第二十二話 肉食系人形
「安心しているところ残念だけど、急いで素材を回収しないと血の匂いを嗅ぎつけた魔物が集まってくるわよ。魔物避けの結界は張ったし、周囲の魔物は倒しておいたけど、早いに越した事は無いわ」
ティラノガビアルとの戦闘中にいないと思ってたら、陰ながら支援してくれていたらしい。
しかしオフィーリアの言う通り、クランプボアを捕食するほどの魔物がいるなら、ここはかなり危険な筈だ。
早く目的の素材を回収しよう。
「それならまずナタリアさんの腕を戻さないといけませんね」
何をするのかと思えば、ミールは立ち上がってティラノガビアルの頭に手を掛けた。
「よいしょっと!」
そしてそのまま持ち上げてしまった。
流石はドワーフ。すごい怪力だ。
「それでは失礼して」
神経糸をティラノガビアルの口吻から解きながら回収する。程なくして巻き取り終え、最後に顎を開かせて腕を引き抜く。
「うわぁ」
感覚が鈍いから予想はしていたが、俺の右腕は至るところにヒビが入り、指はあらぬ方向に拉げていた。あんな鋭い牙に噛まれて、更に自爆覚悟で炸裂弾を撃ったんだから、こうなって当然だ。
ブラックホークは無傷なんだが、強度がおかしいだろこれ。
「あらあら、また派手にやったわね」
「毎回思うのですが、私が酷い目に遭う度に喜んでませんか?」
「そんなこと無いわよ。それに貴女が酷い目に遭うのは殆ど自業自得じゃない」
ぐっ、確かに。復活し続ける魔物に苦戦したのはシャーマンエイプの死霊魔法に気付けなかったからだし、ダニーとの戦闘で神経糸が絡まって大恥かいたのも神経糸を使いこなせてないからだし、今回腕が壊れたのも自分から突っ込んだ結果だ。
反論を諦めてミールの長剣も引き抜くと、こっちも炸裂弾の巻き添えを食ったせいで、刀身が真っ二つに折れていた。
「ナタリアさん、ごめんなさいっ!」
ミールはティラノガビアルの頭を下ろすと、何故か深く頭を下げた。
「私を庇ったせいで大怪我を!」
言われて、漸く俺は合点がいった。
「ああ、でも私は痛みを感じない人形ですし、ご主人様に直して頂けますから気にしないでください。それよりミールさんに怪我が無くて良かったです」
オフィーリアに修理してもらえる俺と、怪我をすれば治療に時間のかかる生身のミール。
その天秤を傾けたのはただの合理性と効率だ。
別に自己犠牲だとか、そんな考えじゃない。
「せっかくの剣をこんなにしてしまって、謝るのはむしろ私の方なのですが」
「そんな! もともと魔物から奪った剣なんですから気にしないでください!」
「いえ、せっかくミールさんの戦い方に合っていたのに」
「別に良いですから!」
「ですが」
「いえいえ」
「そんなそんな」
「二人ともストップ。切りが無いからお互い様で手を打ちなさい」
譲り合って譲らない俺達を、オフィーリアが止めに入った。
「ご主人様がそう言うのであれば、私からはこれ以上は言いません」
オフィーリアに言われては、俺は引き下がるしかない。
「…解りました」
ミールも少し少し不満げだが、納得してくれたようだ。
「素材回収の前にナタリアの手を直すわね。ナタリア、手を見せて」
「はい」
「うーん、大きく欠けたりしてないから、これならすぐ直せるわ」
オフィーリアは差し出したボロボロの腕を取って傷の具合を確かめると、懐から液体の入った試験管を取り出した。
「動かないでね」
正体不明の液体が腕に掛けられる。
そしてオフィーリアの手から、魔力が流れ込んでくるのが解った。
その魔力の効果か、俺の腕は一瞬だけ光ると、傷の無い新品になっていた。
「今のって錬金術ですか?」
「ええ、そうよ。ナタリアの身体は殆ど錬金術で作ったものなの」
「へぇ~」
感心したように頷くミール。
俺は手を握って開いてを繰り返し、感覚を確かめる。
「凄いですね。まるで何事も無かったかのように良好です」
修理してもらうのは初めてだが、こんなに簡単に、しかも完璧に直るとは思っていなかった。腕ごと取り替えるのかと思っていたのだが。
「錬金術とは便利なのですね。私にも使えればよいのですが」
もしそうなればオフィーリアに頼らずに自分で修理したり出来るだろうし、俺のイメージする武器や道具を作れるかもしれない。
ナタリアのアトリエ~人形の錬金術師~
「……」
あれ、オフィーリアは何で微妙そうな顔してるの?
