第百九十六話 鮮血神楽⑤
耳に届いた言葉が時間をかけて咀嚼され、漸く頭が理解した。
「ヴラド・ドラキュラって……ヴラド三世?」
「通じたか。やはりお前も同じ世界から来た様だな」
思わず漏れた呟きに、リューカ、いや、ヴラド三世が満足そうに微笑む。
「本物なの?」
「お前の言う『本物』とは何を指す? 余は二度死んでいる。一度目はかつての世界で。二度目はこの世界で。今はこの世界の子孫の身体を借りているに過ぎぬ。この様な身に真贋を問うても、栓無き事よ」
俺やルリと同じ様に、ヴラド三世もこの世界に転生していたのか。
だが考えてみれば、俺自身も含めて三つの例がある。なら俺達の知らないところで、過去未来で、同様の事が起こっていてもおかしくないし、それが前世世界の歴史上の人物に起こるのも、有り得ない話ではない
それがリューカの先祖なのは予想外にも程があるが。
あ、だから浦戸なのか。
「疑問は尽きぬであろうが、お前達に構っている時間は無い。参りましょう、御真祖様」
リューカの父親である竜正―さっきヴラド三世が呼んでいた―が立ち上がり、ヴラド三世を促す。
ヴラド三世は踵を返そうとして、足を止めた。
「瑠璃よ、これまで良く竜霞に仕えてくれたな。大儀であった。別れの挨拶を交わす時間もやれぬのは余も心苦しく思うが、許せ」
「別れって、どういう事ですか! 竜霞様の身体で何をするつもりなんですか!」
ヴラド三世のまるで今生の別れの様な、竜霞が死ぬ様な物言いに声を荒げるルリ。
「時間が無いと言うたぞ、瑠璃。弁えよ。それが出来ぬなら、此処で貴様を斬る」
竜正が腰に差した刀に手を掛ける。その目の鋭さが、冗談や脅しではない、本気でルリを斬るつもりなのだと語っていた。
「っ!……たとえ御屋形様でも、竜霞様に危害を加えると言うなら、私の敵です!」
そう言ってルリも刀に手を掛け、腰を落とした構えを取った。
言い訳も後戻りも出来ない、完全な反逆の姿勢だ。
だがおそらく、理由はあれど誤解は無いのだろう。
「よせ、竜正。竜霞の記憶によれば、その瑠璃と言う娘はかなりの手練れじゃろう。相手をしておる余裕などあるまい」
ヴラド三世が竜正を遮る様に進み出て、俺達を見下ろす。
何かしようとしているのは判る。だが俺もルリもヴラド三世が竜霞さんに乗り移っている限り、下手な事は出来なかった。
ヴラド三世は自らの指を嚙み切ると、腕を振り払って流れ出た血を飛ばした。すると血の飛沫の一つ一つが宙で膨れ上がり、骨になり、肉になり、人の形を形成した。
「そんな……屍鬼…」
ルリが呟いた通り、ヴラド三世の血飛沫が屍鬼となった。それも道中で見たみすぼらしい姿ではなく、古めかしい鎧甲冑を着た屈強な武者達だった。
「お前達はこやつらと遊んでおれ」
ヴラド三世の言葉と共に、屍鬼武者が刀や槍を構えて襲い掛かってきた。
「なんで、血が屍鬼になるのよ!」
「そんなのこっちが聞きたいわ!」
ルリの悪態に応えつつ、魔力籠手と魔力具足を展開する。
迫り来る屍鬼武者が振り下ろした刀を横に躱し、側面から魔力刃を振う。
「!」
だが屍鬼武者は即座に刃を返し、俺の魔力刃を下から斬り上げた。
