第四十九話 そうだ、ワニ食べよう
オリビアがクリスティナに勉強を教わるようになって数日、成績は徐々にだが改善されていった。
魔法の行使などは殆ど感性でやってしまうオリビアだが、ちゃんと根気良く教えれば理解してくれるらしい。あと生来行動派で座学に興味が薄いのもあるのだろう。
あれ?
じゃあやっぱり俺の教え方が悪かったのか?
……ともあれ、これでオリビアの成績に関しては一先ず安心だ。クリスティナがいつまで“お詫び”するつもりかは判らないが、これを機に友人になれれば今後も続けてもらえるかもしれない。それならそれでこちらは何かしら御礼しなければいけないだろうが。
そんな打算はさておき。
休日も補習してもらうというオリビアを見送った俺は部屋に戻り、メイド服を脱いだ。
代わりに以前購入しておいたシンプルな無地のシャツと長ズボンに着替える。
姿見の前で自分の服装を確認するが、とてつもなく違和感があった。
「うーん、下半身が締め付けられて変な感じだな」
何と言うか、腰周りに余裕が無くて窮屈なのだ。
普段のメイド服ならもっと余裕があるし通気性も良くて快適なのだが。
「…って、違うだろ、俺!」
すっかりスカートを穿く事に慣れてしまった自分に思わず膝を突いて蹲る。
転生してからずっとスカートだったけど!
メイド人形として生きるってオフィーリアに宣言したけど!
それでも、心の中では男としてのプライドもちゃんとあったのに!
普段の言動はあくまで演技なのに!
「ああ、俺の中でジェンダーアイデンティティが音を立てて崩壊していく・・・…」
いや、そもそも今気付いただけで、そんなものはとっくに風化して消え去っていたのかもしれないけど。
なんだか悔しかったので、胸にタオルを巻いてさらし代わりにする事にした。
これで何とか男に……見えないよなぁ。
「この顔だし」
オフィーリアの『最高傑作』だけあって本当に美しい。こう言うと半分自画自賛になるのでちょっとアレだが。
なので収納空間に入れていた魔物の骨を錬金鍋に放り込み、仮面を作ってみた。形を変えるだけなので薬を作るより簡単だ。
「よし、これならまだ誤魔化せるな」
試しに被ってみる。目の穴の位置もぴったりだ。
そして軽鎧に篭手、ブーツ、ホルスターベルトを装備して、ついでに髪も首の後ろで小さく括る。
もう一度姿見で確認すると、怪しげな冒険者風に仕上がっていた。
「よし、これなら大丈夫だろう。おっと、忘れるところだった」
メイド服のタイから従魔証明のブローチを外し、軽鎧の下に着ける。これが無いと魔物の俺は身分証明が出来ず、討伐対象になってしまう。関節なんかは鎧や服で隠れているので一見すると人間にしか見えないが、一応念の為だ。
さて、出発するか。
一旦仮面を収納空間にしまい、寮を出る。
登校時刻を過ぎているので他の誰かと擦れ違う事も無い。そのまま魔法学校の敷地から出て、イングラウロを守る門へと向かう。
門の衛兵はブローチを見ても怪訝な顔をするので、篭手も外して関節も見せて漸く納得してくれた。
予想はしてたが面倒な事だ。
都市外の道を歩くと、程無くしてバーヘン樹海の入り口に到着した。バメルとイングラウロはそれなりに離れている筈だが、それで尚隣接するバーヘン樹海の広大さは空恐ろしいものがある。
だが魔物の生息域は恩恵もあるもので、今はそれがありがたい。
俺は仮面を着け、樹海に踏み入った。
さて、少々今更感はあるが、何故俺が単独で樹海に入ったかと言うと、無性にティラノガビアルの肉が食べたくなったので、訓練がてら狩ろうと思ったからである。
ほら、たまにふとした拍子にラーメンとか食べたくなって、頭の中がそれでいっぱいになる事ってあるだろ?
それだよ。
オリビアの成績向上には出る幕が無いから暇になったし、せっかくだからメイドを演じていない素で活動しようとも思ったのだ。
現実逃避?
