天井にぶら下がったまま身体を丸めた。
何をするのかと思っていたら、茶色い体がナタリアのフロートライトに負けないくらい光りだした。その意味を、私はお母様や学校の先生から教わっていた。
「まさか、進化!?」
成長し経験を積んだ魔物は上位の種族へ進化する事がある。詳しい事は解明されていないけど、進化した魔物は進化前に比べて格段に強くなっている。
光が治まると同時に、塊が天井から落ちてきた。
音と土煙が上がる中、団子になっていた身体は解け、長い首を持ち上げる。
「シーーーーーー!」
グリードメガワームの咆哮が、洞窟内の空気を震わせた。
短いですが今回の投稿は一話だけになります




