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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第五十二話 猫娘とビジネストーク

「商談、ですか」


「うん、ナタリアさんとお金儲けしたいと思ってね」


 エイミーの笑顔は今まで彼女が見せた笑顔の中で最も獰猛で、それ以上に彼女()()かった。


「はてさて、私のような只の魔導人形に、一体何をお求めなのでしょうか?」


 俺も笑って返す。


 今日まで見てきたイメージを捨てろ。

 目の前にいるのはオリビアの友人ではなく、一匹の商人(ケモノ)だ。


「またまた、只の魔導人形にこんなの作れるわけ無いじゃない」


 エイミーがテーブルの上に一枚の紙を出す。

 それは他でもない俺自身がオリビアの為に作った、教科書の要点纏めだ。


「ナタリアさんの事だから、これ以外にも纏めたところがあるんでしょ? クリスティナさんが教えてくれるようになったとはいえ、自分が何もせずにいられる性分じゃないでしょ?」


「それは買い被りですよ」


 苦笑して誤魔化すが、実際は全くその通りだった。

 既に魔法基礎理論の教科書の内容半分は作っている。

 クリスティナの“お詫び”がいつまで続くか判らない以上、いずれまた俺が教えるのも視野に入れて準備していたのだ。


「まだならまだで良いんだよね。これからしてもらえれば」


「なるほど。そういう事ですか」


「うん。そういう事。ナタリアさんの作った纏めは凄く解りやすかったからね。これなら成績不振者だけじゃなく、大勢の学生に売れるよ」


 つまり俺に魔法の参考書を作ってほしいという事か。


 オフィーリアの遺産があるので、普通の生活どころか多少の贅沢はしてもオリビアが成人するまでは困らない。

 だが金を湯水の如く使うのは性に合わないし、今後の為にも儲け口を作っておくのも悪くない。


 だけど


「エイミーさん、私は原本を作るだけでよろしいのでしょうか?」


「うん、そうだよ。印刷や販売は私に任せて」


「ほう、それはそれは」


「報酬はそうだね、原稿一枚につきこれだけ出すよ」


「おや、思ったより安く見られましたね」


「!?」


 エイミーの示した額。それは悪い金額ではない。ただし、『一時の儲けとして見るならば』という但し書きが付くが。


「報酬は原稿ごとではなく、利益の40%を要求します」


「……いくらなんでもふっかけすぎじゃない?」


 鋭い目が睨んでくるが、可愛らしさしか感じない。


「この要求が呑めないのであれば、この話は無かった事で」


「ナタリアさん、もしかして私と組まなくても自分一人でやれるとか思ってる?」


「ああ、それも“有り”かもしれませんね」


「“無し”だよ」


 俺が思わせぶりに応えると、エイミーの目はより一層鋭くなり、声のトーンも落ちた。


「印刷業っていうのはね、基本的に貴族や豪商みたいな裕福層か、ギルドや公営の組織が相手の商売なんだよ。ただの一般市民が本を書いたりする事は無いからね。だからコネが無いと個人からの依頼はまず引き受けてもらえない」


