第百九十話 さしも知らじなもゆる思ひお
久しぶりの二話更新です。
と言ってもこちらの文章量が半端なのでいっそ独立させただけですが。
ナタリアがルリに誘われてから数分後、それまで何処か落ち着きの無かったオリビアが意を決した様な表情で部屋を出て行った。
ただならぬ様子に気付いたエリカは後を追おうとしたが、その前にはアカネが立ちはだかった。
「!」
「シャー!」
アカネが何処に行くのかと問えば、エリカはナタリアのところだと答える。
「シャーシャーシャー」
オリビアはナタリアに何かする気だ。そうなれば自分に勝ち目は無くなってしまう。
「!!」
これはナタリアとオリビアの問題なのだから邪魔をするな。
「シャーシャー?」
お前はこのままナタリアが取られてもいいのか?
「!」
それもナタリア自身が決める事だ。
「シャーシャー。シャーシャー」
ナタリアは私達の気持ちに気付いてすらいないのにか。此処は協力してオリビアを妨害しないか?
「! !」
断る。ナタリアはそんな事は望んでいない。
「シャーシャーシャー」
お前は気に入らないけど、少なくともナタリアに対する気持ちは同じだと思ってたんだがな、見損なったぞ。
「! !!」
それはこっちの台詞だ。どうしても行く気なら容赦しないぞ。
二匹は睨み合うが、両者共にこの場で喧嘩しないだけの分別は身に着けていた。だがもし許されるのなら、今すぐにでも互いを排除したかった。
「花、ダメ」
そこに今まで静観していたクラリッサが割って入った。
狼であるクラリッサにとって、群の序列とボスの意向は絶対である。
ボスであるオリビアがナタリアと結ばれる事を望むのなら、群に属している限り従わなければならない。
「クモも、ケンカ、メイド怒る」
クラリッサは続けてアカネにも釘を刺す。
群の中での喧嘩は序列上位者であるナタリアによって止められている。
それを破るなら、理由はどうあれアカネとて同罪だ。
この三匹の中で最初にオリビアの従魔になったクラリッサだが、アカネとエリカよりも野性の価値観を維持している。しかしそれ故に最も高い忠誠心を持っていた。
「!!」
「シャー」
アカネはクラリッサの指摘に納得し、エリカは普段から狼車の牽引で世話になっているクラリッサと争うのは気が引けたので、共に引き下がった。
しかしエリカやはり不満ではあるので、丸くなって不貞腐れてしまった。
「ふぅむ、なかなかに難儀じゃのう」
三匹のやり取りを見ていた范焱は顎を撫でながら、しみじみと呟いた。
リューカが部屋の移動を促しに来たのは、それから更に時間が経っての事だった。




