第百五十四話 Moonlit Party③
「オフィーリアの娘じゃとは聞いておる。じゃが、それがどうした。儂はあやつとは二度縁を切った。一度は宮廷魔導士の道を蹴って冒険者になると言い出した時。二度目はどこの馬の骨とも知れん男と結婚すると連れてきた時」
駄目だ。
「たかが冒険者、潰そうと思えばいつでも潰せたのを、せめてもの情けで見逃してきた。それなのに揃いも揃って早死にしおって。」
やめてくれ。
「挙句の果てに今更孫じゃと? どの面下げてそんな事をぬかす。甘ったれるな」
俺が殴り掛かりたい衝動を抑える事が出来たのは、いつの間にかオリビアが俺の手を強く握ってくれていたからだった。
「そう、ですか」
オリビアがゆっくりと、噛み締める様に応える。
「二度とその面を見せるな。もし現れたら、貴様だけでなく貴様に関わりのあるもの全てを完全に叩き潰してやる」
先代侯爵の眼光と気迫は老齢を感じさせず、さっきまで激情を滾らせていた俺も嘲笑を浮かべていた周囲も纏めて射竦められた。
既に隠居した身でそのような強権を振るえるのかなど疑問を差し挟ませない、この人は本当にやると確信させられた。
「承知しました。私達はこれで失礼します」
小さく一礼したオリビアに手を引かれるまま、半ば呆然としながら会場を後にする。
それから部屋に戻り手早く荷物を纏めて、戸惑うクラリッサとアカネへの説明もそこそこに屋敷を飛び出した。
オリビア達が出て行った後の会場は、パーティーを続行する雰囲気とはとても言えず、予定を大幅に繰り上げてお開きとなった。
口さがない来場者達は帰り際に嫌味をたっぷりと残していき、ガーデランド家にとってパーティーは大失敗と――ならなかった。
「お疲れ様です、父上」
自室で窓の外を眺める先代を、妻を伴ったオーティスが労いの言葉を掛ける。
「ふん、あの程度で疲れてなどおらんわい。儂よりオズワルドじゃ。せっかくの進級祝いを利用されて、可哀想に」
「あの子も納得しての事です。それに埋め合わせは後でしますよ」
「旦那様も義父様も酷いですわ。オリビアちゃん、あんなにいい子なのに」
二人に対して憤慨するのはローレインである。彼女は直前まで今回の計画に反対しており、一度は了承したものの、オリビア自身と会ってからはその決意が揺らいでいた。両親を亡くしながらもまっすぐに生きる姪を愛おしいと、本人が望むのなら、貴族籍もオズワルドと婚約させてもいいとさえ思った。
「そうだね、本当にいい子だ。だからこそ、貴族の世界に引き込んじゃいけない」
「それは…そうですが…」
魔法学校に通っている間はパイムネモ家令嬢が勧誘していたので他家は遠慮していたし、それを断った事で敬遠されていた。だが卒業したこれからは冒険者としての彼女を取り込み、利用しようとする貴族も出てくるだろう。
貴族としての柵を嫌って出奔し、実力で名を上げたオフィーリア。彼女に憧れその背を追うオリビアにとって、貴族との繋がりなど枷にしかならない。
そうさせない為に、オーティスが一計を案じたのだ。
「今回の件でオリビアを取り込めばガーデランド家を敵に回すと理解しただろう。これであの子は何物にも縛られない」
同派閥への根回しは既に終わっている。
そして敵対派閥や中立派に釘を刺すのが、今回の真の目的だった。未だに大きな影響力を持つ先代に対し、自ら進んで逆鱗に触れに行こうとはしないだろう。
「それでも、やっぱり心配ですわ」
「大丈夫さ。あの子には命を懸けて守ってくれる人がいる。互いに命を懸け合える、あの子にとっても大事な存在さ」
オーティスの言に、ローレインも不承不承ながら頷く。大空を羽搏こうとする者を鳥籠に押し込めるようとするなど、他者のエゴでしかないのだ。
「ふん」
先代侯爵が視線を向ける窓の外には、深い夜の闇が広がっている。
オフィーリアの黒髪は闇夜に例えられる事が多く、その娘のオリビアも母親譲りの美しい黒髪だった。髪質は多少父親似だが。
『ありがとうございました』