 前世だって、本は貴族の娯楽として始まり、自費出版で複製も手書きだった。この世界の印刷業界に関しても、大体そんなものだろうとは予想していた。

 むしろ紙とインクが一般普及していて、学校で教科書とノートが使用されていたのに驚いたくらいだ。

 つまり需要は多いが供給は敷居が高く新規参入が難しいといった状態か。


「ナタリアさんは印刷屋へのコネなんて無いでしょ? 私にはある。これだけでもナタリアさんが一人じゃどうにもならない理由になると思うけど?」


「なるほど。確かに私にそういったコネはありません。ですが大事な事をお忘れですよ」


 テーブルの上の纏に書かれた使用例の魔法陣に触れ、微量の魔力を流し込んでインクの配置を変える。

 こんな小さい範囲なら、錬金鍋に入れる必要は無い。


「この通り。印刷など私の錬金術で出来てしまいます」


 全く別物に変わった魔法陣を目にしたエイミーが、苦虫を噛み潰しながら目線を泳がせる。


 俺が錬金術を使えるのを失念していたか、でなければ錬金術で印刷が出来るのを知らなかったか。

 どちらかは判らないが、これは彼女の意識外だったようだ。


「ああ、それとも二人で組んで、その上で印刷も私が請け負いましょうか? そうすれば印刷屋に頼む費用も浮きますよ。その分、取り分を増額させて頂きますが」


「そんな事したら印刷屋達の不興を買う事になる! 今後出版関係から締め出されるよ!」


 商談が始まって初めて声を荒げるエイミー。

 大人気無い気がしないでもないが、彼女自身が“商談”と言った以上遠慮はしない。


「そうですね。ほんの一時的な稼ぎになって終わるでしょう。私が原稿当たりで報酬を頂いた場合と同じで。ああ、それならやはり私一人でやった方が良いかもしれませんね」


「それでどうやって売り込むつもり? 私ならもう一年生の全クラスに面識があるよ」


 流石はコネ作りの為に進学したと言うだけの事はある。

 そしていい着眼点だ。

 ある人は言っていた。『広報に手を抜くな。たとえ良い商品を作ろうとも、客に存在を知ってもらわなければ購入時の選択肢に入りすらしない』と。

 その観点から言えばエイミーの指摘は至極真っ当であり、彼女自身も有用だ。

 だけど、俺の主人も負けちゃいない。


「その点はそうですね、お嬢様にでもお願いしましょうか。今の学校内ではそれなりに話題になっていますし。マティアスさん以降に決闘を申し込んできた中には上級生もいましたから、彼らに声を掛ければ学年を跨いで宣伝出来るでしょう」


 先日来ていた連中を見るに、自分の魔法に自信があり、自己顕示欲の強い連中なのだろう。そんな彼らに『オリビアが普段の勉強に使っている』と吹き込めば、宣伝効果は充分だろう。

 嘘は言ってないし。


「印刷も広報も、短期的に稼ぐなら充分そうですね。エイミーさん、残念ですが今回のお話は――」


「25%なら……」


 項垂れたエイミーが搾り出すように呟く。その声は確かに俺の耳に届いていたが、残念ながら条件には届いていない。


「38%」


「27%」


「35% これ以上は譲りません」


「ぐぅ」


 本当にこの条件は厳しいのだろう。

 それならここで落としの一手を投じるとするか。


「ああ、エイミーさん、それとは()()紙とインクを売って頂きたいのですが、よろしいですか?」


「えっ?」


「聞こえませんでしたか? 報酬は利益の35%、必要な紙とインクは別途購入。それが条件です」


「あ、あはは、参ったなぁ」


 椅子にもたれかかるように肩の力を抜くエイミー。

 ここまで強固な姿勢だった俺がいきなり餌を見せたのだから、相当面食らったのだろう。


 原稿に使う紙とインクなど、普通は必要経費で出るものだ。それを別途購入するという事は、俺の儲けの一部をエイミーに還元する事に他ならない。

 大した額ではないが、今まで譲らなかったのを途端に緩めれば、その印象は変わってくる。


「わかったよ。その条件を呑む。契約書作るね」


「商談成立ですね」


 予め用意していたのであろう、エイミーは紙とペンを出し、契約内容を記入し始めた。


 そもそもこの商談、元から俺が譲っている部分が多いのだ。

 俺が出すのは原稿だけで、それから先の広報、製本、物流、経営には関わっていない。つまりエイミーの自由にしていいという訳だ。

 これを俺が楽していると取るか、エイミーの方がより権利を握っていると取るかは人それぞれかもしれないが。

 どちらにせよ、エイミーの商人としての領分は侵していない。あとは彼女の腕に掛かっている。


「出来たよ。確認して問題無かったらサインしてね」


 差し出された契約書の内容を確認するが、その内容には何も問題無い。

 俺が原稿を書き、エイミーがそれを元に参考書を作成し販売する。

 報酬の取り分は先に述べた通り。

 そして原稿に使用する紙とインクはエイミーから購入する。

 間違えようの無いほどシンプルだ。


 契約書にサインして返す。


「はぁ、まさかナタリアさんにここまで持っていかれると思わなかったわ」


「おや、意外ですか? これでも遺産の管理なども行ってますので、金銭に関して人並みの感覚は持ち合わせていますよ」


「いやぁ、人並み程度なら最初にこっちが言った金額で飛びつくと思うけどなぁ」


そこは前世の知識とかあるからだな。言わないけど。


「でもエイミーさんは表情に出すぎですね。商談というのであればもう少し気を付けるべきです」


「うーん、私もまだまだだなぁ」


 微笑は無表情以上に本心を悟らせない仮面になる。

 商談に臨むというのなら、多少の狡猾さは身に着けるべきだろう。


「まだお若いのですから、あまりスレてほしくないとも思いますがね。エイミーさんも笑っている方が良いですよ」


 エイミーだって未成年なのだから、子供である事が許されるうちはその特権を堪能すれば良いと思う。

 子供のうちから目標の為に努力するのは結構だが、子供特有の純粋さや無邪気さを早く捨ててしまうのも勿体無い。

 まぁ、これも大人のエゴだと言ってしまえばそれまでだが。


「さて、お話は以上なのでしたらこれで失礼させて頂きますが」


「あ、うん、もう終わり。ありがと」


 何故か俯いたエイミー。


 俺は席から立ち、食堂から立ち去る。


「あ、そうそう。言い忘れていましたが」


 少し立ち止まって、一つバラしておく。


「錬金術で大量印刷なんて面倒な事、私はしたいと思いませんよ」


「なっ!?」


 エイミーが印刷屋にコネがあってよかった。


 俺は軽い足取りで部屋に帰るのだった。

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