第百六十一話 Orphan Dolls⑥
プロチオーネが放つ風刃の只中を突っ切る。
結界で威力減衰した風刃は初級程度の威力しかなく、リミッター開放により本来の強度に近付いた俺の装甲には傷一つ付かない。
風刃の嵐を抜け、残光を描く渾身のストレートで殴り飛ばす。
そこに襲い掛かろうとした両腕を掴んで止めると、赤熱の腕と青い魔力籠手がジリジリと焼ける音を立てる。だがこの程度の熱など今の俺には効かないので、気に留めず手に力を籠めると腕は軋む間も無くへし折れた。
よろけて後退るプロチオーネに手刀を振り下ろすと、脳天から股下へと真っ二つに裂け、中心の魔導核が爆発した。
まず一体目。
左右に分かれ挟撃を狙う人形達だったが、位置を取られるより先に片割れに向かい、迎撃されるより先に蹴り飛ばす。
地面に転がったそいつの足を掴み、もう一体に真上から振り下ろす。
装甲と装甲がぶつかり合う音が響く。同じ材質なら強度も同じで、それがぶつかり合えば双方に同じだけの衝撃を受ける。
倒れ、立ち上がろうとしてもそれを許さず。
敵ではなく手持ちの道具として真上から振り下ろす。
二度、三度、四度、五度、六度目を前に、両方が原形を留めなくなった。
二体目、三体目。
?
この感覚は前にもあった。プラムを助けに商会に忍び込んだ時、アロルドが逃亡の為の魔法を起動した時、あの感覚。
転移魔法か!
アロルドは―
「!」
戦闘を続けようとする身体の制御を抑えてアロルドの姿を探そうとしたところで、俺の頭が外れて神経糸に繋がったまま地面に転がり、頭があった場所を赤い腕が薙いだ。
なんて事は無い。背後から頭を狙った攻撃を首の接続を外して躱しただけだ。
即座に神経糸を巻き戻して首を据え、上半身のみ旋回し、プロチオーネの頭を掴んで上半身を戻す勢いで地面に叩き付ける。
それだけでは破壊出来ないので、背中を踏み抜きながら首を引き千切ると、のたうつ様に足掻いた後、煙を上げて停止した。
四体目。
《術式改良完了。収納空間使用可能》
魔法封じ結界内でも消費魔力量を増やせば使用可能になった収納空間からブラックホークを取り出し、最後の一体に向けて引き金を引く。銃弾は直撃と同時に爆発し、衝撃と煙を巻き起こした。
煙を裂いて正面に躍り出ると、魔力籠手の一撃で胸の装甲を穿ち、拉げた傷口に銃口を向ける。
至近距離から撃ち込んだ炸裂弾により、プロチオーネは青白い閃光と共に爆発四散した。
五体目。
撃破完了。
後はアロルドを――何処だ?
《残存敵勢力を確認》
待て。
《殲滅します》
そんなのに構ってる場合じゃない。
だが俺の意思に反して、身体は怯えて震えながら頼り無いナイフを向ける男女へと足を進める。
待て!
一度放棄した身体の制御を取り戻そうと、全身に力を籠める。
やめろ!
相反する命令が反発し合い、軋みを上げながらも動きが鈍る。
もう、止まれ!