アーアーキコエナイー
ティラノガビアルは中堅冒険者がパーティーを組んで狩るレベルだが、今日の俺には新兵器がある。そいつの実戦試験も兼ねているのだ。
樹海の中を歩いていると、やはりゴブリンやオークなど、お馴染みの魔物達が襲い掛かってくる。
「グギャ――」
何かされる前にヘッドショット。
流石に今更こんな雑魚に苦戦しないわ。
杖を装備した個体は遠距離から魔法を撃とうとするが、そいつらの魔法など、威力も射程もブラックホークには遠く及ばない。
現れる端から次々と撃ち殺していく。
『貴女もう少し空気読みなさいよ。可哀想じゃない』
ふと、初めて魔物相手に実践訓練したときにオフィーリアが呆れ混じりに苦笑していたのを思い出した。
今の状況とよく似ている。
まだ一年も経っていないのに、随分昔のように感じる。
この世界の事や、魔法を教わった日々。
たまに妙に弄られるときもあった。
でもそれが楽しかった。
ミールも加えて魔物を狩った。
根拠も無く、こんな楽しい日が続くと思った。
なのに、突然壊れてしまった。
「オフィーリア……」
いや、駄目だ、こんなんじゃ。
感傷に浸ってどうする。
俺のすべき事は、そんな自己満足じゃない。
「ふんっ!」
近くの木に、思いっ切り頭をぶつける。魔導人形の身体は痛みなど感じないが、それでも激しく揺れる視界が衝撃の強さを物語る。
「よしっ! 狩り再開っ!」
ブラックホークを使う感覚は自分で思っていたより鈍っていなかった。
なのでここからは新兵器を軸に戦ってみよう。
「グルゥゥ!」
都合良くハイコボルトの群が現れた。
ブラックホークをホルスターにしまい、代わりに収納空間から別の銃を取り出す。オフィーリアが遺してくれた第二の魔銃だ。
「それじゃ、いってみるか」
肩に当てるように構えて引き金を引くと、銃口から無数の魔力弾が撃ち出され、先頭にいたハイコボルトを装備している鎧ごと穿つ。
「グァ!?」
いきなり仲間が撃ち殺されて、群は混乱しているようだ。
「ふむ」
手早くリロードし、今度は掃射してみる。耳に残る発砲音と振動と共に吐き出される魔力弾が群を薙ぎ払う。
必死に距離を詰めようとするハイコボルト達だが、青白い弾幕が許しはしない。
リロード、掃射、リロード、掃射。
ほんの数秒で、ハイコボルトの群は物言わぬ肉塊になった。
「サブマシンガン型魔銃、ホワイトヴァイパー。なかなかの威力だ」
この魔銃もブラックホークと同様に精度が良く反動が小さい。その上連射できるので制圧力も高い。だが良い点ばかりともいかないようだ。
「消費がなぁ」
視線を落とせば、足元にはマガジンが三本も転がっている。
威力も連射速度も優秀だが、魔力の消費が早いしマガジン一本撃ち切るまでの時間も短い。
弾切れが頻発するわけだが接近時のリロードは致命的だ。ブラックホークにも言える事だが、動作に隙が出来るが手早く済むマガジン交換か、動作に影響は無いが少し時間の掛かる魔力供給か、その判断を適切にしないと性能をフルに発揮出来ない。
それに雑魚相手には過剰火力だから、運用効率はブラックホークの方が優秀だな。
まぁ、マガジンの代えはまだあるし、他と合わせてもう少し使ってみよう。
イングラウロ魔法学校の第一女子寮の一室で、オリビアはクラスメイトであるクリスティナから勉強を教わっていた。
「はい、結果は68点です。いい結果ですね」
採点された小テストの結果に、オリビアは溜めていた息を吐く。
「ありがとう、クリスティナ。お陰で何とかなりそうだわ」
本当に基礎部分ではあるものの、その基礎を今まで勘だけで扱っていたオリビアは漸く明確な理論を理解し始めていた。
「いえ、オリビアさんが頑張ったからですよ。それにナタリアさんの作ってくれた纏めも素晴らしいものでしたし」
ただ教科書の内容を覚えようとしていたなら、きっとここまで円滑には行かなかっただろうと、クリスティナは考えていた。
入学前から実家で魔法をある程度習得していたが、だからと言って教科書の内容を正しく他人に教える事が出来るかと問われれば、それは首を横に振らざるを得ない。
「今日はこのくらいで終わりにしましょう。エイミーさんも退屈そうですし」
室内にいたのはオリビアとクリスティナだけではない。オリビアの様子を見についてきたエイミーだったが、今はベッドに座り本を読んでいた。
「エイミーさん、読書がお好きなんですか?」
