第百五十八話 Orphan Dolls③
マティアスはイングラウロ魔法学校を卒業後、サペリオン王国軍魔導騎士隊に入隊した。
新人は数カ月の研修後に各軍団に配属されるのだが、彼がそれを中断してまで王都警備隊に出向する事になったのは、この事件の調査対象がプラティボロス商会だからだ。
プラティボロス商会は魔法学校に在籍していた頃、彼の幼馴染であるクリスティナと関りがあった。
商会は彼女が魔導人形用に購入した魔導核に違法な術式を組み込み、完成した魔導人形プラムを遠隔誘導し、実質盗み取った。プラムはクリスティナやナタリア達によって取り戻せたが、事件後の調査で商会は多数の違法行為を行っているだけでなく、サペリオン王国でも研究途上の転移魔法と広いネットワークを持ち、サペリオン王国の敵対国家群である聖国連合へと利益を流している事が判明した。
このクリスティナからの報告は彼女の父を経由し、マティアスの父へと上げられた。
プラティボロス商会の行いは明らかな国家反逆行為であり、大々的に捜査し、証拠を掴めば即座に取り潰しとなる筈だった。本来であれば。
しかし先の事件で大きな問題が起きていた。
転移魔法で逃亡を図った商会職員を追撃しようとしたナタリアの片腕が、転移が閉じる時に切断されてしまったのだ。消失した腕は後に復元されたが、問題は腕が敵の手に渡ってしまったという事だ。
ナタリアは世界最高の魔導士として名高いオフィーリア・エトー・ガーデランドの遺作にして最高傑作。たとえ片腕だけでも、技術的価値は計り知れない。その廉価版であるプラムですら国内でも最高水準だというのに、片腕だけとはいえ、そのオリジナルが奪われたのだ。
どれだけ敵を利する事になるのか、想像もつかない。
また質の悪い事に、ナタリアがその事実に気付いていないのだ。
これがマティアスにとって堪らなく不満だった。
幼い頃より兄妹の様に育ったクリスティナがプラムからの技術漏洩を防ごうと必死だったのに、他ならぬナタリアがそれをしてしまい、しかも本人に自覚が無い。
クリスティナが錬金術や魔道具に興味を持ったのはナタリアに褒められたのが切っ掛けであり、それが無ければ才能を開花させる事も無かったかもしれないし、プラムを破壊せずに取り戻しせたのはナタリアのお陰だ。
だから失態を犯したナタリアを責められなかったのだろう。どころかその事でナタリアに咎が及ばない様に、腕の情報は身内だけに留めるよう懇願していた。今回マティアスが出向させられたのも、その辺りを隠蔽する為である。
尻拭いさせられるのは構わない。
貴族の血を引いて生まれた身。これも高貴なる者の義務と思えば気にはならない。
だが大事な妹分が努力を無にされ、それを口にも出せず抱え込まされているのは我慢ならなかった。それが自分の一方通行だったとはいえ、かつての恋敵によるものなのが余計にマティアスを苛立たせた。
とはいえそれをナタリアに明かしてしまえば、それこそクリスティナの想いを踏み躙ってしまうのでそれは出来ない。
なのでマティアスは不服ながらも、こうして仕事に励むのだった。
「王都警備隊だ! 全員動くな!」
扉を蹴破り警備隊員達が室内に雪崩れ込む。
「ちっ、このっ!」
剣を抜いた男が隊員に斬り掛かろうとするが、それより先に隊員が斬り伏せる。
迸る血飛沫に戦意喪失した者が両手を上げて降伏の意を示した。
だがその奥で一人の諦めの悪い男が大きな木箱の蓋を開ける。
解き放たれた木箱から更に一人、いや、一体の魔導人形が飛び出す。
「フリージングロック」
宙を踊った魔導人形が精巧な腕を伸ばして襲い掛かろうとするが、寸前に割って入ったマティアスの魔法が一瞬で凍て付かせる。更に氷を纏った爪で刺し貫き、内部から氷を侵食させて粉砕する。
砂の様に粉々に砕けた人形の破片が煌めきながら舞い散る。
「もう一度言うぞ。動くな」
マティアスは敢えて口にしながら、しかしその実、室内に居る敵の足元を凍らせて身動きを封じていた。
