第十九話 普通ですよ
翌日、バメルの冒険者ギルドでミールと合流した俺達は早速樹海に足を踏み入れた。
「お二人はどうして樹海の中に住んでるんです?」
道中でミールが尋ねてきた。普通の感性で言えば、魔物が跋扈する森の中に居を構えるなど狂気の沙汰だろう。俺だってそう思う。
「この森で取れる素材は魔法に使えるものが多いから、研究するには中に住むのが手っ取り早いのよ」
「ああ、そういう事でしたか」
オフィーリアの言葉に納得したミールは頷く。
一見すると子供が大人に諭されたようで微笑ましい光景だが、彼女が小柄なのはドワーフだからだった。実際に彼女は既に成人(この世界では十五歳)しているらしい。
他愛の無い話をしている内に、俺がクランプボアと遭遇した場所が近付いてきた。
「ご主人様、間も無く先日クランプボアと戦闘した場所に差し掛かりますが、いかがなさいますか?」
オフィーリアは少し思案してから首を横に振った。
「他の魔物は警戒してこの辺りを避けているだろうから、魔物寄せの術が意味無いかもしれないわ。それにクランプボアをピンポイントで狙うなら、もう少し先にいい場所があるのよ」
言われてみればその通りだ。誰だって同族が殺された場所には近付きたがらないだろう。それを裏付けるかのように、さっきから魔物と遭遇していないどころか、鳴き声すら聞こえない。これは結構奥まで行く必要があるかもしれない。
そして何か思うところがあるらしいオフィーリアを先頭に森の奥に進むと、徐々に周囲が騒がしくなってきた。
「そろそろ魔物が出てくる頃合ね。二人とも、周囲を警戒して」
俺もミールも決して緩んでいた訳ではないが、一層気を引き締めて周囲を見渡す。
「戦闘になったら私が前に出ますから、お二人は後衛をお願いします」
ミールは勇ましい事を言いながら腰に差した剣の柄に触れるが、その手は震えているし、額には汗が浮かんでいる。まだ魔物に遭遇してもいないのに、これは明らかに緊張しすぎだった。
「解りました。私もご主人様もしっかり援護しますから、安心してください」
オフィーリアのチート魔法と俺のチート銃で援護し、ミールは前衛として存分に剣を振るってくれればいい。駆け出しで未熟だろうが、今日狙う魔物程度なら何とかなるだろう。
「二人とも、左から魔物が近付いてくるわ」
俺達は咄嗟に自分の武器を抜く。
現れたのは数匹のゴブリンの群だ。これなら俺一人で瞬殺出来る。
「やああぁぁぁぁ!」
しかし俺が照準を向けた瞬間に、ミールが剣を構えて突撃してしまった。
「ナタリア」
ミールが斬り掛かっているゴブリン以外を狙おうとしたら、いつの間にか隣に来ていたオフィーリアに呼び止められた。
「今回は魔物を片っ端から倒すのは止めておきなさい。あの娘と今後も友好的に付き合いたいならね」
「どういう事でしょう?」
今回の目的は実戦訓練じゃなく狩猟だから、魔物はさっさと倒してしまって問題無い筈だ。
魔物を倒すのとミールとの関係の因果関係が判らない。
「確かに貴女ならあの程度のゴブリンを狩るのに苦労はしないでしょうけど、それじゃあパーティーと言えないわ。あの娘の戦い方や力量を知らず、合わせず、それで仲間だって言える? いざというときに背中を預けられる?」
オフィーリアの言葉に、俺は頭を殴られた気分だった。
俺が全て倒せばすぐ済むから、その方が効率的だ。そう思っていたが違う。
俺が全て倒してしまえば、ミールがどんな戦い方をするのか、どんな援護をすれば良いのか知る事が出来ない。それじゃパーティーとは言えない。ただ一緒にいるだけの他人だ。でなければ俺がミールを“寄生”にさせてしまう。そんな関係葉は対等でも友好でもないだろう。
「申し訳ありません。私が短慮でした」
「あまり深刻に受け止める必要は無いわ。さぁ、早く援護しましょう。多少無茶しても治(直)してあげるから、落ち着いてやりなさい」
「はい」
ミールはゴブリンの一匹と斬り合っている。ドワーフの血を引くミールの膂力はゴブリンを容易く凌駕しているが、剣の腕はまだまだ未熟だった。
さっきからただひたすらに大振りを繰り返している。
確かに当たりさえすればリターンは大きいだろうが、隙が大きすぎて、しかもそれを狙っているのがわかり易すぎて、知能の低いゴブリンにすら見切られている。
要するにブンブン丸だ。
更に言えば使っているのが片手用の軽い剣だ。一撃必殺を狙うには、間合いも威力も足りていない。
また外した。
その隙を狙って、ゴブリンが自身の剣を振り上げる。
ミールの回避は間に合いそうだが、それではまた繰り返しだ。
俺は通常弾でゴブリンの剣を撃つ。
甲高い音を立てて、剣は回転しながら地に落ちた。
「ギャギャッ!」
衝撃で指を痛めたのか、ゴブリンは手を押さえる。
それだけ隙を晒せば、流石のミールもやるべき事を察した。
「やあっ!」
走った銀閃がゴブリンの胴を切り裂く。緑の皮膚から赤い飛沫が上がった。
「よしっ!」
ミールは次の獲物に向かって剣を構えて向かっていった。
俺は念のため倒れたゴブリンの頭を撃ち抜いておき、ミールが向かった先のゴブリンに狙いを定める。
ゴブリンが構えるより早く、肩と足を撃つ。
武器を触れず、体勢を崩したゴブリンをミールが斬り伏せる。
ふと横を見ると、オフィーリアも手加減しているのか、初級魔法でゴブリンを攻撃してた。詠唱も魔法陣も動作も無しだが。
もう気にするの止めよう。
「ガギャアッ!」
最後のゴブリンが倒れ、俺達は肩の力を抜いた。
「ナタリアさん、援護ありがとうございます。お陰で戦いやすかったです」
「いえ、ミールさんの剣も強力で驚きました」
これでちゃんと当たりさえしてくれれば良いんだが。
「ミール、これもらって行けばいいんじゃないかしら?」
オフィーリアは自分が倒したゴブリンの手から武器を奪う。通常の片手剣より長いが、大剣に比べれば刃幅の狭い長剣だった。
受け取ったミールの身長と大差無いな。
「これ、騎馬兵用の剣ですよね?」
「そのようね。でも貴女の戦い方には合うんじゃないかしら?」
Aランク冒険者だけあって、オフィーリアもミールの戦い方の欠点を見抜いていたようだ。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
ミールは深くお辞儀すると、持っていた剣を地面に刺し、長剣を革ベルトで背中に留めた。
「あ、でも今まで使ってた剣はどうしましょう? 捨てるのも勿体無いし」
「それなら私が預かっておきますよ」
「へ?」
俺はミールの剣を収納空間に放り込んだ。
「他にも持って行きたいものがあれば入れておきますが、どうしました?」
何故かミールは魚のように口をパクパクして、オフィーリアは首を横に振っていた。
「ごめんね、この娘、ちょっと規格外なのよ」
「ご主人様にだけは言われないと思ってました。それにこれくらい、練習さえしていれば誰でもすぐに出来るようになりますよ。普通ですよ」
「ならないわよ、普通」
自分がチートだからって俺までそっちに含めようとしないでほしい。
それに収納空間が初級以下の超簡単魔法だって教えてくれたのはオフィーリアなのに。
自転車に乗るのは簡単でも、常に乗って生活したりバイクを追い抜くスピード出したりするのは異常です。




