第六十二話 帰省
門を抜けると漂う草花の香りは、たった半年離れていただけなのに、やたらと懐かしく感じる。
魔法学校が長期休暇に入ったので、俺とオリビアは半年振りに帰省していた。
「ナタリア、私は荷物を整理してくるわ」
「はい、何かありましたらお呼びください」
例によって俺が収納空間に預かっていた荷物を受け取ったオリビアは自室へと向かった。
俺も他の荷物の整理を始める。
着替えや日用品はもちろんだが、錬金術の練習で作った薬や金属の塊などもある。これらは冒険者ギルドで買い取ってもらえるが、俺自身はあくまで従魔なので、厳密にはオリビアを通さなければいけない。
「さてと…」
口を開いた収納空間からクランプボアの巨体が現れる。その頭部には拳の痕が深々と残っていた。こいつはバメルから家までの途中で遭遇し、オリビアが一撃で倒したものだ。俺が銃を抜いたときには既に終わっていたのだから、暫く思考停止したのは仕方ないと言い訳させてもらいたい。
冷静に思い返せば、一般学校に通っていた頃から一人で往復していたんだよな。そりゃクランプボアを瞬殺するくらい、軽いものだわ。
しかしいくらオリビアが強いといっても、主人に戦わせてメイドの俺が後ろにいるなんてわけにもいかない。今後は俺が前に立つようにしないと。
にしてもこれ食いきれるかなぁ。いや、一週間滞在するしオリビアはかなり食べるから量は問題じゃないけど、猪肉オンリーは流石に飽きるだろ。
あ、そうだ。ミールやアリアに挨拶がてらお裾分けしよう。ミールには篭手のお礼もしてないし、丁度いいな。
俺は解体したクランプボアの血抜きを済ませ、お裾分けする分を包んで収納空間に入れた。
他の荷物の片付けも終わったので、俺は身支度を整え、オリビアの部屋をノックした。
「お嬢様、アリアさんのところに行ってきますので」
ドタドタドタドタ
台詞を遮るように、何やら中から音がする。
まるで身内に見られたくないものを慌てて隠す思春期の青少年のようだ。
あ、思春期だわ。
まぁ、お嬢様に限って変な趣味は無いだろうけど。
「わ、私も行くわ」
小さく開いた扉から顔を覗かせたオリビアは息を乱しながら、俯き加減でそう告げた。
「あの、取り込み中でしたらお気になさらすに、私だけで行ってきますから」
「いいの、気にしないで。すぐに準備するから」
「…はい」
何故か鬼気迫るオリビアに反対出来ず、半ば押し切られる形で一緒に行く事になった。
それから暫くして、準備を終えたオリビアと二人で家の裏にある洞窟へと入った。
「フロートライト」
照明魔法で現れた灯りが周囲を照らす。俺には必要無いが、オリビアには必要だろう。
少し進むと赤銅色の蜘蛛がいた。鉄蜘蛛は深い灰色だったので別種だとは思うが、形はよく似ている。
蜘蛛は俺達に気付くと、挨拶するように前脚を上げて大きく振った。
どうやら敵意は無いらしいので、俺はしゃがんで視線を合わせて話しかけた。
「こんにちは。貴方はアリアさんのところの子でしょうか?」
コク
尋ねると蜘蛛は小さく頷いた。
「アリアさんにお会いしたいのですが、大丈夫ですか?」
……コク
今度は少し考えるように間を置いて、それでも確かに頷いた。
蜘蛛は案内してくれるようで、トコトコと歩き出し、ついて来いと言うかのように前脚を振った。
「ではお嬢様、行きましょうか」
「うん…慣れてるのね」
「?」
蜘蛛の先導で着いたのは、以前アリアのコテンパンにされた大広間だ。
中に入ると、そこには意外な人物がいた。
「ほぅら、油断してると捕まっちゃうわよぉ」
「まだまだぁ!」
積み上げた石に突き立てられた松明の頼りない光の中、ミールがアリアの指揮する鉄蜘蛛の群と戦っていた。まるでいつぞやの俺のようだ。
と、そこでミールの長剣が鉄蜘蛛の糸に絡め取られてしまった。
同時に幾本もの糸が張り巡らされ、ミールの周囲を完全に塞いだ。
「はぁい、チェックメイト」
「うぅ、参りました」
瞬く間に金属製の糸が回収され、ミールの束縛が解かれる。
もう終わったと判断した俺は、そこで漸く声を掛けた。
「惜しかったですね、ミールさん」
「ナタリアさん、帰ってきてたんですね」
「はい、ただいま戻りました」
「ナタリアちゃんもオリビアも元気そうねぇ」
アリアが天井の巣から降り、俺達の前に着地する。
「アリアさんもお変わり無いようで。ですがミールさんがアリアさんのところに来ているのは意外でしたね。子蜘蛛達が苦手だったと思いますが、どうしたのですか?」
以前と変わらず天井にうじゃうじゃ群がっている子蜘蛛達を見上げながら尋ねると、ミールは視線を逸らしながら苦笑した。
どうやらその辺りを克服したわけではないらしい。
「ミールちゃんはねぇ、私の鋼糸が欲しいんだって」
「アリアさんの鋼糸ですか?」
「強度も魔力伝導率も優秀な希少素材ですから、店の看板商品にしたいんですけど」
「ただであげるのもつまらないからぁ、うちの子達に勝てたらそのご褒美にあげる事にしたの」
沈んだ表情のミールに対してイタズラっぽく口元に手を当てて笑うアリア。
「ですけど全く勝てなくて…」
だろうなぁ。うちの子達に勝ったらって、実際に戦うのは子蜘蛛達でも、アリアが指示を出してるなら難易度は段違いだろうよ。むしろさっきの戦い振りからして、以前俺と二人掛かりでボロ負けしたと考えれば善戦したと言って良いだろう。
