第二十四話 先輩登場
腕を飛ばして蜘蛛の巣を掴み、神経糸を巻き取ると身体が宙に浮く。そのまま勢いを付けて、蜘蛛の巣に飛び乗った。
やはり鉄蜘蛛の巣は普通の蜘蛛の糸ではなく、金属で出来ている。頑丈で安定した足場だ。
フロートライトが俺に追従してきたので、地上のミールが困らないように光を強める。
銃と魔力刃を構え、大蜘蛛と対峙する。
先に動いたのは大蜘蛛だった。
鉄糸の束が飛来し、それを魔力刃で受ける。
弾いて即座に銃を撃つ。
外殻に弾かれる。
鉄糸が来る。
回避して反撃する。
効いていない。
今度は糸を横薙ぎに振って来た。
伏せながら引き金を引く。
また弾かれる。
だが、これなら続けられる。
そう確信した途端、攻撃が止んだ。
何だ?
俺は不審に思いながらも、牽制の一撃を放つ。
やっぱり外殻に弾かれる。
まだだ。
二発目、三発目を撃つが、ここに来て大蜘蛛は魔力弾を回避した。
「こいつ、まさか」
脳裏を過ぎった懸念を振り払う。
相手は蜘蛛の魔物だ。そこまで知能があるとも思えない。
大蜘蛛も鉄糸による攻撃を再開した。
それを魔力刃で防いで攻撃する。
また避けられた。
追撃する。
今度は糸の束を盾にして阻まれた。
捨てた懸念が確信になって帰ってくる。
「間違い無い、こいつ気付いてる」
俺はさっきから蜘蛛の身体の同じ場所に攻撃を集中していた。ティラノガビアルのときもそうだが、守りが堅い相手の攻略法は一点集中による防殻破壊と相場が決まっている。相手が自分の堅さに慢心してくれたら尚良しだ。
けれどこちらの狙いに気付かれて、狙っていた箇所を防がれたらもう駄目だ。
他の場所を狙い直すにしても、目的がばれていては上手くいかない。
この大蜘蛛はそれを理解している。
ならば次の手段は限られている。
保身無き零距離射撃。
俺は覚悟を決め、無理矢理接近しようとした。
「きゃあっ!」
しかしそれをミールの悲鳴が引き止める。
目を向けると無数の子蜘蛛に取り囲まれたミールの姿があった。
助けないと!
巣から飛び降りようと宙に身を躍らせた瞬間、糸の束が俺を岸壁に叩き付けた。
「ぐぅっ!」
貫かれこそしなかったが、身体が糸で押え付けられて動けない。
けどまだだ。
動けなくても手も足も出る。
そう思ってミールに向けて両手両足を射出するが、手足は途中で俺の意思を無視して目茶苦茶に動き、何かに釣り下げられたようになって静止した。
目を凝らしてみると、俺の神経糸に似た細い糸が巣と地上の間に張られていた。
あれに絡まってしまったのか。
でも絡まるより先におかしくなった気もする。
張られた糸の数もそこまで多くないぞ。
いや、それは後だ。
手足は痙攣したように震えはするが、それ以上は動かせない。
銃は引き金を引く事も狙いを付ける事も出来ない。
魔力刃は光の粒子が漏れるだけで形が定まらない。
どうすればこの状況を打開出来る?
混乱する頭では何も纏まらない。
ミールも子蜘蛛の群に糸で縛られてしまった。
何が出来る?
俺の目の前に大蜘蛛が迫る。
真っ赤な八つの目が俺を見ている。
どうすればいい?
「くそっ! 動け!」
どれだけ吠えても、念じても、手足は俺の言う事を聞かない。
せめてミールを逃がすくらいはしなきゃ!
目の前まで来た大蜘蛛が口を開く。
ここまでなのかよ!
