第五十八話 ロストハート④
人間のギィセ、犬獣人のジニー、エルフのステイシー。
一旗揚げようとそれぞれの田舎や隠れ里からイングラウロに上ってきた若い冒険者である。
突出した才能や能力は無いながらも実直に依頼をこなし、三人揃ってEランクに昇格した。
命を預け合う日々の中で恋が芽生えるのは、冒険者の間では別段珍しくない。
ギィセとステイシーは互いに惹かれ合い、晴れて恋人となった。
ジニーに思うところが無いでもないが、そこは大事な仲間の事。彼はギィセとステイシーが結ばれた事を祝福した。
ギィセもステイシーもジニーに感謝し、同時に自分達の未来を思い描いた。
このまま冒険者家業を続け、順調に昇格し、いつか子供をもうけ、幸せな家庭を築く。根拠の無い妄想だが、それを嘲う権利など誰にもありはしない。
だがその未来図はステイシーの死によって脆くも崩れ去った。
任務で魔物に敗れたのならこれも冒険者の宿命と、事故や病なら人の身の理と、嘆きはしても受け入れられただろう。
だが違う。
ステイシーは心臓収集家に殺されたのだ。
警備隊による検分では生きたまま四肢を切り落とされ、両目を潰され、散々苦痛を与えられた果てに心臓を抉り取られたのだという。
これを聞いたとき、ギィセの中には一つの決意が芽生えた。
「同じ苦痛を味わわせてやる」
心臓収集家への復讐と言う、至極真っ当且つ当然の念だった。
そしてこれは彼だけの想いではない。
度重なる心臓収集家の被害に、他の冒険者達の間にも不穏な空気が流れていた。
大都市であるイングラウロは他に比べて圧倒的に治安が良く、そこを拠点とする冒険者も弁えてはいるが、彼らは本質的に荒くれ者が多い。拠点周囲で自身の、または仲間の安全が脅かされて黙っていられるような輩は少数派だった。犯人探しを始める者が現れるのも自然な事である。
だがいくら魔物や冒険者同士の戦闘に強くとも、捜査に関しては素人だ。各地の警備隊の手に余っている連続殺人犯を捕らえられる筈も無く、大勢の冒険者が手掛かりすら掴めぬ現状に奥歯を噛み締めながら日々を過ごしていた。
だがギィセは例外だった。
「怪しい人物に心当たりがあります」
彼女、ミシェーラは以前に樹海内の薬草採取の護衛を依頼してきた少女だ。依頼完遂後も交流が続いていた彼女はギィセがステイシーを殺した犯人を追っていると知り、協力を申し出たのだ。
「ミシェーラさんよ、その人物って誰なんだ?」
ギィセ以上に前のめりになったジニーが尋ねると、ミシェーラは説明し始めた。
「思い出してください。心臓収集家と同時期に出現した不審な男に、私達は出会っています」
言われてギィセとジニーは合点が行った。
樹海内で助けてくれた仮面の男。当初は冒険者かと思われたが、調べてみればそのような名の冒険者は存在しなかった。
他の冒険者にその男の事を尋ねると、男と遭遇した冒険者は何人かいた。男は魔物を倒してもその素材や装備を回収するのは稀で、まるで魔物を殺す事が目的のように見えると言う。
あれからギルドで一度も見かけない男が冒険者とは考えにくい。
ならば何なのか。
調べれば調べるほど不審な点が溢れてくる。
愛する人、仲間を奪われた彼等の中で一本の線が繋がった
たとえその線が綻びだらけだったとしても、物的証拠など無くとも、憎悪に曇った目には真実に思えたのだ。
彼等にとって仮面の男は既に恩人ではなく討つべき仇敵だった。
仮面の男は今でも樹海で目撃されている。一人でいるところを押さえるのは難しくないだろう。
だがここで彼等に一つの問題があった。
彼等の実力で仮面の男に勝てるのか。
相手は不意打ちとは言えティラノガビアルを瞬殺する実力者だが、ギィセとジニーはステイシーがいた頃ですらそのティラノガビアルに苦戦していた。正面からぶつかり合って勝てるとは到底思えない。
「私に考えがあります」
そこでまたもミシェーラな妙案を出した。
「樹海の魔物を誘導して仮面の男を襲わせます。疲弊したところで仕掛ければ勝機はある筈です」
彼女の意見に二人は賛成した。
三人は毎日のように樹海を散策し機会を窺い、この日ついに仮面の男を発見した。
ジニーが偶然見つけたオーガの群を誘導し、ギィセとミシェーラは他の魔物が横槍を入れないように魔物避けの香を周囲に配置した。
そして予定通り仮面の男がオーガの群と戦闘を開始したが、始まってみればその実力に息を呑んだ。
群は下位のオーガばかりだが、それでもDランクだ。冒険者ならCランク程度の実力では単独撃破など不可能だろう。
それなのに仮面の男は危ないところこそあったものの、結果的にはさした被害も無く殲滅して見せたのだ。
かといってここで諦めると言う選択肢は無い。
かくしてギィセとジニーの敵討ちが始まった。
「ぐっ!」
身を起こしながら振り向くと、剣を抜いた犬獣人が怒りの形相で俺を睨んでいた。今の攻撃はこいつか。
だけど何故だ?
