第五十五話 ロストハート①
イングラウロに来て既に数ヶ月。家事を終えれば錬金術の練習と魔法の参考書作り、時折樹海に潜り実戦訓練とマンイーターの餌やり。そんな平穏な日々を過ごしていた。
今日は学校が休日なのでオリビアはいつもの獣人娘達と出掛ける。
俺はオリビアを見送ったら寮で錬金術の練習をするつもりだったのだが、エイミーが俺にも来て欲しいと言い出したのだ。
「ナタリアさんに是非見てもらいたいものがあるんだ」
そう言われ、俺も一緒に街に出た。
一般的な店屋が開くにはまだ早いが、この時間の方が都合が良いらしい。
「ナタリア、近くに新しいお店が出来たんだって!」
「ちょっと、私の用事を先に済ますって言ったでしょ!?」
「あ、あの、お二人とも、待ってくださいぃ」
はしゃぐオリビアを窘めつつエイミーが先導して着いたしたのは一軒の大きな商店で、看板には『ネコメ屋イングラウロ西通り店』と書かれていた。
ここはエイミーの実家が経営している商店なんだとか。
「エイミーお嬢様とご友人の皆様、お待ちしておりました」
奥から出てきた中年の男性が低い姿勢で俺達を出迎える。ここの店長らしい。
「早速売り場に案内してちょうだい」
「こちらでございます」
店長に案内された先には書籍コーナーがあった。
「発売当初は怪しむ方もおられましたが、今では立派な看板商品になっています」
「ふふん、だってさ、ナタリアさん」
エイミーが得意気に俺を見上げてくる。
好評なのだったら、それは俺としても嬉しい事だ。
「店長、こちらがこの参考書の原本を作ってるナタリアさん」
「おお、貴女が。お会い出来て光栄です」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
店長は俺と挨拶を交わすと、現在の売れ行きについてエイミーに説明を始めた。
「現在、購入者は生徒と思われる方が大半ですが、時折成人の方も買われていかれます。このまま認知度が広まれば更なる売り上げも見込めるでしょう」
「いいスタートが切れたね」
「そのようですね。今回は一年生用『魔法基礎理論』の教科書の半分ほどの内容ですが、残りの原稿もほぼ出来ていますので、もう数日待っていただければ」
自分の魔法習得にも繋がるから積極的にやっているので、もう一週間もすれば完了するだろう。後は魔法陣や系統分けされた魔法の個別の運用法などに手を出すつもりだ。
「うーん、新作はまだ早いかな。今は主な客層の学生に知ってもらう方が優先だから。それに今すぐ出すよりも学校の授業の進行具合に合わせて必要な時期にその部分の参考書を売り出した方が良いと思う」
「言われてみれば確かに。その辺りの采配はエイミーさんにお任せします」
「うん、また役員達と話し合っておくよ」
先の商談のときは俺の思惑通りだったが、今回はエイミーの方から線引きしてきたな。俺を販売や経営には関わらせる気は無いと暗に言ってきた。
俺としてもその方が楽なので、よっぽどの事が無い限り口を出すつもりは無い。
「そう言えば下期になると錬金術や魔道具作成の授業も始まるけど、個人の適正が大きい教科だから、実技より学科の評価が大きいんだって。これも需要ありそうじゃない?」
そしてこうして俺に新たな受注の取っ掛かりを作ってくる。実に商人らしくて俺も楽しくなってくる。
「そうですね。個人的にも興味がありますので、是非挑戦してみたいです」
俺自身よく錬金術で薬を作ったり金属を精製したりしているし、魔道具作成の知識はオフィーリアの遺した魔道具を管理する上でも必要になってくるだろう。
可能な限り身に着けておきたい教科だ。
参考書作りは俺自身の勉強にもなるので今後も積極的に続けていきたい。
「ねぇ、ナタリア」
引かれた袖と声に振り向くと、オリビアが眉間に皺を寄せて暇そうにしていた。
「もう難しい話は終わったならお店の中を回りたいんだけど?」
どうやらオリビアは俺達の商談の間、ずっと待っていたらしい。
クリスティナは陳列されている参考書を手に取って、内容を熱心に読んでいる。
エイミーと店長に視線を戻すと、エイミーは小さく肩を竦めた。
「ナタリアさんに話したい事はもう終わったよ。私は店長ともう少し話してるから、二人で回っておいで」
「では、少し失礼しますね」
手をひらひらと振るエイミーと参考書から顔を上げる様子の無いクリスティナを残し、俺はオリビアと店内を見て回る事にした。
