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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第六十一話 ロストハート⑦

 両腕を引き寄せようとしたが、樹海の中を変に飛ばしすぎたせいで引っ掛かってしまったようだ。


「シャー」


「おう、またな」


 マンイーターが殺人鬼(ミシェーラ)を呑み込むのを見届け、来た道を引き返した。

 途中で張った鋼糸を回収しながら最初に交戦した場所まで戻ると、ギィセはいまだに麻痺が続いているようで、膝を突いた姿勢のまま横に倒れていた。

 垂れた鋼糸を巻き戻すと、軽快な音を立てて両腕が定位置に帰ってきた。

 ブラックホークをホルスターに、ホワイトヴァイパーを収納空間に仕舞う。


「はぁ」


 人を殺したのはオリビアを襲った人攫い以来か。ミシェーラは完全に悪意を持って俺を殺しにきてたし、こいつらは利用されてたらしいとはいえ、こっちの話を聞く気も無かった。だから後悔はしていない。

 でももし何かが違えば、こうならなかったんじゃないか。ミールやダニーは今でこそ友人だが、もし何かすれ違っていれば彼等とも殺し合っていたんじゃないか。

 そんな事を思ってしまった。

 いや、それはないか。ミールはそこまで攻撃的じゃないし、ダニーだって…うん、ダニーだって…いい奴だし。

 あーもういいや。もしもを想像したところで現状が全てだ。


 それはそれとして、どうしたものか。

 このまま放置してもいいんだが、死なれても後味悪い。


 収納空間には錬金術の練習で作っていた薬が沢山入っている。その中からから麻痺治しの薬を出し、倒れたギィセの口に突っ込んだ。


「ごほっ、ごほっ」


 麻痺してるのに薬を飲むのは無理があったのか、咽たらしい。

 頑張れ。

 二本目をぶち込むか思案していると、ギィセの口が僅かに動いた。

 何か怯えたような顔をしてるけど、大丈夫か?


「ば…化けも、の…」


 途端に、俺の中で何かが冷めた。


 こいつの目は俺に向けられてる。

 ああ、そうだな。

 確かにそうだ。

 どれだけ人間に似た容姿をしていても、結局は人形で、魔物で、人間じゃない。

 生物ですらない。

 そんな俺が人間らしくいられる時間を求めたのがそもそもの間違いなんだろうな。


「そうだな。俺は化け物だ」


 俺は収納空間から出した回復薬をギィセの前に置き、踵を返した。


「運が良かったら生き延びれるだろ。じゃあな」


「あ、ま、待て…っ」


 背後から呼び止める声が聞こえたが、俺は立ち止まらず、その場を後にした。







 街に戻る前にメイド服に着替えて寮に帰る。

 部屋の扉を開けると、オリビアは机に向かって本を読んでいた。熱心に読書しているのを最近よく見るようになったが、はまったのだろうか。


「ただいま戻りました、お嬢様」


 いつも通り恭しく一礼する。


「あ、ナタリア、おかえ…」


 オリビアは言いかけた言葉を中断すると席から立ち、俺のすぐ前まで来て見上げてきた。

 スピカリリーの香りが鼻孔を擽る。自分が着けているのと同じ香りでも、他人が着けていると判るものなんだな。


「お嬢様?」


「ナタリア、ちょっとこっち来て」


 いきなり俺の手を引かれ、強引にベッドの縁へと座らされた。

 かと思うと唐突に抱き締められた。


「あ、あのっ、お嬢様?」


「お願い、暫くこうさせて」


 オリビアの成長途中の胸が顔に当たる。


 あ、柔らかい。

 まだ子供だと思っていたのにもうこんなに大きくなって、いや、そうじゃなくて!


 こういう事を軽々しくしちゃ駄目だろ!


 あ、そうか。最近抱き着いてこなくなってたけど、我慢してたんだな。

 なんだ、やっぱりまだ甘えたいんだな。

 だったらオリビアが満足するまで付き合おう。

 そうだ。メイド人形として生きるって決めたじゃないか。

 俺の方が弱くったって、オリビアを守る事に何も変わりは無い。

 オリビアが笑顔でいてくれるなら、それでいいや。


 後ろ髪を撫でるオリビアの指が、いつかオフィーリアが撫でてくれたときの感触に似ている。

 俺は懐かしい安心感の中、オリビアの気が済むまで身を任せる事にした。







 休日、今日もオリビアと一緒に街に買い物に来ている。

 大きな道には巨大店舗や重要施設が集中して建っており、冒険者ギルドの前を俺達が通りかかったのは偶然だが、ある意味必然だった。


「まぁ、仲間の事はあまり気に病むな」


「田舎に帰ってゆっくりしてこい」


「はい、お世話になりました」


 ギルドの前で、数人の冒険者が一人の男を見送っていた。男は大きな荷物を背負っており、今から短くない日々を旅するのだと予感させた。

 男は俺の姿を目に留めると身を竦め、顔を強張らせた。


「あ、あの」


 通り過ぎようとする俺達を、何故かその男は呼び止めた。


「先日はすまなかった。謝って済む事ではないけど、どうか許してくれ」


 まるでこれから処刑されるような、諦めと後悔を混ぜ合わせたような面持ちで謝罪する男に、オリビアは不思議そうな顔をする。


「ねぇ、ナタリアの知り合い?」


「いえ、身に覚えがありません」


「え…」


「人違いではないでしょうか」


 そう言うと男の顔から血の気が引いた。

 だがこいつがどうなろうがどうでもいい。


「私達は先を急ぎますので、失礼します。行きましょう、お嬢様」


「え、あ、うん」


 構わず歩き出した俺に、オリビアもすぐに着いてくる。

 それから俺が振り返る事は無かった。あの男がこれからどうなろうが、(ナタリア)には全く関係無いのだから。


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