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メイド人形はじめました  作者: 静紅
冒険者
197/255

第百八十五話 雲を掴む①

 ベルーガ号がヨウソ港を発って数日、海上の風は少々強いが帆が受けるには好ましく、空は遠くに大きな雲の塊があるくらいだった。

 船員達はマリーゼの先輩一行を送り届けるという今回の仕事に気を張っていたが、物々しい従魔や竜人の存在に驚かされたくらいで、概ね順調と言える航海だった。

 その為、見張り役も出航前の緊張の反動か、少々気が緩んでいた。とはいえ、たかが欠伸一つを咎めるのも狭量(きょうりょう)と言うもの。


「ふわあああぁぁ、あ?」


 彼は目尻に涙を滲ませながら大口を開け、しかし視界の隅に捕らえた違和感に動きを止めた。雲の彼方に目を向ければ、違和感は徐々に輪郭を持ち、注視すれば正体までも確かになった。


「緊急! 緊急!」


 見張り役の上げた大声に、船員達はそれぞれの対応を始めた。







「と、この計算の答えはこの方式で出す事が出来ます」


 エリカの球根に腰掛け、彼女の支える鉄板に即席塗料で字を書いていく。

 場所はベルーガ号の船倉。生徒はこの船で働く褐色少年の和奏(わかな)

 この子と弟の邇助(にすけ)はルリに頼まれてこの船で面倒を見ているらしく、それが切っ掛けで話している内に成り行きで勉強を教える事になった。ちなみにわざわざ船倉でやっているのは、普段あまり構えていないエリカが放してくれなかったからだ。ちなみにちなみに、始まるまで一緒に居たオリビアだが、俺がこの機会に復習しようと言ったら早々に退散した。


「う、うーん」


 和奏は唸りながらも投げ出さずに理解しようとしている。真面目なのは良い事だが、その動機がルリの様になりたいからだと言うのが不安になる。あいつ、純粋な男の子に何やったんだよ。


 もう一度説明するかと思った矢先、船倉の扉が慌ただしく開け放たれ、和奏の弟である邇助が飛び込んできた。


「ナタリアさん、大変です。そちらの従魔を連れて、甲板に出て来てくれますか?」


 言葉は丁寧だが、その声音にはただならぬ様子が滲み出ている。俺も従魔である事を指摘している場合ではないのだろう。


「解りました。すぐに向かいます」


 重大事みたいだし、此処で説明を求めても仕方が無い。俺は授業道具を収納空間に放り込み、エリカを伴って船倉を出た。


「和奏姉ちゃんも来て」


「お、おう」


 ……ちょっと待って!

 和奏って女の子だったの!?







 甲板に出ると、やはり船員達は緊迫した様子で、剣や(もり)を手にしている。


「あ、ナタリア!」


 俺達が出てきた事に気付いたオリビア、范焱、クラリッサ、アカネが駆け寄ってくる。


「お嬢様、何事ですか?」


「魔物の群がこっちに向かってるんだって。逃げられるスピードじゃないから撃退するって決めたみたい」


 オリビアの指す方に目を向けると、確かに海上を飛ぶ複数の大きな影がこちらに迫ってくるのが見えた。確かにこのままだとこちらと接触するだろう。


「魔物の詳細は判りますか?」


「あれはトビカイギュウの群じゃな。海面を飛ぶ角の生えたクジラと思えばよい。海藻や小魚が主食じゃが、縄張り意識が強い魔物じゃ」


 俺の問いに、范焱がすかさず応えてくれる。流石は竜人族だ。こういったところは俺が書物で調べているだけなので、生きた知識を持っている范焱の存在はありがたい。


「解りました。では、先制します」


「まだ遠いが出来るのか?」


「この魔銃なら可能です」


 収納空間から狙撃銃型魔銃・ブルーハウンドを取り出す。普段の戦闘で長距離狙撃が必要な場面はあまり無いが、だからこそ必要な場面では有効に使うべきだ。問題があるとすれば、俺自身が元々狙撃はあまり得意ではない事だな。

 船の縁に立ってスコープを覗けば、成程、范焱の『海面を飛ぶ角の生えたクジラ』と言う説明が的確だと理解出来る。両頭側部の湾曲した角は『海の牛(カイギュウ)』の名に相応しい。

 大きさは小さい個体でも狼形態のクラリッサと同等で、最大の個体はそれから一回り大きい。接近されれば、体当たり一つでこの船には致命傷になりかねない。


 接近される前に数を減らそうと、一頭の眉間に照準を合わせて引き金を引いた。だが身体の芯に響く様な音と共に発射された銃弾はトビカイギュウの頭を掠めただけで、遥か彼方に消え去った。

