第三十三話 鋼の乱入者
蘇った猿達がジェーンに集中している隙に、一気に駆け抜ける。
月明かりと人魂のお陰でそれなりに明るいので、標的を見失う事は無い。
だがそれはあっちも同じで、すぐさま俺達にも襲い掛かってきた。
「やああぁぁぁぁっ!」
ミールがガビアルソードを振るい、動く死体をまとめて跳ね飛ばす。
「キキィッ!」
別方向から二匹の猿が迫ってくる。
それをダニーが一匹を剣で薙ぎ払い、もう一匹を蹴り飛ばす。
だが死体達は怯まない。
更に多い数で一斉に飛び掛ってきた。
魔力刃を構えた瞬間、凄まじい衝撃が死体達を吹き飛ばした。ちらりと目を向ければ、戦斧を振り下ろしたジェーンが見えた。流石だ。
猿の群はもう目の前。
「キキィキィ!」
上位種を守ろうと、集まっていた残りの生きている猿達が俺に殺到する。
いちいち倒していられない。思いっきり地面を蹴って跳躍した。
「ギギイイイィィィ!」
上位種が叫ぶが、関係無い。
猿達を一気に飛び越え、真上から引き金を引いた。
銃口から発射された魔力が着弾と同時に荒れ狂う爆発を引き起こす。
夜の闇を引き裂く青白い光が閃き、即座に闇に溶ける煙に変わる。
着地して即座に、振り向きざま魔力刃を横一線に振る。だがその一撃は何かに阻まれて止まってしまった。
煙が晴れて現れたのは、無数の骨の塊だった。おそらく積み上げられていた骨の山だろう。それらが俺の魔力刃を受け止めていたのだ。
「ギィギィ」
骨の中から上位種の鳴き声が聞こえる。すると骨はカタカタと音を立てて動き出した。
骨はまるで生前を再現するかのように組み上がり、巨大な四足獣の白骨標本になった。普通の白骨標本と違うのは、上位種の意のままに操られている点か。
その上位種はと言うと、肋骨の中で守られるように座っている。
「骨にまで使えるのかよ」
今までのシャーマンエイプの死霊魔法なら、操れるのは損傷の少ない死体だけで、白骨なんて不可能だった。上位種は格が違うという事か。
「ギィ!」
上位種が咆え、白骨が前足を振り上げる。
飛び退くと同時、白骨が爆ぜた。
このとき、俺は今までで一番間抜けな顔をしていたと思う。
突然現れた巨体に、目の前の白骨が蹴り飛ばされてしまったのだから。
「なんだ、ありゃ…」
ダニーが呆然と漏らす。
乱入してきたのは白骨の獣よりも大きな鋼の巨人だった。
こいつは以前オフィーリアに教わったゴーレムだろうか?
蹴り飛ばされた白骨はバラバラに散らばり、中にいた上位種は木に叩き付けられて赤黒く潰れている。どう見ても即死だった。他の下位種のシャーマンエイプも全て倒れている。先程俺を狙ってきていた奴等も、炸裂弾とゴーレムの蹴りに巻き込まれていたようだ。
「何でこんなところにゴーレムが?」
ジェーンの呟きに応えるように、ゴーレムは俺達に向き直った。
「ナタリアさんを助けてくれたのでしょうか?」
「それはまだ判りませんが」
ミールが俺の隣に来てゴーレムを見上げる。
するとゴーレム頭部にある目のような部品が怪しく光り、腕を振り上げた。
「危ないッ!」
咄嗟にミールを突き飛ばす。
鋼の拳が大地を撃ち、砂煙を巻き上げる。
さっき白骨が前足で俺を叩き潰そうとしたが、まさかその白骨を倒したゴーレムに同じ事をされるとは。
「ミールさんっ、大丈夫ですか!?」
「はいっ、ありがとうございます!」
ゴーレムが再び腕を振り上げる。
俺達は急いで立ち上がって飛び退いた。
直後に地面が揺れる。
「皆、逃げるぞ!」
ジェーンの指示に、俺達は異論無く頷いた。
少し癪だが仕方ない。引き際を見誤るなと、先日アリアとの戦いでオフィーリアに言われたばかりだ。
俺もミールもジェーンもダニーも、踵を返す。
背後から大きな足音が聞こえる。
誰も振り返ろうとはしなかった。あのゴーレムが何なのかは判らないが、木々に紛れてしまえば俺達を追うのは難しいだろう。
しかしゴーレムはそれを許さなかった。
一瞬足音が止んだ。
そして風切り音と共に、鈍銀色が降ってきた。
ゴーレムはその巨体に似合わないジャンプ力で、俺達の前に降り立ったのだ。
「逃がしてくれる気は無いようですよ」
ゲームのような『ここまで逃げれば絶対安全になる地帯』など無い以上、腹を括る必要があるようだ。
こうなれば夜目を気にする意味は無いだろう。フロートライトを唱えて視界を確保する。
ゴーレムが振るう豪腕を散開して回避する。
俺の魔力刃を受け止めた白骨獣を一撃で粉砕したゴーレムだ。当たれば痛いじゃ済まない。
