第二十一話 お食事中失礼します
茂みの陰から覗くと、期待通り一頭のクランプボアいた。大きさは先日俺が倒したのより少し小さいくらいだ。
クランプボアは背の低い木になった実を貪っていた。近くにも同じ色の実がなった木があるので、あれがオフィーリアの言っていたスターベリーだろうか。
俺達は息を潜めながら、クランプボアの側面へ移動する。
クランプボアは食事に夢中なのか、こちらに気付いた様子は無い。
ミールは握り締めた剣を腰に溜めながら、体勢を整える。
俺の準備は万端だ。
頷くと二人も同様に返してくれた。
オフィーリアの合図でミールが飛び出す。
その直後
「ブギャアアッ!」
クランプボアが濁った悲鳴を上げた。
ミールは剣を刺すどころか、まだ半分しか進んじゃいない。
何が起こった?
クランプボアが倒れて、俺はそれを理解した。
大きな顎が、何かを飲み込んでいる。
クランプボアから夥しい血が流れていた。
口内のものを嚥下した顎がクランプボアの首に噛み付き、回転して食い千切った。
舞い上がる血飛沫の向こうに、長い頭と鱗に覆われた身体がはっきり見えた。
「竜……」
思わず漏れた呟き。しかしそれは外れていた。
「いえ、あれはティラノガビアルというワニの魔物よ。あの大きさならランクはCくらいね。普通はもっと森の奥にいる魔物なんだけれど」
オフィーリアが俺の間違いを正す。しかもCときた。確かクランプボアがD-だったか。
ティラノガビアルは事切れたクランプボアを咥え、森の奥へと向きを変えた。
「あ、クランプボアがぁ!」
ティラノガビアルは足を止め、声を上げたミールに目を向ける。
黒い裂け目のような瞳はミールを見下ろし、大顎は咥えていたクランプボアを放した。
だがそれは獲物を譲ってくれるわけではないのは、誰の目にも明らかだろう。
向き直ったティラノガビアルの全貌が露わになる。
ワニと言っていたが、ずんぐりとした胴に太い脚と、その体躯はサイやカバに似ている。トリケラトプスみたいな恐竜の頭をワニに変えたような感じだ。ワニが陸生に進化したらこうなるだろうか。
「グオオォォォォォ!」
ティラノガビアルの咆哮にミールは一瞬身を竦め、しかし剣を握り直した。
「クランプボアが必要なのっ! 悪いけど譲れないわ!」
やっぱりそうなるか。
俺は諦めながら茂みから飛び出し、先制の一撃を放つ。
魔力弾はティラノガビアルの肩に当たったが、分厚い鱗と強靭な筋肉は傷跡を容易く塞いでしまった。
「ミールさん、油断しないでください。今までの相手とは格が違います」
「そのようですね」
並び立ったミールの額に汗が浮かんでいる。
無理も無い。
そもそもの標的であるクランプボアすら、ミール一人だったら厳しいだろう。それなのにいきなりこんな大物と戦う羽目になったのだ。
逆境にも程がある。
だけど退けない事情がある。
俺やオフィーリアにしてみれば他人事だが、ここで逃げるのも後味が悪い。
なら出来るだけやってやろう。
「行きます!」
ミールが剣を構えて吶喊し、俺もそれに合わせて援護射撃を行う。
だが弾はさっきと同じで当たりはするが、有効打にはならない。
ミールの振り下ろした剣もそうだ。
ゴブリン達が装備しているような革の鎧なら易々と斬る剣撃が、ティラノガビアルの鱗には全く通じないのだ。
「ガアァッ!」
唸り声と共に開かれた大顎を、ミールが慌てて避ける。クランプボアの脚と喉を食い千切るそれだ。捕まれば一巻の終わりだろう。
ともあれ、効かないからといって逃げるわけにはいかない。
俺は距離を測りつつ攻撃する。
ティラノガビアルが俺を標的に口を開こうと構えた。
「やあっ!」
銀閃が弧を描くが、さっきと同じで鱗に弾かれる。
それに合わせて青い燐光が鱗に穴を穿つ。
やはり効いている気配は無い。
更に長剣の一撃。
意識がミールに向いた。
俺は跳躍し距離を詰め、マガジン内の魔力全てを込めた一撃を撃つ。
魔力弾は脇腹に当たった瞬間荒れ狂う爆発となり、ティラノガビアルの巨体を一瞬傾けた。
しかしそれだけで、逞しい四肢は何事も無かったかのように地を踏んでいる。
慌てて手を射出して適当な木を掴み、最速で神経糸を巻き取る。
煙を裂いて現れた顎が、さっきまで俺がいた場所を食う。
あと一瞬遅かったら俺が食われていた。
煙が晴れた着弾箇所を見て、俺は目を見開いた。
「無傷かよ…」
思わず素で呟いてしまった。
あのクランプボアも仕留めた、しかもそのとき以上に魔力を込めていた炸裂弾を受けて無傷だったのだ。
いや、これは通常弾と炸裂段の性質の違いと見るべきか。
通常弾は制圧力が無い分、一点に力を集中している。
炸裂弾は制圧力がある分、威力が分散している。
こいつみたいに表面が硬い敵には。通常弾の方が有効って事か。
「てぇい!」
ミールの剣が疾るが、完全にさっきの焼き直しだ。
「まだまだっ!」
一撃で駄目ならもう一撃と、ミールは剣を振るう。
まずい。
咄嗟に手を射出し、ミールを引っ張る。
「グァウッ!」
「きゃっ!」
間一髪、ティラノガビアルの牙は空を切った。
「ミールさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
ミールは体勢を整え、俺も神経糸を巻き戻す。
「一撃当てたら下がってください。無理に攻めて反撃を食らっては元も子もありません」
「わかりました」
俺達は二人掛かりで攻撃しているが、挟み撃ちしているというわけではない。
本来なら数の有利を活かし、標的を直線状に挟んで攻撃するのだが、俺の武器が銃だからそれは出来ない。
もし銃弾が標的を貫通したら、もしくは回避されたら、その射線上にいるのは味方なのだ。この銃の威力は良く解っている。フレンドリーファイアなど笑えない。
ましてティラノガビアルの巨体を挟もうものなら、互いの動きが見えなくなる。そうなれば今のように助ける事も出来ない。
ここは時間を掛けて疲弊させるしかない。
俺とミールは互いに注意を引き付け合い、標的を絞らせないように立ち回るようにした。
迷いながらの大振りなら、回避するのは簡単だ。
どれくらい時間が経ったか、繰り返し続けた地道な攻撃にティラノガビアルも弱ってきたようだ。さっきから頭を低く下げ、攻撃してくる様子が無い。
このまま行けば倒せなくても撃退出来そうだ。
そう思った瞬間、俺は自分の読みが甘かったと思い知った。
大きく開かれた顎がミールの前に迫っていたのだ。
俺は反射的にミールを突き飛ばす。
右手が顎の中に消えた。
馬鹿か、俺は!