「こんな事される覚えは無いんだけどなぁ。カルシウム足りてるか?」
木に寄りかかって立ち上がり悪態を突くように尋ねると、答えは違う方向から返ってきた。
「それはお前が心臓収集家だからだろ」
森の奥から男と少女が現れた。男には見覚えがある。以前ティラノガビアルを狩りに来た時に助けた男だ。
ついでに思い出したが、犬獣人と少女もその時のパーティーにいた奴だ。しかしエルフの女魔術師だけが今この場にいない。
「お前、確かギィセだったか。だが心臓収集家? 何の事だ?」
「惚けるな!」
唐突に犬獣人が吠えた。
「心臓収集家とお前がイングラウロの近くに出るようになったのは同じ時期だ。それにあの後ギルドで調べたら“レイジ”なんて名前の冒険者はいなかった。魔物を狩るなら、たとえ本職じゃなくてもギルドに登録するのが普通だ。素材買取なんかの手間が楽になるからな。それをしてないって事は、身元が割れるのが拙いからだろ?」
まるでミステリー物の崖の上にいるみたいに得意げに語ってるが、何言ってんだこいつ?
俺を何かの犯人と勘違いしてるようだ。
ギィセと犬獣人は武器を手に憎悪の篭った目で、少女は木の陰に隠れながら怯えた目で、俺をじっと見ている。
「いまいち話が見えんが、俺をその心臓収集家だと思ってるなら人違いだ。紛らわしい事していたのは認め――」
唐突に顔の横を風が掠め、目線だけで追うともたれていた木の幹が抉られていた。
ギィセの抜いた槍の穂先がこちらを向いている。明らかに槍の届く距離じゃなかったが今のは槍の“技”か。
「もういい。あくまでしらばっくれるならこっちにだって考えがある」
ギィセと犬獣人は武器を構え、真っ直ぐに突っ込んできた。
問答無用か。
咄嗟に跳んで回避すると同時に弾切れのホワイトヴァイパーを収納空間に放り込み、代わりに腰から提げていたブラックホークを抜いた。
「ああ、そうかい。じゃあこっちも相応にさせてもらうさ」
相手が聞く耳持たないなら遠慮はしない。
俺の中でこいつらは“敵”として認定された。
ブラックホークの引き金を引き、魔力弾で犬獣人の肩を貫く。
「ぐぅっ! だがこの程度、ステイシーの味わったものに比べれば!」
犬獣人は一瞬呻いたが、即座に自らを奮い立たせて向き直った。
「そうだ! あいつの受けた苦痛はこんなものじゃない!」
ギィセも叫びながら槍を片手で持ち、大きく引いた構えを取る。
だが槍の間合いには遠い。
来るか!?
