第二百三十七話 伸ばされた両手
「それなら⋯容赦はしない」
駆け出したナタリアの手に蒼い光が灯り、魔力の剣を形成する。
疾走と共に横薙ぎの一閃が走り、それをダニーの剣がいなす。
次に繰り出した一撃も、ダニーは冷静に捌いていく。
そして剣と魔力刃が三度ぶつかり合った瞬間、ナタリアはもう一方の手にも魔力刃を形成し振り下ろした。
だがそれよりも速く、黒い魔力鎧に包まれた脇腹をダニーの蹴りが打った。隙を突いたつもりが逆に突かれたナタリアは体勢を崩し、よろけながらも踏み留まった。
「足癖の悪さはお前の専売特許じゃねえんだぜ」
ナタリアが剣撃に蹴りを織り交ぜてくるのを知っているダニーは、自らそれを先んじて行う事で彼女の勢いを削ごうとしたのだ。
事実、傾いだ黒兜から覗く蒼い双眸からは苛立ちが見て取れる。
その隙をミールが突いた。
「はああぁっ!」
横薙ぎをナタリアは敢えて地に伏せて躱した。ミールは続けて追撃に振り上げたが、ナタリアは大剣が振り下ろされるより前に跳ね起きの要領で蹴りをミールの腹に叩き込んだ。
ミールが痛みに堪えながらもよろけた隙に今度こそ立ち上がり、彼女目掛けて魔力刃を振るう。
しかしそれは割って入ったダニーに阻まれる。彼の剣はナタリアの魔力刃を的確に捌き、その中で反撃を仕掛けた。
不意に放たれた一撃がナタリアの肩を掠め、黒い魔力の装甲を抉る。
「ぐうっ」
ナタリアは声を漏らしながら、両手に魔力刃を形成して左右から挟む様に振るった。
だがその瞬間、ダニーの足が浮き上がった。
ナタリアの脳裏に先程の蹴りが浮かぶ。
攻め手を焦り過ぎた。誘われた。また蹴りが来る。攻撃を中断して防御を。
そう思った瞬間、ダニーの放った突きがナタリアの胸を打った。
それは身を貫きこそしなかったが、ナタリアを大きく吹き飛ばし、魔力鎧を砕いた。
「グラウンドブラスト!」
ミールの大剣が地を抉る様に振り抜かれ、発生した衝撃波が地を走りナタリアを襲う。
ナタリアは咄嗟に飛び退いたが躱し切れず、片脚の魔力鎧が消し飛んだ。
足が止まったその一瞬にミールは突進し旋回、その勢いを乗せて大剣を薙いだ。
ドワーフ特有の怪力による大剣のフルスイング。躱し切れない一撃がナタリアの頭部を強かに打った。
甲高い音と共に黒い兜が粉々に砕け散り、今度は踏み留まれず地面に転がった。
「くっ…そっ!」
素顔が露わになったナタリアは忌々しげに呻きながら身を起こす。
遠巻きに事の推移を見ていたグランルーチェの兵に動揺が走った。まさか自分達を蹂躙していた黒甲冑の素顔が見目麗しい女性だとは思いもしなかったのだから、無理も無かろう。
しかしそれは当のナタリアにもミールにもダニーにもどうでもいい事だった。
ナタリアはよろけながらも立ち上がり、蒼玉色の瞳でミールとダニーを睨んだ。
「邪魔すんなよ……これ以上やるなら本当に殺す気で行くぞ……」
声に怒気が滲み、身体から溢れた青い魔力が蒸気の様に立ち昇る。その姿にグランルーチェの兵は、やはり見た目が美しくとも恐ろしい黒甲冑であると再認識する。
「そういうのはもっと圧倒してから言うべきじゃない?」
「脅し文句にしちゃあ三流以下だぞ、それ」
しかし対峙する二人は一切臆さず、むしろ挑発で返した。
「だったら……殺す!」
ナタリアは激昂のままに新たな魔力鎧を構築する。
彼女の体が宙に浮くと、体に不釣り合いな程に大きな肩当が左右に伸び、そこから爪を備えた巨腕が現れた。そして背中の中央には鋭利な刃が生える。その全貌は何処となく鳥を彷彿とさせた。
