第三十四話 人形の戦い
覚醒回
全編通して三人称視点となります。
町で暴れる二体の巨大ゴーレムは強大な力を持ちながらも、実のところ囮でしかなかった。
グロッグの目的は町が混乱した隙を突き、もう一体の巨大ゴーレムと共にジェイスを襲撃する事だった。
彼は門の封鎖に人員を割いている警備隊では二体のゴーレムは止められず、冒険者と協力して漸く対処出来るレベルだと推測していた。
事実、今の警備隊の人員とこの町の冒険者のレベルでは、二体の巨大ゴーレムを相手取るのは厳しい。しかも偶然にも、今夜はこの町の最大クランである『羽ばたく飛竜』のサブマスターが留守にしていた。
人員不足の警備隊と強者の一角を欠いた冒険者なら、充分に陽動を果たせる筈だった。
「鍛冶師ギルドのグロッグだな。大人しく投降しろ」
「馬鹿なっ。今の警備隊にそんな余裕は無い筈っ」
投降を呼び掛ける警備隊員に、グロッグは目を見開いてたじろいだ。
巨大ゴーレムが暴れる反対方向、鍛冶師のジェイスの自宅周辺の大通り。そこでグロッグとゴーレムは警備隊に取り囲まれたのだ。
「生憎とびっきりの冒険者が協力してくれてな」
Aランク冒険者であるオフィーリアが即座に参戦していなければ、今の警備隊にグロッグが憎んでいるジェイスに目を向ける余裕は無かっただろう。
二体のゴーレムは陽動だろうと言うオフィーリアの予想を信じた分隊長は、残った隊員にジェイスの周囲を見張らせたのだ。そして隊員達は混乱に乗じてジェイスを襲おうとしていたグロッグを発見し、今に至る。
「しかし儂のゴーレムをずいぶん甘く見ているな。その人数でこいつを止められるか?」
「……」
グロッグの言葉に、隊員達の顔に焦りが滲む。
彼らが出動した段階で、陽動のゴーレムは既に二個小隊を壊滅させている。主材料の鋼材は高品質、魔導核は高性能な違法品、製作者の腕は一流。このゴーレムは魔物ならBランクに匹敵する。一体だけとはいえ、一個小隊で相手取るのは無茶だった。
「行け、ゴーレムよ! 邪魔者を蹴散らし、ジェイスを叩き潰すのだ!」
グロッグの号令に、ゴーレムが疾走しようと一歩踏み出そうとした瞬間。
「開け釜の蓋、立ち上れ灼熱」
朗々とした美しい声に伴い、ゴーレムの足元に赤黒い魔法陣が現れた。この場に魔術師がいれば、それが最上位魔法の魔法陣だと理解出来たかもしれない。
「卑しき愚者に制裁を、ヘルズイラプション」
詠唱完了。
魔法陣から炎の柱が立ち上り、夜の闇を引き裂く光と熱を放つ。それは地獄の一端の顕現だった。
警備隊もグロッグも、成り行きを見守っていた周囲の住人達も、誰もが驚愕し、畏怖せずにはいられなかった。
やがて炎が治まり、最早スクラップ同然のゴーレムが崩れ落ちた場に、夜がそのまま人の形を成したかのような、黒髪黒衣の女性が杖に乗って降り立った。地獄の噴焔を放った漆黒の魔女、オフィーリア・エトー・ガーデランドである。
「儂のゴーレムが…」
呆然と膝を突くグロッグ。
「オフィーリアさん、ご協力感謝します」
「これで最後かしら?」
隊員の一人が敬礼すると、オフィーリアは涼しげに杖から降りて尋ねた。
「最初に暴れていた二体、今の一体、そして町の外へ出た一体が確認されています」
「計四体ね。先の二体は倒してきたから心配要らないわ」
オフィーリアの言葉に、警備隊とグロッグは驚愕する。
急造とはいえグロッグが絶対の自信を持っていた、警備隊に少なくない被害を出したゴーレムが、既に破壊されていたのだから。
「は、ははは、だがこれで終わりではないぞ。ジェイスのやつを殺せなくとも、絶望させるのには充分だ」
狂ったように笑い出したグロッグは焦点の合ってない眼で空を仰いだ。
「一体が町の外へ出たと言ったな? ならやつの娘は今頃、はははははは!」
「どういう事だ!」
「ジェイス氏の娘のミールは今町の外に出ている筈よ。そっちにもゴーレムを差し向けていたのね」
詰め寄ろうとした分隊長にオフィーリアが応える。
二体のゴーレムを囮にし、ジェイスだけでなくその娘のミールまでも手に掛ける。それがグロッグの狙いだったのだ。
「貴様っ!」
怒りを露わにした隊員がグロッグを捕らえようとしたとき、倒れていたゴーレムが動き出した。
警備隊は即座に武器を構え直して警戒する。
ゴーレムは緩慢ながらも確かな動きで、腕を上げた。
「おお、流石は儂のゴーレムじゃ。さぁ、邪魔な警備隊どもを蹴ち―」
ドォン!!