会場から去ろうとするオリビアがすれ違った時、先代にだけ聞こえるような小さな声で、しかし確かにそう言ったのだった。
その一言だけで、オリビアが真意に気付いているのだと察した。
勉学は苦手で直情的な性格だと聞いていたが、意外と聡いのだと、先代は内心で舌を巻いた。
「早死にまで真似るでないぞ」
背後の息子夫婦に聞こえないよう、闇夜に向かって先代は独り言ちる。無論、それは誰にも届かない。届かなくて良い。年寄りの勝手な心配など、若者には気付かれないくらいで丁度良いのだ。
パーティーを終えた帰りの馬車の中で、ノックス・テグ・レフトニアは会場の光景を思い出す。
人間と見紛うばかりの精巧な魔導人形には見事と言う他無い。創造主があのオフィーリアでなければ諸手を挙げて喝采しただろう。
ノックスとオフィーリアは彼女がまだ学生だった頃に社交界で面識を持ち、若いながら高い技術と革新的な視野を持つ彼女にノックスは一目も二目も置いていた。
ただ彼女が完全自律型の創造に許容的な点においては、否定派であるノックスには受け入れ難かった。
完全自律型魔導人形の創造とは、人類と同等の思考を持つ存在を人為的に生み出す所業である。だが生み出されたそれらは人類とは認められない。
身体の造りが生物のそれではないのは当然として、設定された主人の命令には絶対服従の生きた傀儡なのだ。仮に人形を人類と同等に扱ってしまえば、自分に賛同する者を幾らでも作り出せる事になってしまう。自分の意のままに多数派を生み出す、その為だけに生命を生み出すなど、考えただけでも悍ましい。
そして道具は意思を持たず主人に操られるからこそ、その在り方に疑問は生じない。だがその道具が今の自分とは違う在り方を望んだらどうなる。
例えば今乗っている馬車が、座っている椅子が、手にしているペンが、住んでいる家が自我を持ち、本来の用途とは違う在り方を望んで好き勝手に動き出したら、社会は成り立たなくなる。
人類扱いするのは人類を模した物に限定すればいいというものでもない。
世界に存在する人類は二種類に大別される。
神話の時代、光の女神ブランセスによって生み出されたとされる人間、エルフ、ドワーフが人類とされるのは世界共通だ。だが闇の女神に生み出された獣人、魔物から派生した鬼人、命の理に背いたアンデッドについては地域差がある。ブラン教を信仰する聖国連合などは断固として彼らを人類と認めないだろう。
現サペリオン王国領も、かつては種族間の対立が根強かった。
しかし初代サペリオン王により幾多の種族が国家として統一されたが、それで万民が平等に扱われるようになるほど、人の心とは単純なものではなかった。
統治にあたって種族の有力者が貴族の位を与えられ、同族間でも身分差が生まれた。
またそれまで人類として扱われなかった者達にとって、自分達が人類である事は何物にも代えがたいステータスになったが、それは翻って人類に近い姿形をした人類ではない者への差別意識となった。される側だった者が違う基準によりする側へと変わったのだ。
此度のパーティーで来場者が魔導人形に見せたように、獣人を獣扱いしてはならぬように、人間を猿獣人呼ばわりしてはならぬように、似て非なる者との隔たりは深く高い。
そんな中で魔導人形の権利を叫んだところで、変人の戯言でしかない。
新しい種族を受け入れるほどのキャパシティを、今の人類は持ち合わせていないのだ。
故に自我を持ったその個にとって理不尽であったとしても、たとえ無慈悲であっても、道具は道具であるべきなのだと、ノックスは考える。
「ヒヒーーィン!」
突如、馬の嘶きが響くと共に馬車が軌道を逸れ急停止する。つんのめりそうになったノックスはかろうじて身を打つ事を避けたが、初老の身に今の衝撃は少々堪えた。
「なんじゃ?」
「申し訳ありません、ノックス様。人が飛び出してきたもので」
急停止の原因を確認しようと馬車から降りたノックスに、御者は深く頭を下げながら弁明する。
「人じゃと!?」
まさか撥ねたのか?
