第二十三話 家の裏のダンジョン
鬱蒼とした森の中、オフィーリアに先導されて辿り着いた先に待っていたのは、大きな洞窟だった。小高い丘の斜面に切れ込みのように開いた口は大きく、中が地下に続いている事を告げている。
「この洞窟は鉄蜘蛛の巣になっているわ」
「ここが…」
オフィーリアの言葉にミールは緊張した面持ちで頷きながら、洞窟を覗き込んでいる。
俺は彼女に気付かれないように、静かにオフィーリアの隣に立った。
「あの、ご主人様、一つ確認したいのですが」
「何かしら?」
道中でもしかしてと思ったが、ここまで来てしまえば嫌でも判る。
「ここ、家の裏ですよね?」
丘から少し視線を外せば、赤煉瓦の壁が見える。結界の効果でミールには見えていないようだが、身内である俺には効果が無い。
「ミールには内緒よ。悪い娘じゃないのは判ってるけど、うちの存在は極力隠したいの」
オフィーリアは声を潜めて囁く。
何か事情があるのは理解していたし、話してくれないなら無理に聞き出すつもりも無い。
俺は頷いて視線を洞窟に戻した。
「しかし洞窟ですか。照明魔法で視界は確保出来ますが」
相変わらず攻撃魔法はさっぱりだが、こういった雑用の初級魔法なら一通り使える。
「なら大丈夫よ」
「わかりました」
正直に言ってオフィーリアの大丈夫は当てにならない。俺に経験を積ませる為なのだろうが、基本的に何かしら苦労する羽目になる。
「では行きますか」
「はい!」
俺とミールが踏み込む。
って、あれ?
「私はここで外の魔物が入らないように見張ってるから、二人で頑張ってね」
うわ、オリビアが帰ってきたときの次くらいにすっげぇいい笑顔。
「二人だけでですか?」
ミールも不安そうだ。
俺だって同じで、もしまたティラノガビアルみたいな強い魔物が出たら、勝てる保証は無い。
「鉄蜘蛛は弱いから心配しなくて良いわ。それに私の魔法は強すぎて洞窟の中で使うと崩落させてしまうかもしれないから」
「いや、ご主人様、か」
下級魔法をノーモーションで撃ってましたよね?
「ん、なぁに?」
遮られた。その意味するところが解らないほど馬鹿じゃない。
「いえ、いってまいります」
「ええ、いってらっしゃい」
知ってた。
不本意かつ不安だが、今回は俺とミールで素材を回収する事になった。
「宙にあり照らせ、フロートライト」
歩きながら唱えた呪文で魔法が発動し、頭上に小さな明かりが灯る。
これである程度視界は確保出来る。
「ナタリアさんは何でも出来るんですねぇ」
ミールが感心したように呟くが、それは過大評価だ。
「そうでもありません。攻撃魔法は全く駄目ですし、近接戦は素人、遠距離も銃頼りと、結構穴は多いのです」
「ナタリアさんにも穴はあるんですね…」
心なしかミールの顔が赤くなった気がする。
「顔が赤いですが大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですっ!」
「そうですか。具合が悪いなら無理せず言ってくださいね」
洞窟の中と外では気温と湿度の変化が激しいから、それで体調を崩す事もあるらしい。オフィーリアが何も言わなかったから有毒ガスなんかの心配は無いと思うが、呼吸していない俺には解らないところなので、その辺りはミールに自己管理してもらわないと。
洞窟内はなだらかな斜面になっていて、足元に注意しないといけない。
ミールは自分が前衛型なので先を行こうとしている。さっき言った通り俺は接近戦に関して素人なので、そうしてくれるのはありがたい。
暫く進むと、魔物が現れた。
「キィキィ!」
大きな蝙蝠だ。一匹という事は群からはぐれたか。
「やあっ!」
ミールのガビアルソードがオオコウモリを真っ二つに斬り裂いた。
「見事なものですね」
「オフィーリアさんが剣を強化してくれたお陰です」
俺はミールの腕の事を言ったつもりだったのだが。
