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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第六十話 ロストハート⑥

 樹海に潜ると冒険者達と接する機会もあるが、俺は彼等に自分の正体を一切明かさないと決めていた。

 俺が樹海に潜るのは訓練の意味もあるが、これが男として素で振舞える時間でもあるからだ。

 だから樹海内で出会う冒険者達には俺が女だと、ましてや魔導人形だとは知られないようにしてきた。

 顔を覚えられるのはもちろん、俺のような人間に近い魔導人形は希少なので、知られてしまえば簡単に個人を特定されてしまうだろう。

 そうなれば俺の素がオリビアにばれてしまう可能性がある。


 オリビアは俺が異世界から転生した、それも男だとは知らない。

 今は素直に懐いてくれているが、もしその事実を知ったとき、彼女は今まで通り接してくれるだろうか。

 オリビアが俺に気安く触れるのは、同性だと思っているからだろう。だが実はそうでないと知ったら。

 ギクシャクするだけならまだいい。

 もし嫌悪の視線を向けられ、あまつさえ捨てられようものなら、俺はこの世界で生きる意味を失う。

 恩人(オフィーリア)から託されたオリビアに捨てられた無能人形に、価値などありはしない。

 だから俺は他人に自分の正体は決して明かさないと心に決めていた。


 そして現状。

 誤解からだがギィセ達に襲われ、犬獣人の攻撃で仮面は剥がれ、ミシェーラには女だと見破られ、魔導人形だとばれた。

 俺の誓いは容易く崩れ去った。







 ブラックホークをホルスターから抜き、体幹を狙って早撃ち。やはり読まれているのか、ミシェーラは深く刺さった短剣を手放して躱す。

 だが充分だ。


 貫かれた手首を基点に収納空間を開いて短剣を飲み込む。開放された腕に魔力刃を作り、真上に向かって跳ね上げる。


「ちっ!」


 驚いて動きを止めていたミシェーラだったが、こんな安い不意打ちでやられてはくれなかった。身を躱しながら魔力刃の軌道を短剣で逸らしている。

 魔力刃を消して神経糸を巻き取り、帰ってきた腕でブラックホークをリロードする。


「魔導人形? まぎらわしいわねぇ。人間と殆ど変わらないじゃない」


 ミシェーラが気味の悪いものを見る目で俺を睨む。

 やっぱり俺は魔物か。


「ならもう止めるか?」


 こいつの目的が弱者を甚振る快楽殺人なら、痛覚の無い魔導人形(おれ)は興味対象外ではないかと思ったが。


「はっ、冗談。アタシの正体知った奴を生かして帰すわけ無いじゃない」


 だろうな。

 合理的な回答だ。


「じゃあいくぞ、殺人鬼。ここからは魔導人形として相手してやる」


「調子に乗るなよ、玩具風情がぁ」


 瞬間、ミシェーラの姿が尾を引くように霞む。

 その動きを追ってブラックホークを向け、引き金を引く。


「だから、当たらねぇよ!」


 残像を弾丸が突き抜け、虚空に消える。

 だけどこっちだって今までの俺とは違う。

 これまでも手を抜いていたわけじゃない。本気だった。でも全力じゃなかった。仮面を付けている間は自分が人形である事を隠していたから、取れる戦法にも縛りがあった。それが取り払われた今、俺には何の制限も無い。


