第二百一話 鮮血神楽⑦
竜正の一撃をルリはかろうじて刀で受けたが、それでも止めきれず吹き飛ばされ、岩壁へと叩き付けられた。
衝撃で肺の空気が濁った声と共に吐き出される。しかしルリが体勢を整えるより先に、竜正の投げた霊符が飛来し、四肢に貼り付いた。
霊符には『縛』の字が書かれており、その通りにルリの身動きを封じた。
「このっ!」
ルリは必死に藻掻くが、霊符による拘束は強力で解ける様子は無い。
「ふむ、では始めるとしよう」
ルリが動けないのを確認した杖辺守はかつての自分と対峙する。そして大きく開けた口から剥いた牙を、ヴラド三世の首筋へと突き立てた。
吸い出した血を通し、ヴラド三世の魂が杖辺守へと取り込まれる。
吸血鬼がその気になれば、人間一人の血を吸い尽くすのに数分と掛からない。
血を吸われているヴヴラド三世の身体はミイラの様に干乾び、やがて細かな破片となってボロボロと崩れ去った。
「……ふぅ」
血を飲み干し、かつての自分の残骸を見下ろす杖辺守の目には複雑な感情が渦巻いていた。
「さあ、竜正よ、務めを果たせ」
杖辺守が振り返ると、竜正も宙に浮き毒沼の上を進み、両者は向かい合った。
「御覚悟を」
「それはお前だろう」
「……」
若干の呆れを含んだ様に鼻を鳴らした杖辺守に、竜正は無言のまま刀を上段に構える。
そして振り下ろさんとした直前、魔力の銃弾が竜正のすぐ傍を駆け抜けた。
振り返ると、地下空洞の入り口に人形のメイドが銃口を向けて立っていた。
「そこまでにしていただけないなら、次は当てます」
間一髪間に合った。
事情は解らないが、竜正がリューカを斬ろうとしていた。
ブラックホークの威嚇射撃に振り返った竜正は忌々しげに俺を睨んでいた。思わず竦んでしまいそうな恐ろしさだが、そうもいかない。
リューカはオリビアの大切な友人だ。俺にとっても親しい仲だし、今回の件でも世話になった。此処まで来ておいて、黙って見過ごせる訳が無い。
と、視界の端に何やら凄く情けないものが見えた気がする。
「何してるんだ、お前」
竜正達に視線を向けつつ、傍らの壁に磔にされたルリに言葉を投げる。
「見ての通り、動けなくされました」
「……」
せっかく先に行かせたのにこのザマかよ、と思わないでもないが、これでもルリは俺の知る中でかなり強い方だ。正面から戦ったのか不意を突いたかは判らないが―普通に話せる程度のダメージらしいから恐らく後者だ―、相手が一枚上手だったのだろう。
「武器を向けた以上、もう客人扱いは出来ぬぞ」
「承知の上です」
こうなっては、戦闘は避けられないだろう。
しかもこの地下空洞、いかにも危なそうな沼が大半を占める癖に、ケライノーで飛ぶには狭すぎる。
「鬼火舞」
竜正が放った無数の火球を、全て撃ち落とす。
だが火球の群は一つではなく、回数を分けた上で上下左右の軌道から曲射してきた。
ルリを解放したいが、そんな余裕は無いので一旦後回しだ。
「ちっ! ザッハーク!」
収納空間から射出したザッハークを急いで接続し、迫り来る火球を内蔵の魔銃と爪で迎撃する。
全ての火球を捌き切ると同時。ブラックホークは収納空間に戻し、ザッハークの腕で地面を蹴って跳躍する。
両手の指全てと両爪先に魔力刃を形成し、それを地下空洞の岩壁に食い込ませてへばり付く。
ザッハークの内蔵魔銃で竜正を撃ち、防がれても構う事無く再びザッハークを脚代わりにして跳躍し、壁から壁へと飛び移る。そしてまた内蔵魔銃で射撃を繰り返す。
「はぁっ!」
跳躍の合間で魔力刃を纏った爪による刺突を仕掛ける。
しかしそれも竜正の持つ刀に易々と受け止められてしまった。
「夜叉焔」
竜正が呟くと同時に、刀に炎が上がる。ザッハークを射出して壁に突き刺すと同時に神経糸を巻き込み、急いで離脱する。
腕は魔力籠手に守られているが、メイド服は普通の布なので一部が焦げてしまった。
しかし竜正の攻撃はそれで終わりではなく、炎は激しく燃え上がり、名前の通り大きな夜叉の顔になって襲い掛かってきた。
俺は壁にしがみ付いたまま、収納空間からレッドクオッスリーを取り出した。魔力を込めて引き金を引くと、撃ち出された光の奔流を受けて夜叉は四散した。
再度壁から飛び立つと同時に両手で掴んだ鋼糸を引き、これまで仕込んでいた罠を発動する。
沼の中央に跳び、水面に触れる前に身体が制止する。周囲を飛び回りながら蜘蛛の巣の様に張り巡らせていた鋼糸の上に降り立ったのだ。
更に鋼糸が竜正に巻き付き、その身を縛り上げる。
「人形と思うておったが、虫の類だったか」
実際のところ、ザッハークをバッタの後脚の様に使っていたし、この鋼糸も紫鋼蜘蛛のアリアから貰ったものだ。虫の様と言われても、あながち間違いではないかもしれない。
「面白い手だ。しかしこの様な物など、吸血鬼には無意味と知れ」
竜正がそう言った瞬間、張り詰めていた鋼糸が途端に弛み、縛り上げていた竜正の姿が霧となって消えた。
「しまった! 吸血鬼だから!」
霧になるなんて吸血鬼の能力としても有名な物だ。リューカの父親なら出来ても不思議じゃないのに、今まで使ってこないから失念していた。
上空で身体を再構成した竜正が周囲にこれまでより大きな火球を浮かべる。
拙いっ!
「待て……竜正…!」
それを遮ったのは意外にも、それまで静観していた筈のヴラド三世だった。
しかし様子がおかしい。
「時間を掛け過ぎだ…!」
胸を抑えて苦しそうに呻いている。
「もう…抑えられんぞ…」
ヴラド三世の憑依しているリューカの身体から、周囲の沼と同じ色の炎の様な物が立ち昇っている。それは視認できる程高密度の魔力だ。
「ぐ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
両眼を血の様に赤く染めたヴラド三世が吠えると同時、身体から魔力が火山噴火の様に噴き出し、地下空洞の天井を打ち抜いた、
「ちょ、こんなの!」
その衝撃で天井が崩れ、落石となって降り注ぐ。
リューカさん、いや、そっちも心配だが、この状況だと身動き出来ないルリの方が危ないか。
ルリの元に跳び、着地と同時に頭上に収納空間を開いた。
衝撃と轟音が響く中、自分達に降り注ぐ落石の全て収納空間で呑み込む。
崩落が治まり収納空間を閉じ、周囲に舞う砂煙を俺でもかろうじて使える風魔法で吹き飛ばす。
そして状況を確認しようと、リューカが居た方に視線を向け、そこにあった光景に言葉を失った。
「ありがとう、助かっ……」
同じくルリも絶句する。
沼から這い出る様に、山の様に大きな三つ首の竜が、俺達の前に聳え立っていた。
前話でヴラド三世の分裂に伴い呼び方を分けましたが、現時点のナタリアはその経緯を知らないのでそのままです。




