第五十七話 ロストハート③
今年も『メイド人形はじめました』をよろしくお願いします。
いつも通り登校するお嬢様を見送り、いつも通り錬金術を練習し、いつも通り樹海に潜る。
ゴブリンを、オークを、コボルトを、その他の魔物を倒しながら、半ば習慣化したルートを進む。
特に何の変哲も無い普通の日だった。
ホワイトヴァイパーも手に馴染んできたし、このままあと一時間くらいは続けようと思っていたのだが、急に魔物が現れなくなった。
さてどうしたものか。ここで帰ってしまうか。
しかしもう少し試したい戦法もあったんだけど。
思案しながらも足を止めずにいると、何処からか足音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、足音は複数、かなりの勢いでこちらに近付いてきていると判った。
足音の方向を向いて身構えていると、とうとうそれは来た。
「ひいっ!」
「グアアァァァォ!」
逃げ惑う犬の獣人とそれを追う角の生えた大男が五人。
こいつはもしかして鬼人、いや、オーガか。
オーガはゴブリンやオークと言った下位の魔物の進化系よりも格上の魔物だ。それが五匹も。
これは余裕こいていられる相手じゃないかもしれないが。
「相手にとって不足無し!」
俺は仮面の下で笑みを浮かべながら地面を蹴った。
「アンタは下がってな」
犬獣人と入れ替わるようにオーガの前に躍り出る。
まずはこっちを敵だと認識してもらわないとな。
オーガの群に向けホワイトヴァイパーを薙ぐ。軽快な振動と重厚な発砲音を連れて吐き出された魔力弾に、オーガ達が足を止める。
だがそれは一瞬で、弾幕を凌ぎ切った獰猛な目が俺を睨み付けた。ダメージを受けた様子は無い。
だろうな。ブラックホークとホワイトヴァイパーの単発威力はほぼ同じで、この二丁の火力差は連射力だ。弾を分散させたサブマシンガンの威力なんてたかが知れている。
「ガアァッ!」
振り下ろされる棍棒を後ろに飛び退いて躱し、同時に群全体を見渡す。
オーガは棍棒や剣など統一はされていないが全員が武器を持っている。それに今の一撃、以前戦ったゴーレムほどではないにしてもそれに次ぐ攻撃力、つまりモロに喰らえばヤバイ。
それが五匹。これはキツイかもしれないが、だからこそ倒し甲斐がある。
幸い攻撃のスピードは充分に躱せるレベルだ。勝てる。
「群を一人で対処するには」
敵と敵が縦に並ぶように位置取る事。
そうすれば後ろの敵は前の敵が邪魔になり攻撃出来ない。連携や統率の取れていない敵ならば下手をすれば同士討ち、そのまま仲間割れすら引き起こす。
「グオオっ!」
「ガッ!?」
案の定、オーガ達は互いが互いの邪魔になり、動きが乱れた。そこ合わせて引き金を引くと、白い毒蛇が迅速に死を運ぶ。
「ガッアッ!」
一匹が頭から血を噴き出して倒れる。
集中すれば威力はご覧の通りだ。
「グオゥッ!」
オーガの群はホワイトヴァイパーの威力を警戒してか、俺を取り囲むように散開しだした。
だが鈍足のオーガが俺を包囲するなど不可能だ。
真っ先に動いたばかりに仲間から距離を取ってしまった一匹の前に立ち塞がる。
「グッ、ガアアァァ!」
一瞬たじろいだオーガは、それでも咄嗟に剣を振り上げた。だが遅い。
後ろに跳びながら、剣を撃って腕ごと大きく弾く。
撃ちっ放しの銃口をそのまま振り下ろせば、魔力弾が胸板に幾つもの赤い穴を穿つ。
だがそれでも剣を手放さず踏み止まって耐えているのは、流石はオーガと言ったところか。最初の一匹は当たり所が悪かっただけのようだ。
だがそれならばまだ撃てばいい。
マガジン一本分の魔力弾を受け、漸くオーガは倒れ伏した。
あと三匹。
「グアアアァァッ!」
「グオオオオオォォ!」
「あ、やべぇ」
残りのオーガ達は玉砕覚悟とばかりに固まって突っ込んできやがった。
しかもホワイトヴァイパーは弾切れ中。直接補充しながら撃つと消費に追い付かない。
なんとかリロードしないと。
オーガ達の速度は追い付かれるほど速くはない。だが距離を詰められないように足を止めずに収納空間からマガジンを出してリロードするとなると難しい。
何とかリロードの隙を無くせないものか。
例えばグリップの真下に収納空間を開いてマガジンを落とせば手間が省ける……あれ、なんだこの違和感? いや、既視感は。
カンッ
「しまった!」
途中で変な事を考えたせいで換えのマガジンを落としてしまった。
マガジンは俺を追うオーガの強靭な足に踏み潰された。
ホワイトヴァイパー用のマガジンはブラックホーク用ほど数がないのに。