 俺は少しでも距離を取ろうと駆け出し、同時に片腕を射出した。

 不規則な機動で宙を舞う人形の腕。握る魔銃の引き金を引き、視覚の外から狙い撃つ。

 ミシェーラは俺に向かうのを中断し、弾丸を躱すと共に腰から抜いた短剣を腕に向かって投げ付ける。

 だがそこにもう腕は無い。当たり前だ。せっかくの攻撃端末の動きを止める馬鹿はいない。

 ときに視線を掻い潜り、ときに視線に割り込み、魔力の弾丸を撃ち込む。

 当たればオーガでも命取りになる威力。今までミシェーラには全て躱されているが、裏を返せばその威力は警戒されているという事だ。

 ならば付け入る隙はある。

 俺は開いた手で収納空間からホワイトヴァイパーを取り出す。換えのマガジンは無いが、それならば直接魔力を補充すればいい。今は少しでも火力が欲しい。

 ホワイトヴァイパーは弾の消費が速いので、普通に使っていては供給が追い付かない。ならばブラックホークで隙を作ればいい。


「宙にあり照らせ」


 ブラックホークで撹乱している間にホワイトヴァイパーを持つ腕も射出、合わせて呪文詠唱、魔法を起動させる。

 手乗りサイズの淡い燐光が無数に現れ、俺の周囲に滞空する。


 ミシェーラの周囲を腕が飛び回り、隙を見せれば銃弾を撃ち込む。

 以前ダニーに勝った有線腕によるオールレンジ攻撃だ。あのときと違い、自身の回避も考えているので足は使っていないが、ホワイトヴァイパーがあるので火力は勝っている。加えて今は自分の前に魔法で迎撃網を構築しているので、迂闊には近付けない筈。

 ブラックホークを囮に、その間に魔力が溜まったホワイトヴァイパーを小出しに撃つ。

 ホワイトヴァイパーを割り込ませて警戒させるが撃たず、背後からブラックホークが狙う。

 ブラックホークかと思えばホワイトヴァイパー。

 ホワイトヴァイパーかと思えばブラックホーク。

 黒鷹と白蛇のコンビネーションが殺人鬼を追う。

 だがダニーと違って神経糸で包囲させてくれない。いくら回り込ませても、その隙間を縫うように抜けられてしまう。これは読まれているようだな。


「舐めるな!」


 ミシェーラはまだ短剣を隠し持っていたらしく、それらを抜いて俺自身に向かって真っ直ぐ投擲した。

 俺は即座に躱すが、その場に残っていた光弾は短剣に当たり、幻のように掻き消えた。


「あぁん」


 ミシェーラの口元がいびつに歪む。

 しまった。ばれた。

 展開していた光弾は実は攻撃魔法ではなく、照明魔法のフロートライトだった。

 両腕を飛ばしている状態では懐に入られたときに対応出来ないから、攻撃魔法を構えていると見せかけたブラフを張っていたのだ。


「ブリッツステップ」


 ミシェーラは金髪と外套を靡かせ、弾道と弾道の隙間をジグザグに駆け抜ける。

 拙い。

 両腕からの射撃で行く手を阻もうとするが、全く当たらない。

 蹴りで応戦するか?

 俺の実力じゃどう考えても無理だろ。

 だったら仕切り直すしかない。


「我が身を映せ、スタンドミラージュ」


 詠唱の完了と共に何体もの魔導人形が周囲を取り囲む。同時に俺自身は幻影魔法で姿を隠してその場を離れる。

 飛翔する短剣が俺の足を切り裂いた。

 一瞬の制止。その僅かな時間でミシェーラは眼前に迫り、“技”を発動させていた。


「タイガーファングぅ!」


 悪態を突く間も無く、両手に握られた短剣が真下から迫る。

 かろうじて片足を盾代わりに防いだが、それで終わりではなかった。

 真上に振り抜いた短剣を即座に逆手持ちに変え、軌道を戻るように振り下ろされた。

 さっきは上手くいった防御も、上からの攻撃には対応出来なかった。

 その名の通り虎の牙を模した連撃が、俺やミールの剣では斬れなかったティラノガビアルの鱗で出来た鎧を切り裂く。

 このままでは押し切られる。

 そうはさせまいと魔法を発動する。

 俺が使ったところで子供騙し程度にしかならない攻撃魔法は使わない。

 地面から土や砂を浮かし、風を起こす。殺傷能力皆無の基礎現象だがそれでも使い方次第では有効な一手になる。

 風は渦になり、土や砂を巻き上げた。


「っ、この!」


 ミシェーラは咄嗟に顔を覆ったが、それでも目潰しとしては効果があったようだ。

 その僅かな隙に茂みの中へ駆け込む。

 魔法の有効範囲から外れた砂塵が静かに消える。

 両銃による攻撃は続けていたが、ミシェーラは足を止める事は無く、一発たりとも掠ってすらいない。


「ふざけやがって」


 視界を回復したミシェーラが忌々しそうに呟くが、そこに俺はもういない。

 代わりに無表情な俺の幻影が何体も取り囲んでいる。もちろん幻影に攻撃力なんて無い。その代わり二丁の銃が木々と幻影の隙間からミシェーラを狙う。

 その間にも俺は走った。近付かれれば負ける。ならば撹乱と射撃を只管(ひたすら)繰り返し、奴のスタミナ切れを待つ。

 だが、それで本当に勝てるのか?

