第十五話 私はご主人様のもの
行きかう人々は決して多くないが、これだけの数の人間を見たのはこの世界に来て初めてだ。
その中にエルフや獣人がいて、俺の冒険心を刺激する。
あの剣を差した獣人と杖を持ったエルフは冒険者だろうか。
「ナタリア、気になるのは解るけど、はぐれないように気を付けなさい」
「はい、ご主人様」
俺達は森を出て一番近い町である『バメル』に来ている。
バーヘン樹海に近いために周囲は高い壁に囲まれているが、そこを潜ればファンタジー感溢れる町並みが広がっていた。
今日来たのは、俺をオフィーリアの管理下にある魔物として冒険者ギルドに登録するためだ。
人間の管理下として公的機関に登録された魔物を従魔と言う。従魔は管理者の所有物として扱われ、一定の権利が保障される。勿論管理者に従順であり、むやみに他者に危害を加えなければの話だが。
「ここが冒険者ギルドのバメル支部よ」
オフィーリアが足を止めたのは、三階建ての大きな建物だった。
後に続いて中に入ると、無数の視線がこっちに向けられた。
何だ、お前ら。メイドが珍しいのか?
珍しいんだろうなぁ。
「あれって『漆黒の魔女』じゃないか?」
「ここ最近来てなかったよな?」
「一緒にいるのは誰だ? すっげぇ可愛いんだけど」
周囲の視線がつらい。だがオフィーリアは全く気にせず受付窓口に進み、受付嬢と話し始めた。顔見知りなんだろう、かなり親しげだ。
俺も自身の事なので話を聞いておこうと思ったが、ギルドの規約や専門用語が出てきて、何が何やらさっぱりだった。
理解出来ない話を聞き続けるのもつらいので周りを見渡してみると、すぐ近くの壁に依頼の掲示板を見付けた。
この距離なら大丈夫だろう。
俺は窓口から離れて、掲示板を見る事にした。
何枚も張られた張り紙には討伐や採取など、色々な依頼が書かれていた。
この依頼の薬草は家の庭に生えてるヤツだ。
こっちはクランプボアの骨の採取か。ほぼ討伐前提だな。
夢中になって見ていると、隣にいた人と肩がぶつかってしまった。
年はオリビアと同じくらいか。傷だらけの薄鋼装備一式を纏った、素朴な感じの小柄な女の子だ。
「すみません」
「いえ、こちらこそ不注意でした」
半ば反射的に頭を下げると、女の子も返してくれた。
「あの、貴女は冒険者なんですか?」
女の子は俺の姿を見ながら、おずおずと尋ねてきた。無理も無いわな。革鎧を装備しているとはいえ、その下はメイド服だし。
「いえ、私はご主人様について来ているだけですので。そう言う貴女は駆け出しでしょうか?」
「はい、よく解りましたね」
彼女の鎧はかなりの使い古したようだが、それに反して彼女自身の雰囲気が素人らしく、入学式直後の新入生を髣髴させる。おそらく装備は中古品だろう。
流石にそれを口に出すのは失礼なので、鎧のサイズが彼女の体格と明らかに合っていない事を指摘する。
「その通りです。これ、うちの店の売れ残りなんですよ。本当は新しいのが欲しかったんですけど、お金無くて」
そう言って女の子は苦笑する。
「あ、申し遅れました。私、ミールって言います」
「ナタリアです」
俺達は互いに名乗り合い、再び依頼に目を戻した。
「色んな依頼があって、眺めているだけでも面白いですよね」
「そうですね」
冷淡な返答になってしまったが、彼女の言う事には共感出来る。並ぶ依頼の内容を想像するだけでも楽しいのだ。
「あ、この依頼、ちょうど良いかも」
ミールが手に取ったのは、シャーマンエイプのトサカの採取だった。
俺の脳裏につい先日の光景が過ぎる。
依頼は自己責任なので、彼女がどうなろうが俺には関係の無い話だ。
そもそも俺は他人に忠告出来るほど経験があるわけじゃない。
だけどまぁ。
「ミールさんは攻撃魔法が使えますか?使えないなら止めておいた方がいいですよ」
こんな初々しい娘が危険に飛び込むのを見過ごすのも忍びない。
「えーと、ナタリアさんはこのシャーマンエイプと戦った事があるんですか?」
「はい、かなり苦労しました。シャーマンエイプそのものは問題無いと思うのですが」
「おい、お嬢ちゃん達、なんなら俺とパーティー組まないか?」
死霊魔法について説明しようとすると、突然男が割って入ってきた。
いかにも軽薄そうな男だ。
「見たところ二人とも駆け出しだろ?だったら先輩に頼るといい。クラン『羽ばたく飛竜』所属のDランク冒険者、ダニー様によぉ」
言ってる事はあながち間違ってないとは思うが、こいつは信用する気にならない。