何より、馬鹿な俺は拾おうと手を伸ばしてしまった。戦闘中、しかも敵に迫られているのに足を止めるなんて愚の骨頂もいいところだ。
「グオゥッ!」
ほら、オーガがここぞとばかりに棍棒振り上げてるし。
「ちっ」
咄嗟に横に飛び込み前転で躱す。ゲームなんかと違って回避モーションに無敵判定なんて無いが、どうにか避けきれた。
即座に立ち上がって走り、巨木の裏に逃げ込む。
手早くリロードし、すぐに来た方と反対から飛び出す。
オーガは全員が馬鹿正直に俺の後ろをそのまま追っているわけではなかった。一匹が挟み撃ちしようと既に先回りしていたのだ。
だが動作が遅い。身を回転させて脇を擦り抜けながら左手の魔力刃で太腿を切り裂く。
浅い。
けど、この一瞬に注意を逸らせたら充分だ。
背後に跳びながらホワイトヴァイパーを後頭部目掛けて撃ち込む。
「アガガガッ」
衝撃で震える背中を蹴り飛ばし、大きく後退しつつ新しいマガジンを取り出した。
やっぱりホワイトヴァイパーはマガジンの消費が激しすぎる。連射による制圧力はあるけど、その制圧を維持出来ないのは問題だな。オフィーリアが生きていれば改良を頼めたが、それは言っても仕方ない。
オフィーリアは設計図も遺してくれてたし、最近は俺の錬金術もそれなりに細かい加工が出来るようになってきた。いずれは自分で武器を改良したり作ったりしてみたいな。
残り二匹のオーガは同族の死を前にしても躊躇わず突っ込んでくる。
まだリロードが終わってない、って、さっきのような愚を二度もやらないさ。
隙が無ければ作ればいい。
突っ込んでくるオーガに、こちらも敢えて真正面から突っ込む。
「ガアッ!」
「グゥッ!」
振り上げられる剣と棍棒の隙間を縫うようにすり抜ける。
クソ、腕に掠った。
だがこれくらいなら大丈夫だ。
今までの戦いで判ったが、こいつらは基礎能力こそ高いが知能はオークやゴブリンと大差無い。ならば軽い陽動にも引っ掛かる筈。
「我が身を映せ、スタンドミラージュ」
今回は以前に試した略式では出せる数が足りないので、正式な全文を詠唱する。
即座に振り返ったオーガ達は俺を追おうとして、しかしその場に踏みとどまった。
そりゃそうだろ。どの俺を狙えばいいか判らないだろうさ。
幻影魔法スタンドミラージュは自分の幻を出現させる魔法。自分のイメージと魔力さえあれば同時に複数出す事も出来る。
周囲には十を越える俺がオーガを取り囲んでいる。最初は数で有利だったのに、徐々に削られ、そして今の光景ときたら、オーガは内心でどう思っているのかね。
とは言え、所詮幻は幻で、攻撃力なんて無い。それにこれを動かそうと思えば、たとえ一体でも難易度は跳ね上がる。だけどそれでいい。今はリロードする隙を作る為だけに使ったのだから、僅かな時間を稼げれば充分だ。
ガチャ
ほらな。
実はオーガのすぐ傍にいた俺はリロードを済ませ、最早接射とも言える距離で引き金を引いた。
青白い魔力弾がオーガの身体に突き刺さり、入れ替わるように真っ赤な飛沫が上がる。
巨体が倒れ伏すと同時に飛び退き、スタンドミラージュを解除すると共に詠唱。幻影の群をそれぞれの位置やポーズを変えて再展開する。
「グぅ、ガアッ!」
オーガは一瞬考えるような素振りを見せたが、今度は本物の俺に真っ直ぐ向かってきた。やっぱり幻影魔法で完全に相手を欺くのは難しいようだ。さっきのように僅かに惑わせるのが精々だろうし、それも回数を重ねれば慣れてしまうだろう。
下手に多用するものじゃないな。
横薙ぎの剣を咄嗟に出した魔力刃で受ける。
「うわっ!」
だが相手はあのゴーレムに次ぐ怪力のオーガだ。俺ごときが受け止められるわけも無く、そのまま弾き飛ばされた。
どうにか受身を取って威力を殺し、しかし勢いはそのままに立ち上がって地面を蹴る。
数瞬遅れて、俺がいた場所を剣が抉った。
あの威力を前に足を止めるわけにはいかない。
基本に立ち返って、攻撃を躱して隙を突く。そう思ったのだが、オーガは残り一匹になった事で自棄になったのか怒り狂ったのか、どちらにせよ猛攻が止まる様子が無い。
無骨な剣が力任せに振るたびに空気が野太い悲鳴を上げる。隙の大きい大振りだろうが、絶え間なく続けられては反撃を差し挟むのも難しい。
魔力刃で攻撃を受け流して隙を作る、なんて考えたが、近接戦ド素人の俺にそんな器用な真似が出来るわけがない。今までだって魔力刃の性能に任せたゴリ押しだったのに。
受ければ押し負ける。
ホワイトヴァイパーは弾切れ。
幻影魔法はもう効かないだろう。
どうするよ、俺?
