第二十九話 暗躍
ナタリアと分かれたオフィーリアは町の警備隊本部へと来ていた。
冒険者として有名なオフィーリアは様々な場所に繋がりを持っている。
案内された応接室で待っていると、警備隊の分隊長が現れた。
「それで、上手くいってるの?」
挨拶もそこそこに、オフィーリアは対面に座った分隊長に本題を尋ねる。
「ああ。グロッグは黒だ。罪状は商業自由法違反。今までも小汚い事をしていたらしいし、まだ余罪がありそうだ」
グロッグとはミールの父と敵対している鍛冶師ギルド役員の名だ。
オフィーリアはミールの父に対するグロッグの妨害行為が法に触れているので、顔見知りの分隊長に調査を依頼したのだ。
結果はオフィーリアの思った通り、グロッグの行為はこの国の法を犯すものだった。
「今は指名手配中だ。町の門には既に通達してあるから、外に逃げられる心配は無い。捕まるのも時間の問題だろう」
「何してるのよ」
オフィーリアが睨むと、分隊長は顔を引き攣らせて汗を流し始めた。
指名手配中。それはつまり現在逃亡中という事だ。
事前に察知されたか、それとも目の前でみすみす逃げられたか。どちらにせよ、警備隊のミスであると言えるだろう。
警備隊の取り逃がした違法奴隷商に娘が襲われたのも記憶に新しいオフィーリアにしてみれば、この失態は看過出来るものではない。
「いやっ、本当にすまない! 必ず逮捕するから許してくれ、この通り!」
そう言って分隊長は腰を折って深く頭を下げた。
オフィーリアもここで責めても仕方ないと、溜息を吐いて表情を戻した。
「それで重ねて申し訳ないのだが、グロッグの家から押収した品の検分に協力してもらいたい」
「警備隊にも魔術師はいるでしょ」
「そうなんだが、押収品の中には人形術や錬金術に関わる物が見付かってな、調査が滞っているんだ」
人形術師や錬金術師は魔術師に比べて圧倒的に少ない。故にそれらに関わる物を正しく鑑定出来る人間は貴重なのである。
しかしオフィーリアは訝しむ。
「鍛冶師ギルド役員の家から人形術や錬金術に関わるものが出てきたと? 別におかしくはないでしょう」
人形術師が人形を作る際、その部品作成を他者に依頼するのは珍しくない。人形術師はあくまで人形を組み上げ、命令し、使う者だ。素材の加工から全てこなせる人形術師など、そうはいない。無論出来るに越した事は無いのだが。
そして錬金術は魔力によって鍛冶師の仕事を代わりに行える。それだけ聞くと競合しているように思えるが、実際は錬金術師の人口が圧倒的に少ないため、棲み分けは出来ている。そして錬金術は素材から物を作るだけでなく、不完全な素材を完全な素材にする事も出来る。例えば砂鉄を鉄塊に変えることも可能なのだ。
なのでグロッグの家に人形の部品があろうと錬金術で精製された素材があろうと、何ら不思議ではないのだ。
「言葉が足らなかったな。押収されたのは魔導核らしいんだ。それも厳重なプロテクトが掛かった」
分隊長の言葉に、オフィーリアの眉が上がる。
魔導核とは魔力の供給装置である。主に大規模な魔道具やゴーレムや魔導人形など、長期的に魔力が必要なものに使われる。そしてこれを作るのには高度な魔法技術が必要で、鍛冶技術だけでは不可能なのだ。
「確かにグロッグの家にあるのは不自然ね」
グロッグが魔導核を作れるほどの、警備隊の魔術師でも破れないほどのプロテクトの魔法を使えたという情報は無い。ならばこの魔導核を作ったのはグロッグではない。
しかしならば何故彼は魔導核を持っていたのか。
「そういうわけだ。頼めるか?」
「ええ、元々私が持ち掛けた話だし、いいわよ」
「助かる。流石に部外者を立ち入らせるのは上に許可をもらわなきゃいけないからな、明日の昼にまた来てくれ」
「わかったわ」
明日はナタリアとミールとでシャーマンエイプを狩る予定だが、夜に間に合えばいいので、大丈夫だろうと引き受ける。
間に合わなかった場合の手はあるし、これを断ってはそもそもの目的が達成出来ない。
「しかし珍しいな、あんたがこんな他人事に首を突っ込むなんて」
