第二百三十八話 あなたへ続く道
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
クラリッサと彼女に牽かれた狼車が砂煙を巻き上げて、猛スピードでエルフの森を駆け抜けた。
シャーリーに言われた通り道なりに進んで開けた平原に出ると、遠くに大きな魔物の姿が見えた。
「ねえ、何だか凄い魔物が居るみたいなんだけど」
「多頭竜の一種みたいじゃのう。こちらには気付いておらんようじゃが、相手するとなったら厄介じゃな。迂回するか?」
狼車の窓から身を乗り出したオリビアが尋ねると、御者台の范焱が軽く振り返りながら応える。
しかしナタリアの居場所が判らない以上、あの魔物の近くに居ないとも限らない。
オリビアが答えに詰まっている間に、横合から一人の乗馬者が現れ、馬を巧みに操って狼車の側面にぴたりと並走した。
「おーい、オリビア!」
馬上から声を掛けてきたのは、かつて同じ教室で学んだクラスメイトだった。
「あ! ナタリアの初授業で怪我してたロジャー!」
「俺の印象それなの!? いや、今はそれどころじゃない」
思わず取り乱しかけたロジャーは気を取り直し、はっきりと告げた。
「この先にナタリア先生がいる!」
「ナタリアが!?」
「案内するから付いて来てくれ!」
「うん、お願い! クラ!」
「わう!」
クラリッサも地を蹴る足に一層力を込めた。
「早く止めてやってくれ。あんなの見てらんないよ」
「解った!」
ロジャーが言う『あんなの』がどういう状況なのかは定かではないが、きっとまた一人で背負い込んで自らを顧みないでいるのだろう。
なら一秒でも早く止めさせないと。
ナタリアがグランルーチェ軍と戦闘を開始した頃、この戦場の外れで、連合軍のある一つの部隊が戦闘に参加せず周囲の警戒に当たっていた。しかし彼等の任務の対象はグランルーチェ軍ではなかった。
「のう、本当に行っては駄目か? 実に面白そうな事になっておるのだが」
そう零すのは熊獣人のガリック・モリッシー。サペリオン国王初代国王より賜った『ムシャース』の愛称を引き継ぐ、今代のモリッシー家当主である。
彼は負傷により首都制圧作戦から外されたが、グランルーチェ軍の奇襲を知り、僅かな手勢を連れて対応しようとした所でマティアスの隊に制止されたのだ。
「いけません。黒甲冑がグランルーチェ軍を潰してくれるなら極力干渉せずに利用するというのが、我軍の方針です。自重してください」
そう言われてガリックは不満げにしながらも押し黙る。
軍内ではガリックの方が上官だが、黒甲冑の監視任務に当たっていたのはマティアスであり、それが軍の方針とあっては従わざるを得ない。
「マティアス様、ご報告が」
クリスティナは輜重隊からの補給物資を届けつつ、黒甲冑の監視任務に就いているマティアスの部隊に合流し、彼の補佐を務めていた。
無論、彼女の傍にはプラムが控えている。
「何かあったか?」
「まず、オリビアさんがエルフの里からこちらに向かっているのが確認されましたので、予定通りロジャーさんが案内するとの事です」
「彼女にしては遅かったな」
マティアスとしては早急にナタリアと接触して我軍の味方である事を明確にして欲しかったが、予想外に時間が掛かったらしい。
とはいえ、マティアスとて彼女達にも事情があったのだろうとは察しているし、こうして来たなら過度に責めるつもりもない。
「それともう一件、南東より百を越える魔物の大群が戦場に接近しています」
オリビアとの再会を予感して自然と笑みを浮かべていたマティアスの表情が固まった。
「今、何と?」
「南東より百を越える魔物の大群が戦場に接近しています」
思わず訊き返したマティアスに、クリスティナは一言一句違わず繰り返した。
「その群れの構成と具体的な予測進路は?」
マティアスは思わず瞑目しつつ、詳細を尋ねる。
「群の殆どがイビルチェイサーという小さい魔物ですが、一匹だけ人に似た姿が確認されています。おそらく人型形態になった上位種かと。進路はこのままいけばナタリアさんに接触します」
