第三十二話 バーヘン猿軍団
町の一角でゴーレムが暴れている。その目的はただ只管の破壊。見境無く、目に付くものを片端から壊していく。
そして騒ぎが最高潮に達した頃、ゴーレムが現れた倉庫から別のゴーレムが立ち上がった。
そのゴーレムは巨体に似つかわしくないスピードで走り出し、大通りを通って町を囲む壁へと向かう。途中の通行人を構わず蹴り飛ばし、踏み潰し、壁に向かって疾走した。
ものの数分で壁の前まで迫ったゴーレムに、壁の警備隊は困惑しながらも、即座に魔術師が攻撃魔法の詠唱に入る。それに並行して、剣や槍を構えた兵が、ゴーレムに命令しているであろう人物に制止を呼び掛ける。
だが彼等の声に応える者はいない。このゴーレムの主人は、近くにいないのだから。
やむを得ず、指揮官の命令で攻撃魔法が一斉に放たれる。数多の魔法がゴーレムを襲い、黒い爆煙を巻き起こす。
しかしゴーレムは止まらない。煙を掻き分けて姿を現したゴーレムには傷一つ付いていなかった。
警備隊に属する魔術師は、冒険者で言えば最低でもDランク相当の腕を持っている。その一斉攻撃で無傷など、並のゴーレムには有り得ない頑丈さだった。
驚愕する警備隊達を他所に、ゴーレムは加速し、そして警備隊ごと、壁を飛び越えた。
全身が金属とは思えない、軽快で見事な跳躍だった。
警備隊達はゴーレムが消えた壁と空を一瞬呆けたように見上げ、すぐに我に返り、本部に連絡を走らせたのだった。
夜行性の魔物を倒しつつジェーンに先導され、標的のシャーマンエイプが儀式をしている場所へと辿り着いた。
茂みの中でフロートライトの光を極力小さくして覗くと、まさに儀式と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。
開けた場所に積み上げられた骨の山を中心に、何匹ものジャーマンエイプが輪になり、祈るように跪いている。周囲には人魂のような青白い光が無数に飛び回っているのが不気味だった。
「前に姐さんから聞いたんだが、ああやって強い魔物の骨を媒介に周囲の魔力を集める事で自分達が進化しやすくしてるらしい。詳しい事はアタシには解らないが、そのときにあいつらの素材としての質は最高になる事は確かだ」
身体の成長、戦闘経験、魔力。進化には色々な要素が絡むのだと、前にオフィーリアが言っていた。
シャーマンエイプはその内の魔力をこうして意図的に取り込んでいるようだ。
「こちらには気付かれていないようですね。ミールさん、目当ての骨は何匹分あればいいですか?」
「そうですね。可能なら五匹分くらいほしいんですが」
「五匹か。倒すだけなら簡単だけど、素材として確保してとなると大変だな」
ジェーンの言う通り、なるべく素材としての価値を維持しながら倒すとなると、それは熟練者の域だ。
しかもミールもジェーンも、得物が近接武器だ。それも重さで叩き切るのが主体だから、どうあっても骨を傷める可能性がある。
仕方ない。
オフィーリアには俺一人がやり過ぎないように言われていたが、今回は例外として許してもらおう。
「でしたら標的は私がやります。お二人は残った群を追い払ってください」
「おいおい、出来るのかよ?」
怪訝そうな顔をするダニーにブラックホークを出して見せる。
「これなら最小限の攻撃で仕留められます」
「なるほどな。確かにこいつはあんたが適役だ。なら任せた」
道中でブラックホークの性能を見ていたジェーンはあっさりと頷いてくれる。ミールも同じだ。
「では行きますが、準備はよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
「いつでもいけます」
二人の返事に頷き返し、膝立ちになって銃を構える。
「おい、ここから狙うのかよ。熟練の弓使いでも難しい距離だぞ」
「ダニー、黙ってな」
ここからの距離だと有効射程ギリギリだ。だが俺の腕と精密に動く身体と高精度のブラックホークなら、不可能じゃない。
幸い周囲には小さいながら光源があるし、標的は殆ど動かない。絶好のチャンスだ。
俺の目、照門、照星、標的が一直線に並ぶ。
標的は動いていない。
引き金を引くと同時、短い銃声が闇夜に響いた。
標的はもう動かない。
他のシャーマンエイプが顔を上げるが、遅い。
即座に標的を変え、無防備な頭を、心臓を穿つ。
音が一つ鳴るたびにシャーマンエイプが一匹倒れる。
どこから攻撃されているか判らない猿達は困惑するが、その隙を突いて次々と狙い撃つ。
「もういいぞ、休んでな。行くよ、ミール!」
「はいっ!」
充分な数を確保出来たと判断したジェーンの指示で、俺は銃を下ろした。
直後にジェーンとミールが吶喊する。浮き足立った猿の群は為す術も無く、蜘蛛の子を散らしたかのように壊走を始めた。
「この距離で当てるかよ。すげぇな」
「いつも練習していますから」
感心したように銃を眺めるダニーに、俺は周囲を見回しながら応える。
「ああ、心配しなくても近くには他の魔物の気配は無いぜ」
「そうですか。私はそういうものには鈍いので助かります」
「ふーん、やっぱ魔導人形は感覚的なものは解らないんだな」
気配だけで周囲を探るとかは前世から出来なかった事だから、別に魔導人形だからと言うわけではないと思う。説明するつもりは無いから言わないけど。
「ギィッ、ギイイイィィィィ!」
突然の咆哮に俺もダニーも慌てて目を向けると、骨山の前で一際身体の大きなシャーマンエイプが骨を振り回していた。
青白い燐光がその骨の動きに合わせるように周囲に渦巻いている。
シャーマンエイプの上位種か?