ともあれ、ここで俺が手伝っても勝てるか怪しい上に一時的なものでは意味無いだろうし、結局ミールが実力で安定して得られるようにならなくてはいけない。
俺に出来るのは応援が精々だろうか。
「そうだ、ミールさん、今日帰ってくる途中でクランプボアを仕留めましたので、その肉を少し貰ってくれませんか?」
「え、いいんですか?」
「はい。私達だけでは食べきれませんし、余らせても勿体無いですから」
「では頂きます」
「あ、もちろんアリアさんの分もありますよ」
「あら、悪いわねぇ。さっそく少し食べてもいいかしら?」
「それは構いませんが、全部生のままですよ?」
「子供達が食べる分は大丈夫よ。それにナタリアちゃんの事だから料理道具や他の食材も持ってるんでしょ? せっかくだから皆で食べましょう」
呆れた事に、この先輩は俺に今この場で料理させるつもりのようだ。しかも俺がいつでも料理出来る前提で言ってる。
「まぁ、持ってますけど。簡単なものでいいですね?」
俺は収納空間から俎板、包丁、フライパン、その他食材を取り出した。
この程度はメイドとして当然の備えだ。
「私は下準備をしますから石で竈を作って火を起こしておいてください」
火の用意を任せた俺は俎板の上で肉を切り分け、下拵えを施す。
そして暫くした後、料理は完成した。
「クランプボアの香草焼き、パン粉焼き、ガーリック焼きになります。ソースは二種類ありますのでお好みでお使いください」
ソースは作り置きだし、付け合せも簡単なものになってしまったが、そこは急だったので許して欲しい。
ちらりと見やると、三人は無言で立っていた。
「あの、お気に召しませんでしたか?」
「いや、誰がここまでやれと」
恐る恐る尋ねた俺に、アリアが眉間を押さえながら呻とオリビアもミールも頷いた。
「ナタリアさん、また料理の腕上げてませんか?」
それは当然だ。前世からの技術はもとより、この世界の料理の勉強も続けていた。魔法学校の第二寮では下級とは言え貴族の令嬢も多く、彼女達の食事も用意しているうちに貴族向け料理の知識なども得る事が出来た。その結果が今の俺の料理だ。
「まぁいいわ。冷める前に頂きましょう」
食事を始める三人。
俺は自分が食べる前に、切り分けた肉を子蜘蛛達に差し出した。相変わらず凄い食事風景だ。
「ところでオリビア、魔法学校はどう?」
「え、うーん、勉強は難しいけど、友達が教えてくれてるからどうにかなってる」
アリアはオフィーリアの従魔だったからか、オリビアの学校生活を気に掛けているようだ。
それに対してオリビアの返事は何処かぎこちない。いつも元気で快活なオリビアらしくないが、どうしたのだろうか。
「ナタリアさん、あの篭手の使い心地はどうでした?」
「ええ、強度も魔力伝導率も良好で、手にも馴染みますし、とてもいいものですね」
「それは良かったです」
俺が篭手を褒めると、作り手としてはやはり嬉しいのだろう。ミールも笑ってくれた。実際にあの篭手の性能は今まで使っていた革の篭手とは比べ物にならない。まさに身体の一部とも言える。
「それでまた作ってもらいたい装備があるのですが。」
「はい、ナタリアさんのなら喜んで」
先日の戦いで他の装備にも改善点を見出していたので、帰省中に作ってもらおうと思ったのだ。
と、そこで別の事を思い出した。
「ところでミールさん、ミールさんのお店で魔晶石は扱っていませんか?」
魔晶石とは魔力を溜め込む性質を持った結晶状の鉱石だ。
魔力は俺の魔力刃のように物質化させても供給を断てば時間と共に分散してしまうが、魔晶石に溜めておけばその量を保持し続けられる。言うなれば魔力の充電池だ。
何故俺が魔晶石を欲しているかというと、それが俺の魔銃のマガジンの材料だからだ。
ホワイトヴァイパーのマガジンは先日のオーガ戦で全滅してしまったが、オフィーリアが遺してくれた設計図によれば構造は単純なので、自分で作ってみようと思ったのだ。
「魔晶石ですか。鍛冶師が扱う素材ではないのでうちにはありませんね。ギルドに発注すれば何とかなると思いますが」
「でしたら先ほどの装備製作のついでに―」
「あら、魔晶石ならこの洞窟の奥で採れるわよぉ」
発注の話を進めようとする俺の台詞を遮ったのはアリアだった。だがその内容は中断させるに値する。
「アリアさん、それは本当ですか?」
「ええ。この奥から暫く行ったところに魔晶石の鉱脈があるわ」
となれば取るべき行動は一つしかない。
「私、少々採掘してきます。食器などは後で片付けますのでそのままにしておいてください」
「え、ナタリア? それなら私も行くわ!」
「あ、私も!」
立ち上がった俺の後ろをオリビアとミールが慌てて追ってくる。これは俺の用事なので、二人は来なくてもいいのだが。
「じゃあこの子に案内させるわね」
アリアの指示に、一匹の子蜘蛛が俺の前に飛び出した。来るときにここまで案内してくれた赤銅色の蜘蛛だ。
「鉄蜘蛛から進化した希少種の銅蜘蛛よ。鉄蜘蛛に比べて能力も高いし魔法も得意だから、案内以外にも役に立つ筈よ」
銅蜘蛛は最初と同じように前脚を振って挨拶する。
「ではよろしくお願いします、銅蜘蛛さん」
こうして俺達は銅蜘蛛に案内されながら、今まで足を踏み入れた事の無かった洞窟の奥へと進み始めたのだった。