拘束された男達が警備隊に連行されていく。
「申し訳ありません、重要な証拠品を破壊してしまいました」
「あの状況なら仕方がない。むしろ良く反応してくれた」
マティアスの言葉に嘘は無い。ただそれを先述の理由で意図してやったという事を言っていないだけだ。それが心底申し訳無く、またそれを褒められたのが猶更彼の良心を咎めた。
(ナタリア先生、これは貸しですからね、いつか返していただきますよ……)
「でもマティアス、魔法学校の卒業なのに接近戦も出来るんだな」
「えぇ、まぁ、遠くから魔法を撃つだけだと容赦なく殴り飛ばしてくるクラスメイトが居たので、私のクラスは全員何かしら接近戦への対策を講じていましたよ」
対策していても殴り飛ばされましたが、とは言えなかった。
「そいつ本当にイングラウロ魔法学校の生徒?」
そいつが学校内最強でしたがね、とマティアスは心中で嘆息する。
「さて、お喋りは終わりだ。この拠点も制圧したし、次へ向かおう」
こうしてプラティボロス商会の拠点は順調に駆逐されていった。
王都警備隊の捜査は確かに的確で迅速で、凡その商会や犯罪組織であるならば壊滅せしめたであろう。だが相手は国を跨いで暗躍するプラティボロス商会。情報網と行動の迅速さは警備隊の予想を上回っていた。
王都内の拠点は失ったが、それでも最重要機密の漏洩は防ぎ基幹を担う職員の脱出は済ませ、切り捨てても構わない人員と物資を囮として残していた。尤も、当人達は自分達が囮だとは知らないだろうが。
彼らは商会への忠誠心の薄い連中だ。故に残された。だが薄い故に、自分達が切り捨てられたと気付いた者達は躊躇無く逃げ出した。
その多くは警備隊によって捕らえられたが、流石の警備隊とて完璧ではなかった。運悪く馬車の一台が警備をすり抜けるのも有り得なくは無い。
と言うより、外敵や間者の侵入より流通による利便性や経済を重視した王都では検問を設けても脇道が多く、どうしても全てを取り押さえるなど不可能だった。
幌馬車の荷台には、近い内に王都から運び出す予定だった魔導人形が積まれている。
実に信じ難い話だが、一昨日の夜にその内の一体が突如暴走し、回収しようと王都中を駆け回っていた為に警備隊の捜査を免れ、魔導人形を回収した直後に勤め先の事態に気付き、慌てて逃げ出したら警備をすり抜ける事が出来た、という冗談の様な偶然が起こったのだから、事実は小説より奇なりである。
「運が良いやら悪いやら」
「いや、悪いでしょ。デカい商会で雇ってもらえたと思ったら、職場が裏で国に逆らってたなんて。お陰でアタシ達も国賊、捕まれば処刑確定、故郷にも帰れりゃしない」
王都から伸びる街道の一つを行く幌馬車の御者台で、レメドとフラスタという名の男女が揃って深い溜息を吐く。
「とにかく予定通りに荷をアロルド支部長に引き渡して、その時に多少でも金を貰えないか交渉してみるか。逃げるにしても金が無いとどうにもならないし」
ちなみに今積んである魔導人形を売り払うという選択肢は、自分達の足が着く可能性があるので不可能だった
「転移門が使えたら良かったんだけどなぁ」
「あれは大勢の術者か大掛かりな魔法陣を両側に用意してないと使えないんだから無理よ。転移魔法を開発した人ならまだしも」
「ああ、王都の店に魔法陣を設置する時に来てくれたイツキさんとかな。あれからもサペリオンに、って何だあれ? 狼!?」
悠々と自分達の馬車を追い抜いていく別の大型馬車。派手さは無いが質実剛健な造りをしており、御者台ではメイドが手綱を握っている。おそらくどこかの貴族か金持ちの物だろう。だが何より目を引くのは、馬よりもずっと大きな一頭の金狼に牽かせている所だろう。
「はぁ、あんなのもあるんだねぇ」
その馬車―狼車と言うべきか―は、王都周辺に点在する工場街の一つへと向かっている。奇しくもレメド達と同じ方向だった。