 不確かな勝ち筋に対する不安が()ぎる。

 もし次に接近を許したら、同じ手は通じないだろう。

 なら甘いんじゃないか?

 漂ってきている花の香りと同じで。

 ん?

 花の香り?


「丁度良い」


 その香りの正体に気付いた俺は向きを変え、発生源へとひた走った。







 黒鷹と白蛇が周囲の木々や幻影を隠れ蓑にしながらも、鋭い爪牙を突き立てようと襲い掛かる。


「面倒臭いまねしてくれちゃって」


 ミシェーラは悪態を吐きながらも的確に銃弾を躱しつつ、やはり下級冒険者程度ではあの人形の相手にならなかったと分析する。

 ワイヤーで操られた両腕が持つ飛び道具の威力は絶大で、まともに当たれば皮と肉を容易く穿ち、骨を粉砕するだろう。

 今まで全て回避が続いているのは、ひとえにミシェーラの技量故にだ。

 ミシェーラは殺しを楽しむときは麻痺毒で自由を奪ってからじっくり嬲るが、正面からの戦闘でも並の冒険者を軽く凌駕している。もしギィセのパーティー三人が相手なら、五分とかからずに皆殺しに出来るだろう

 そして彼女の技量とは、単純に戦闘に関してだけではない。


(攻撃魔法を迎撃に使わなかった。もしかして使えないのかしらねぇ。それに逃げた方向は…)


 得られた情報の分析、予測。

 そして一度覚えた気配との距離を測れる事。

 魔導人形といえど、意思をもって動いていれば、普通の生物とは質が違うが気配を持つ。

 気配があるなら逃げた方向を追うなど造作も無い。


「人形でもちゃぁんと(ころ)してあげるわ」


 銃撃の合間を縫って、ミシェーラは放たれた矢のように跳んだ。

 その行く手を阻もうと、鋼糸で操られた両腕があらゆる角度から攻撃する。

 ブラックホークは継続的に撃ってくるが、単射な為に間隔が読めるので避けやすい。

 ホワイトヴァイパーの連射による弾幕は脅威だが、魔力供給が追いつかない為に肝心の連射が続かない。

 正面きって戦っていたら、ナタリア自身の判断で的確かつ柔軟に運用されただろう。

 だがそのナタリアは距離を詰められるのを避け、樹海の奥へと姿を消した。遠隔操作された両腕の動きはぎこちなく、狙いも甘い。完全に悪手だった。


「人形でも怯えるのねぇ。これは解体するのが楽しくなりそうかも…!」


 愉悦に舌なめずりしていたミシェーラは視界に移った銀色の光に身を翻し、木々の隙間に張られていた鋼糸を躱した。

 あの速度のまま突っ込んでいたら、鋼糸は鋭利な刃物と化し、ミシェーラの身体を引き裂いていただろう。


「トラップかぁ。でも甘ぁい」


 視界を巡らせれば、鋼糸はそこかしこに仕掛けられている。だがそのどれもが顔の高さ、致命傷を狙っていた。確かに当たれば大きいが、これでは見付けてくれと言っているようなものだ。