「まぁ、そうね。でも鍛冶師ギルドが腐敗してると、そこに依頼する冒険者が迷惑を被る事になるから」
本音を言えば、鍛冶師ギルドの腐敗などオフィーリアには他人事だ。装備は自分の錬金術で作ればいいので、鍛冶師ギルドがどうなろうがオフィーリア自身はあまり困らない。
だがそれでは困る者、悲しむ者がいるのだ。
いずれ冒険者になったとき、良い装備が無くては苦労するだろう。
せっかく仲良くなった相手に不幸があっては、気に病んでしまうだろう。
だからオフィーリアは珍しくお節介を焼く事にしたのだ。可愛い二人の娘の為に。
勿論今も繋がりのある他の冒険者達に対して思う事が全く無いわけではないが。
「今回の件で、鍛冶師ギルドには捜査の手が入った。近いうちに組織改革も行われるらしい」
「それを聞いて安心したわ」
そう言って穏やかに微笑むオフィーリアを、付き合いの長い分隊長は久しぶりに見た。
夫を亡くして以来、何処か無理をしていた彼女の心からの笑み。
彼は安堵し、しかしそれ以上に言い知れぬ不安を感じた。
警備隊本部を後にしたオフィーリアは冒険者ギルドに向かった。
ナタリアとの合流予定までまだ時間があるが、その前に済ましておきたい用事があった。
目当ての人物はこの時間ならギルドの食堂にいる事が多い。
そしてオフィーリアの期待通り、その人物はいた。
数人で食事をしている中の一人、鍛えられた肉体が特徴的な褐色肌の女性だ。
「ジェーン、今時間もらえるかしら?」
「オフィーリア姐さん、お久しぶりです。勿論ですとも。お前ら、席を空けな」
ジェーンと呼ばれた女性の指示で、他の者が席を詰めてオフィーリアが座るスペースを空ける。
「いきなりで悪いわね」
「いえ、姐さん達にはずっとお世話になりましたから」
ジェーンは凛々しくも人懐っこい笑みを浮かべる。その様子に同席していた者達の内、二人の仲を知らない者は声にこそ出さないが、内心かなり驚いていた。
彼等は大規模なクランのメンバーであり、一癖も二癖もある冒険者達を実力で取り纏めるサブマスターであるジェーンが素直に好意を示す相手というのは、彼等が知る限り身内のみだった。
「それで急な話なのだけど、貴女に頼みがあるのよ」
「はい。姐さんの頼みとあらば」
真っ直ぐな目で言い切ったジェーンに、オフィーリアは薄く笑みを浮かべながら、依頼内容を説明したのだった。
それを聞いてもジェーンが先の言葉を覆す事は無かった。
時間はオフィーリアが警備隊本部を訪ねる前日まで遡る。
薄暗い倉庫の中で、グロッグは荒れた息を整えていた。
自分が警備隊に嗅ぎ回られていると気付いた彼は最低限の荷物だけ持って家を抜け出し、取引していた相手の倉庫へ逃げ延びていた。
「困りましたねぇ、グロッグさん。警備隊に目を付けられただけでなく、うちに飛び込んでくるなんて」
この倉庫の主である商人は、わざとらしく溜息を吐く。
「ふん、もしが儂が逮捕されれば、お前だってただでは済むまい」
「それを言われると何とも」
この商人も裏ではかなりあくどい事をしているのだ。グロッグが捕まれば、そこから芋蔓式に彼の悪行が明るみになるのは想像に難くない。
「しかしこれからどうするおつもりで?」
「明日にはジェイスの娘が最後の素材を狩りに行くらしい。それだけはなんとしてでも阻止せねば」
ジェイスとはミールの父の名だ。
この期に及んでいまだに彼を妨害する事に拘泥するグロッグに、商人は見えないように肩を竦めた。
「おい、隣の工房を貸せ。それとこいつで買えるだけの資材を用意しろ」
「おっと」
グロッグが投げた財布を受け取った商人が中を確認すると、ぎっしりの金貨が入っていた。
「お支払い頂けるならご用意いたしますが、どうするおつもりで?」
「そこまで聞いていいのか?」
「失礼。お忘れください」
商人は恭しく一礼し、グロッグの要望を叶える為に出て行った。
「見ておれ、ジェイス。鍛冶師としてだけじゃなく、貴様の全てを目茶苦茶に叩き潰してやる」
誰もいなくなった倉庫の中で、グロッグはぶつぶつと呟いていた。
その懐の中で、魔導核がゆっくりと起動し始めていた。