陸棲でもワニだぞ!
強力な大顎や硬い鱗に並ぶワニの特徴である瞬発力を失念していた!
頭を下げた姿勢だって、その予備動作じゃないか!
そして噛み付いたワニの次の行動は、獲物の肉を食い千切る、デスロールとも呼ばれる大回転だ。
グルン
ティラノガビアルが身を捻る。
俺は腕が千切れるより先に自ら切り離した。
「くっ」
神経糸が無理矢理引き出されるのを踏ん張って耐えるが、指先は衝撃に耐えられず、ブラックホークを手放してしまった。
デスロールが終わり、ティラノガビアルの足が地を踏む。
しかしその目には困惑の色が滲んでいた。
奇遇だな。俺もだ。
巻き出された神経糸が口吻に巻き付き、その開閉を封じていた。
「グォォ」
ティラノガビアルは力尽くで口を開こうとするが、頑丈な神経糸はビクともしない。
「ミールさん、攻撃のチャンスです!」
「は、はいっ!」
長剣が振り下ろされるが、やはり鱗は切れない。
ティラノガビアルの目がミールを捉える。
まずい。
口を開けなくても、その膂力は人を薙ぎ倒すのに充分すぎる。
こっちに注意を向けないと。
今の俺に出来る攻撃は魔力を込めた拳撃だけ。
いや、駄目だ。
通常弾でもまともに効かないのに、それ以下の威力では何の意味も無い。
せめて通常弾のように威力を集中しないと。
左手に魔力を集めろ。研ぎ澄ませ。
拳じゃない。もっと鋭い形で。
打つな。貫け。
狙うは守りようの無い場所。
眼球だ。
「グォゥッ!」
蒼白い結晶状の刃が突き刺さった。ティラノガビアルがくぐもった唸り声を漏らしながら頭を振り上げ、魔力の刃が抜ける。
叫べもしないから尚更つらいだろうが、容赦はしない。
「ミールさん、突きです! 点に力を集中して!」
「はい!」
ミールが腰溜めの構えから放った剣が、がら空きになった喉を貫き、切っ先が反対側まで突き破る。
だがティラノガビアルはミールを見据え、前脚を大きく振り上げた。
その拍子に、やつの口の中にある右手に何かが触れた。
しめた!
ブラックホークはまだ飲み込まれていなかった。
陳腐な台詞だが、敢えて言おう。
「外は硬くても、中はどうかな?」
グリップを握り、我武者羅にトリガーを引く。
無数の弾丸が喉奥から背後まで突き抜ける。
ティラノガビアルは体を傾け、しかし踏み止まった。
内臓を貫通したというのに、更に脚を振り上げようとする。
まだ動くのか!?
どうすればいい!?
眼を潰しても、喉を貫かれても、内臓を撃ち抜かれても耐える生命力。
それを完全に粉砕する方法は。
「これしかないか」
気は進まないが仕方ない。
「ミールさん、離れて!」
俺はブラックホークにありったけの魔力を込め、真上に向けて炸裂弾を撃った。
ブォン!
閉所の爆発が鈍い音を立てる。
骨の薄い上顎から脳天に向かって渾身の炸裂弾だ。これは耐えられないだろう。
ティラノガビアルの顔にある全ての穴から血と煙が漏れる。
そして巨体が傾く。今度は踏み止まる事無く、轟音と共に倒れ伏した。
「やったか?」
いらないフラグを立てつつ、ティラノガビアルの様子を伺う。
「二人ともお疲れ様」
いつの間にか背後に来ていたオフィーリアが労ってくれる。
「ご主人様、ではこのティラノガビアルは完全に死んでいるのですか?」
「ええ。よくやったわね」
「はぁ~、怖かったぁ」
オフィーリアの言葉に、ミールは脱力して尻餅を突く。
俺も漸く肩の力を抜く事が出来た。
ついオリジナルの魔物とか作りたくなるんですよね。
下手にやると自分の首を絞めるだけなのは解っているですが。