初対面で馴れ馴れしい態度が鬱陶しい。
「貴方はシャーマンエイプと戦った事はあるのですか?」
「そのシャーマンエイプって言うのは知らねぇが、要は猿の魔物だろう?たかが猿ごとき、俺様の敵じゃねぇぜ」
このダニーとか言う男、シャーマンエイプが死霊魔法を使ってくるのも知らないのか。
「前にいたところの魔物じゃ物足りなくてな、『魔獣の森』こそ俺に相応しいってんで来てやったんだ。お前ら運がいいぞ。伝説の始まりに立ち会えるんだからな」
訊いても無いのに自分語り始めやがった。しかも俺達が組む前提かよ。
しかしこいつ、俺達と話す気は無いらしい。
さっきからずっと俺の胸に話しかけてるんだから。
オフィーリアが拘って作った俺の肢体は、そこいらの女よりずっと可愛くて魅力的だ。胸も豊かだが下品にならず、綺麗な形をしているのが服の上からでもわかる。見たくなる気持ちはわからんでもない。
だが自分が野郎のこういった視線を向けられるのは気持ち悪い。俺も前世で女性をこんな風に見てたんだろうか。少し不安になってきた。
閑話休題。
魔物の俺がギルド内で問題を起こしたらまずいだろうから穏便に済ませたいんだが、どうしたものか。
ミールも困ってるのか、俺とダニーの顔色を窺ってるし。
「そうと決まれば早い方がいいな。早速行こうぜ」
ダニーが俺の手を取ろうとした。
「ナタリア」
ちょうどそのとき、背後からフィーリアが俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺はダニーの手を払い除けながら振り返った。
「これが貴女の登録証ね。無くしちゃ駄目よ」
「ありがとうございます、ご主人様」
オフィーリアは赤い宝石のブローチを俺の胸元のタイの結び目に留めてくれた。
あ、なんかこれ新妻がネクタイ締めてくれてるみたい。経験無いけど。
「ほう、メイドが美人なら主人も美人じゃねぇか」
あ゛、てめぇ俺のご主人様をいやらしい目で見てんじゃねぇよ。
俺だっていつも我慢してんだぞ。
「あら、ナタリア、もうお友達が出来たの?」
違います、何でそんな解釈が出来るんですか。
「こいつら初心者みたいだから、先輩として色々教えてやろうと思ってな」
勝手に話進めやがって。いい加減我慢の限界だった。
「そんな事は誰も頼んでません。私にはご主人様がいて下さるだけで充分です」
「は?」
「え?」
「ん?」
俺、なんかおかしい事言った?
何でミールは顔真っ赤にして頬押さえてるの?
「え、えーと、そうね、じゃあ貴方が必要無いって証明しましょうか」
「はぁ? どうやって?」
オフィーリアの顔も心なしか赤い気がするが、まあいいか。
ダニーは呆れたように腕を組むが、次の瞬間オフィーリアはとんでもない事を言い出した。
「簡単よ。貴方とナタリアで戦ってみればいいのよ。貴方が勝てばナタリアとパーティーを組む事を許すわ。ナタリアが勝てばこの話は無かった事で」
「はは、おもしれぇ。だったらついでにアンタもパーティーに加わらねぇか?」
「いいわ。じゃあその条件でやりましょう」
話は纏まったとばかりに歩き出すオフィーリアとダニーに、俺は慌てて後を追う。
「あの、ご主人様、本気ですか?」
「ええ。貴女に対人戦闘の経験も積ませたかったしちょうど良いわ」
「そんな……」
一度パーティーを組むだけと言っても、あの男がそれだけで済むとも思えない。と言うか依頼中にあの視線を向け続けられるだけでも苦痛だ。しかもそれにオフィーリアを巻き込んでしまったとあっては、俺はメイド失格だ。
「大丈夫よ、貴女だって今日まで自分を鍛えてきたでしょ。今の貴女に出来る事で最善を尽くせば勝てるわよ。怪我しても直してあげるから、思いっきりやってきなさい」
何とか撤回させたかったが、オフィーリアにそのつもりは無いらしい。しかも俺が勝つと確信してるみたいだし。
これ以上言っても仕方ないか。
俺は諦めて戦う事にした。
と、そこで俺の後ろにミールがついて来ている事に気付いた。
「ミールさん、ここからは私達の問題ですので、貴女は来なくていいのですよ。あの男の意識がこっちに向いている内に離れた方が」
「いえ、元はと言えば私が目を付けた依頼が発端ですから、ここで逃げるわけにはいきません。もしナタリアさん達があの男とパーティーを組む事になったら、そのときは私も加わります。頼り無いかもしれませんが」
そう言って小さく拳を握り締めるミール。
負けられない理由が増えてしまった。