「喰らえっ!」
懐に飛び込んだダニーが脇腹を斬り付ける。しかし鋼のボディを斬り裂く事は出来ず、甲高い音と共に弾かれてしまった。
体勢を崩したダニーをゴーレムの足が蹴り上げる。
「ぐあっ」
「世話の焼ける」
相手は見ての通り金属製だと言うのに、幾ら何でも迂闊すぎだろう。
落下したがしっかり受身を取っていたダニーに、収納空間から出した試験管を投げて寄越す。
「使いなさい」
「回復薬か。助かる」
オフィーリアから作り方を教わってから、どうにか作れるようになった回復薬だ。まだ安定して生産は出来ないが、慎重に使えばどうにかなるだろう。
「言っておきますがあまりストックは無いので、節約して使いなさい」
「飲む前に言えよ!」
ダニーは一気に飲み干していた。
ドン、ドンッ
地鳴りが連続し、一撃一撃をミールが躱している。小柄な体格が幸いしたようで、ゴーレムの拳をどうにかすり抜けている。
それに合わせてジェーンの戦斧がゴーレムの膝を打つ。こちらは無理に装甲を斬ろうとせず、必然的に脆くなる関節を衝撃で破壊するつもりのようだ。目に見えたダメージにはなっていないので、先は長そうだが。
「ならば私は」
ブラックホーク内の魔力を圧縮しながら駆け出す。
ゴーレムは標的をジェーンに変え、拳を振り上げた。
「二人とも下がってください!」
銃を構えて突っ込む俺に、今まで一緒に戦ってきたミールはすぐに意図を察してゴーレムから距離を取った。ジェーンもそれを見て大きく飛び退く。
ゴーレムの拳が地面を殴る。
振動が足から伝わってくる。下手に受け流そうなんて思えない、強烈な攻撃だ。
だがそれ故に隙が大きくなっている。
側面に回りこんで、銃口をジェーンが狙っていた膝に向ける。
ガクンッ
不意に姿勢が崩れた。それでも既に引いていた引き金は止まらず、打ち出された銃弾がゴーレムの脚に当たり爆発を起こす。
腕を射出して木を掴み、神経糸を巻き取ってその場を離れた。
着地して足を見ると、右足首がおかしな方向に曲がっていた。
最初にミールを庇ったときに、ゴーレムの拳は俺の脚に当たっていたのだ。どうにか最後まで持たないかと思っていたが、予想より早く駄目になってしまった。
「ええぇぇぇい!」
ミールの長剣が炸裂弾で狙った膝に追撃を仕掛ける。
「ミールさんっ、ダメッ!」
慌てて叫ぶが間に合わない。
さっきの炸裂弾は姿勢が崩れたせいで照準がずれ、膝ではなく脛に当たっていた。これでは関節破壊の効果は望めない。
案の定、ミールの剣は装甲の強度の前に弾かれてしまった。
その無防備を晒したところに鋼の拳が迫る。今までの振り下ろしではなく、下から抉るような一撃だ。
小さな身体が宙を舞い、近くの木に叩き付けられる。
「ミールっ!」
その様がさっきの上位種と被って見えた。
「おい、早く回復薬を飲ませてやれ!」
ダニーが叫ぶが、言われるまでもない。
飛ばした腕で木を掴み、神経糸で自分をミールの傍まで運ぶ。
横たわったミールは出血こそ無いが、凹んで鱗の剥げたガビアルアーマーが受けた威力を物語っていた。
「くそっ!」
意識の無いミールを仰向けに寝かせ、回復薬を口に含ませる。
更に鎧と服をはだけさせ、腹に直接回復薬を塗る。
今の俺に出来るのなんて、これくらいしかない。
「くそっ!」
ゴーレムの攻撃をちゃんと避けていれば、足を破壊される事も無かった。
「くそっ!」
足を破壊されていなければ、ゴーレムの膝に炸裂弾を当てれていた。
「くそっ!」
炸裂弾を当てれていれば、ミールの剣で膝を破壊出来ていたかもしれない。
「くそっ!」
俺のせいだ!
成長しない無能人形がっ!
「壊すっ!」
ゴーレムに近い木に腕を飛ばし、身体を引っ張って飛ぶ。
それまでゴーレムを引き付けていたジェーンとダニーの頭上を抜ける。
「あっ、おい!」
五月蝿い。
ゴーレムに迫りながら引き金を引くが、やはり通常弾で装甲を抜く事は出来ない。
続けて炸裂弾を撃つ。青白い閃光がゴーレムを包む。
間髪入れずに銃内部の魔力密度を上げる。炸裂弾形成完了。
もう一撃。
そう思った直後、拳が爆煙を裂いて俺の頭を打ち、一瞬だけ身体が重力を忘れる。
「がっ」
その拍子に木を掴んでいた腕が外れ、身体を運ぶ為に張っていた神経糸が弛んで曲線を描く。
けれど関係無い。なんとしてでもこいつは壊す。
「まだま―」
ガンッ!
真上からの豪腕に叩き落され、俺の身体は地面にめり込んだ。
そして暗転する視界と共に、意識が途絶えて消えた。