オリビアとナタリアが立ち去ってから、途端にエイミーの表情が険しくなった。
「それで店長、あの事件について確認させてもらえる?」
「それは構いませんが…」
問われた店長はちらりとクリスティナを見やる。
この情報は商人同士の間でやり取りされたものなので、可能な限り部外者に漏らしたくないのだ。
「ああ、心配しなくていいよ。クリスさんは貴族だから、私達と同じかそれ以上を知ってるだろうし」
そう言われて、店長は周囲を見渡して他に人がいないのを確認した上で、声を潜めて口を開いた。
「わかりました。最初の事件は二ヶ月ほど前、バーヘン樹海内で心臓を抉り取られた女性冒険者の惨殺死体が発見されました」
冒険者は常に危険と隣り合わせの職業だ。魔物の生息地に食べ残しが転がっているのも、かつては冒険者が使っていた装備をゴブリンなどが戦利品として奪っていくのも、何ら珍しくない。
だがこの死体は発見されてすぐ、魔物ではなく人間の仕業だと判断された。
「死体からは特殊な魔物の毒が検出されましたが食われた形跡が無く、周囲には魔物除けの香を焚いた跡があったそうです。同様の事件が既に四件、その内二件は都市内の路地裏で起きています」
魔物に襲われたならその死体はほぼ間違いなく食われる。心臓だけをピンポイントで狙う魔物もいないでもないが、それらはバーヘン樹海に生息を確認されていないし、魔物除けの香などが焚かれる筈も無い。
犯人が魔物に殺しの邪魔をされない為か、または死体を魔物に食わせない為かと考えるのが自然だろう。
「もしかして心臓収集家ですか?」
今まで参考書に集中していたクリスティナも顔を上げた。
「やっぱりクリスさんも知ってたんだ?」
「私も一応は貴族ですから」
心臓収集家とは近年サペリオン王国とその近隣諸国の都市部に出没している連続殺人犯である。
主な標的は身元の詳細確認が困難な女性冒険者。都市郊外では魔物除けを施して犯行に及ぶ。とある魔物の毒を使う。心臓を持ち去る。以上の特徴があり、今回の事件と一致する為、警備隊と冒険者ギルドは心臓収集家の犯行と考えている。
「ま、私はただの魔法学校の生徒だし、わざわざ首突っ込んだりしないわ。警備隊や冒険者ギルドに任せましょ」
「その方がよろしいかと」
「私もそう思います」
ネコメ屋は雑貨や日用品を中心に扱っており、今まで見てきた店屋に比べて商品の陳列が整っていてとても見易い。
オリビアは並ぶ商人を眺めながら、興味深そうに目を輝かせている。
普段はやんちゃで活発だが、こういうところは歳相応に女の子だなと思う。
「あ、ナタリア、これってナタリアがいつも使ってるやつ?」
立ち止まったオリビアが指差したのは匂い袋のコーナーだ。
花や果実だけでなく樹木の匂い袋まである。軽く見回しても、かなりの品揃えだ。
だが俺が使っているものは無かった。
「いえ、私が使っているのと同じものはありませんね。私のはマンイーターの実の皮から自分で作ったものですから」
品揃えが良いと言っても、それは普通の植物から作ったものだけだ。人食いの魔物が材料の匂い袋は流石に置いていなかった。
「そういえばこれも匂いが弱くなってきましたし、そろそろ新しいのに交換しましょうか」
出来ればマンイーターから新しい実を貰いたいが、実がなる周期はかなり長く、次に手に入るのはいつになるか判らない。
せっかくエイミーの実家の店に来ているのだし、ここで買うとするか。
並ぶ匂い袋を手に取って、好みのものを探す。
マンイーターの実は甘い香りだったが、次はさっぱり系にするのも良いかもしれない。
「ねぇ、これなんかナタリアに似合うんじゃない?」
オリビアが差し出したのは浅葱色の匂い袋だった。
受け取って試しに嗅いでみると、覚えのある爽やかな香りが鼻孔を擽った。
「それね、スピカリリーだって」
通りで嗅ぎ覚えがあるわけだ。
忘れもしない。オリビアが俺の為に危険を冒してまで摘んできてくれた、俺の一番好きな花だ。
頬が緩むのが自分でも解った。
「ではこれにします」
あのときと同じで、悩む余地なんて一切無い。
「じゃあ私も同じの買おっと」
「お揃いですね」
「うん」
こういうときに同じものを一緒に買うのって男だとあまり無いけど、女同士は男同士より距離が近くスキンシップが過剰だと言うし、多分これも普通なんだろう。
そもそも俺とオリビアは多少気安くとも主従なわけだし、変に勘繰ったり意識したりする必要は無いな。
とりあえず、オリビアが楽しそうで何よりだ。