 やはり揺れる船の上では普段通りにすらやりづらいが、だからと言って諦める訳にはいかない。頭への痛みによろけたところに一発撃ち込み、体勢が崩れたそいつを避けようとした別個体に一発。一射必殺を心掛けながらも固執せず、標的を一匹に絞らず広い視野を保ち、相手の隙に付け入る。

 スコープを覗きながら、人形モードで処理能力を加速させて狙撃を続ける。

 正面から銃弾が貫くが、流石にあの巨体では仕留めるに至らない。だが一瞬でも止まれば充分だ。二射、三射と続けて撃ち込むと、頭から幾筋もの血を流したトビカイギュウは飛沫を上げながら海面に着水した。尾鰭が動いているのでまだ生きているようだが、無力化したと見て良いだろう。


「何とか一匹仕留めましたが、既に接近され過ぎました。迎撃に移ります」


 俺はブルーハウンドを収納空間に戻し、魔道具を起動させる。カフスと靴から内部に仕込まれていた鋼糸が伸び、両手足に巻き付く様に包み込む。鋼糸を成形の補助にして魔力を流せば、魔力籠手と魔力具足が完成する。硬かった魔力籠手で柔軟な動きを可能にする為に、ミールに作ってもらったものだ。

 更に飛行魔道具ケライノー、拳銃型魔銃ブラックホークと短機関銃型魔銃ホワイトヴァイパーを装備する。


「私と范焱で空から仕掛けます。お嬢様達はマリーゼさんやベルーガ号の船員と共に迎撃を」


「応!」


「ナタリア、気を付けてね! 范焱も!」


 オリビアの声を背に、俺達はベルーガ号から飛び立った。


「それで、如何にしてあの巨体を打ち倒すつもりじゃ? あれは倒せん事は無いが、船を守るとなれば儂でも難しいぞ」


 並んで飛ぶ范焱が横目で尋ねてくる。


「確かにお嬢様達は船に慣れていませんが、マリーゼやクルー達も居るので大丈夫だと思いますよ。私達は注意を引く為に上空から攻撃しましょう」


「ふむ、それもそうじゃな。ではいくか」


 互いに頷き合って間も無く、接敵した俺達は手筈通りに上空から攻撃を開始した。

 二丁の魔銃から撃ち出される銃弾の雨がトビカイギュウに降り注ぎ、背中に幾つもの傷跡を残す。だがトビカイギュウはこちらを気にする様子も無く、一心不乱に宙を翔けている。


「やはり連射では一発の威力に欠けますか」


 ブルーハウンドに匹敵する威力を出す方法もあるが、あれは反動が強すぎて飛びながら使うのは危ないから出来れば避けたい。とは言え、必要とあらば使う覚悟ではあるが。


「儂の番じゃな。竜人の秘技、味わうがよい!」


 詠唱も魔法陣も無く范焱の周囲に火球が浮かび、トビカイギュウに殺到する。直撃した火球は爆発を起こし、巨体を大きく傾けた。

 

 俺達の攻撃を煩わしく思ったのか、一頭がこちらを見上げて急上昇してくる。


「こういった事も出来ます」


 翼をはためかせて勢いを付けると、身体を水平に向け、両脚を一直線に広げ、羽を畳み、両足の先から魔力刃を発生させる。そして全身を回転させ、トビカイギュウの頭上から尾まで、一気に転がり抜けた。


「キイイイイィィィィィ!」


 深い傷を連続で刻み込まれたトビカイギュウが、外見に似合わない甲高い悲鳴を上げる。


「はぁ!」


 その鼻先を范焱が殴り付け、轟音と共に巨躯が大きく歪む。トビカイギュウは弧を描く様に折れ曲がり、そのまま海面へと落ちて大きな水柱を上げた。


「まずは一匹ですね」


 再び翼を広げて范焱に並ぶが、彼女は何故か真剣な面持ちで俺の方を見詰めていた。


「ナタリア、友人として言っておくが、今の技はオリビアの前では使わん方がよいぞ。スカートの中が丸見えじゃった」


「……ご忠告感謝します」


 オリビアに見られたら確実に面倒な事になるな。

 人形の身体だから容易に出来る開脚と魔力刃を活かした技だったんだけど、今後は封印しよう。







 ナタリアが飛び上がった時に、スカートの中が見えました。今日のショーツは水色です。セクシーな下着を着けている事が多いナタリアにしては珍しい清楚系のチョイスに思えますが、よく見れば透けたレースショーツ。やっぱりいつも通りセクシーです。


「あーあ、こういう時じゃなかったらなぁ」


 押し倒しに掛かるのに。本当に残念。

トビカイギュウ(飛海牛):海牛の名の通りマナティやジュゴンの魔物。クジラではない。


范焱「『クジラと思えば』とは言うたが『クジラだ』とは言うとらんぞ」

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― 新着の感想 ―
[一言] わーい(^^)
[一言] オリビアさんの驚異的な視力の前には無意味だった( ˘ω˘ )
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