第三十七話 呪い
オフィーリアの容態は異常だった。顔色は悪く、脈拍も弱い。医学知識の乏しい俺ですら、普通の病気ではないと判る。
ベッドに寝かせたのはいいが、それ以外に出来る事が思い浮かばない。回復薬や解毒薬などを用意して隣に寄り添うのが精々だ。
オフィーリアが目を覚ましたのは、空が白み始めた頃だった。
「ナタリア…?」
「! …ご主人様、お目覚めになられましたか?」
咄嗟に大声を上げそうになった自分を抑え込み、努めて冷静に尋ねる。
「ああ、もう少し持つと思っていたのだけれど、どうやらそんなに時間は残されていないようね」
オフィーリアはまるで自分が死を迎えるような口振りで話す。
そんな馬鹿な。
あんな高威力の魔法をほいほい使う人が、そんな簡単に死ぬわけ無いじゃないか。
「私はね、呪いを受けているのよ」
俺の内心を見透かしてか、オフィーリアは少しずつ話し始めた。
「私の夫が既に死んでいるのは話したわよね?」
「はい。お嬢様からも伺いました」
オフィーリアと並ぶ上位冒険者で、数年前に死んだと聞いている。
「あの人はね、当時敵対していた相手が放った呪いから私を庇って死んだの。でも私自身も防ぎ切れなくて、今までどうにか永らえさせてきたけど、もう限界みたいね」
「そんなっ、ご主人様まで亡くなったら、お嬢様はどうなるのですかっ」
あの明るく活発なオリビアも、亡くなった父親の話をするときはとても悲しそうだった。それなのに母親まで失ったらどうなるかなど、想像したくもない。
「そうね。だから貴女を創造ったのよ」
「私を?」
「ええ。私が死んだ後、オリビアの世話をさせる為に魔導人形を創造ったの」
「何ですか、それ…っ!」
それじゃあまるで自分の死を受け入れてるみたいじゃないか!
「その呪いを解けばいいじゃないですかっ!」
「解こうとしたわ。解こうとして、でも無理だと判ったから次の手に移ったのよ」
ああ、そうだろうな。
解こうとしない筈が無い。
そしてオフィーリアほどの魔導師が無理だと判断したのなら、それは本当に無理だ。
俺には何も出来ないのか!
「ごめんなさい、もう少し眠るわね」
そう言ってオフィーリアは瞳を閉じた。
俺に何が出来る?
そんなに強力な呪いなら、今の俺が作れる薬程度じゃ治せないのは明白だ。
何か、何か無いのか。
このままオフィーリアが死んだら、オリビアが悲しむ。
俺だって嫌だ。
オフィーリアがこの身体を創造ってくれたから、こうして転生出来た。
オフィーリアがいなければ、俺は今こうしていない。
なのに俺は何も返せちゃいない。
いつも教えられてばかりで、守られてばかりで、何一つ返せていない。
くそっ!
何か無いのか!
オフィーリアは呪いを解く方法は探したと言っていたが、本当に全ての手段を確認したのか?
もしかして見落としがあるんじゃないか?
あのオフィーリアがそんなミスするかよ。
淡い希望を頭の中の冷静な部分が否定する。
だけど他に出来る事なんて無い。
俺は本棚に手を伸ばす。
「『サペリオン王国の歴史と魔法の開発』、違う。『魔法陣構築の効率化』、違う」
本のタイトルを確認しては視線を移す。
オフィーリアが呪いに関して調べたものは、この部屋の何処かにある筈だ。
それを見れば何か判るかもしれない。
俺は藁にも縋る思いで、その何かを探し求めた。
あった!
オフィーリアが呪いを解く薬を調べた資料だ。
幾つもの薬のレシピの詳細と試した結果の横にバツ印が着けられている。つまりこれらは効き目が無かったものなのだろう。
だが資料の一番下の薬には結果が書かれていなかった。これは試していないんだ。
この薬はある魔物が主原料になっている。
資料を探す途中で魔物図鑑があった筈だ。
魔物図鑑を開いて、目当ての魔物を探す。
こいつだ。
ランクCで生息地はバーヘン樹海、それもこの近く。
問題は俺一人で狩れるのか。
いや、狩るんだ。
コンコン
不意に響いたノックの音で顔を上げる。
「お母様、ただいま。オリビアよ」
オリビア、もう帰ってきたのか。
そう言えば前回は手紙を受け取った日には帰ってきていたな。
「お母様、いないの?」
図鑑を置いて部屋の扉を開ける。
「お嬢様」
「あ、ナタリア。ただいま、会いたかったわ」
そう言ってオリビアが抱き着いてくる。
少し合わないうちにとても背が伸びて、容姿も母親に似てきた。
再会と成長を喜びたいが、今はそんな場合じゃない。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください」
「どうしたの?」
オリビアを部屋に入れ、オフィーリアの現状を説明した。
「そんな…お母様……」
オリビアはベッドの傍に膝を突くと、眠るオフィーリアの手を握った。
「お嬢様、私は今から薬の材料になる魔物を狩りに行ってきます。ですのでその間、ご主人様の看病をお願いします」
「そんなっ! もうすぐ日が沈むのに危険よ! それに一人で行くつもりなの!?」
言われて俺は今の時刻に気が付いた。どうやら半日近くも部屋の資料を漁っていたらしい。
今から出れば夜間の戦闘は避けられないか。
だが危険なのは俺よりオフィーリアだ。
「お嬢様、今は一刻を争います。どうかご理解ください」
「駄目よ! それなら私も行く!」
「今のご主人様を一人にするおつもりですか?」
「それは…」
意地の悪い言い方になってしまったが、どうか解ってほしい。
どうあってもここに一人が残って、オフィーリアを看る必要がある。
そして狩りに行くならオリビアより俺の方が適任だ。
「わかったわ。でも約束して。絶対に帰ってくるって」
「はい。必ず」
俺は強く頷いて、部屋を出た。
自分の魔力は充分。
ブラックホークのマガジンは全て充填済み。
装備はミール渾身の逸品。
「待っていてくれ、オフィーリア。必ず助けるから」
そう呟いて、俺は闇に染まりつつある森に踏み出した。




