第五十三話 少女達の舞台裏
本当の意味でガールズトーク回
ナタリアが香りだけを残して去った後、入れ替わるようにオリビアとクリスティナが入ってきた。
「お疲れ様です」
「ああ、いえ、ナタリアさんにしてやられました」
労うクリスティナにエイミーは苦笑して応えた。
今回のナタリアを呼び出したのは先日三人で集まったときに話していた、彼女が同性愛をどう思っているか確かめる為だった。
もっともエイミーはそれだけではなく、先の商談も目的だったのだが。
他愛ない雑談や恋愛相談から始める事で気を緩ませ、商談を有利に進める。その算段だったが、ナタリアにしてやられる結果に終わった。
勿論友人の為に一肌脱いだのも本心からではあるし、その目的は充分に達成出来た。だが自分個人の成果が芳しく無かったエイミーは素直に喜べないのだ。
「それで、あっちはどうしたんです?」
エイミーが視線を向けた先には、まるでこの世の終わりのような顔をしたオリビアがいた。
「どうも先ほどナタリアさんの言った言葉がショックだったようで」
「ああ、『知的な人』が好みなんて言われちゃそうなりますよね」
「ナタリアさんが同性愛に理解を示したときは跳び上がりそうなほど喜んでたのですが」
オリビアとて考えるのが苦手で直情的な自分の気質を理解している。そんな自分が知的と称される事などありえない。
だから自分はナタリアの好みではない。しかもナタリアが言ったのは、どう考えても、亡き母の事を言っているとしか思えなかった。
「あー、まぁ、その、元気出しなよ。まだ振られたわけじゃないんだしさ」
「そうですよ。それに今は好みじゃなくても、真剣な気持ちを伝え続ければナタリアさんも応えてくれるかもしれませんよ」
「そう…かな?」
オリビアの目に僅かな光が差す。
「そうだよ。それに他の条件はだいたいヒットしてるじゃん」
「確か癖の無い黒髪と高い身長でしたね」
「ええ。見ての通り、オリビアは癖の無い黒髪ですし、身長は今でも高い方でこれからまだ伸びますよ」
「そう言えば、身体を鍛えている方は背が高くなりやすいと聞いた事がありますね」
「それに簡単に諦めちゃ頼り甲斐のある人にならないでしょ」
「そう……そうよね。よし!」
顔を上げたオリビアは自らの頬を強く叩いた。
「諦めずにナタリアに自分の気持ちをしっかり伝える! そしてナタリアに私を好きになってもらう!」
『お母様以上に』
流石にその一言は飲み込んだが、オリビアは改めてこの恋を成就させようと誓ったのだった。
「おお、頑張れ。脳筋娘の純愛見せてやんなさい」
「あの、私も微力ながらお手伝いしますね」
エイミーもクリスティナも、オリビアの恋を応援すると決めた。
「とは言え、具体的にはどうしよう?」
「最初にかなり積極的に攻めたんだよね?」
「そうなんですか?」
オリビアはナタリアが初めて会った頃の、獣人族のプロポーズを真似たり強引に入浴したり別れ際にキスしたり、そして全て空振っている事を話した。
それを聞いたクリスティナは苦笑しつつも冷静に分析する。
「え、えーと、思った以上に凄い事をしていて驚きました。それはさておき、原因は思い当たります」
「そうなの?」
「あ、はい。まずナタリアさんにとってオリビアさんが主人の娘と認識されているというのが一番大きいと思います」
「うーん、確かにそれは普段から感じてはいるのよね」
マティアスと揉めたときに割って入ってきたナタリアの言葉が、オリビアの脳裏を過ぎった。
「そうですね。私にも最初は敬語で話そうとしてましたし。ナタリアさんて立場とか身分とかの差にきっちりしてますよね」
「でもそれなのに冷たいわけじゃなくて、いつも優しくて気遣ってくれるナタリアがホント好き」
「あー、はいはい。それはちょっと横に置いとこうね」
火照った頬を押さえてにやけるオリビアにエイミーがツッコミを入れる。
「おそらくナタリアさんが魔導人形だというのも理由だと思われます。魔導人形はゴーレムの延長ですので、主人の命令に忠実で合理的な判断をするものだと聞いた事があります」
「なるほど。そういった根幹部分は魔導人形の性質に沿ってるわけですね」
魔法学校に入学前から実家で魔法の予習をしていたクリスティナは専門的ではないものの、魔導人形に僅かながら知識を持っていた。
ただしそれは一般的な魔導人形に限る話で、身体構造も精神の成り立ちも完全な例外であるナタリアには当てはまらないのだが、それを彼女達が知る術は無い。
「でもそれだとどうにかするのは難しくないですか? 魔導人形の性質って事は生物の本能と同じようなものですし」
「えっと、そうですね。ですがそれはあまり問題無いと思います」
「どうしてですか?」
「身分違い、種族違いの恋愛というのは昔から世界中に存在するからです」
「なるほど」
クリスティナの言にエイミーは首肯する。
「本当は貴族の私がこんな事言ってはいけないのですが、身分や種族といった壁があるからこそ、より魅力的に思えるのだと思います」
貴族にとって婚姻とは一族に利益をもたらす為の道具であり責務である。故に彼等にとって身分を越えた恋愛とは許されざるもの。しかしそれ故に惹かれ、魅せられるのもまた事実であった。
ちなみに多種族統一国家であるサペリオン王国は、人類間であれば種族による隔たりは他国に比べてかなり小さく、貴族でもマティアスのような混血もいる。それでも純血主義はまだ根強いし、身分制度は厳格ではあるのだが。
