第四話 チート武器
翌朝、日の出くらいには起きたいと思ってたら本当にそれくらいに目が覚めた。人形だからか?
考えても仕方ない。
ネグリジェを脱いでメイド服に着替える。脱いだネグリジェは綺麗に皺を伸ばしてクローゼットへ仕舞う。
昨日はオフィーリアに説明してもらって逆に世話されたからな、今日がメイド生活初日だ。
気合入れていくか。
まずは朝食の準備だな。
前世はパンとコーヒーだけで済ませていたが、オフィーリアに同じ食生活をさせるわけにはいかない。
冷蔵庫の中を確認すると、俺でもわかる食材があったのでオーソドックスな朝食を作る事にする。
調味料は昨日手伝ったときに把握してるし、コンロとか魔道具(と言っていいのか迷うところだが)も俺でも使えるものだ。
完成してリビングに配膳したところで、オフィーリアが起きてきた。
「おはようございます、ご主人様」
「…おはよう。驚いた。これ、貴女が作ったの?」
「はい、お口に合えばよろしいのですが」
メニューはオーブンで表面を軽く炙ったパンとベーコンエッグと茹で野菜サラダだ。
これくらいは出来るんですよ。へへん。
オフィーリアが席に着いたのを確認して、俺も座る。
「いただきます」
ベーコンエッグが銀のナイフとフォークに切り分けられ、艶やかな唇の奥に消えた。
「美味しいわ」
よかった。不味いって突き返されたらどうしようかと内心冷や冷やしてた。
胸を撫で下ろし、自分の朝食を食べる。うん、我ながら悪くない。
食べ終えて食器を片付けると、今日は家の掃除をするように言われた。
たかが掃除と思うかもしれないが、この大きい家にオフィーリア一人で、そのオフィーリアはこの魔導人形を完成させるのに没頭していて掃除がおざなりだった。
と言うわけで今日は一日中掃除だ。オフィーリアの部屋と書斎と、二階の鍵のかかった部屋と物置は入らないように言われているのでそれ以外だ。
窓や壁の埃をハタキで落とし、それが一通り終わったら箒で床を掃除する。家自体が新築みたいに綺麗だから目立たないけど、確かに至る所に埃が溜まってる。これは結構な重労働になりそうだ。
掃き掃除が終わる頃には、そろそろ昼食の準備に取り掛かる時間になっていた。オフィーリアは部屋から出てこないので、昼食も俺一人で作る事にする。
朝食のサラダに使った茹で野菜の余りと鶏肉を使ってサンドイッチを作る。
あ、マスタード入れたけど大丈夫だっただろうか?
苦手な人もいるから確認しとくべきだった。
自分の分を食べ終わってもオフィーリアは来なかったので、ナプキンで覆ってから掃除の続きを再開する。
窓拭きと風呂場の掃除を終わらせてダイニングに戻っても、サンドイッチはそのままだった。
「昼食も食べずに何やってるんだ?」
気になりつつも、せめて昼食を勧めるべく二階に上がった。
「?」
オフィーリアの部屋をノックしようとして、ふと近くの部屋、物置の扉が開いているのに気が付いた。もしかしたらそっちにいるかもしれない。
そっと扉を開けると、中は薄暗く、物置らしくさまざまな物が山積みにされていた。赤黒いコインやよくわからない植物の標本やら、たぶん魔法に関わるものなんだろうけど、俺には何やらさっぱりだ。
ただなんとなく興味本位で、近くにあった木の箱を開けてみた。
「お、おう」
もう大体のオーパーツじゃ驚かないと思ってたけどさ、これは驚かざるを得ない。
黒くて硬くて大きくてステキ。
箱の中にあったのは立派なハンドガンだった。
手にとって見るとずっしりとした重みがある。
弾は入っているようだ。
「ふむ」
いや、駄目だって。
ちょっと廊下に出て窓を開けて外の空気を吸おう。
おっと、なんと窓の外の木が狙ってくださいと言わんばかりに枝を伸ばしているじゃないか。
スライドを引き、両手でしっかりと構える。
やめとけって。オフィーリアに怒られる、最悪消滅されるぞ。そんなことする理由なんて無い筈だろ。
うるせぇ! 男が銃を取るのに理由は要らねぇんだよ!