「しまっ―」
体勢を崩したところに、別方向から飛来した矢が肩に突き刺さった。
更に屍鬼武者達は二方向から迫り、刀と槍で挟撃する。
回避は不可能。俺は咄嗟に球状の魔力防壁で全身を包んで強引に防御した。
「こいつら強いぞ…」
魔力防壁の中で膝を突き、痛みを堪えて肩に刺さった矢を抜きながら言ちる。
さっきの斬り合いで判ったが、この屍鬼武者達はこれまでの力任せの屍鬼とは違い、生者と同等の思考を有している。
振り下ろした刀を返して斬り上げるなんて明確な技術だし、今も魔力防壁を張った俺から距離を取って様子を窺っている。ただの動く死体に出来る事ではない。
「体は死んでるのに技が生きてるとか反則だろ」
転生者である自分を棚に上げて、そんな事を言ってみる。
けれどこのまま篭っていても仕方が無い。
ちらりと視線を向ければ、ルリも同様に苦戦していた。強固な鎧甲冑に身を固められれば、流石のルリでも両断出来ない。捉えられない様に持ち前の素早さで一撃離脱に徹してはいるが、攻め手に欠けるせいでこのままではいずれ押し切られるだろう。
既にヴラド三世達の姿は無く、彼等が何をしようとしているかは判らないが、俺達の足止めは目論見通り達成されている。
「ルリ、ヴラド三世が居ない! 追わないと拙いんじゃないか!?」
「それは解ってるけど! こいつらが邪魔だから!」
ルリも状況は把握している様で、屍鬼武者の攻撃を躱しながら叫び返した。
「だったら此処は俺に任せて先に行け!」
「それ死亡フラグ!」
「そうだけど! 思っても言うなよ!」
俺だってそれなりに覚悟はしているが、だからって死ぬつもりは毛頭無い。
「行くぞ!」
防壁を解除すると同時に、両手に魔力刃を形成し飛び出す。
その瞬間は屍鬼武者達も待っていた様で、狙い澄まされた矢が放たれる。
当然、俺も予測済みなので魔力刃で斬り払う。
矢への意識の隙を突く様に迫る刀をもう一方の魔力刃で受け止める。
止まらない屍鬼武者は腰の脇差に手を掛ける、
俺はそれを足先に形成した魔力刃で斬り上げ、更に全力で甲冑の腹に蹴りを叩き込む。
俺は蹴りの反動を利用して後ろに跳ぶと共に、ルリと斬り合っていた屍鬼武者に向けて切り離した魔力刃付きの腕を射出する。
甲高くも鈍い音が響き、屍鬼武者の身体が傾いた。
「行け、ルリ!」
「……死なないでよ!」
ルリは一瞬躊躇ったが、すぐに背を向けて走り出した。
飛ばした腕を引き戻し、屍鬼武者達の道を阻む。
「せっかくお嬢様と恋人になれたのに、死ぬ訳無いだろ」
と、フラグにフラグを重ねて相殺しようとしてみる。
屍鬼武者達の兜の下に覗く顔に焦りが見える。
やはりこいつらはただの屍鬼ではなく、明確に意思がある。
ああ、そうか。
屍鬼だと思うから特異に感じるんだ。
ただの鎧武者なら、強くはあるが特異じゃない。
屍鬼である事に惑わされるな。
今、俺は死体ではなく“人”を相手にしているんだ。
技術では屍鬼武者の方が上だろう。そしてさっき言った事と矛盾するが、屍鬼である以上は腕力も常人を上回る。
なら俺は不利か?
勝てないか?
