第三十六話 日常への帰還
暗闇を裂いて迫る鉄の糸を躱し、魔力刃を振るう。
鉄と魔力のぶつかり合う甲高い音が響き、飛び掛ってきた鉄蜘蛛が跳ねて転がる。だがまだ一匹だ。
左腕を撃ち出し、張り巡らされた鉄糸をすり抜けて鉄蜘蛛を掴む。そして近くにいた他の鉄蜘蛛にぶつける。
腕を戻そうとしたら背後から強い衝撃を受けてよろめいた。
振り向くと鉄糸の束があった。一匹の鉄蜘蛛の出せる量じゃない。視線で糸を辿ると、十匹の鉄蜘蛛に至った。
体勢を直すため、今度こそ腕を戻そうとしたら動きが乱れた。
慌てて目を向けると神経糸が紫の糸に触れていた。
まずい。
そう思ったときにはもう遅い。
両手足に鉄糸が巻き付き、宙に吊り上げられる。
「はぁい、勝負ありぃ」
天井から響く声に拘束していた糸が外れる。
着地すると、続くようにアリアが糸にぶら下がって降りてくる。
「暗闇での動きは上手くなったけどぉ、糸の扱いはまだまだねぇ。乱れたからって慌てちゃダメよぉ」
「そうですね。まだまだ練習が必要です」
「いつでも付き合うわぁ、報酬さえもらえればねぇ」
付き合ってくれているのは子供の鉄蜘蛛達なのだが、それは言わない方が良いんだろうなぁ。
「では今回のお礼です」
収納空間からワイン瓶と肉の塊を出す。ワイン瓶を受け取ったアリアは嬉しそうに頬擦りしだした。
他人の家庭事情にとやかく言いたくはないが、子供の教育的にどうかと思う光景だ。
「貴方達もありがとうございます」
集まってきた鉄蜘蛛達に肉を渡すと、彼らはその場では食べず、糸で縛って天井にいる兄弟姉妹のところへ運んでいった。
一匹が糸を上る途中で止まり、俺に向かって小さく頭を下げる。
俺の後ろで母親がラッパ飲みしているというのに、出来た子供達だ。
アリアの洞窟を後にし、バメルに来た俺はミールの家に向かった。
素材集めが完了して貴族からの依頼は無事果たせ、ミールとその家族からはとても感謝された。
あれから数ヶ月、ミールの父親であるジェイスさんが腰を痛め、ミールが家業を継ぐ為に本格的に鍛冶師の修行を始めたので、パーティーは解散となった。
元々ミールの素材集めに協力するのが目的だったので必然ではあるのだが、未練が無いと言えば嘘になる。ミールはオフィーリアを除けば初めて一緒に冒険した相手なので、やはり思い入れと言うか情と言うか、そういうものがあるのだから。
「あ、ナタリアさん、いらっしゃいませ!」
店の扉を潜ると、いつもの元気の良い声が聞こえる。
「こんにちは、ミールさん。お店はなかなかに繁盛しているようですね」
「はい、ナタリアさんとオフィーリアさんのお陰です」
ジェイスさんと敵対していたグロッグという男が死んで、そいつの罪が明るみになった事で鍛冶師ギルドは組織改変が行われた。そしてグロッグの行っていた営業妨害も無くなり、素材の流通や鍛冶師間の繋がりが正常化した事で、ミールの店にも客が増えてきた。貴族からの依頼を果たした事も、良い宣伝になったようだ。
今も店内では数人の客が並べられた商品を眺めている。
「ご依頼の鎧が完成していますよ」
ミールが奥から持ってきたのはティラノガビアルの革で作った軽鎧で、以前にミールが鱗をプレートアーマーにしていたのを真似てもらったのだ。
店ではこれよりも高級な素材を仕入れてもらう事も可能だが、それだと性能頼りで自身が成長しない。やっぱり装備は自分の実力相応のものであるべきだ。
魔銃?
こ、これは使いこなしてるからいいだろ!
「ただ、篭手の方はまだ時間が掛かります」
鎧は素材も構造も一般的なものだが、篭手に関しては今までの俺の経験から、ちょっとした改造を依頼したのだ。だがそのちょっとが思わぬ曲者だったらしい。
「そうですか。別に急ぎではありませんし、じっくり仕上げていただいて結構です」
「わかりました。それでその鎧は、ここで装備していきますか?」
ガタッ
「そうですね、では失礼して、ってしませんよ!」
テンプレネタだがとんでもない事を言うミール。
そして反応すんな客共!
脱がねぇよ!
装備するとしてもメイド服の上からだよ!