振り下ろされた腕に、グロッグの姿が消える。大きな拳の下から広がる赤い液体だけが、その存在の名残だった。
ゴーレムは限界を迎え、完全に静止した。それはまるでグロッグを殺す為だけに力を振り絞ったようだ。
一帯が騒然とする中、逸早く我に返ったオフィーリアは再び杖に乗る。
「ここの処理は任せるわよ、私は森へ向かうわ」
「オフィーリア、ジェイスの娘の保護だったら警備隊が向かうぞ!」
「それじゃあ間に合わないわ。それに私の娘も同行しているのよ」
そう言ってオフィーリアは分隊長の制止を無視して飛び上がる。
黒一色の姿は夜の闇に溶け、瞬く間に見えなくなった。
ゴーレムに叩き落とされたナタリア。地面に埋没するほどの威力を受け、しかし彼女は即座に立ち上がった。
ジェーンは彼女がオフィーリアの最高傑作だと聞かされていた。だから作られて間もないというのに人間と変わらない知性を有している事も、ダニーとの模擬戦に勝利した事も、ここまでの戦闘における対応力も、(ジェーンが魔導人形に対する知識が乏しいからでもあるが)特には疑問に思わなかった。
だから今目の前で立ち上がった事も、それ自体は何らおかしくないと思った。その纏っている雰囲気を除けば。
ナタリアは駆けた。足の折れた不恰好な姿勢で。人間なら痛みで悶絶しているところだろうが、痛覚の無い魔導人形なら可能だろう。
一瞬でゴーレムの足元に飛び込み、それまで集中攻撃していた片膝に銃口を押し当てた。そして何の躊躇いも無く引き金を引いた。
魔力が炸裂し、空気と光と鋼を裂く。
更なる爆発。
腕を薙ぎ払うゴーレム。しかしそれより早く、ナタリアは離脱していた。
ゴーレムの腕が通り過ぎた瞬間に再び飛び込み、魔力刃を膝に叩き込む。猛攻に晒され続けた膝にはヒビが入り、この一撃でついに穴が穿たれた。
その穴に銃口を差し込み、炸裂弾を放つ。爆発が行き場を無くし、装甲の中で荒れ狂う。
片足は崩壊し、ゴーレムは膝を突いた。
「よし、一気に畳み掛け」
「やめときな」
ナタリアを援護しようとしたダニーをジェーンは制止した。
「何でですか? あいつ一人にやらせとくわけにはいかないでしょう?」
ダニーの言葉も尤もだと、ジェーンは思う。しかしそれは人類、知性ある相手の場合だ。
「あれは自分も仲間も目的の為ならどうなったって構わない、感情の無い戦闘人形の戦い方だ。下手に近付いて巻き込まれでもしたら、怪我じゃ済まないよ」
ジェーンはこれまでの冒険者生活の中で、野良の魔導人形と戦った経験があった。魂の宿った古美術人形だったが、可愛らしい外見に似合わず、どれだけ傷ついても怯まず、完全に破壊しきるまで止まらなかった。
ダニーはそれでもと思って戦いに目を向けるが、そこにはジェーンの言葉を裏付けるものしかなかった。
ダニーがナタリアと初めて出会ったとき、模擬戦で彼女の切り離した腕が動くまで魔導人形だと気付かなかった。それほどにまで外見はもとより仕草や感情表現が自然に人間らしかった。
だが今戦っているのは誰だ。何だ。
本当にあのナタリアなのか。
ダニーは断言出来なかった。
先程叩き落されたときに、フロートライトは消滅していた。だがナタリアはこの暗闇の中、ゴーレムの巨腕を当然のように躱している。暗闇でも感知出来る機構を備えているのかとも思ったが、それならナイトウルフの群にだって反応していた筈だ。まるで戦い方を変えた途端に使えるようになったような、そんな奇妙さがあった。
ゴーレムは片足を潰されて移動を封じられながらも攻撃を続けていた。しかし不自然な体勢からの攻撃など、今のナタリアには掠りもしない。