軋む腕を胸に伸ばし、震える指で魔導核メンテナンスハッチに手を掛け、無理矢理こじ開ける。開け放たれたハッチから、中に詰まっていた蒼い魔力粉と魔力装甲が煌めきながら空気に溶けて消えた。
同時に全身から力が抜け、俺の意識に制御が戻った。
魔力を消費し過ぎたせいか妙な倦怠感に包まれるが、どうにかまだ動ける。
「ナタリア!」
唐突に響く声と同時に身体が抱き寄せられる。見上げた先にあったのは、今まで何度も見た顔だった。
「オリビア……」
「うん、助けに来た…!」
確かにアカネには呼んでくるように言ったが、こんな風に登場するなんて思わなかった。
凄く格好いいじゃないか、俺のご主人様は。
けれどその背後に揺れる影が見えた。ボロボロに歪み、捻じ曲がった装甲の、俺がさっきぶつけ合わせて倒したと思ったプロチオーネが立ち上がり、オリビアの背後から襲い掛かろうとしていた。
「お――」
「邪魔よ」
オリビアの裏拳と共に雷光が炸裂し、残骸同然だったプロチオーネはバラバラに砕けて、今度こそ完全に残骸となった。
「事情は判らないけど、襲って来たって事は敵で良いのよね。あの人達は?」
「敵です。しかし訊きたい事がありますので」
オリビアに支えられながら、怯える男女の前に立つ。
「……お前達、アロルドは何処だ?」
「正直に答えた方が良いわよ。私もこの子達も凄く怒ってるから」
「グルル」
「!!」
オリビアだけでなく、クラリッサもアカネも怒りを露わにしている。
「ひっ……あっ、あっちに……」
男が震える手で指差した先にあるのは一枚の扉。
さっきもあった魔法の発動を感じる。
「拙い! 急がないと!」
「クラ!」
「わう!」
オリビアの指示でクラリッサが扉をぶち破り部屋に飛び込むが、その一瞬で転移魔法の口が閉じるのが見えた。僅かに、あと一歩遅かった。
「逃げられた……クソっ!」
その後、警備隊に通報して残された二人―名前はレメドとフラスタと言うらしい―を引き渡し、簡単な事情聴取を受けた。本来なら俺が説明するところなのだが、そこはやはりただの従魔として扱われ、聴取はオリビアに対して行われた。
オリビアにはあらかじめ事の顛末を説明しておいたが、警備隊には偶然怪しい取引現場を見てしまい口封じに襲われたので反撃しただけと言ったらしい。
曰く「プラムちゃんの時に後の対処を任されたクリスがそれから何も言ってないんだったら、ナタリアは関わらない方が良いって事だと思うわ」との事。
一応程度にオリビアの冒険者資格の確認を取られ、今回の件は口外しないよう言い含められた後、意外にも早く解放された。
そして本来の予定通り工場街を発ち、バメルへの帰路に着いたのだが、俺は御者台に座らせてもらえなかった。
「あの、お嬢様、今回はそれほど消耗したわけではないのですが」
「ダメ。そう言っていつも無茶してるんだから」
馬車の小窓から御者台のオリビアに声を掛けるが、あっさりと却下された。
実際、今回は意識を保っていたし魔力を使い果たしてもいない。戦闘直後は気怠さがあったが、落ち着いてきた今ではそれも無い。リミッターが外れたからか、魔力の回復も早かったし、むしろ以前より快調なくらいだ。
「アカネ、ナタリアが動かない様に見張っててね」
「!」
オリビアからの命令に、アカネは声を発せずとも前脚で敬礼して応え、俺に座席に座るよう指示する。
やれやれと肩を竦めながら従うが、俺を気遣っての事なので悪い気はしない。
席に着き、今回の件を振り返る。
魔導人形の機能に身体の制御を明け渡している間、今までより意識がはっきりしていたし、苦労したが自分の意思で制御を取り戻せた。しかも収納空間の術式と魔力籠手の改良までしてくれるなんて。
収納空間の改良術式は燃費の悪化と引き換えに大量の魔力に耐えられるようになったので、結果的に魔法封じの結界内でも強引にだが使えるようになった。増えた消費魔力も俺の全体量から見れば微々たるものだ。
魔力籠手は自分で作った時は拳の表面を物質化した一枚の魔力で覆っていたが、これはだと手を開く事が出来ず、動きの妨げになっていた。だが改良型は複数の魔力板を連結させる事で、実物の籠手同様の柔軟性とそれ以上の強度を得るに至り、しかもその応用で簡易装甲まで作っていた。これは今後もいろいろな使い方が出来そうだ。
しかし腑に落ちない事がある。
あの時俺が感じた“痛み”だ。
魔導人形の俺に痛覚なんて無い。なのにこの身体が痛みを感じるなんて有り得ない。
リミッターが外れたせいで感覚が敏感になっていた?
いや、オフィーリアの遺した俺の設計図に痛覚に関する機構の記述は無かった筈だ。
ならばあれは一体何だったのか。
考えても解らない。
取り敢えず確かなのは、アロルドは次に見かけたら絶対殺すという事だ。
「うーん、ナタリアには休んでもらいたいし、昼食は私が作ろうかしら?」
御者台から聞こえた不穏な台詞は、俺の聞き間違いか気のせいだと信じたい。
Twitterではちょくちょく言ってますが、ナタリアにとって一番の敵は自分自身です。
オリビアとの関係も今回の件も自分の考え方次第だったり自分で蒔いた種だったり。




