第三十話 外法の鼓動
魔導核とは魔力を増幅、調整しつつ外部に放出する装置である。魔石など物質化した魔力を外殻で覆い、特殊な術式で制御している。性能を高めようとすると更に複雑化するが、概ねそういった構造だ。
魔道具などに使用されるが、その目的によっては他者に使われるのを防ぐために、またはその貴重さ、高価さ故にプロテクトを掛ける場合がある。
だが机の上に置かれた魔導核に施されているプロテクトは起動制限だけでなく、その内部を守るために障壁を展開するものだった。
警備隊の技術者が工具を当てると、表面を淡い光の防護壁が包み込むのだ。
「とまぁ、こんな具合で、うちの魔術師でも解除出来ないんだ」
「確かに高度なプロテクトだわ。これを解くのはかなり難しいわね」
「やっぱりか…」
「ちょっと、誰も無理だなんて言ってないわよ」
肩を落としかけた分隊長は、オフィーリアの言葉にはっと顔を上げる。
「出来るのか!?」
「誰に言ってるのよ?」
「愚問だったな」
不適に笑うオフィーリアに、分隊長は肩を竦める。
魔法の開発によって発展したサペリオン帝国において最高峰の魔導師、それがオフィーリア・エトー・ガーデランドなのだ。
白くたおやかな手が魔導核に翳される。
たちまち魔導核が甲高い音を立てながら、細かく振動し始めた。
オフィーリアの魔力が魔導核に触れたのだ。
魔導核は外部からの干渉を防ごうと防護壁を展開する。しかしそれこそがオフィーリアの狙いだった。
展開する防護壁から術式を解析する。
「魔導核の起動や設定の書き換えにパスワードが必要になってるわね。防護壁は物理と魔法の複合型。それも一つや二つじゃない、少なくとも十は重ねているわ」
いくら魔導核が価値あるものでも、これは異常だった。
しかしその異常な防護壁を、オフィーリアは解析した端から無効化していく。
氷が解けるように、繭から糸が紡ぎ出されるように、砂時計の砂が落ちるように、少しずつだが確実に、防護壁の術式を切り崩す。
その繊細にして大胆な技術を、警備隊の技術者は一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いている。
「面白いわね。この魔導核の中に興味が湧いたわ」
オフィーリアは笑みを崩さず、術式の解析速度を上げた。
日中に用事があるので先に家を出たオフィーリアから遅れる事数時間、俺はバメルの門の前に来ていた。と言っても今日は町には入らない。
「ナタリアさーん」
門の前で暫く待っていると、町からミールが小走りになって出てきた。
既に見慣れた友人である彼女だが、今日は見慣れない軽鎧を身に着けていた。
「ミールさん、それは新装備ですか?」
「はいっ、ティラノガビアルの鱗で作ったガビアルアーマーです。どうですか?」
目も前まで来たミールはそう言って、くるりと一回転して見せる。
深緑色の鱗が夕日に照らされ、鮮やかな光沢を放っている。生きたティラノガビアルの鱗はもっとくすんだ色だったが、この鎧の鱗はよく磨かれているのが判る。
「なるほど。良い出来ですね」
「そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますっ」
「ではこれはミールさんが作ったのですか?」
「父に教わりながらですけどね」
これは驚いた。以前にも外で剣の手入れをしていたが、ここまでのものを作れるとは思っても見なかった。
「凄いですね。私もそろそろ防具を新調したいのですが」
俺の装備している防具は普通の革の鎧だ。ゲームで言うところの最低かそれに準ずる程度のもので、魔物からの攻撃をまともに受ければ簡単に壊れてしまう。元々の身体が頑丈なので並の攻撃には耐えるだろうが、それでも油断は禁物だ。
ちなみに武器はブラックホークと魔力刃で大体事足りるから問題無いだろう。
攻撃魔法?
知らない子ですね。
「でしたら是非うちの店にいらしてください。ナタリアさんにならサービスしますよ」
「ええ、そのときはお願いします」
そう言えばミールの家には行った事が無かったな。今度時間があるときに行ってみよう。それなら素材は既に用意していた方が良いだろうな。
「ところでオフィーリアさんはまだ来ていないのですか?」
「ああ、それなのですが」
オフィーリアは急な用事でシャーマンエイプを狩りにいく時間に間に合わないかもしれないので、代わりに同行してもらう冒険者を呼んでおくと言っていた。
「そうですか。どんな人が来るんでしょうね?」
「ご主人様の以前からの知り合いで冒険者としては“まあまあ”と聞いています。ご主人様の基準で“まあまあ”でしたら充分に腕の立つ方ではないかと」
「ははっ、相変わらず姐さんは厳しいねぇ」
不意の声に振り向くと、そこには二人の冒険者が立っていた。
「あんた達がナタリアとミールだね。オフィーリアの姐さんから話は聞いてるよ。アタシはジェーンだ」
薄暗い倉庫の中、不気味の頬を吊り上げるグロッグの前に数体の鋼の巨人、ゴーレムが跪いている。
これをたった一日で作り上げてしまうところが、彼の鍛冶師としての腕を物語っている。それだけでなく、店舗経営や物流などの商才にも恵まれていた。故に彼は鍛冶師ギルドの役員に選ばれた。
しかし彼は今からそれをかなぐり捨てようとしている。
ただ気に入らない相手を叩き潰す為だけに。
何がそこまで彼を駆り立てるのか、それは誰にも解らない。あるいは本人でさえ、既に見失っているのかもしれない。
だが、だからどうした。
憎悪。
それは揺らぐ事無く、グロッグの中にある。
それだけで充分だった。
「起動しろ、ゴーレム達!」
ゴーレムの頭部にある水晶に光が灯る。
そしてグロッグはゴーレムたちに命令を下した。
「やれやれ、貴方のせいでこの町から撤退する羽目になってしまいましたよ。この倉庫も工房も全て廃棄。全く、割に合いませんね」
グロッグの背後、声が聞こえない距離で商人は漏らした。
「私が目を着けられないように、証拠隠滅だけは入念にさせてもらいますが、悪しからず」
商人は冷酷な目で、グロッグに気付かれないよう魔導核のパスワードを呟き、直接命令を書き込んだのだった。