振られた腕を躱し、そこに壊れた右足を向けて射出する。関節が壊れていようとも、神経糸による有線操作は可能だった。
その右足が爆ぜる。厳密には履いていた靴が、内側から現れた魔力刃に裂かれた。
右足の魔力刃がゴーレムの肘を突くが、鋼の強度を貫くには至らない。
ならばと左手の魔力刃が縦に一線、右足で付けた傷の上を走る。更に傷が重なる一点に通常弾を数発撃ち込む。
ほんの数秒の内に凹みが出来、蒼白の爆発が起こる。
装甲は拉げ、肘は想定していない方向に曲がってしまった。
だがまだゴーレムにはもう一本の腕がある。
振り下ろされた一撃を当然の如く回避し、魔力刃を出した左手と右足を放ちながら跳躍した。
二本の刃が青い軌跡を描きながら乱舞する。本体とは独立して動くそれらはゴーレムの周囲、または四肢の隙間を飛び回り、そして同時に地面に突き立てられた。
今更言うまでもないが、ナタリアの切り離した手足は神経糸で本体と繋がっている。そしてその神経糸は高い魔力伝導率と強度を誇る紫鋼蜘蛛の鋼糸だ。それが絡み付いたなら、脱出は不可能と言える。
ダニーには今のゴーレムの姿が、かつての自分と被って見えた。違うのは、自分のときはナタリアがまだ感情的だった点だ。
ゴーレムが神経糸を引き千切ろうと足掻くが、アリア自慢の鋼糸はビクともしない。
その背中に取り付いたナタリアが銃口を押し当て、引き金を引く。
銃声が幾重にも重なって木霊する。
鋼の装甲に零距離から連射する。
マガジンの魔力が空になる。
左手を拘束に使っているナタリアにはマガジン交換も出来ず、魔力を込めるには数秒かかる。
その筈だった。
空マガジンを落とし、即座にグリップを上に向けると同時に収納空間を開く。中に収められていた予備マガジンが落ち、グリップに収まる。
零距離連射再開。
銃声が響く。
魔力切れ。
マガジン再装填。
零距離連射再開。
魔力切れ。
マガジン再装填。
零距離連射再開。
もしこのゴーレムに感情があるなら、恐怖に怯え震えているだろう。体の自由を奪われ、急所を守る装甲を背後から丁寧に削られ続けているのだから。
やがて装甲が音を上げ、外殻に穴が開く。そこに腕ごと突っ込み、先程膝を破壊したときと同じように炸裂弾を撃ち込む。
今度は炸裂弾に切り替えて零距離射撃を繰り返す。
引き金を引くたびに爆発が鋼の体が軋ませる。
ついに全ての装甲を貫いた。穴の先はゴーレムの心臓とも言える、魔導核とその周辺装置だ。
止めとばかりに、マガジン一本全てを注ぎ込んだ炸裂弾を放つ。
轟音と爆炎が装甲の下で暴れ回り、内部を完膚なきまでに破壊する。
耐え切れなくなった外装が弾け跳び、ヒビ割れ、隙間から煙を上げ、ゴーレムは完全に破壊された。
既に鉄屑となったゴーレムから腕を引き抜くと、炸裂弾の衝撃で大きな亀裂が走り、指はあらぬ方向に曲がっていた。
地面にアンカー代わりに打ち込まれていた魔力刃が抜け、神経糸が巻き戻される。ダニーと戦ったときは絡まって自力では解けなかったそれが、今は一度も詰まる事無く元の位置に戻った。
「ナタリア!」
ゴーレムの背から飛び降りた魔導人形の耳に、空から名を呼ぶ声が届いた。
魔導人形が見上げると、そこには自身を創造った魔導師、オフィーリアがいた。
オフィーリアは慌てた様子で着地すると、周囲を見渡して、凡そを悟った。
そして魔導人形に静かに告げた。
「お疲れ様。命令よ、少し眠りなさい」
「はい、ご主人様」
無感情に応えた途端、糸が切れたようによろめくナタリア。それを受け止めたオフィーリアは白銀の髪を撫でた。
「よく、頑張ったわね」
そう呟くオフィーリアの声音は、優しくも少し悲しげだった。