「さぁ、早く素材を回収しましょう」
そう言ってオフィーリアはクランプボアの死体に向かった。
俺は何かおかしな事を言ったのだろうか?
もしかして心の声漏れてた?
「クランプボアの牙はミールに必要だから確保するとして、骨はあまり価値が無いわ。毛皮が衣類の材料になるのと、肉が食用になるくらいかしらね」
「わかりました」
ミールはオフィーリアの意見を聞きながら、手際良く死体を解体する。鍛冶屋だと魔物の素材を扱うだろうし、捌くのも慣れているのだろうか。
「ティラノガビアルだけど、これは骨もウロコも牙もそれなりに優秀な素材だから、なるべく持って帰った方がいいわ」
ミールに任せっきりも申し訳ないので、俺も参加する。
ついでにさっきの戦いで形になった魔力の刃も試そうと、手に魔力を集中して蒼白い結晶を作る。
魔力の刃はティラノガビアルの強靭な鱗を、どうにか切り裂いてくれた。
これなら何とか解体出来そうだ。
「貴女って簡単な事は苦手なのに面倒な事は簡単にこなすわね」
「どういう事ですか?」
「いえ、いいわ。もう諦めるから」
「?」
まぁいいや。気を取り直してティラノガビアルの解体を進める。
大きさも構造も魚と同じとは行かないが、鱗なんかはあまり傷付けずに捌けたと思う。
「あ、ティラノガビアルの肉も持って帰りましょう」
「これ食べられるのですか?」
元の世界でもワニを日常的に食べる地域はあったが、少なくとも俺にとって身近な食材ではない。嫌とは言わないが、少し抵抗感はある。
「貴女もう食べた事あるわよ」
「え?」
「私が貴女に最初に作った料理に入っていた肉はティラノガビアルよ」
あ、あれか!
そうか、あれティラノガビアルだったのか。
また食べたいと思っていたからちょうど良かった、是非とも持って帰ろう。
さよなら抵抗感。
「ああ、牙と鱗は少し使うわね」
素材を収納空間に放り込んでいると、オフィーリアはティラノガビアルの牙を何本かと鱗の付いた皮一切れを持って行った。
何をするのか気になったので見ていると、折れたロングソードと牙と鱗に錬金術を発動した。
光が収まって現れたのは、薄黄色の刀身のロングソードと深緑色の鞘だった。
「ガビアルソードと言ったところかしら。ミール、直すついでに少し強化しておいたわよ」
「ふぇっ!? そんな、申し訳ないです!」
「貴女の装備が心許無いとパーティー組んでるこっちが困るのよ」
口ではそう言うが、オフィーリアは責める様子は無く、薄く微笑んですらあった。
ミールもその意図を察したのか、縮こまりながらもガビアルソードを受け取った。
なるほど、ああやるのか。
「ご主人様、収納空間限界まで詰め終わりました」
「それじゃあ帰りましょうか」
ティラノガビアルの死体半分くらい残す事になるのは勿体無いが、持ちきれないのでは仕方が無い。
俺は後ろ髪を引かれつつ、バメルへと帰還した。
一方その頃
エイミー「違う! もっと上目遣いで!」
オリビア「こう!?」
エイミー「その調子!」
男性教師「何してるんだ、あいつら?」