「飽くなき渇望こそが快楽」
更にナタリアは詠唱を始め、彼女の正面に魔法陣が描かれる。
ただならぬ気配を感じて身構えたミールとダニーの目の前で、魔法陣から巨大な筒が伸びる。
「炎神を啄む大禿鷲!」
魔力で形成された砲身から魔力の砲弾が撃ち出され、轟音と共に青い閃光が突き抜けた。
ミールとダニーは咄嗟に身を伏せて躱したが、砲撃の余波だけで突風が吹き荒れ、舞い上がった砂粒が頬を打つ。
漸く風が落ち着いて身を起こすと、地面を抉られた跡が延々と続き、そこにいたであろうグランルーチェ軍を消し去っていた。
だがそんな事を気にしている場合ではない。
ダニーが即座に剣を構え直すと、眼前に巨爪が迫っていた。
反射的にその一撃を防いだが、即座に本体からの魔力刃が襲い掛かる。
「ぐっ!」
深く踏み込んだ強烈な一撃が腕を痺れさせる。
(相変らず見た目に似合わねえ馬鹿力だなっ!)
ダニーが内心で悪態を吐きながらも防ぎ続けているその隙に、大剣を担ぎ上げたミールがナタリアの背後に回っていた。
「たあぁぁぁぁ!」
断頭台の刃の如く振り下ろされる大剣。
ナタリアは寸前で飛び退いたが、大剣はそのまま大地を裂き、周囲にヒビを広げた。
「そういや俺の周りって、そんなのばっかだったわっ!」
ダニーは軽口を叩きながら地を蹴り、距離を取ったナタリアに迫る。
ナタリアは咄嗟に両の巨爪を突き出すが、ダニーはそれ掻い潜って懐に飛び込み、剣を振り下ろした。
しかしナタリアが自身の手で掴んで止めた。
「ぐっ!」
動きが止まったその瞬間、ナタリアはもう一方の手でダニーの頭を掴み、力任せに地面に叩き付けた。
「ぐぁっ!」
苦悶の声を上げるダニーを置いて、ナタリアはミールへと向かう。
大剣が巨爪を迎え撃つが、大振りの大剣では動きが間に合わない。今まではダニーとの連携によりその短所を補っていたが、連携が崩されてしまえば真価を発揮出来ないのは自明だった。
「ぐぅっ!」
ダニーが呻きながら身を起こそうとすると、ナタリアの背中から生えた刃が撃ち出された。鋼糸で繋がれたそれは蛇の様に鎌首をもたげ、ダニーの真上から地面へと真っ直ぐに突き刺さった。
「えぇいっ!」
ミールが全力で大剣を薙ぎ払ったが、ナタリアは後ろに下がってそれを躱した。だがミールも空振った勢いで後ろに下がり、再度踏み込んで先程の様に回転の勢いを付けて二撃目を放つ。
突き出していた爪が砕かれるが、ナタリアはもう一方の爪を突き出す。ミールの大剣は確実に間に合わない。
ミールは大剣を振り抜いた勢いのまま手放し、ナタリアの眼前へと飛び込んで拳を振り上げた。
ダニーはまだしもミールまでそんな邪道な戦い方をするとは思っていなかったナタリアは反応が遅れ、回避も防御も間に合わなかった。
「たああぁ!」
ミールの拳がナタリアの顔面を打つ。ドワーフの腕力により放たれたその一撃は決して軽いものではなかった。
しかしそこは世界最高の魔導人形たるナタリア。まともに食らいはしたもののさしたるダメージにはならなかった。
逆にミールの腕を掴んで鳩尾に拳を打ち込み、更にそのまま地面に叩き付けた。
「があっ!」
呻吟するミール。
ナタリアは終わりだと言わんばかりに眼前に魔力刃を突き付けた。
「もう諦めろ。お前達が俺に勝てるわけないだろ」
冷淡な口調で告げるナタリア。
だが、対するミールもまた同様だった。
「……勝った人の顔じゃないわよ」