「ナタリアさんが立場からオリビアさんを恋愛対象として見ていなくても、それは今後の付き合い方で変える事が出来ると思うんです」
「確かナタリアさんは創造られて一年足らずだから、まだ日常生活で触れるところ意外は疎い部分もあるみたいですし」
「ナタリアさんはかなり高性能な自立型ですから、その辺りは時間が経てば改善されると思います。マイノリティであっても世間で一定の認識があるものだと理解してもらえれば、あとはオリビアさんの接し方です」
「接し方と言うと?」
「これは今言ったナタリアさんにとってのオリビアさんの認識のせいで、アプローチに対するハードルが高いんだと思います」
「恋愛対象として見てないからちょっとやそっとじゃ意識してくれないという事ですか」
事実、ナタリアはオリビアを(その強さはさておき)子供扱いしている。
加えて前世の知識から女性同士のスキンシップは男性同士のそれより過剰だというイメージを持っているので、子供が甘えているか女性同士ならこの程度は普通なのだろうと判断している部分があるのだ。
「それなら今のやり方から大きく変えていかないと……って、オリビア?」
エイミーが当事者である筈なのにさっきから話題に入ってこないオリビアを探すと、彼女は頭を抱えて床に蹲っていた。
一瞬具合が悪いのかと心配したが、それは杞憂に終わる。
「私がお母様の娘だから身分差が魔導人形の性質で? ナタリアが自立過多のマイティのリー?」
ナタリアは目を回しながら必死に話を整理しようとしているが、完全に許容量を超えた情報に目を回しながら意味不明な事を口走っていた。
「あー、ゴメンゴメン、難しい話して悪かったって」
「え、えーと、とりあえずナタリアさんに対するアプローチの仕方を見直した方が良いという事です」
「今までのじゃダメって事?」
「はい。そこを変える事が、ナタリアさんに恋愛対象としてみてもらう為の第一歩になると思います」
「でもそれって実際にはどうすればいいの?」
「そうですね…いっそ今までのやり方は全面的に禁止した方がいいと思います」
「……」
オリビアに再びこの世の終わりが訪れた。
「あああっ、オリビアさん、別にそういうのがダメというわけではないですからっ!」
「あー、クリスティナさん、この娘にはちょっと言葉が足りないですね」
エイミーは慌てふためくクリスティナに変わり、オリビアの両肩を掴んで諭した。
「いい、オリビア? アンタは今までの子供っぽいやり方から先に進むの」
「先、に?」
オリビアの瞳に僅かに光が戻ったのを確認すると、エイミーは両肩を握る手に力を込めた。
「そう。つまりこれからは『ガンガンいこうぜ』よ! より恋人らしいアプローチのし方を私とクリスティナさんで調べるから、アンタはそれを実践するのよ!」
「『ガンガンいこうぜ』……うん、いいわね! なんだか凄く私好みの言葉だわ!」
簡単に再燃したオリビアは拳を握り締め、今後の展望に胸躍らせた。
「いい返事ね。でもこれを効果的にするには、今までみたいに抱き着いたり頭を撫でられたりしてちゃダメよ。それじゃあいつまで経っても子供としか思われないわ」
「うっ、それはつらいけど……頑張ってガマンする」
「よし! 絶対にナタリアさんを陥落するわよ!」
「おーーーーー!」
「お、おー」
昂ぶったテンションのままに揃って拳を振り上げるエイミーとオリビアに、クリスティナは幼馴染の姿が被って見えて何とも複雑な気分になるのだった。
オリビアが部屋に戻ると、ナタリアは魔法の教科書を読んでいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
ナタリアはオリビアが帰ってきたのに気付くとすぐさま教科書を置き、椅子から立って丁寧に一礼する。
「クリスティナ様との勉強会はいかがでしたか?」
「あ、うん、順調よ。このままならどうにかAクラスは維持出来そう」
オリビアがしていたのは魔法ではなく恋の勉強会だったが、実際に今のオリビアなら成績優秀とは言わずとも、クラス落ちの心配は無い程度にまではなっていた
「そうですか。頑張っているのですね。ご立派です、お嬢様」
ナタリアが優しく微笑みながら手を伸ばす。
いつものように頭を撫でる。
そうなる筈だったが、オリビアは先の決意を思い出し、指先が髪に触れる寸前で身を引いて躱す。
「お嬢様?」
予想外だったのだろう。不思議そうに小首を傾げるナタリアに、オリビアは意を決して告げた。
「ナタリアったら、私だっていつまでも子供じゃないんだから、そういうのは、もう恥ずかしいわ」
どうにか取り繕いながら搾り出すように口にしたが、笑えている自信は全く無かった。
「そうですね。失礼しました。では代わりにお茶などいかがですか?」
「ええ、ちょうだい」
「はい、暫くお待ちください」
何も変わらない笑顔で応え、お茶を淹れる為に背を向けるナタリア。
その後ろで、オリビアは頭を抱えながらベッドに蹲った。
(ううあああぁぁぁ! せっかく撫でてもらえるところだったのにいいぃぃぃ! それに今のいい匂い! ナタリアの匂いいいぃぃぃぃ! あああああああぁぁぁぁぁ!)
悶絶しながらも、彼女はこれから耐えていかねばいけない。
本当の闘いは、これからだッ!




