第五十六話 ロストハート②
特に物語の本筋に関わらないこの世界の宗教について
ネコメ屋を後にした俺達は、次にクリスティナの案内で教会に来ていた。
教会は全体的な雰囲気で言えばキリスト教の教会のイメージに近いが、シンボルは十字架ではなく白い環と黒い環をバツ印で繋げて眼鏡のような形にしたものだ。
そう言えばこの世界の宗教については何も知らなかったな。
「あー、私、教会来たの初めてだわ」
そう言ってオリビアは少し遠い目をする。
「そうなのですか?」
「うん。お父様もお母様も武重厚だったから」
「それを言うなら無宗教でしょ」
オリビアの間違いをエイミーが訂正する。
エイミーがいなかったらまだこの世界の知識が足りない俺は武重厚について真剣に考え込んでいただろう。
「ええと、私も熱心な教徒というわけではないのですけど、教会の雰囲気は好きなんです。何と言うか、心が引き締まる感じがするんです」
クリスティナの言う事は解る。
前世でも寺や神社には独特の雰囲気があった。ああいう場所に来ると普段は宗教や神様を意識していなくてもつい姿勢を正したりしてしまう。
「クリスティナさん、私はこの宗教について全く知りませんので、よろしければ教えていただけませんか?」
「ええ、いいですよ。と言っても、私に解るのは一般的な範疇ですけど」
そう言ってクリスティナはこの宗教、その発端である神話を話し始めた。
この世界が出来る前の無の空間に、神々の世界からブランセスとノワレルと言う夫婦神が降り立った。
ブランセスは光と生命を、ノワレルは闇と破壊を司り、二柱の力が交わる事で世界は生まれた。
世界の形が定まると、夫婦神は神々の世界から炎と戦いの神ルージェル、水と知恵の神ブルゴス、木と豊穣の神ヴェルデル、土と発明の神マロゴール、雷と旅の神ジューネルを呼び寄せた。
夫婦神と呼び寄せられた神々は豊かな自然と数多の生命を作り出した。
ブランセスは知性ある生物を作ろうと、男女三組の子供を作った。
最も知恵のある男女はエルフの、最も力のある男女はドワーフの、両方の中間とも言える男女は人間の祖になった。
ノワレルもブランセスを真似て子供を作った。
だが出来上がったのは人とはかけ離れた姿の魔物だった。
これはおかしいと思ったノワレルはブランセスの協力を得ながら子供を作り直した。
そして獣人、人魚、鳥人、竜人などが生まれた。
ノワレルの子供達はブランセスの子供達にも受け入れられ、彼らを纏めて人類と呼ぶようになった。
そして人類はその数を増やしていった。
これで世界は賑やかになる。神々はそう思った。
しかしそうはいかなかった。
魔物が人間達を襲い始めたのだ。
今まで戦いを経験した事の無い人類は多くの命を失った。
ノワレルは人類を助けようと主張したが、それに対してなんとブランセスが反対したのである。
曰く『魔物も同じ世界に生きる命である。人類に肩入れするのは不公平だ』と。これにブルゴスとマロゴールが賛同した。
他の神々はブランセス達の主張を理解しつつも、せっかく今まで見守ってきた人類が傷付き斃れるのを見ていられなかった。
神々はブランセスを説得しようとした。その中には魔物を生み出したノワレルの姿もあった。
必死に訴えかける妻の姿に、ブランセスもついに妥協した。
直接的干渉は許さなかったが、代わりに武器の造り方、使い方、そして神の力の一旦である魔法を人類に与えたのだ。
こうして魔物への対抗手段を得た人類は、完全ではないが一定の平穏を取り戻した。
だがそれは新たな争いの幕開けだった。
ブランセスの子達の中に魔物を生み出したノワレルを非難し、獣人達を迫害する者が現れたのだ。
ノワレルは大変悲しみ、獣人達を救いたいとブランセスに頼んだが、ブランセスが首を縦に振る事は無かった。
ノワレルは獣人達を守る種族を作ろうと、魔族を生み出した。しかし魔族は獣人を守るどころか、人類全てを破滅へと誘った。
この事態にブランセスは仕方なく、魔族への抑止力として天使族を生み出した。
魔族と天使族が拮抗した事で神々から人類への干渉はひとまず終わりを迎える。
時が流れ、ブランセスの子達の中にも獣人への迫害に反対する者、他の種族と距離を置く者が現れ始めた。
こうして人類は部族や国として別れていったのである。
「というのが、現在このブラノワ教に伝わっている神話です」
何と言うか、遣る瀬無い。
それが俺の感想だった。
神話の内容そのものはともかく、獣人差別にまつわる神話を獣人であるクリスティナに語らせてしまったのが申し訳無い。
魔物の俺が言うのもなんだけど。
「ブラノワ教はまだ良いんだよ。問題はブラン教の方」
「あ、あれは私もちょっと…」
エイミーは辟易とした様子で肩を竦め、クリスティナも苦笑いしている。
うーん、気にはなるが、訊いてもいいものだろうか?