「うーん、特別に好きってわけじゃないんですけどね。何か参考にならないかなと思いまして」
オリビアはともかく、実家が商家のエイミーは貴族の子女であるクリスティナに多少砕けつつも一応敬語で話していた。
ちなみにクリスティナが誰にでも敬語なのはただの癖だった。
「参考って何の?」
「何ってオリビアがナタリアさんに告白する方法」
ガタンッ
行儀悪く椅子を傾けていたオリビアはエイミーの思わぬ発言にバランスを崩し、そのまま盛大に転んだ。
「お、オリビアさん、大丈夫ですか!?」
心配するクリスティナだが、オリビアはかなり頑丈なのだ。後頭部を床に打ち付けたくらい、何とも無い。
「いや、ちょっと待って。何でナタリアに告白するのとエイミーが本読むのが関係あるの?」
オリビアが起き上がりながら尋ねると、エイミーは本に栞を挟んで脇に置いた。
「オリビア、本には恋愛小説というものがあるんだよ。それらを参考にすれば、まるで物語のようなロマンチックな告白が出来る筈」
「なるほど!」
力説するエイミーに納得したオリビアは思わず拳を握り締める。
「なんだったらオリビアも自分で読んでみればいいよ。作り話でも恋愛事に慣れれば、前に言ってたナタリアさんが至近距離にいても大丈夫になるかもしれないし」
「本を読むのは苦手なんだけど、そういう事なら……そう言えばナタリアもたまに家から持ってきた本を読んだりしてるわ」
「だったら共通の話題も出来るし、尚更読んでみるべきじゃない? 簡単に読めるやつ見繕ってあげるよ」
「あの、つまりオリビアさんはナタリアさんに恋愛感情を向けているという事ですか?」
若干蚊帳の外に出かかっていたクリスティナに尋ねられ、二人は苦笑しながら少し決まりが悪そうに目を泳がせた。
「あー、うん。やっぱり変かな? 女同士だし、人間と魔物だし」
「い、いえっ、そんな事ありませんよ。さっき言っていた恋愛小説にも同性同士や異種族間の恋愛を描いたものだってありますし。それに…」
クリスティナは先日の決闘を思い出していた。
ナタリアがその気になればクリスティナは容易く斬り伏せられていたし、発端となった昼休みの件からしても、そうなっても何ら可笑しくなかった。しかし彼女はそうはせず、クリスティナを極力傷付けないように配慮し、更にはクリスティナの魔法や決闘に臨む姿勢を褒めたのだ。
「ナタリアさんは…素敵な方ですから…」
あのとき腕の中から見上げたナタリアの顔が脳裏を過ぎり、クリスティナは微かに頬を染めていた。
「でしょ? 普段のナタリアって綺麗なんだけど、ふとした瞬間にいきなり顔つきが変わるのよ。前に私が森の中で奴隷商に襲われたときもね」
「そんな事があったんですか?」
突然ナタリア談義を始めた二人に、エイミーは苦笑しながら肩を竦めた。
(今のクリスティナさんの反応もそういう意味っぽいけど、オリビアは気付いてないんだろうなぁ。ま、クリスティナさんは変に拗れるような事しないと思うけど)
と、そこで、エイミーは自分が肝心な事を確かめていなかったのを思い出した。
「ところでさぁ、ナタリアさんの方は同性相手でも大丈夫なの? 最初にオリビアから聞いたときは同性だって知らなかったから超鈍感な男の人かと思ったけど、ナタリアさんがノンケだったら話が変わってくるよ?」
エイミーが尋ねると、それまで楽しそうに話していたオリビアが縫い止められたかのように停止した。
「い、言われてみれば……訊いてみた事は無いけど、ナタリアって抱き着いてもキスしても平然としてるし、もし同性が対象外なだけだったら……」
『女同士の恋愛ですか? 私はちょっと…』
軽く引き気味に拒否するナタリア。
『気持ち悪いですね』
嫌悪感を露にするナタリア。
『お嬢様、こちらの男性とお付き合いをする事になりました』
恋人の男性を紹介するナタリア。
「そんなの嫌ああああぁぁぁぁぁ!」
「お、落ち着いてください、オリビアさん! まだそうと決まったわけじゃないですから!」
自らの想像に頭を抱えるオリビアと、それを宥めるクリスティナ。
「あー、ごめんごめん。でもその辺も含めてナタリアさんの事をもうちょっと知る必要があるんじゃない?」
「知ると言ってもどうするんですか?」
「それは本人に聞くのが一番手っ取り早いですよ。ま、流石にオリビアが行くのはキツイだろうから、私がしますけどね。幸い、今なら丁度いい話題もありますから」
そう言ってエイミーは牙を覗かせてニヤリと笑ったのだった。