 ミシェーラは鋼糸を掻い潜り、気配の感じる方向へと走った。


「ほぉら、いた」


 両腕を大きく広げた姿勢で立つレイジ。鋼糸を伸ばしすぎた為、それらが邪魔になって回避行動を取る事すら出来ない。

 苦々しげな表情がミシェーラへと向けられる。

 ミシェーラはその顔に愉悦を感じつつ、両手の指の隙間に持てるだけの短剣を挟み込んだ。

 痛覚の無い魔導人形といえど、その重要器官の位置は人間と似ている。つまりは頭や胸などが急所なのだ。

 そこを狙い、ミシェーラは短剣を構えた両腕を突き出した。


「残念でしたっ!」


 両腕の計八本の刃がレイジの胸へと深々と突き刺さり、同時にミシェーラの脇腹に浅い痛みが走る。

 目の前に立つレイジの姿が霧散し、代わりに一本の木がミシェーラの短剣全てを受け止めていた。


「掛かったな」


 その木の後ろから銀髪蒼眼の魔導人形が顔を出した。







 ただ撃ったって当たらない。

 幻影魔法も気配でばれる。

 だから罠を仕掛けた。

 照明魔法も風魔法も土魔法も目眩まし。

 二丁の銃も鋼糸も囮。

 気配を追うなら追えばいい。

 その先に俺はいる。


 幻影魔法で丁度いい木に俺の姿を投影し、もう一つ罠を施す。

 銃と鋼糸で追ってくる方向を誘導し、木の後ろに隠れた。

 ミシェーラはやはり俺の気配を読んで追ってきた。彼女の読み通り、確かに俺は()()()にいた。ただし、その間には俺の姿をした木(ダミー)があるけどな。

 俺の気配の位置は木の後ろだとは気付かなかったミシェーラはそのままダミーに攻撃した。その瞬間にもう一つの罠が作動する。

 手に入れていた短剣を鋼糸がバネ仕掛けの要領で弾き、ミシェーラの脇腹を浅く切り裂いた。


「待ってたぞ」


 俺は幻影魔法を解いて木の後ろから姿を現した。


「ちっ!」


 ミシェーラは木に深々と刺さった短剣を手放し、大きく飛び退いて距離を取った。

 そして呆れるほどに備えているのだろう。外套の下から更に多くの短剣を取り出した。


「何本持ってんだよ、お前」


「さぁて、何本あると思う?」


 別にどうでもいい事なのだが、ミシェーラは挑発するように訊き返してくる。


「もう十本くらいあっても驚かんよ」


 いやらしい笑みを浮かべるミシェーラは脇腹の傷など気にした様子も無い。

 やっぱりあれくらいじゃダメージとも言えないか。


「そうねぇ。まぁ、大体正解」


 相手の攻撃手段は豊富。技量も俺より上。

 俺の両腕は樹海内を縦横無尽に飛び回ったせいで、戻るまで時間が掛かる。それどころか伸ばした神経糸が邪魔でまともに動くのも難しい。

 残された攻撃手段は魔法くらいだが、俺の攻撃魔法がこいつに通用するとは思えない。

 不利どころの話じゃない。


「それじゃぁ、これでおしまいよ!」


 決着を着けようとしたミシェーラだが、一歩も動かずにその場に立っている。


「な、何で、体がっ!」


 命令に従わない自分の体に叫ぶミシェーラ。


「ルビーアナホリバチだっけ?」


「まさか、おま、えっ」


 俺に言われて、ミシェーラは自分の身体に何が起こったか、そして地面に落ちている一本の短剣に気付いた。

 それは先ほどミシェーラの脇腹を掠めた、そして俺の手首を貫いたミシェーラの短剣だ。

 貫かれた手を開放する為に収納空間に入れてからそのままだったので、利用させてもらった。

 あれほど自信満々に語っていたのでさぞ強力なのだろうと思っていたが、なるほど、確かにこれは凄いな。


「あっ、うっ」


 痺れが口にも回ってきたのだろう。声もまともに発せなくなったミシェーラが小さく痙攣し、何本もの短剣が手から零れ落ちる。

 さて、じゃあじっくり腕を回収してとどめを刺すか。

 なんて面倒な事をするつもりは無い。


「おい、もう食べていいぞ」


「シャー」


 この場所を選んだのは、ここが手懐けたマンイーターの縄張りだからだ。

 俺の指示で隠れていたマンイーターが木の上から降り、涎を滴らせた口を大きく開いた。

 ミシェーラの顔が引き攣って涙を滲ませる。それは麻痺のせいか、それとも恐怖からか。


「ん、あ、っ」


 何か言おうとしているようだが、残念ながら俺はそれを聞く気が無い。


「さようなら、殺人鬼」


 マンイーターの大きく開いた口がミシェーラの頭に覆い被さった。


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