そう思って馬車の前方を見ると、キャリッジに吊るしたランプの明かりの先で倒れ込んだ人影が蠢いた。
「大丈夫か? 怪我は―!」
駆け寄ろうとして、ノックスは足を止める。彼の嗅覚が木材と金属の臭いを、聴覚が魔導核の駆動音を、目の前の存在から感じ取ったのだ。
ぎこちなく起き上がったそれは人工の人型。
「こやつ、魔導人形かっ!」
人間なら誰しもが持つ身体上の個性を極限まで削り落としたかのような、のっぺりとした体躯。しかしその全体の印象に反して、何故か手だけは五指とその関節に至るまで、精巧に作られていた。
頭部に仕込まれた4つの光感知器が怪しく光ると同時、魔導人形はノックスへと襲い掛かる。
「ふんっ!」
ノックスの両手から幾筋もの銀閃が走り、キャリッジの天井を破って飛び出したローブ姿の巨躯が立ち塞がる。ノックスの魔導人形ユディスは指の一本に至るまでを鋼糸で操作される、彼の信条通りの思考・学習機能を一切持たない完全他律型だ。
飛び掛かる魔導人形の腕をユディスが掴み、上空へと放り投げる。ユディスが両腕を大きく開くと、胸部に内蔵された魔道具から丸太の様に太い魔力の槍が伸びる。
宙を舞う魔導人形は身を捻り、貫かんと迫る槍を躱し、その表面に爪を立てて落下する。爪と槍に火花と悲鳴を上げさせながら滑り降り、再度ユディスへと手を伸ばす。
足場に利用された魔力の槍を、ノックスは即座に霧散させる。魔導人形の身体が大きく傾き、しかしその指先はユディスの頭部を鷲掴みにした。
だがノックスは慌てる事無く、鋼糸を繰り次の一手を打つ。
ユディスの頭部を正面に向けたまま、首から下、腰から上の上半身の身が独楽の様に回転させ、横殴りの手刀を連続で叩き込んだ。
指がユディスの頭部を離れ、殴り飛ばされた魔導人形は石畳の上を転がる。
魔導人形は十指を地面に突き立てて勢いを殺し、四つ足の獣の様に姿勢を起こす。
そして光感知器を点滅させると高く飛び上がり、用は済んだとばかりに闇夜に姿を消した。
ノックスは後を追おうなどとは思わなかった。
あの人形の正体や目的が何であれ、自慢の魔導人形ユディスの攻撃を受けて損傷した様子は無かった。ちらりと見やると、ユディスの頭部には先程掴まれた時の痕が深々と残っていた。反撃があと少し遅かったら、そのまま握り潰されていたかもしれない。
そんな相手をこの闇の中で追跡しようとするほど、ノックスは勇敢でも迂闊でもなかった。
そして何より、あの魔導人形は人形伯と称されるノックスをして、不可解な存在だった。
「解せん。手の精巧さに反して他が普通過ぎる。いや、腕だけが異常に精巧と言うべきか」
まるで名工の傑作から腕だけを無名の凡作へと移植した様なチグハグさ。
だが、あれこれ推測しても詮無き事。ノックスは既に捨て置くと判断を下したのだ。記憶に留めるも首は突っ込まず、もし再びその影がちらつくならばその時に対処すると決め、帰路へと戻ったのだった。
この国が悪いとかいうのではなく、どこでもそんなもん。
2020.12.31追記
唐突ですが、最新話を書いていたパソコンが数日使用不能になりました(この投稿はタブレットで行っています)。
ですので中旬の更新に2話投稿しようと思います。
楽しみにしていてくれた皆様のご期待に添えず申し訳ありません。
拙作ではありますが今後もお付き合いいただければ幸いです。
では皆様、良いお年を。