目標をセンターに入れてスイッチ!
引き金を引くと同時に、銃声と共に飛び出した弾丸が枝を撃ち抜いた。
「ふっ」
銃口から上る硝煙を息で吹き消す。
ゲーセンのGSTでスコアランキングを埋め尽くし、友達からのび太と呼ばれた俺の腕はまだ錆付いちゃいないらしい。
「ナタリア」
「!」
背後から今一番会いたくない人の声がした。
そうだよなぁ、あんな音したら普通気付くよなぁ。
「何をしているのかしら」
「ご主人様、これはその」
「ん、なぁに?」
「すみませんでした!」
恥も外聞も無い。
即DOGEZAだ。
「私は何をしているのかと訊いているのよ」
「物置で銃を見付けて、つい試しに撃ってしまいました」
「私は物置には入らないようにと言ったわよね?」
顔を上げなくてもわかる、物凄い威圧感だ。
やべぇ、怖えぇ。
「はい、おっしゃいました」
「何故入ったの?」
「ご主人様が昼食に下りてこられないので呼びに着たら、物置の扉が開いておりましたので」
「貴女は入るなと言われてても扉が開いてたら入るの?」
「申し訳ありません」
うわぁ、言い訳出来ねぇ!
「顔を上げなさい」
「……はい。ひっ!」
「二度目は無いわよ」
俺は無言で頷いた。
「よろしい。遅くなったけど昼食は頂くわね。銃は元の場所に戻しておきなさい」
オフィーリアが階段を下りて姿が見えなくなっても、俺はまだ立ち上がれなかった。
本当に怖い笑顔を見たのは初めてだわ。
今後ご主人様の命令は遵守しよう。俺はそう誓った。
気まずいまま夕食を終え、食器を片付けると、オフィーリアに席に着くよう言われた。
ああ、お説教の続きですね。
俺は処刑台に登る気持ちで椅子に座った。
オフィーリアの目が無言で目を細める。
あの、この空気つらいんですけど。怒るならいっそ一気に、殺すなら痛くないようにお願いします。
「ナタリア」
「はいっ」
思わず声を上擦らせてしまった。
オフィーリアがゴトリと音をさせてテーブルの上に置いたのは、件の銃だった。
「魔銃ブラックホーク。死んだ私の夫が考案して私が完成させた魔道具よ」
オフィーリア、未亡人だったのか。
いや、今重要なのはそこじゃない。
銃考案したって、じゃあその死んだ夫ってもしかして。
「でも考案者の夫も開発者の私にも使いこなせなかった。それを貴女は容易く撃って見せた」
あ、そっちも重要じゃないわ。
ご主人様、その目やめてもらえませんか。寿命が縮みます。
「高度な魔道具は自ら使い手を選ぶと言うけど、まさか魔導人形を選ぶなんて……」
ん?
なんか思ってたのと違う方向に傾いてない?
「このまま物置で埃を被らせておくのも勿体無いし、これは貴女にあげるわ」
「ご主人様、怒ってないのですか?」
俺は言わなくてもいいのに、つい疑問を口に出していた。
「ええ、勿論怒っているわよ。何、お説教がお望み?」
オフィーリアが再現するように顔に笑みを貼り付けて、細めた目の隙間から睨んできた。
俺は首が千切れんばかりに全力で横に振った。
「言ったでしょ。二度目は無い、と。今回は許すわ」
オフィーリアの怒気が消えたので、俺も胸を撫で下ろしながら肩の力を抜く。
「その代わりこのブラックホークを使って、その感想を報告なさい」
「感想、ですか?」
「そうよ。使い心地でも、長所でも短所でもいい。少しでも思うことがあったら知らせなさい」
つまりは許してやるからモニターやれって事か。
「わかりました」
ごまだれー、魔銃ブラックホークとホルスターベルトを手に入れた。