反射的に左手に魔力刃を出して穂先の直線状を阻むと、甲高い音が響き渡った。俺の判断は正しかったらしい。さっきの飛ぶ刺突だ。
ただでさえ長い槍の間合いを更に延長されては、銃の優位性が揺らぐか。
衝撃で体勢が少し乱れたところに黒い影が落ちる。見上げると犬獣人が高く掲げた剣を振り下ろさんとしていた。
「くらえぇ! ヘヴィソード!」
渾身の一撃だろうが、こっちはそんな大振りをもらうほどの隙じゃない。
見てから回避余裕だ。
衝撃が地面を抉るが、もうそこに俺はいない。
そしてむしろ相手こそが致命的な隙を晒している。
「甘い」
「なっ!?」
剣を振り下ろして無防備な両腕を魔力刃で一閃、更に前蹴りで追撃。大きく姿勢を崩したところにおまけでブラックホークを三、四発撃ち込むと犬獣人は倒れ、そのまま動かなくなった。
「お前ぇ!」
ギィセが激昂して叫んでいるが、仕掛けてきたのはこいつらだ。恨むのは勝手だが、俺がそれに付き合う義理など無い。
「貫け!」
さっきと同じ構えだが、それに加えて魔力で生み出された風が槍を包むように渦巻いているのが判る。上位技か。
受け止めるか、回避か。一瞬の思索の後、俺は引き金を引いた。
「サイクロンストライク!」
旋風を伴う刺突と魔力弾がぶつかり合い、青白い閃光と轟音を巻き起こす。
俺が撃ったのは炸裂弾、それもマガジン内の残り魔力殆どをつぎ込んだ一撃はギィセの“技”を粉砕するには充分だった。
ブラックホークをホルスターに仕舞い、立ち込める黒煙が視界を遮る中を突っ切って高く跳躍する。眼下のギィセは“技”の反動か、その場から動いていない。
先程の犬獣人の攻撃を焼き直すように、落下の勢いを乗せて魔力刃を振り下ろした。
魔力刃と槍がぶつかる甲高い音が響く。
ギィセは俺の攻撃を辛うじて防いだが、既に手遅れだ。
俺は両腕の魔力刃で絶え間無く攻め立てる。
飛ぶ刺突も懐に入ってしまえばただの槍だ。むしろその長さが仇になって対応が遅れる。
逆に俺の魔力刃は小回りが利くようにいつもより短くしている。ここまで接近された槍にしてみれば、間合いの内側から細かな動作で繰り出される攻撃は天敵だろう。
魔力刃を振るうごとに金属音が耳を劈く。
一撃一撃を後退りながらも何とか捌き続けるギィセだが、それも徐々に遅れ始めている。このままいけばいずれ対応しきれなくなり崩れるだろう。
だがそこまで長々と続ける気は無い。
振り被る刃。狙いは顔面への真っ直ぐな突き。
「くっ!」
進路を察したギィセが槍の柄で阻むが、それは俺の期待通りだった。
俺は腕を突き出すと共に魔力刃を消し、槍を掴んだ。
「!?」
武器を封じられるとは思ってもみなかったらしいギィセの動きが鈍る。その隙を見逃しはしない。
槍を奪うように引き倒し、がら空きになった腹をもう一方の魔力刃で斬り裂く。
「ぐああぁぁっ!」
ギィセは悲鳴と血飛沫を上げ、よろめいて膝を突いた。
無様な姿を見下ろしながらどうしたものかと思慮する。
俺が何かしらの事件の犯人と疑われているなら、その情報は聞いておくべきか。殺意剥き出しで襲ってきたのだから相応の報復をするのは確定事項だが、それは後回しでも別にいいだろう。
なんて事を考えたが、俺もまだまだ甘い。
視界の端に鈍色の影を捉えた時にはもう遅かった。咄嗟に身を反らしたが躱し切れず、飛来した剣が顔を掠める。
仮面が外れて宙を舞うがそんな事を気にする間など無い。
思わず顔を押さえて飛び退きながらも、剣を投げた犯人を視認する。
それはいつの間にか復帰した犬獣人だった。確かに急所は外しておいたが、こんなに早く立ち上がるとは予想していなかった。
いや、普通に考えれば冒険者なんだから回復薬くらいは持っているだろう。俺の考えが浅かった。
