第二十話 だから普通だってば
それから更に森の中を進み、何度か魔物の群と遭遇した。だいたいゴブリン、オーク、コボルトやその進化種だった。
ミールは初めて使う長剣に戸惑ったようだが、戦闘を繰り返すうちに少しずつ慣れたようだ。さっきまでは長剣にしては踏み込みすぎていたが、その間合いを掴んでからは、相手の武器の届かない距離から攻撃出来るようになっている。
相手の攻撃範囲外から攻撃出来て、尚且つ必殺の威力となればその有利性は計り知れない。その極致たる銃を使っている俺が言うんだから間違い無い。白兵戦においては卑怯の誹りを受けても仕方ない武器だってつくづく思うわ。
「ブギャアァ!」
最後のオークが長剣の一撃を受けて倒れる。
ミールは剣を振って血を飛ばし、その刃をまじまじと見る。
「どうしました?」
「あ、えい、なんだか切れ味が鈍いので、出来れば少し研ぎたいなと」
俺も刃を見てみたが、特に違和感は無い。と言っても俺は刀剣に関しては素人だし、鍛冶屋の娘で実際に使っているミールがそう言うのならそうするべきなのだろう。
「研ぐ道具は持っているのですか?」
「はい、一応簡単に応急処置出来る程度には持ち歩いていますから」
ミールは腰に下げたポーチに触れる。
「なら、ちょうど良いわ。ミールは剣を研いで、私達は昼食の用意をしましょう」
「判りました」
俺は先日と同じように、収納空間からバスケットを取り出す。
「……」
「気にしない方が良いわよ」
いや、別に普通だって。
俺が準備している間に、オフィーリアは周囲に結界を張り、ミールはポーチから出した掌サイズの砥石で長剣を研ぐ。
紅茶を淹れる頃にはミールも作業を切り上げ、三人で昼食にした。
「豪勢すぎませんか?」
広げた料理を見たミールの第一声がそれだった。
今日のメニューはマフィンのサンドイッチとカップサラダ、デザートのフルーツだ。三人分なのでいつもより量は多いが、別に手の込んだ事はしていない。
「ナタリアさんて何なんですか?」
「何といわれても、魔導人形でメイドですが?」
「繰り返すけど、気にしない方が良いわよ」
だから普通だって。
「それより頂きましょう」
オフィーリアがサンドイッチに手を伸ばし、ミールもそれに続く。
「凄く美味しい…」
「それは良かったです」
なら何故不満そうな顔をする。
おっと、いけない。忘れるところだった。
「サラダのドレッシングは三種類用意していますので、お好みでお使いください」
バスケットの奥からドレッシングの小瓶を取り出す。
「オフィーリアさん、魔導人形ってみんなこうなんですか?」
「そんなわけ無いじゃない。ナタリアがおかしいのよ」
「なんで私貶されてるんですか?」
「貴女がおかしいからよ」
きちんと仕事してるのに貶されるこの理不尽さよ。
納得いかないわ。
モヤモヤしながらもサンドイッチを齧る。ちゃんと美味しい。
サラダも食べてみたが、傷んだ野菜が混じっているわけでもない。ドレッシングもだ。
一体何がいけないのだろう?
「ご馳走様」
食事を終え、器を魔法で出した水で簡単に濯いでおく。軽く汚れを落としておけば、帰って洗うときに楽だからな。
「さて、この先にスターベリーという野草の群生地があるの。クランプボアはこれの実を好んで食べるから、高い確率でいるわ」
「食事中を襲うわけですね」
「そういう事」
ミールの言葉にオフィーリアは頷く。
なるほど。そういった場所なら魔物寄せの魔法を使うよりも確実にクランプボアを狙えるわけだ。
「クランプボアと戦うとき、ナタリア、貴女はまずどうしたかしら?」
「大振りの突進を誘ってそれを回避、無防備になった隙に足を撃って動きを封じました」
「突進を誘うってどうするんですか?」
「特別何かをするわけではありません。こちらを敵だと認識させれば、突進してくるのは明白です」
クランプボアは普通の猪と違い大きな角があり、それと牙を併用した挟み攻撃が出来る。だがそれもまず接近ありきだ。そしてやはり猪らしく、その接近も突進を前提としている。突進を誘発できれば、後はタイミングだ。
「決して目を逸らさず、回避するタイミングを見極める。重要なのはその一点です」
「そうね、クランプボアみたいな突進を主な攻撃手段とする魔物に共通する対処法よ。でも今回はまず不意打ちから入るから、これは相手が戦闘態勢に入ってからよ」
オフィーリアが俺の説明に同意しつつも、今回の戦闘の基本を再確認させる。確かに俺の言ったのは正面から対峙した場合の話だ。相手の意識外の攻撃という前段階は考えられていない。
「ではどうするんですか?」
「単純な事よ。茂みに隠れて近付き、油断している相手に強烈な一撃を加える。それが致命傷になれば尚更良いのだけれど」
ミールの問いに答えるオフィーリア。その言葉が俺達の選択肢を狭めてくれる。
「致命傷を狙うなら頭、首、心臓のいずれかでしょうか。となると背後からではなく側面からですね」
クランプボアに限らず、背後からの一撃で四足の獣に致命傷を負わせるのは難しいだろう。どうしても体の重要器官まで遠すぎるし、毛皮と脂肪に阻まれて無駄になる可能性だってある。
「となれば」
「ミールの長剣ね」
銃による攻撃だろうと口を開くと、オフィーリアが遮った。
そのあまりにも予想外の発言に思わず目を見開いた俺を無視して、オフィーリアは話を進める。
「ミールの腕力と長剣ならクランプボアの分厚い毛皮や脂肪を貫通出来るわ。貴女が要よ」
「私が、ですか?」
「ええ、頼りにしてるわよ」
「はい!」
ミールは剣を握り締め、力一杯に応える。
俺は口を挟もうとして、だが結局何も言えなかった。
さっき忠告されたばかりだ。
本音を言えばわざわざ危険な目に遭う必要なんて無いと思うし、先日戦ったのと同程度のクランプボアなら俺一人でも倒せるので、任せてくれても構わない。
でもそれじゃ駄目だと言われた。
それはミールの為でもあり、俺の為でもあるのだろう。
「ミールさん、援護はしますが、絶対に無理はしないで下さい」
「はい、ナタリアさん、お願いします」
俺に出来るのは、ミールが怪我をしないように、俺に注意を向けさせる事くらいだろう。
「さて、行きましょうか」
オフィーリアに続いて、俺達は立ち上がった。