第十八話 鍛冶屋の娘
ギルド内には冒険者の為の軽食屋が設けられていて、漸く絡まった糸が解けた俺達はそこで話し合う事にした。ちなみにダニーはあの後追い払った。
「もう泣き止んだ?」
「泣いてません。そもそも私に涙を流す機能など無いではないですか」
解っている癖に訊いてくるオフィーリア。本当に意地が悪い。
「えーと、犬に噛まれたとでも思って、あまり気を落とさない方が良いですよ」
「犬に噛まれた方がずっとマシですよ……」
オフィーリアの用意してくれていた下着はどれも俺の体に似合う。
普段はあんな派手なのは着けないのだが、町に行くと言われてオサレしたくなり、冗談半分で黒のレースを着てみたら似合いすぎて、脱ぐのが勿体無くてそのまま着ていた。
そのときの自分を、助走をつけて全力で殴りたい。
一応言っておくが、俺に女装趣味なんて無いし、今の俺は女装ではない。
キャラメイクで作った美少女をロールしている感じだ。
「それで、お願いって何かしら?」
オフィーリアは沈む俺を放置して、ミールと話を進め始めた。
「あ、はい。といっても、オフィーリアさんにではなく、ナタリアさんになのですが」
「私に、ですか?」
冒険者として名が売れているらしいオフィーリアではなく、今日会ったばかりのメイド人形に何を頼もうと言うのか。
「ナタリアさん、私とパーティーを組んでもらえませんか?」
ミールは真剣な目で、確かな決意を持って俺に告げた。
しかしそれに対する答えは決まっている。
「あの、申し訳ありませんが私は」
「お願いします! メイドのお仕事の合間だけで良いので!」
「いえ、ですから」
テーブルに額をぶつけんばかりの勢いで頭を下げるミールだが、俺はそれに応えられない。メイドの仕事が忙しいというのもあるが、それ以前に俺は決定権を持っていないのだ。
「週に一、二日くらいならいいわよ」
その決定権を持った人があっさりと了承してしまった。
…ぇ。
「いいのですか?」
「ええ。と言っても、貴女は従魔だから、厳密には私とミールがパーティーを組んで、それに貴女を同行させるという形になるけど。貴女も実戦や他の冒険者と組む経験が出来るのは良い事でしょ?」
「確かにそうですが」
オフィーリアの言う事は判る。でも従魔登録をしたその日にパーティーを組む約束を取り付けるのは、何だか逸りすぎている気がする。
「ご主人様が良いのでしたら、私に異存はありません」
「なら決まりね」
「ありがとうございます!」
ゴン
今度こそミールの頭がテーブルにぶつかった。
「ですが何故今日知り合った私に? 駆け出しとはいえ、他に組む相手は見付からなかったのですか?」
言ってから、俺は自分が失敗したと悟った。これでは『お前ボッチなの?』って言ってるようなものだ。
「いえ、その、冒険者の知り合いとかは特にいなくて」
ボッチだった。
「それに皆さん、私が集めたい素材を言ったら断られてしまって」
「素材?」
「これです」
そう言ってミールは一枚の紙を差し出した。
なになに。
《シャーマンエイプの骨》
《クランプボアの牙》
《鉄蜘蛛の鉄糸》
「初心者や下級冒険者が狩る魔物じゃないわね」
鉄蜘蛛は知らない魔物だが、少なくともシャーマンエイプとクランプボアは初心者には厳しいだろう。俺だってブラックホークが無ければ戦いにすらならない。
「はい、それで誰もパーティーを組んでくれなくて」
「どうしてこんな入手の難しい素材が必要なの?」
オフィーリアの全うな疑問に、ミールはぽつぽつと事情を話し始めた。
「実は、私の実家は鍛冶屋をしていまして、店主の父が貴族から注文を受けたのですが、父と仲の悪い鍛冶屋ギルド役員の妨害で注文に必要な素材を卸してもらえなくなりまして、自前で用意しなくてはいけなくなったんです」
「なるほど。貴族からの依頼を果たせないとなれば、店として信用は地に落ちるし、最悪そのまま潰される可能性もあるわね」
やはり貴族が相手となると色々難しいのだろう。
俺はまだその辺りの詳しい事は教わっていないので、聞きに徹する事にする。
「はい、しかも父が妙に対抗心を燃やしてしまって、『それなら自分で狩ってきてやる!』って家を飛び出しそうになったのを母と二人で止めたんです。もし父が怪我でもしたら、それだけで依頼を果たせなくなってしまいますから」
困った親父さんである。
「それで私が冒険者になって、何とかしてみようと思ったのですが」
「何ともならなかったというわけね」
「はい……」
がっくりと肩を落とし項垂れるミール。
流石オフィーリア、言い方に容赦が無い。
「それで、その依頼の猶予はどれくらいあるの?」
「残り一ヶ月を切っています」
「それはまた随分と余裕の無い話ね」
その依頼とやらが何かはわからないが、鍛冶仕事なら素材が揃ってはいおしまいとはいかないだろう。
となれば素材集めの期限はもっと短い事になる。
「なら急がないといけないわね。それなら明日、クランプボアを狙って狩りましょう。いいかしら?」
「はい、よろしくお願いします」
「わかりました」
オフィーリアの提案に、俺もミールも頷いた。
それから用意するものや集合時間などを話し合って、ミールとは別れた。
家に帰って、オフィーリアは俺にありったけの予備マガジンを渡した後、明日の準備の為に部屋に篭った。
俺は家事の残りに取り掛かりながら、合間でマガジンに魔力を込めていく。
「これは終わりっと」
魔力で満たされたマガジンは収納空間に放り込む。ベルトに差しておいてもいいのだが、収納空間の出し入れに使う魔力なんてたかが知れている。それなら落としたりする危険性や動作の無駄を排した方が、余程効率的だろう。
そこまでして、ふと思った。
ダニーと戦ったとき、マガジンに込める魔力をそのまま腕に集中させて攻撃に転用した。あれをちゃんとした技に出来ないものか。
浅く開いた掌に魔力を集中すると、青白い燐光が掌を包み込む。これが俺の魔力だ。
魔力の光はゆらゆらと揺らめいている。こんな不安定な状態じゃ駄目だ。確たる状態を維持出来ないと、技として成立しない。
やっぱり一朝一夕では上手くいかないけど、攻撃魔法よりは手応えを感じる。
これも今後練習していこう。