断じて否だ。
戦いようはある。それにはやはり、アレを使うのが良いだろう。
「ザッハーク、起動」
俺が跳躍すると、収納空間から影が飛び出し、大きなV字型に見えるそれが俺の背中に貼り付いた。飛行魔道具ケライノーと同じく俺が作成した、副腕魔道具ザッハークだ。
以前スカートの中に仕込んでいた隠し腕を強化し、大型化した所為で背負う形になったので奇襲性は無くなったが、その分性能は俺の腕に近付いた。そして大幅増加した重量による機動力の低下は、基部に備えた魔力噴射式推進器と内蔵した浮遊機能で補っている。
更に収納空間からもう一つ、魔銃を取り出す。普段よく使うブラックホークやホワイトヴァイパーのおよそ倍はある大きさの、魔銃レッドクオッスリー。
「さぁて、やるか。人形モード」
左手に魔力刃を形成し、正面の屍鬼武者に斬り掛かる。
青白い燐光を放つ魔力の剣を、屍鬼武者の刀が受け止める。屍鬼の腕力は強いが、俺だって世界最高峰の魔導人形だ。単純な力押しで早々に後れを取りはしない。
屍鬼武者が腰の脇差に手を伸ばすが、それも遅い。
背面に装備したザッハークの折り畳んでいた腕が展開し、ハサミ状の爪が左右から屍鬼武者の首に迫った。
屍鬼武者は避けようとしたが、その隙が命取りだ。
姿勢の崩れた屍鬼武者に刃を翻し、首に魔力刃を突き立て、更にザッハークの爪で駄目押しする。
魔力刃を降り抜くと同時、迫る矢を空いていたもう一方のザッハークの腕で払い落す。続けて爪の先端が割れ、中に現れた銃口から魔力の弾丸を発射する。魔力の塊は目にも止まらぬ速度で飛翔し、屍鬼武者の弓を撃ち抜いた。
試作とも言える隠し腕にあった指をハサミ状に簡略化したのは、この魔銃機能を内蔵させる為だ。俺の技術不足もあって、ブラックホークと比べれば性能は劣るが、俺と神経糸で繋がっているから事実上弾切れは無い。と言うより、俺の神経糸で操作する前提なのでマガジン機構は無い。
そして他の機能は俺の腕に近い。
つまり有線遠隔操作も可能だ。
「!?」
射出したザッハークは弓を持っていた屍鬼武者の眼前で静止し、至近距離で銃弾を撃ち込む。兜の中で血肉が爆ぜ、頭部が完全に破壊された屍鬼武者は崩れる様に倒れた。
屍鬼武者は残り三体。一気に決める。
駆け出しながらザッハークの両腕を射出し、先端の銃口から屍鬼武者達を狙い撃つ。
屍鬼武者達は抵抗を試みるが、宙に複雑な幾何学模様の軌跡を描くザッハークを捉えられはしない。
実のところ、素の俺ならこんなに素早く精密な操作は出来ない。人形モードの思考速度と計算があってこそ可能になる動きだ。
甲高い音と共に甲冑から火花が散る。
屍鬼武者達は確かに強いが、俺の手数とギミックはそれを凌駕する。現にあいつらはザッハークの動きに翻弄され、その軌道と神経糸に包囲されている。
包囲を抜け出そうとしたところには、先端の爪に魔力刃を形成したザッハークが斬り掛かる。縦横無尽に飛翔するザッハークに、対人の剣術は通用しない。
「さぁ、終わりだ」
追い詰められた屍鬼武者達に、俺は充分に魔力を込めた魔銃を向ける。
レッドクオッスリーはこれまでのオフィーリア製の三丁とは違う、俺が創造った魔銃だ。
ブラックホークの様な通常弾と炸裂弾の切り替えも、ホワイトヴァイパーの様な高速連射も、ブルーハウンドの様な長射程も、俺の技術では再現出来なかった。あと魔力充填のマガジン機構も排除しているので、直接の魔力を籠めなければ充填出来ない。魔銃の肝である魔力の圧縮し銃弾化する機能も不完全だし、重く取り回しに難があり、設計段階で想定していた性能から言えば失敗作。しかしこのレッドクオッスリーには予想外の効果があった。
威力が高いのだ。それも馬鹿みたいに。
咆哮の前に深呼吸をするかの様に、銃口に光が集まる。
ザッハークが包囲を解いて退避すると同時に引き金を引く。
「消し飛べ」
ドオオォォォン!
轟音と共に放たれた光の奔流が屍鬼武者達を纏めて呑み込んだ。
光は数秒の間に治まり、跡には抉れた地面とその果てに薙ぎ倒された木々があった。しかしそこに屍鬼武者達の姿は無い。
銃と言うより砲と言うべき威力の爪痕が、その強烈さを物語っていた。
「―っ、やっぱり反動がキツイな」
既存の魔銃以上の威力だけあって、その反動も相応だ。
お陰で肘の関節がじんわりと痛む。
いや、それよりルリとリューカさんだ。
俺はザッハークとクオッスリーを収納空間に収め、ルリの後を追った。