「グァォ!」
犬獣人が血走った目で迫ってくる。
さっきまでより動きが速い事に少し驚いたが、対処出来ない速度じゃない。それに武器を投げたのも悪手だろう。
「邪魔だ」
魔力刃を消してブラックホークを抜き、マガジン内残り魔力全てで炸裂弾を形成する。かろうじて一発撃てるだけしかなかったが、今は一発あれば足りるだろう。
射程まで引き付けて引き金を引く。
青白い爆炎が空気を裂き、熱と衝撃の暴力で以って犬獣人を打つ。
距離を取ってリロードしながらギィセの様子を見ると、外套を羽織った何者かが傍に膝を突いて手当てしていた。フードの隙間からブロンドヘアーが覗いているが、あのときにいた少女か。彼女自身は戦力外のようだが、ギィセを回復されると面倒だな。
ブラックホーク用マガジンの予備はまだ沢山あるが、元々数の少なかったホワイトヴァイパーのマガジンはもう無い。オーガとの戦闘で落とした間抜けな自分に心の中で飛び膝蹴りを喰らわせる。
「グルゥ、ガアッ!」
犬獣人は動きを止めていたが、煙を払って俺の姿を視認すると再び牙を剥いて襲い掛かってきた。
犬獣人を対処するか、ギィセの回復を阻害するか。
二者択一の状況にあったが、考える時間は無かった俺は前者に身を委ねざるを得なかった。
迫る爪牙を躱し、腹に脚にと銃弾を撃ち込む。だが犬獣人は僅かに怯んでも、次の瞬間には何事も無かったかのように動いている。
まるでシャーマンエイプに操られた死体だが、こいつの動きは生者のものだ。
単純に痛覚が鈍化しているのか。ならば理由は怒りか、それとも薬や魔法の類か。
いや、どうでもいいな。
話し合いの姿勢も実力差も見せた。それで尚向かってくるなら躊躇う余地は無い。
降りかかる火の粉は払って、それでもまだ来るなら踏み消す。
「グァウ!」
威勢よく叫んではいるが、多少脚が速くなったところで対処出来ないほどじゃない。腕力もゴーレムやオーガのような防御不能な威力でもない。
迫る爪牙を躱しながらちらりとギィセを見やると、傷に包帯を巻いてはいるが立ち上がる様子は無い。即応性の回復手段は用意していないのか。
「ガアッ!」
回避しつつも無防備だった左腕に犬獣人の牙が喰らい付いた。
だがそれは俺が誘った通りの結果でしかない。
犬獣人の牙はティラノガビアルの篭手を貫けず、挟んで拘束するのが精々だった。と言うのは正しくないな。この状況、拘束されたのは俺ではなくむしろこいつの方だ。
篭手に噛み付く事に執着して脚の止まった犬獣人の腹に銃口を突き付ける。ティラノガビアルの表皮を穿つ魔力弾の零距離射撃を簡素なプレートアーマーごときで防げるわけが無い。
さっきは急所を避けたが、また起き上がられても面倒だ。今度は確実にとどめを刺す。
圧縮された魔力の銃弾が胸のど真ん中を貫くと、牙に込められた力が僅かに緩む。
未だ牙の隙間にある左手に魔力刃を形成し、そのまま振り抜いた。犬獣人の頭の上半分が飛び立ち、無様な音を立てて地に落ちる。
「!」
一息吐く間も無く、頭上から無数の銀閃が降り注いだ。
咄嗟に両腕で頭を守るが、研ぎ澄まされた刃が二の腕や太腿と言った鎧に守られていない箇所に傷跡を残す。
一瞬の通り雨だったが、それでも俺の身体に少なく無い傷を付けた。
「いい反応してるわね」
そう言ったのはギィセの傍に立つ外套の少女。しかし以前見た彼女とは雰囲気がまるで違っていた。
彼女に戦闘能力は無いと判断していたが、それは誤りだったようだ。
外套を開いて露になったのは軽鎧と腰に提げた無数の短剣。彼女から漂う殺気の質はギィセや犬獣人とはまるで違う。
俺の直感が告げている。こいつは強い。
「でももうおしまいよ。いい声で鳴いて頂戴ね」
伸びた舌が愉快そうに色の良い唇を舐めた。