「ブラン教はブランセスを最高神として崇めてて、ノワレルはブランセスの世界作りを邪魔する邪神とみなしてるの。それで獣人は魔物や魔族と同じ邪神の手先ってわけ」
「ですから多種族統一国家であるサペリオン王国ではブラン教の信仰は禁止されています。ですが人間族を中心とした国、特に西のグランルーチェ国を中心とした聖国連合なんかでは厚く信仰されています。サペリオン王国とは昔から敵対していますので、万が一ブラン教の信者を見かけたら即刻警備隊に通報した方がいいですね」
迷っていたら先に説明してくれた。
二人はブラノワ教の神話に関してはあまり気にしていないようだが、あからさまに獣人を悪者扱いしているブラン教は良く思っていないらしい。
当然か。
にしてもこんなに判りやすく嫌悪を露にするクリスティナも珍しいな。
「それでブラノワ教に関してですが、ブランセスとノワレルをだけを崇めるのではなく、他の神に祈るのも推奨されています」
「例えば、農家の人なら豊穣の神ヴェルデル、軍人は戦いの神ルージェルって感じ」
最高神だけでなく自分に関係のあるものの神様に祈るっていう事か。
その方が堅苦しくなくて一般受けしやすいって言うのもあるのかもな。
ところでさっきから話題に入ってこないオリビアは?
「ブラの輪が獣人の神様の手の先に…」
「お嬢様、意味不明すぎます」
オリビアは俺達の話に着いてこれず、蹲って頭を抱えていた。
イングラウロはサペリオン王国でも有数の大都市であり、日中であれば大勢の人々が行き交い、地方の街とは比べ物にならない賑わいを見せる。
だが今その一角にある喧騒は、そういった日常とは全く経路の違うものだった。
警備隊が物々しく護送する荷車に事件の臭いを嗅ぎ取った民衆は己の好奇心を満たす為、あるいは自らの安全への指針となる情報を仕入れる為、我先にと群がり始めた。荷車に積まれているものはシートに覆われて隠されているが、それがかえって彼らの興味を惹いてしまっている。
「退け! 見世物ではないぞ!」
先導する警備隊員が荷車の進路を塞ぐほどに群がった野次馬に怒声を上げる、彼らは一向に下がる気配は無い。むしろ人が人を呼び、更に立ち行かなくなるようですらあった。
身勝手な民衆に先頭の若い警備隊員の我慢が限界を迎えようとした瞬間、偶然か神の悪戯か、一陣の風が吹き、荷車を覆うシートを大きく翻した。
「しっかり固定しておかんか!」
「も、申し訳ありません!」
隊長が怒鳴り上げ、若い隊員が即座にシートを抑えて衆人の眼から隠すが、どれだけ急いだところで手遅れだった。
彼らは“人だったモノ”を見てしまった。
四肢をもがれ、心臓を抉り取られた、哀れな犠牲者を。
一瞬の静寂の後、民衆は誰からとも無く警備隊に道を譲り始めた。
警備隊は無理矢理口内に放り込まれた苦虫を噛み潰しながら、図らずも空いた道を進む。
警備隊が通り過ぎ、冷え切った空気の中、民衆は悪夢を忘れようとするかのように各々の生活に戻っていった。
「……」
ただ一人、たまたまこの場に居合わせた男性冒険者を除いて。
種族を超えて婚約した女性の変わり果てた姿を見てしまった彼は、ただ呆然と立ち尽くすのだった。
ファンタジー世界だからって神話が事実とは限りません。
身内からいただいたイラストを第二話のあとがきに掲載しています。
年内最後の投稿になります。
かなり早いですが、皆様よいお年を。




