第二十五話 食われた
「オフィーリア、そのくらいにしてあげましょぉ。二人とも身に染みて解ってくれたわよぉ。それよりぃ、頼まれてたものの用意は出来てるわよぉ」
アリアがそう言うと、天井から一匹の子蜘蛛が尻から糸を伸ばして下りてきた。脚には鈍色の糸玉を抱えている。
子蜘蛛が脚を離すと、糸玉はドスンと音を立てて床に落ちた。
見た目は糸玉だが、かなり重いようだ。
「鉄蜘蛛の糸が必要なんでしょう? これで足りるかしらぁ?」
「わ、これ凄い上物じゃないですか!」
「当然よぉ、私の子供達が作った糸なんだからぁ」
アリアの言葉に糸玉を運んできた子蜘蛛が照れたように頭を掻く。
「それとぉ、これは私からよぉ」
そう言って差し出したアリアの掌に紫の糸玉が出来上がる。
「ナタリアちゃんはもう少し糸の使い方を練習しましょうねぇ。でないとせっかくの私の糸が勿体無いわぁ」
そう言えば俺の神経糸は紫鋼蜘蛛の糸だとオフィーリアが言っていた。
「では私の神経糸はアリア…さんの糸なのですか?」
「そうよぉ、オフィーリアに頼まれて分けてあげたのぉ。でもぉ、ナタリアちゃんはまだまだねぇ。そんなんじゃぁオフィーリアのメイドとしてやっていけないわよぉ」
「弁明の余地もありませんね。教えて頂きたいのですが、さっき手足を飛ばしたとき不自然に動きが乱れたのは何をしたのですか?」
「あれはねぇ、張ってあった糸に魔力を流してぇ、それに触れたナタリアちゃんの糸を流れる魔力を乱したからよぉ。両方とも私の糸だから効果覿面だったわよねぇ」
俺の身体は神経糸に流れる魔力で動いているから、魔力の流れるアリアの糸に触れて混線したのか。
「それでぇ、今回の報酬は何処にあるのかなぁ?」
報酬?
何の事だろう。
「ナタリア、例のものを」
「はい、ご主人様」
オフィーリアの言葉で察した俺は、事前に預かっていた数本のワイン瓶を収納空間から出す。
「わぁお、待ってましたぁ」
現れたワイン瓶を抱えて、嬉しそうに頬擦りするアリア。
あ、これアル中の目や。
「ねぇ、オフィーリアぁ、せっかくだから久しぶりに一緒に飲みましょうよぉ」
「そうね。なら昼食がてら、皆で飲みましょう」
アリアは蜘蛛なのに猫撫で声でオフィーリアに甘え、オフィーリアもそれに応える。
いいのかよ。
収納空間から昼食とワイングラスの入ったバスケットを出す。
「昼食は人類用のものですが、アリアさんは大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よぉ。でも話には聞いてたけど、凄い容量ねぇ」
「そんな事ありませんよ。毎日練習していれば誰でもこれくらい出来ますよ」
「ならないわよ」
「なりませんよ」
オフィーリアとミールに同時に否定された。
適当に敷いたシートの上に座り、それぞれにグラスが行き渡る。
「それでは、乾杯!」
「「「乾杯」」」
何に、と訊くのは野暮だろう。
前世では嗜む程度だったが、久しぶりに飲んだ酒はとても美味しい。
「あぁん、最高ぉ」
アリアは頬に手を当てながら、恍惚の表情で空になったグラスを見詰めている。そして糸で瓶を浮かせ、グラスにお代わりを注いでいる。
器用だな、おい。
「ナタリアの料理も美味しいわよ」
「どれどれぇ。あっむっ。んん! すっごく美味しぃ!」
俺の料理を齧ったアリアは目がキラキラに輝き始めた。
「実は私、前の狩りでナタリアさんのお弁当を食べてから、家でお母さんの作る料理が物足りなくなってしまいまして……」
「お気の毒に」
沈痛な面持ちで語るミールに苦笑するオフィーリア。
「でも気持ちは解るわぁ。これは美味しすぎるものぉ」
戦闘はまだまだ未熟でも、料理に関しては自信がある。
とはいえここまで絶賛されると流石にむず痒い。
「あぁ、私も一緒に住もうかしらぁ」
「あら、私は大歓迎よ」
「冗談よぉ、あの子達を置いていけないしねぇ」
そう言ってアリアが見上げた先には、無数の鉄蜘蛛達がこっちを見ていた。
あ、ミールの顔が青くなってる。
「アリアさん、あの子達に食事を分けなくていいのですか?」
「いやぁ、流石に足りなくなっちゃうでしょ。また後で狩りに行くからいいわぁ」
意外にも俺達に気を遣っていたらしい。しかしそういう事なら気にしなくていい。
先日狩った魔物の肉を冷凍したものを、非常食として収納空間に入れていた。もし使わなかったらその日の夕食に使えばいいからな。
収納空間から出した肉は程よく自然解凍されていた。
それ何切れかをシートから離れたところに放り投げてやる。
「アリアさん、子蜘蛛達に食べさせてあげてください」
「あらぁ、悪いわねぇ」
アリアは子蜘蛛達を見上げて手を叩く。
「みんなぁ、ごはんよぉ!」
母親からの号令に、子蜘蛛達が肉片に殺到する。
その光景は、正直ちょっとアレだった。
隣でミールが頬を引き攣らせている。
「ありがとねぇ、ナタリアちゃん」
「いえ」
食材は家の方に余っているので別に問題ない。
「あ、思い出したぁ。ナタリアちゃんからも今回の報酬を貰う事になってたんだったわぁ」
「私からも、ですか。まぁ、無茶なものでなければ構いませんが」
「大丈夫。子供達にご飯くれた分は引いておくからぁ」
そう言ってアリアは流れるような所作で俺に近付いた。
「え、アリアさ」
言葉が唇で塞がれた。
「あらあら、オリビアには内緒にしなくちゃね」
「うわっ、うわぁ」
更に舌が進入し、口の中を吸い上げる。唾液と一緒に体中の力も吸われているような錯覚を覚える。
「ぷはぁ、ごちそうさまぁ」
漸く開放されたが、身体が上手く動かずそのまま後ろに倒れてしまった。
「な、ナタリアさん!?」
「ちょっと魔力を吸っただけよぉ。心配要らないわぁ」
ああ、そうか。
俺の身体は魔力で動いてるから、直接吸われるとこうなるのか。
「でもナタリアちゃんたら、クールな顔して案外初心なのねぇ。カワイイ」
ははは、別に吸われた魔力は大した量じゃないんだけどな。
でも全く起き上がる気にならないわ。
おかしいな、目の前が真っ暗だ。
そうだよな、自分の手で覆ってるもん。
気にするなよ、俺。
たかがファーストキス(前世含む)じゃないか。
うわーん!
オリビア「それは私のよ!」
エイミー「急にどうしたの?」
オリビア「何か私の大事なものが奪われた気がして」
ジョシュア「人のマウントポジション奪って殴りながら何言ってんだ!」