第五十一話 猫娘とガールズトーク
ナタリア「俺をガールズに含めるなよ」
ある日の夜も更けた時間、俺は寮の一階にある食堂に降りてきていた。食事時は生徒で賑わうここも、今はしんと静まり返っている。
先日ティラノガビアルフルコースを振舞ったときとはえらい違いだ。ステーキの焼き加減などは個人の好みを聞いて作っていたのもあったが、軽くお祭り騒ぎだったからな。料理としては今後の課題もあるが、初めてにしては上々だったし生徒達にも好評だった。
閑話休題。
食堂は静かではあるが、無明でも無人でもない。
蝋燭を灯した席にエイミーが座っていた。
俺が食堂に来たのは、彼女に呼ばれたからだ。
「お待たせしました、エイミーさん」
「私もさっき来たとこだよ。それより急に呼び出してゴメンね」
「いえ、構いませんよ」
「あれ? ナタリアさんから何かいい匂いがするけど、何の匂い? どこかで嗅いだような気もするけど」
「ああ、これはマンイーターの匂いですね。先日夕食に出したマンイーターの果実の皮で匂い袋を作ってみたんです」
「へぇ、まさかマンイーターにそんな使い方があるなんて、意外だね」
「気に入ったのでしたら分けて差し上げますよ」
「いいの? じゃあお願いしようかな」
「ではあとでお部屋にお持ちしますね」
不意に始まった他愛無い話を締めつつ、エイミーの対面に腰を下ろす。
仄かに暗いせいで、猫の瞳が煌めいて見えた。
「それで、私に御用とは何でしょう?」
「実はナタリアさんに相談したい事があってね」
「相談、ですか?」
世界の知識もまだまだ足りないし、前世の経験だって陳腐なものしかない俺が何か役に立つだろうか?
「ナタリアさんはこういうの口が堅そうだしね」
「為になる意見が言えるかは判りませんが、秘密は守りますよ」
「うん。それで相談したい事って言うのはね、恋愛相談なの」
おっと、いきなり苦手ジャンルきましたよ。
前世からまともに恋愛した経験の無い俺にどうしろと言うのか。
「私の友達に好きな人が出来たんだけど、それを相手に告白するか迷ってるの」
「告白するか、ですか?」
なんだか根本的な問題のようだ。
どう告白すれば上手く行くかなどではなく、告白そのものを迷っていては何も進まないんだが。
いや、まだ情報が不足しすぎだな。
「やっぱり気付くよね。告白を躊躇ってるのにはちゃんと理由があるの」
俺の視線の意味を察したのであろう、エイミーは説明を続ける。
「その娘が好きになった相手は女の人。つまり私の友達は同性を好きになっちゃったの」
「なるほど。確かにそれは簡単に告白出来ませんね」
同性愛か。
こりゃまたデリケートな問題が来たな。
「ナタリアさんは同性愛ってどう思う? やっぱり受け付けない?」
「私がですか?」
うーん、判断が難しいところではあるなぁ。
前世は男で今世の身体は女型だし。
今でも俺の恋愛対象は女なんだけど、それは俺の精神が前世のままだからだと思う。だから精神的には異性愛なわけだ。
けれど身体的、外見的には同性愛だし、俺の内面を知らない相手にとってもそうなるだろう。
ただ、一つ間違いない事がある。
「嫌悪感などはありませんよ。色々問題も多く現実的に厳しいので軽々しく応援すると言えませんが、出来れば叶ってほしいと思います」
ガタッ
突然背後、食堂の入口の方から音が聞こえたから振り返ったが、誰もいない。
気のせいか?
「ね、ネズミでもいるのかなぁ。ははは」
食材の保存には気を遣っているけど、ネズミ対策は考えてなかったな。
毒団子でも作るか?
「じゃあついで訊くけどさ、ナタリアさんの好みってどんなの?」
「えっ、私の好みですか?」
「うん。髪とか身長とか、見た目でも中身でも良いからさ、教えてよ」
前のめりになってくるエイミーに、俺は少しだけ気圧された。
やっぱり女の子はこういう話題好きだよなぁ。
しかし俺の好みか。
自然とあの人が浮かんでしまうわけだが。
「そう、ですね……髪は癖の無い黒髪は良いなって思います」
「ほうほう」
初めて家から出て実戦訓練をしたとき、俺の膝を枕に眠るあの人の髪を撫でた。あの感触は今でも手に残っている気がする。
「背は私より高い方が」
「なるほどなるほど」
「頼り甲斐があって」
「ふむふむ」
「知的な人ですね」
ガンッ!
「!?」
さっきよりも更に大きな音がしたので思わず振り返ったが、やはり何もいない。
「なんでしょう、よほど大きなネズミなのでしょうか」
「あ、あははは、そうかもねぇ」
ネズミに棲み付かれると食材だけじゃなく建物や住人の健康にも悪影響が出る。
俺はともかく、オリビアや他の寮生は拙いだろう。
これは早急に対策が必要だな。
「それで話を戻すけど、纏めるとナタリアさんの好みって賢くてカッコいい系って感じかな?」
「大雑把に言えばそうなりますね」
あれ?
なんか俺が凄く頭の軽い女みたいに思えるけど、気のせいか?
実のところ一番最近そういうのに似た感情を抱いた相手というだけなのだが。
根本的な話、今の俺はそもそも魔導人形だ。
人間ではない。人間以外の人類でもない。一応は魔物に属するが、それでも生物ですらない。
今まで何度か男にナンパされたが、俺が魔導人形だと判ると全員即座に退散している。この世界の男共は人形に欲情しない健常者ばかりで、喜ばしい限りだ。
詰まる所、俺に恋愛感情など何の価値も無い。
「そういうエイミーさんはどうなのですか?」
「私?」
「ええ。まさか私に訊いておいて、自分は応えないなんて言いませんよね?」
自分の中に浮かんだ雑念を払うついでにエイミーに質問を返してみる。
せっかくなので、こういった話題で仲を深めておくのも、今後の為には必要だろう。
「私の好みは単純だよ」
「そうなのですか?」
「うん。ズバリ、私を儲けさせてくれる人!」
発育途中の胸を張って応えるエイミーのシンプルすぎる応えに、俺は思わず椅子からずり落ちそうになった。
と同時に流石は商人の娘だと、ある種の逞しさに感心した。
何気に“金持ち”ではなく“儲けさせてくれる”というところに拘りを感じる。
「あ、そうそう、忘れるところだった。ナタリアさん、私自身も相談したい事があるんだけど」
途端に、エイミーの目付きが変わった。
獲物を狙う捕食者の目だ。
「相談、ううん、違うね。商談したいんだ、ナタリアさんと」
そう言ってエイミーは口の端から小さな牙を覗かせた。