「使い方が下手ねぇ。本当に私の糸を使っているのぉ?」
思わず目を閉じた俺の耳に、場にそぐわない間延びした声が届く。
恐る恐る目を開けると、大蜘蛛の頭が蠢き、そこから人間の上半身が生えた。蜘蛛の身体と同じ紫色の肌で、白目の無い赤一色の眼が八つ、その眼と同じ色の長い髪の女だ。
「アラクネ…」
「ご名答ぉ。紫鋼蜘蛛のアラクネぇ、名前はアリアよぉ。よろしくねぇ、ナタリアちゃん」
大蜘蛛、アリアはそう言って人間の手で俺の頭を撫でた。
「どうして私の名前を知って…」
「それはぁ、私が貴女と同じ従魔だからぁ」
アリアは髪の隙間から赤い宝石の髪飾りを取り出す。その宝石は俺の首に巻いてあるタイに付けているブローチと同じものだった。
「では貴女は」
「こんなのでいいかしらぁ?」
アリアがそう言うと、外を守っている筈のオフィーリアが、俺達が入ってきた道から現れた。
「ええ、お疲れ様」
オフィーリアは満面の笑顔をしている。
やっぱりこの人、俺が酷い目に遭うの喜んでるよね?
「それじゃあ子供達ぃ、そっちのお嬢ちゃんも開放してあげなさぁい」
アリアの号令に、子蜘蛛達はミールを縛っていた糸を巻き取るとそそくさと天井へと撤収していった。
「ひ、ひぃん!」
自由になったミールはその場にへたり込み、涙を浮かべている。
「こっちも解いてあげるわねぇ」
アリアが細い糸を回収すると、離していた手足に自由が戻る。手足は俺の意思に沿って元の場所へと帰って来た。
更に体を押さえていた糸の束も外れる。そのまま落下しそうになるが、上ったときの逆の要領で巣の糸を掴み、神経糸を巻き出して落下スピードを調節しながら着地した。
「ご主人様、説明して頂けるのですよね?」
何故同じ従魔であるアリアが俺達を襲って来たのか。
そもそもオフィーリアに俺以外の従魔がいるなんて聞いていない。
「拗ねないでよ、ナタリア」
「拗ねてません。ご主人様の理不尽さに憤慨しているだけです」
別に個人的な事を根掘り葉掘り聞き出そうとは思わないが、これは話してくれても良かった事じゃないか。
「まぁまぁ、ナタリアちゃんも落ち着いてぇ。オフィーリアはねぇ、貴女に経験を積ませたかっただけなんだからぁ」
「経験?」
「ええ。貴女はとても優秀で、でも優秀すぎるわ」
アリアの説明を、オフィーリア自身が引き継いだ。
「家事は勿論、銃の扱いも、収納魔法も、戦闘も。攻撃魔法は下手だけど、それを補って余りあるほどに、貴女は私が想定した以上の成果を上げてくれているわ。でもだからこそ、今のうちに『負け』を経験してほしかったの」
「ご主人様…」
「強力な魔物とも臆さず戦ってきたけど、それでいつも勝てるとは限らない。最初にメテオウルフと遭遇したときはすぐに逃げたけど、その感覚、今は大分薄れてきているんじゃない?」
言われて俺は気付いた。
蘇る魔物の群も、ティラノガビアルも、今まで戦った強い魔物は、どれもその場で絶対倒さなければいけない相手ではなかった。
勿論そのときに戦う理由はあった。
でも逃げてはいけない理由なんて無かった。
今回だってそうだ。
勝てないなら逃げればいい。なのに無理に戦ってあの様だ。
どうやら俺の危機管理能力は相当鈍っているらしい。
いや、調子に乗っていたんだ。
「ミールもよ。貴女の事情は理解しているつもりだけど、それでも死んでしまっては元も子もないわ。アリアが野生の魔物だったら、今頃どうなっていたか解るでしょ?」
「はい、その通りです」
ミールもへたり込んだまま項垂れる。
俺達は揃って天狗になっていたらしい。
しかもそれを解らせるために安全が確保された環境まで用意されて、結局俺はオフィーリアに守られるだけの存在だった。
話してくれないとか、隠し事があるとか、そんな事に憤る資格も無い。俺がそれに値しないのだから。
アリア
イメージCVまきいづみ
巨乳。絶対的巨乳。