「ふふ、すみません」
この数ヶ月でミールも俺に対して遠慮が無くなって、時折こういった冗談を言うようになってきた。
友達らしくていいんだけどさ。
「そうそう、よかったらこれをお父さんにどうぞ」
料金を払うついでに、収納空間から薬瓶を出す。
「うちの薬草で作った腰痛の薬です」
「うわ、助かります。ありがとうございます」
「いえいえ」
錬金術の練習がてら作って、オフィーリアからもお墨付きをもらえた品だ。悪いようにはならないだろう。
「ではミールさん、私はこの辺で」
「はい、オフィーリアさんにもよろしくお伝えください」
そうしてミールの店を出て、次に向かったのは冒険者ギルドだ。
流石に慣れてきたのか、メイドが一人で来ても驚くやつはいない。
「よぉ、ナタリアじゃないか。元気にしてるか?」
「ええ、病気に掛かる事無く元気ですよ」
「そいつは良い事だ」
ダニーとはあの件の後暫くは顔を合わせる機会が無かったが、今ではこうして挨拶をする程度には良好だ。魔導人形だから病気にはならないという点にツッコミが無かったのは残念だが。
「今日はどうしたんだ?」
「いつもの売却ですよ」
「そうか。また困った事があったらいつでも言えよ」
「お断りします」
「あっはっは! それでこそお前だ!」
ダニーと分かれて素材の買取受付に向かう。受付の職員とももう顔馴染みだ。
「いらっしゃいませ、ナタリアさん。今日も買取をご希望ですか?」
「ええ、お願いします」
鞄から森で狩った魔物の素材と錬金術で作った薬を出す。
素材はDランク程度、薬は一般的な回復薬と解毒薬が中心で、目立った高級品は無いが高品質だとなかなか好評だ。薬は俺が作ったものなので、そう言ってもらえるのは嬉しい。
「はい、こちらがお代になります。それと郵便が届いてますよ」
お金と一緒に封筒を受け取る。
宛先は俺とオフィーリアの連名になっていた。誰かと思ったら、送り主はオリビアだった。
これは早く帰ってオフィーリアに知らせないとな。
ギルドを出て、町の門を潜り、森を抜ける。
もう何度も通った道なので、迷う事は無い。
認識阻害の結界を抜け、我が家に着く頃には太陽が赤くなり始めていた。
夕飯の支度前に手紙を渡そうと思い、オフィーリアの部屋をノックする。
「夕飯にはまだ早いけど、どうしたの?」
部屋から顔を出したオフィーリアは少し顔色が悪い。
最近のオフィーリアは前にも増して部屋に篭っている事が多くなった。大事な研究が大詰めなんだとか。
「ご主人様、お嬢様からお手紙が届いています」
封筒を渡すと、オフィーリアは途端に上機嫌になる。封をペーパーナイフで切って中身を検めると、一枚の便箋を俺に差し出した。
「そっちは貴女宛よ」
「ありがとうございます。あ、ご主人様、研究もよろしいですが、もう少し体調に気を付けて下さいね」
扉を閉めようとしたオフィーリアに慌てて進言するが、当のオフィーリアは軽く手を振るだけでそのまま部屋に戻ってしまった。
我が主ながら困ったものだ。
オリビアの手紙を今すぐにでも読みたいが、まずは夕飯の準備だ。
キッチンに向かいながらメニューを考える。オフィーリアの体調も考えてなるべく栄養豊富且つさっぱりしたものがいいか。
肉や魚でガッツリというわけにも行かないから、なるべく細かく刻んでリゾットにして、サラダは直前に氷水で締めて食感を重視。デザートはプリンにしよう。
夕飯の下準備を終えて、一旦自室に戻ってオリビアからの手紙を読む。
ナタリアへ
元気にしていますか?
私は元気よ。
ナタリアに勉強を教えてもらったおかげで、学校の成績も少し良くなって、先生にもほめられました。
もうすぐ学校の卒業式だから、それが終わったら家に帰ります。
魔法学校の入学式までは家にいるから、その間はよろしくね。
早くナタリアに会いたいわ。
オリビアより
どうやらうちのお嬢様はしっかりやっているらしい。
にしても、手紙なのに文体が統一されてないな。
オフィーリアへの手紙もこの調子なら、また補習授業になるんじゃないだろうか。
そうなったらまた俺の方からもアドバイスするとしよう。
でもそうか、魔法学校へ行くのか。
夢に向かう道筋を持っているなら、俺もそれに付いて行けるように鍛えておかないと。
いつか親子と俺との三人で冒険に行きたいな。
俺は手紙を机にしまい、キッチンで夕飯を仕上げる。
うん、上出来だ。
もういい時間だし、オフィーリアを呼びに行こう。
二階に上がり、部屋の扉をノックする。
「……」
おかしいな。出てこない。
もう一度ノックするが、同じだった。
「ご主人様?」
呼び掛けながらノックするが、やはり返事は無い。
寝オチでもしているのだろうか。
オフィーリアに限って魔法の研究中にそんな危ない事はしていないと思うが。
「ご主人様、開けますよ?」
以前の物置の件もあるので、恐る恐る扉を開く。
そして俺は後悔した。躊躇わずすぐに入っていればよかったと。
「ご主人様!」
部屋の中で、オフィーリアが倒れていた。