黒甲冑として暴れてきたナタリアが魔物から恨みでも買ったのではなかろうか。マティアスの脳裏にはそんな可能性が思い浮かんだ。
「このままだと魔物とグランルーチェの乱戦になるか。これは面白そうだ」
ガリックが呵々と笑う。
マティアスからすればナタリアだけでも懸念事項なのに、これ以上増えて欲しくはないのだが。
「マティアスよ、このまま見ているだけで本当に良いのか? 俺は現地に行くべきだと思うぞ」
渋い顔をするマティアスに、ガリックは表情を引き締めて問うた。
「短慮と言われても否定はせんがな、しかし件の黒甲冑はお前の既知で、その主は友人なのだろう? なら自分の目で見届けてやってもよかろうよ。それに」
ガリックはクリスティナの傍らへと目を向けた。
「そこの人形の小娘よ、お前はこの件をどう思う? 遠慮せず言ってみろ」
ガリックの問いに、プラムはクリスティナへと視線を向ける。クリスティナは僅かに笑みを浮かべて頷くと、プラムはガリックに向き直り口を開いた。
「私はナタリアお姉様を元に創造られました。お姉様が窮地にあるなら、たとえ何も出来ずとも、お傍に居たいと思います」
はっきりと答えたプラムに、ガリックは自らの顎に手をやりながら笑みを浮かべる。
「ふむ、魔導人形についてはよく知らんが、俺にはこいつが人類と変わらんように思える。大した物だな、クリスティナ」
「恐縮です」
ガリックからの視線にクリスティナは小さく会釈を返す。
「プラムと言ったな。よかろう。俺がお前を姉の元へ連れて行ってやる」
「ガリック様!?」
マティアスは思わず大声を上げた。
「なあに、独断専行と突撃はモリッシーの十八番よ。クリスティナ、プラムを暫しかりるぞ」
「でしたら私もお供します」
「クリス! 君までそんな事を!」
「申し訳ありません、マティアス様。私もオリビアさんとナタリアさんが心配ですので」
「では行くか。マティアス、俺の軍の指揮はお前に任せる。面倒ならうちの副官に投げても構わんぞ」
ガリックが愛用の十字槍を肩に乗せて踵を返し、クリスティナとプラムもその後に続く。マティアスは制止してくれる事を期待して、モリッシー軍副官のクロム・ミラーズを見やる。しかし彼はやれやれと言うように肩をすくめるだけで、マティアスの期待には応えてくれなかった。
残され立ち尽くすマティアス。クロムは彼に同情して声を掛けようと踏み出し、しかしその口を噤んだ。
「オリビアと魔物の群が不確定要素なら双方の監視を継続。今の位置だとオリビア達への対応には遠い。だが小隊指揮しかした事のない私に一軍を扱えるか」
マティアスは既に軍の動きを検討し始めていたのだ。
クロムはこの真面目な若者を、一次的だが支えようと決めたのだった。
ロジャーの案内で戦場を迂回し、その姿が見えた時、オリビアは思わず窓から身を乗り出した。そのまま狼車の屋根に登り、足元に結界を張る。そのままだと、耐えられないかもしれないからだ。
「じゃあ、先に行くわ」
「うむ、行ってこい」
「わう」
范焱とクラリッサが振り返り応える。
「神風一式」
高速移動用魔闘術を起動し、全力で跳び立った。
狼車の前を走るロジャーの頭上を跳び越え、流星の様に緩い弧を描き、更に遥か先に着地した。
足に受けた衝撃を無視して、すぐに駆け出す。
倒れたミールやダニーの姿が視界の隅に映ったが、今のオリビアにはナタリアの背中しか見えていない。
このまま放っておけば何もかも一人で背負い込んで遠くに行ってしまう。
そんな彼女に駆け寄り、手を伸ばした。
両手がナタリアを捕らえ、抱き締めた。
「ナタリア」
唇が愛しい人の名を紡いだ。
「……オリビア?」
自分の名前が返ってくる。
ああ、間違いない。
ナタリアだ。
オリビアは溢れ出した感情が抑えられず、抱き締めた身体を強引に自分と向き合わせた。
この回で再会を書ければよかったんですが、今回の内容を飛ばすと強引になっちゃうのでそれは次回になります。




