番外編 夏だ!水着だ!川遊びだ!②
魚の下処理をしたところで、とりあえず今出来る作業はこのくらいか。
「おーい、ルリ」
「おっぱいが24、おっぱいが25、おっぱいが―」
ルリは変わらず虚ろな目で、無心に石を積み上げていた。
がらがら
しかしその石山も儚く崩れ落ちた。
「……おっぱいが1、おっぱいが2、おっぱいが―」
暫し呆然としながらも顔を向け、再び手に取って積み始める。
賽の河原かな?
「いかがいたしましょう?」
プラムが無表情のまま意見を求めてくるが、こんなのどうしようもない。
いや、方法に当てはあるにはあるんだが、気が進まない。
とは言えこのまま放置する訳にもいかない。
元男で現在体形が変化しない俺に胸の大きさを気にする気持ちは解らないが、単純に身体的コンプレックスとしてであれば理解出来なくもない。それに一応友人としては励ましてやりたいとは思う。
仕方無い、ここは一肌脱ぐか。
「ルリ」
隣にしゃがんで声を掛けると、ルリはゆっくりとこちらを向いた。反応する程度には意識はある様だ。
「ほら、作り物だけど、これでいい加減正気に戻れ」
さっきのプラムと同様にルリの手を取り、自分の胸に触れさせる。
「お、お、おぉ……豊満にして理想とも言える形、瑞々しい張りを持ちそれでいて柔らかさは本物と比べて遜色無し。これが人工物だと言うのか……」
ルリは手を震わせながら、俺の胸の感触を述べる。
自分でもかなりのものだと思っていたが、他人から言われると本当に恥ずかしいな。
「これは千金万金に値する人類の宝じゃーー! 」
そして突然両腕を振り上げて大袈裟に叫びだした。
なんでこんな奴と友人やってんだろ……
「ありがとう、お陰で正気に戻ったわ」
「これが正気なら元から狂気と紙一重だったと気付いて戦慄してる」
「ナタリアが友達で本当によかった」
「なんでこんな奴と友人やってんだろ……」
さっきは思うだけに留めた言葉を口に出さずにはいられなかった。
「ねぇ、ものは相談なんだけど、ついでに“ぱふぱふ”も―」
「いいだろう、ただし眉間を撃ち抜いてからだ」
「おっと、リューカ様達を待たせてはいけないわね。早く行きましょ!」
パシャパシャと飛沫を上げて浅瀬を走って行くルリ。俺は溜息を吐き、プラムは表情を変えないまま、その後を追った。
川の冷たい水が足元を包み、水面が日の光を受けて煌めく。
「わうわう!」
「えいっ!」
クラリッサがはしゃいで飛び跳ね、クリスティナが水を掬い上げて大きな飛沫を作る。
「きゃっ! クリスさん、やりましたねぇ!」
川辺で涼んだ事はあっても中に入って遊ぶのは初めてだって言ってたリューカもすっかり慣れて、クリスティナに反撃している。
「あははははは、気持ちいい! 世界はこんなにも美しい! あははははは!」
さっきまで沈んでいたエイミーはいつになく明るくなり、元気になって良かった。
私はと言うと、川に突き出した大岩の上から皆を見下ろしていた。
少し助走を付け、大岩の先端から飛び立つ。目指すは川の深くなっている所。
「やっほーーー!」
ザバーーーーーン!
水面下に落ちた体は水上で上がったであろう水柱を見る事は無かった。
水中から見上げた水面はまるでステンドグラスで、差し込む光はカーテンの様だった。
「っはぁ! ん?」
「あっはっは! 水の中で私は無敵ぃ!」
水面に上がると、下流から変な声が聞こえてきた。
見るとルリさんが大きな飛沫を上げながら、とてつもないスピードで泳いで来た。
「ルリさん、ナタリアは―」
「あっはっはっはっはっはっはぁ!」
ナタリアがどうしているか訊こうと思ったけど、ルリさんは私を通り過ぎてそのまま上流へと行ってしまった。
「オリビアさん、ルリは…」
「あっち行っちゃった」
「ルリったら…たまに乱心するのと性にふしだらなところさえ無ければ優秀なんですが」
リューカが頬に手を当てながら嘆息していると、ナタリアとプラムちゃんもやって来た。
「皆様、お待たせしました」
ナタリアは食事の用意を終えたらしく、何処か満足そうだ。
プラムちゃんはさっき私が飛び込み台にした大岩の上を見上げていた。
「プラム、どうしたの?」
「先程オリビア様がしていたのは面白いのでしょうか?」
プラムちゃんは飛び込みに興味を持った様に小首を傾げる。その様子に、ナタリアとクリスティナは僅かに目を見開いた。
「これは……いえ、それでしたら一緒に行きますか?」
「はい、お姉様」
そう言ってナタリアはプラムちゃんに付き添って大岩を登って行った。それを眺めるクリスティナは嬉しそうに笑っていた。
どうしたんだろう?