「でもこの蝙蝠はともかく、あまり魔物が出てきませんね。洞窟で魔物の巣なら、もっと沢山出てくると思ってましたが」
ミールの疑問も尤もだ。だけれどこれは別におかしな事ではないと思う。
「普段は暗い洞窟の中に住んでいる魔物ですからね。明かりを警戒して寄って来ないのかもしれません」
「あ、言われてみれば」
「確証があるわけではないので油断は出来ませんが」
それから進んでいくが、俺の推測を裏付けるように魔物が出てこない。出てきてもすぐに逃げ出してしまう。
これでは標的の鉄蜘蛛が見付からない。
「このまま深く進んで良いものか」
「確かにこれは不安になりますね。あっ!」
ミールが突然声を上げ、暗闇の一角を指差す。
「今そこに鉄蜘蛛がいました!」
俺はフローライトに込める魔力を増やして照度を上げる。
いた。
兎くらいの大きさの黒い蜘蛛だ。
鉄蜘蛛は光を嫌ったのか、闇の奥へと逃げる。
「追いましょう!」
「ええ!」
俺達は洞窟の斜面を駆け下りながら、鉄蜘蛛を追った。
鉄蜘蛛はここを棲み処にしているだけあり、ごつごつした岩が乱立する洞窟内を滑るように走る。こちらの洞窟初心者二人とはえらい違いだ。
だが追えない速さじゃない。
何度か転びそうになりながらも、鉄蜘蛛の背後を捉えている。
そして追い続けて、俺達は開けた空間に出た。
やたらと天井が高く、幅も二十メートルくらいはある。
鉄蜘蛛は観念したのか、逃げずに俺達を見据えている。
「さて、戦闘に入りましょうか」
ブラックホークを抜き、銃口を向ける。
しかし隣に立つミールは剣を抜こうとしない。
「どうしました、ミールさん? 倒して素材を回収しないのですか?」
尋ねると、ミールは上を見ながら震えていた。
その視線を追ってみる。
「な」
天井一面に張られた大きな蜘蛛の巣。その中心には毒々しい紫の大蜘蛛が、更に奥には黒い子蜘蛛が無数に蠢いていた。
大蜘蛛の八つの目は俺達を睥睨している。
「うう、小さいのがいっぱい、気持ち悪い…」
ミールは大蜘蛛や子蜘蛛一匹は大丈夫でも、それが群となると生理的に受け付けないらしい。
女の子なんだから当然といえば当然の反応か。
それでも剣を構え直す辺り、やるべき事はちゃんと理解しているようだ。
「ミールさん、上への攻撃は私がやりますので、フォローをお願いします」
「わかりました」
天井近くに陣取った蜘蛛に、ミールの剣では届かない。あそこまで攻撃できるのは俺のブラックホークだけだ。
まずは一発!
キィン
「……」
見間違いか。
もう一発。
キィン
「……」
「あの、ナタリアさん」
も、もう一発。
キィン
「……」
「もしかして」
詰んだかもしれん。
ティラノガビアルみたいに貫通してるけどダメージを受けた様子が無いのと違って、鉄蜘蛛は当たっても普通に弾かれている。言うなればティラノガビアルはそれなりの防御力と豊富なHPで多少のダメージを無視していたが、鉄蜘蛛は防御力が高すぎてそもそもダメージを受けていない。
シュッ
大蜘蛛の鉄糸が束になって降り、石の床に突き刺さった。咄嗟の回避には成功したが、もし直撃してたらと思うとぞっとする。
大蜘蛛は休まずに糸の雨を降らせる。ミールはそれを避け、剣で弾いてを繰り返す。
俺も左手に魔力の刃を出し、回避と防御を繰り返す。
でもこのままじゃ駄目だ。
疲労しない俺はともかく、いずれミールの体力の限界が来る。そうでなくとも、このままではこの部屋が糸で埋め尽くされ、身動きもままならなくなってしまう。
「くっ」
受けた鉄糸と魔力の刃が火花と音を立てる。
糸を振り払いながら、体勢を整える。
大蜘蛛はまだまだ余裕そうだ。
こうなったら一か八か。
「ミールさん、暫く一人でやれますか?」
「このペースならたぶん大丈夫ですが、何をするんです?」
尋ね合いつつも、共に視線は大蜘蛛から外さない。
なら、決まりだな。
「近接戦を挑みます」




