第四十五話 決闘―前編―
授業を終えて放課後、とうとう決闘の時間がやって来た。
周囲には話を聞きつけた生徒達がちらほらいる。
その中央で対峙するオリビアとマティアス。それぞれの背後に俺とリス娘が控えている。
「では私が審判を務めるが、異論は無いな?」
ダームエルはさっき話していた通り、決闘に立ち会ってくれるようだ。
二人が頷いたところで、リス娘が恐る恐ると言った様子で手を上げた。
「あの、この件はそちらの魔導人形さんも当事者ですので、二対二で行ってはどうでしょうか?」
「それは君も参加するという意味で良いのかね?」
「は、はい」
このリス娘は食堂ではマティアスを止めようとしていたが、どういう事だろう。
マティアスが貴族だから、家の上下関係だろうか。
「ふむ、君達はどうだね?」
「私は構わない」
「私もよ。でも、ナタリアは強いわよ」
「願ってもない事です」
リス娘の事情は判らないが、それなら俺自身もオリビアを直接フォロー出来る。ここは乗っておこう。
俺はオリビアを庇えるように前に出る。
「では、始める前に結界は張るが部外者は離れたまえ。もっとだ、まだ足らん。巻き込まれたいのか。まだだ」
ダームエルが周囲の安全を確保しようと指示を飛ばす。
それはいいけど、離れすぎじゃね?
確かにさっきは頭に来たけど、子供相手に銃を使う気は無いし、こんなに距離はいらないだろ。
「ではこれよりマティアス・フーヤード、クリスティナ・バーナード対オリビア・エトー・ガーデランド、ナタリアの決闘を開始する」
ダームエルは見物人が充分離れたと判断したところで、俺達を見回して宣言し、全員が身構える。
「始めっ!」
最初に動いたのは意外にもクリスティナと呼ばれたリス娘だった。
授業で優秀な結果を見せていた彼女は、それに反して向かって真っ直ぐ俺に突っ込んできた。
魔法使わないのか?
何処かに隠し持っていたのか、手には短剣を握っている。
一瞬焦ったが、よく見たら木で出来た偽物だ。それもそうか。
本物だったとしても俺なら大丈夫だが、これなら安心だ。
「ナタリア、そっちはお願い」
「お嬢様?」
一対一に分かれてやるつもりなのか?
そう思ったときには、既にリス娘が目の前まで迫っていた。
飛び退いて躱すと、オリビアはそれに合わせてマティアスに向かっていった。
えええええ、これ二対二の意味無いだろ。
クリスティナは即座に身を翻し再び俺に斬り掛かってくる。
弧を描く木剣を、跳んで、逸らして、しゃがんで避ける。
流石はリスなだけあってフットワークは軽い。
だけどこの娘
「えいっ」
俺以上に剣の素人だわ。
足の速さに任せて突っ込んでくるけど、剣の間合いが測れてない。しかも振る瞬間に腰が引けてる。だからせっかくのスピードが全く活かせてない。
まぁ、俺も剣に関しては素人同然だからあまり他人の事は言えないけど。
今思うとダニーは当然ながら、ミールも強かったんだなぁ。ドワーフ特有の怪力もあったけど、それ以上に踏み込みや間合いの測り方は上手かったし。
今頃どうしてるだろう?
帰省したときにはもう一度謝ろう。
篭手を作ってくれたお礼もまだちゃんと言ってなかったし。
篭手と言えば、受け取ってからまだ一度も使ってない。イングラウロもバーヘン樹海に近いし、休日には狩りに行ってみるのもいいかもしれない。勿論オリビアの都合がいい日に限るが。
「や、やぁぁっ」
本人の意志に反してこちらの気が抜けるような声が、俺を思考の海から引き上げた。
いかんいかん。
今は決闘中だ。
うん、まぁ、何ていうか、さっさと終わらせよう。
この娘はさっきもマティアスを止めようとしてくれたし、今も剣筋に敵意を感じない。何か事情があるようだし、怪我させないようにしなきゃ。
振りかぶった剣が振り下ろされるより早く、刃を精一杯鈍くした魔力刃で弾き飛ばす。
「わっ!」
衝撃でよろけたところに踏み込もうとしたが。
「だ、大地の剣よ立ち上がれ、アースブレード!」
クリスティナが慌てて唱えた魔法が完成し、俺の足元から土で出来た剣が飛び出した。
だが慌て過ぎだ。俺がもう二歩踏み込むのを待っていれば当たっていたのに。
落ち着いて土剣を躱し、もう手が無いのであろうクリスティナの側面に回り込む。
そして足払い。
完全にバランスを崩して倒れる寸前、怪我しないように横から背中に手を回して受け止めてやる。
お、流石はリスの獣人。尻尾が素晴らしいモフモフ感だ。
「勝負あり、でよろしいですか?」
腕の中のクリスティナに問いかける。
「え? …ぁ…はぃ…」
何が起こったの判らなかったのか、クリスティナは縮こまりながら目を瞬かせる。数秒置いて漸く理解したらしく、消え入りそうな声で頷いた。
「最初から授業で見せたような魔法で遠距離戦をしていればまだ戦えたでしょうに、どうして慣れない接近戦を仕掛けてきたのですか?」
最初に抱いた疑問を尋ねると、クリスティナは気まずそうに目を逸らした。
「あ、あの、実は昨日からお二人の事を調べていて、それで練習場で強力な武器を使っていたのを見ましたから、それを使わせないようにと近付いたんです…」
昨日練習場で感じた視線はこの娘だったのか。
俺が銃を撃つのを見て警戒し、懐に飛び込む事に勝機を見出したってところだろう。
「相手を調べて分析するという考えは間違っていませんが、付け焼刃の戦法は自分の長所も潰してしまいます。やるなら多様な技術をしっかり身に着けないといけませんよ。それに相手の近接戦能力を見誤ったのも痛手でしたね。せっかく接近してもそこで私に劣っていては意味がありません」
下ろして立たせてやると、クリスティナは俯いてしまった。
「ですがさっきのアースブレードも咄嗟とは思えないほど見事な造形でした。錬金術などに向いているかもしれません。いいセンスですね」
「いいセンス…ですか?」
「ええ」
某蛇さんの台詞にあやかってフォローしておく。
別に扱き下ろしたいわけじゃないんだよ。
事前に相手を調べるのも、その情報から対策を考えるのも大事だ。少なくとも行き当たりばったりの精神論より遥かに良い。それを実行するには実力不足だったってだけだ。
今回の失敗で自分のやり方が間違っていたなんて思ってほしくない。
それにさっきのアースブレードは一瞬見えただけだが、刃や柄の造りがとても精巧だった。瞬間的な攻撃魔法としては少し無駄だが、形状を明確にイメージするのは魔法を使う上で肝心な事だと、オフィーリアも言っていた。
「あ、あの」
「なんでしょう?」
クリスティナは少しだけ顔を上げ、俺の方を見上げていた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、たいした事ではありませんので」
何に対するお礼だろう?
よく判らないが返事しつつ、視線をオリビアに向ける。早くあっちを助けに行かないと。
そのとき不思議な事が起こった。
マティアスの放った攻撃魔法が、オリビアが拳を振っただけで全て掻き消された。
え、何今の?