おっと、二人が飛び込むなら離れておかないと。
私が大岩の下から距離を取った数秒後、ナタリアとプラムちゃんが頂上から顔を出して水面を見下ろした。そして二人で手を取り合い、大岩の頂上から身を躍らせた。
大きな水柱が上がり、弧を描いた水滴が雨の様に降り注ぐ。水面に幾つもの波紋が出来る。
「……」
水柱が起きた場所に水中から泡が上がってくる。
「……」
やがて泡が消え、水面の波紋も治まり始める。
二人はまだ上がってこない。
「あの、クリスさん、オリビアさん、魔導人形は水に浮くのでしょうか?」
「「……ああ!」」
リューカの問い掛けに、私達は揃って声を上げた。
魔導人形の材料には木材も含まれているけど、それ以上に金属が多い。水に浮くわけがない。
急いで助けに行こうと、大きく息を吸い込んで潜ろう―
ザバッ
としたところで、背後で水音がする。
振り返ると、口に何かを咥えたプラムちゃんを脇に抱えたナタリアが浅瀬に上がっていた。
私も急いで上がる。
「ナタリア、大丈夫!?」
「ええ、どうにか。私達、浮かなかったんですね。今まで川や海に入る事が無かったので気付きませんでした」
泳げないからそのまま川底を歩いて来たのね。
心配したけど、無事そうで良かった。
ナタリアはプラムちゃんを下ろし、濡れた顔や紙から水滴を拭う。
プラムちゃんが口に入っていた何かを引き抜くと、それは一匹の魚で、小さい両手の中で必死に暴れていた。
「先程急に口に入ってきました」
「さっき充分に捕りましたしあまり大きくもありませんから逃がしてしまっていいですよ」
ナタリアに言われたプラムちゃんが水に手を入れて放すと、魚はその場で少し暴れ、やがて自分が解放された事に気付くと川の底へと姿を消した。
「それでプラム、飛び込みをしてみた感想はどうですか?」
「……岩の上から飛んだ時の浮遊感、着水した時の水温の冷たさ、水中から見た様子など、興味深く感じました」
「ふふ、それは良かったわ」
「……はい、クリスティナ様」
プラムちゃんの表情は変わらないけど何処か満足そうで、それを見たナタリアとクリスティナも嬉しそうだ。
にしても、さっきから水滴を拭うナタリアの仕草がやたらと色っぽいんだけど、これは誘ってると見て良いのかな?
「ところでルリの姿が見えませんが、何処に行ったのでしょうか?」
「ルリさんならさっき凄い勢いで上流に泳いで行ったわよ」
そう言っていると、さっきと同じ様に上流から大きな飛沫が迫ってくる。
「恥ずかしながら帰ってきました!」
水飛沫の正体はやっぱりルリさんで、ナタリアとリューカは揃って額を押さえていた。
「上流でこんなの捕まえた!」
浅瀬に上がったルリさんが見せてくれるのは、持った手から地面までありそうな巨大魚だった。
「これはホワイトバスでしょうか? 生きている限りは成長を続けると言われていますが、こんなに大きいのは初めて見ました」
そうクリスティナが説明してくれたのは、以前ナタリアが料理してくれた事もある魚だった。あれこんなに大きくなるんだ。
その後、ひとしきり遊んでからナタリア達が用意してくれた昼食を食べた。勿論美味しかった。
「ご飯は美味しい! 世界は平和! 胸は小さくても幸せだ! あはははは!」
エイミーもご機嫌だし、来てよかった。
さて、午後もめいっぱい遊びましょうか!
ナタリア「にしてもルリ、泳ぐの上手ですね」
ルリ「水の抵抗が無い体で悪かったわね!」
ナタリア「被害妄想が過ぎる……」
エイミー「途中から記憶が無い……」