ほら、余裕ぶって熟考してる暇なんて無いぞ。
オーガの剣がもう目の前まで来てる。
余計な事は考えるな。
やるべき事はそんなに多くない。
ゴーレムのときと同じだ。
自分の全部を使って攻める。
「ゴァァア!」
振り下ろされた剣。
これまで通り下がって避ける。
間髪入れず外向きに薙がれる。
受けるのは不可能。
だが押すのはどうだ?
ギィン!
振り抜かれる剣の後を、しかしそれ以上の速度の魔力刃で追い、無防備な峰を弾き上げる。
結果、オーガ自身の意図していた以上に勢いが付き、大きく体勢を崩した。真正面ががら空きだ。
それはこちらも同じで、左手の魔力刃は振りぬいた直後、右手に握るホワイトヴァイパーはまだ撃てない。
だが、攻める手段はまだある。
勢いに任せて、足を大きく振り上げる。
ただの蹴りじゃ弱いが、そこに魔力刃を出すとなれば話は違う。
「喰らえ」
って、足から魔力刃を出したらブーツが破れるだろ!
俺は慌てて足を引っ込めた。
「ん? あれ?」
待て。
何で俺は足から魔力刃を出そうとした?
何で俺は足からも魔力刃が出せると、出したらブーツが破れると知っている?
そんな事、今まで一度も試した事無い筈なのに。
いや、した事がある?
考えれば考えるほど、その光景が脳裏に浮かぶ。
これはあのゴーレムと戦ったときの、だが俺は知らない。こんな俺を、俺は知らない。
「グゥ!」
戦闘中に考え事をするのが俺の悪癖らしい。
体勢を戻したオーガが吼えながら剣を振りかぶった。
「ちっ」
思わず舌打ちした瞬間、ホワイトヴァイパーの魔力補充が完了した。
「ガアアァァァ!」
「こ、のおぉっ!」
咄嗟に半身ごと右腕を突き出して引き金を引く。剣よりも速い銃弾がオーガを貫いた。
銃弾一発一発が撃ち込まれるたびにオーガの身体が小刻みに振動し、同時に命を削り取る。そして補充した魔力全てを使い切ると同時に銃弾の発射が止まり、オーガの巨体が大きく仰け反ってそのまま倒れ伏した。
毎度の事ながら、何とも締まらない。
人形の身体だから平静を装っていられるが、人間だったら息を荒げて汗を滝のように流していただろう。
流石に疲れたな。今日はもう帰ろう。
「お、おい、あんた!」
身を翻す俺を呼び止める声に振り返ると、犬獣人の男が駆け寄ってきた。そう言えばこいつがオーガから追われてたのに割って入ったんだったな。
犬獣人は冒険者らしい出で立ちで、剣を持ってはいるがオーガの群に一人で立ち向かうのは無理だと判断して逃げていたようだ。
「お陰で助かったよ」
「別に助けようと思ったわけじゃない」
善意でもなく、単に俺が強い魔物と戦いたかっただけだからな。礼を言われる筋合いなど欠片ほども無い。
「じゃあ、俺はもう行くぞ」
そう言って今度こそ帰ろうと、俺は踵を返そうとした。
「ヘヴィソード」
「!」
完全に虚を突かれた俺は無防備な背に一撃を受け、衝撃のあまり木に叩き付けられた。