何にせよさっさと倒した方がいい。
「ギイッ! ギイッ!」
上位種が何か唸ると、それまで逃げ惑っていたシャーマンエイプが踵を返して抵抗を始めた。
「ハイシャーマンエイプがいたのか、厄介だな」
薄闇の中、機敏な猿の動きはそれだけで脅威になる。ジェーンは凌いでいるが、ミールは少し厳しそうだ。
あのハイシャーマンエイプ(長いな、もう上位種でいいや)が命令を出しているようなので、それさえ倒せばまた烏合の衆に戻るだろう。
そう思って上位種に向けて引き金を引いたが、それは他のシャーマンエイプに阻まれた。シャーマンエイプが上位種を守るように群がっていたのだ。
「ミール、アンタは下がってナタリア達と合流しな」
「っ、はい!」
ミールがジェーンの指示に従って俺達の方に戻ってくる。するとジェーンは戦斧を掲げるように構えた。
「スラッシュインパクト!」
大地に叩き付けられる戦斧。斬撃が宙を、衝撃が地面を走り、土煙を巻き込みながら、ミールを追おうとした猿の群を裂断した。
「あー、あの技はジェーンさんの十八番だ」
狼の群の斥候を倒したときもそうだが、ジェーンの射程は得物の長さ以上にある。しかもあの威力だ。直撃した猿なんかは綺麗に真っ二つになっている。
「ギギィギィ」
「キキィキィ」
上位種が唸り、呼応するように他のシャーマンエイプも声を上げる。すると倒れていたシャーマンエイプが立ち上がり、また壁を形成し始めた。
「おい、あれ、死んだ魔物が蘇ってないか?」
ダニーが指差しながら尋ねてくる。
「あれはまさか、同族に死霊魔法を?」
「死霊魔法?」
「シャーマンエイプは死体を操る死霊魔法を使います。しかしまさか同族の死体まで操るとは」
以前に戦ったときはハイゴブリンやクランプボアのような他種ばかりだったし、そもそもシャーマンエイプは一匹だけだった。それに同族を蘇えらせるなんて無限ループじみた真似は流石に出来ないだろうと思っていた。
クソッ!
また油断してたのかよ、俺は!
「死霊魔法で蘇った魔物は動きこそ単調ですが、ほぼ際限無く蘇り続けます。対策は死体を大きく損壊させるか、死霊魔法を使っている個体を倒すかしなければいけません」
「死霊魔法を使っている個体ったって…」
ダニーの言いたい事は解る。この中でどの個体がどの死体を操っているかなんて判らない。それに倒したところで、他の固体が操る死体が増えるだけだ。
更に言えば今回の目的は素材回収だ。死体損壊は素材の価値を下げるので、出来るだけ避けたい。
「おりゃあっ!」
ジェーンは死体の群を相手に一歩も退かない。流石は大手クランのサブマスターだ。
しかしこのままジェーンだけに任せておくのも危険だ。
となればやっぱりここは初志貫徹、大将狩りか。
「ミールさん、ダニー、私がハイシャーマンエイプを狙いますから援護をお願いします」
「本気か?」
「解りました」
「おい」
今まで一緒に戦ってきたミールは二つ返事で了承してくれる。
ダニーは仕方ないか。
「炸裂弾なら群が固まっている上からでも充分なダメージを期待出来ますが、射程が狭いので近付く必要があります」
「道を開けばいいんですね」
「いけますか?」
「やります!」
頼もしい返事だ。
「では仕掛けるとしましょうか」
立ち上がりフロートライトを消し、ブラックホークに魔力を補充、左手に魔力刃を形成する。
「行きますよ、せーのっ!」
俺とミールは茂みから飛び出した。
「あー、クソッ!」
ダニーも悪態を吐きながら追ってくる。
狙うはハイシャーマンエイプの首だ。
鋼のゴーレムは森の中を走る。木々を薙ぎ倒し、標的を抹殺する為に。
そのスピードとパワーに、魔物達は一目散に逃げ出す。
しかし何物にも例外はある。
強さに自信がある者、ティラノガビアルは縄張りに侵入した無礼な鋼人形を破壊せんと疾走し、横合いから突進した。
巨体と巨体がぶつかり、轟音が森を揺らす。
「グォォ!」
よろけたゴーレムに襲い掛かる大顎を、鋼の腕が受け止める。
ティラノガビアルの顎を閉じる力は鋼を容易く圧壊しうる。しかしこのゴーレムはそれ以上の力で顎を止めていた。
「グ、ガ、ァ」
ゴーレムは淡々と、無感情に顎を押し広げる。
ティラノガビアルが苦悶の声を漏らそうとも容赦しない。徐々に顎が開いていく。どれだけ閉じようとしても、ゴーレムの腕はビクともしない。
そして顎が一定の角度を越えた瞬間。
「ガ、ァァア!」
鈍い音と共に、ティラノガビアルの顎が力無く垂れ下がった。顎が外れてしまったのだ。
野生の魔物としては致命的。しかしやはりゴーレムは容赦しない。
閉じられなくなった口内に、鋼の拳を叩き込んむ。奇しくもナタリアが炸裂弾で撃ち抜いたのと同じように、上顎から脳天に向かって貫いた。
ゴーレムは絶命し痙攣するティラノガビアルの死体を投げ捨て、再び森の中を走り始めた。
主の命令を遂行する為に。主の怨敵の娘を殺す為に。