「それに何だよ、俺達がお前に勝てない道理があるのかよ」
そしてダニーも、襟首を貫いて地面に縫い止めた刃を抜こうとしながら返す。
「お前達はただの人類、俺は魔導人形。体も心も、何もかもが違う」
ナタリアはあくまで冷淡に、ただ事実を連ねる。
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
だがそれはダニーとミールにとって何の意味も無い。
二人にとって、ナタリアは魔導人形ではなかった。
「お前は人間だ!」
「私達の友達だ!」
その言葉に、ナタリアの腕が震える。歯の奥が軋み、それを食い縛って無理矢理抑え込む。
いっそ目を閉じて耳を塞いでしまいたいとすら思えた。しかしそれを実行出来るようなナタリアではない。
「どうしたの? 邪魔するなら殺すんじゃなかったの?」
確かにナタリアはそう言った。
言葉通り行動するならば、ナタリアは自らの障害として立ち塞がったミールとダニーを殺し、本来の目的遂行に戻るべきだ。
しかしナタリアは動かない。
「やりなさいよ根性無し!」
「やれるわけないだろ!」
いつまでも動かないナタリアにミールが吠え、ナタリアは思わず叫んだ。
そうだ。やれるわけがない。
ナタリアが本当に二人を殺す気なら、魔銃を使っていた。炎神を啄む大禿鷲も当てていた。容赦無く撃ち抜いていた。魔力刃でも体を切り裂き、首を刎ねていた。
だがやらなかった。
出来なかった。
友達にそんな事、出来るわけがない。
「なんでだよ⋯⋯なんでいつもこうなるんだよ、俺は⋯⋯!」
ナタリアはミールに突き付けていた魔力刃を消し、手で自身の顔を覆った。
それはまるで今の自分の表情を隠そうとしているかのようだった。
「そんなの……当たり前でしょ⋯生きてるんだから」
ミールは体を起こしながら、呆れ混じりに、しかし優しい声音で言った。
「やった事が裏目に出るのも、思い通りにいかないのも、そんなの生きてりゃいくらでもあるだろ。お前だけじゃねえよ」
ダニーも起き上がり、その場に胡座をかく。彼を縛っていた刃とナタリアの巨腕はいつの間にか消えていた。
「けどそれでもなんとかしてえって思って行動してきたのが、お前の体が魔導人形でも、人間の心がある証拠だろ」
「ナタリアが本当に魔導人形だったら、たぶん私達、友達になってなかったよ」
「俺もだな。でもお前と気軽にバカな話するのは面白かったぞ」
ナタリアがただの魔導人形なら、冒険者ギルドで困っていたミールに声を掛けて忠告をしたりしなかった。ダニーと軽口を叩き合う仲にもならなかった。
たとえナタリアがいくら自身を卑下しようと、その行動を評価するのは他者なのだ。
「ミール……ダニー……こんな俺の為に……ありがとう……」
ナタリアは声を絞り出す。
こうもはっきりと言われれば、彼女とて二人を拒めなかった。
だが、それでも――
「でも、ごめん……まだ止まれない……此処で止まったら……俺は俺を許せない」
そう言ってナタリアは踵を返し歩き出す。
ドミニクとイツキを生かしてはおけない。
「わかったよ。俺達はもう止めねぇ」
「そうね。出来ればやるつもりだったけど、結果的に時間稼ぎにはなったみたいだし、後は任せるわ、オリビアちゃん」
「え?」
思いがけない名前が出てきて足を止めそうになったが、それより先に背後から伸びてきた両手に抱き留められた。
「ナタリア」
耳元から、愛しい人が自分を呼ぶ声が聞こえた。




