第十三話 Let's 実戦訓練
初めて家の外の森の魔物と戦います。
家の外の森は『バーヘン樹海』という名で、FからAまで幅広いランクの魔物が生息している。
今日はいよいよ塀の外、バーヘン樹海で実戦訓練だ。
俺は革のグローブとブーツ、胸当てをメイド服の上から装着している。わざわざメイド服の上から着用させられているのは、オフィーリア曰く『その方が可愛いから』だそうな。前世の俺なら大いに共感していたが、実際に自分がこの動きにくい格好で森を歩くとなると困ったものだ。俺に拒否権なんて無いんだけどな。
オフィーリアはいつもの服装の上から黒いマントを羽織り、以前にも見た杖を持っている。森を歩くには厳しい服装だが、大丈夫だろうか。
「さて、行きましょうか」
オフィーリアが杖に腰掛けると、杖は重力に逆らって宙に浮いた。
俺の心配は杞憂だったらしい。そもそも上位冒険者のオフィーリアを、この世界をよく知らない俺が心配するのがおこがましいのだ。
「私は手を出さないから、貴女の好きに戦ってみなさい」
「わかりました」
既に一度出ているせいか、門を越えるのに特に感慨は湧かなかった。
だが外を歩いていくごとに、自分が冒険しているのだと思えてきた。
前回オリビアを探しに出たときは運良く魔物と遭遇しなかったが、魔物との戦闘が目的の今日はそうは行かないだろう。
危険な魔物がうようよいる、死と隣り合わせの危険地帯。
おらワクワクしてきたぞ。
いや、割と冗談抜きでね。
だってファンタジー世界での冒険だよ?
楽しみじゃないわけ無いじゃん。
銃もあるし頼もしい主人までいる。
モンスターがなんぼのもんじゃい。
「グルル」
なんだ、ただのでっかい狼か。
「グアォ」
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ」
俺は全力で走った。
そこら中に木が茂って地面は落ち葉や木の根で走りづらいはずなのに、俺の体はそれらをものともせずに走ってくれる。
すげぇ、流石はオフィーリアの最高傑作!
「グァ」
まぁ、狼を撒けるほど速くはないんだけどな!
「あら、戦わないの?」
杖に乗って俺の横に並ぶオフィーリアが訊いてくるが、あれと戦えとか無茶振りにも程がある。明らかに初心者が戦う相手じゃない。
いや、オフィーリアがそう言うという事は、あの狼はもしかしたら見掛け倒しでそんなに強くないんじゃないか?
「グルルァ」
口から覗く牙が親指くらいありますねぇ。
あれに噛まれたら腕くらい軽く引き千切られるでしょうねぇ。
うわあっと!
もう少しでその牙の餌食になるところだった。
「キキッ!」
前方にトサカの生えた猿が出た。構ってる暇は無い!
「キィィ」
猿も俺を見て一瞬構えようとしたが、後ろの狼を見て即座に回れ右した。
おう、賢明だぜ。
て言うか狼、狙うならあっち行けや。こちとら肉の無い魔導人形で、食うところなんて全く無いぞ。
「ケケーッ!」
翼が四枚の鳥。相手してられるか。
「ブオオッ」
背中から角の生えた猪。また今度な。
「ギャギャッ」
小柄な緑の人。ひょっとしてゴブリン?やべー、生ゴブリンだ。ちょっと感動。
「グアォ!」
そんな場合じゃなかった!
今まで襲い易い獲物いっぱいいただろ。
そっち行けよ。
こっち来んな!
「こうなったら」
俺は思い切り地面を蹴って跳躍する。俺の体は期待通りのジャンプ力で、難なく木の上に着地した。
急制止した狼を、頭上からハンドガンで狙い撃つ。
タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン
ひたすらに引き金を引き、銃弾の雨を降らせる。
狼は未知の攻撃に対処し切れず、茶色い毛並みに紅を滲ませた。
一マガジン撃ち込んでもまだ立っているとは、魔物だけあってしぶとい。しかしその足取りに、さっきまでの俊敏さは見る影も無い。
リロードして再び銃口を向ける。
狼は意味を理解したのか、唸り声を上げながら森の奥へと消えていった。
こうして俺の初戦闘は、敵の撤退と言う戦術的勝利に終わったのだった。
締まらねぇなぁ。
「ふぅ」
漸く緊張が解けた俺は腕で額を拭ったが、そこに汗などかいていない。当然だ。人形が汗をかくわけがない。
「メテオウルフ撃退ね。いきなり逃亡はどうかと思わないでもないけど、戦果としては上々だわ」
杖に乗って浮かぶオフィーリアが評価してくれるが、その涼しげな声が今は少し恨めしい。
でもそれより聞き流せない事を言ったぞ。
「撃退で上々という事は、強い魔物だったのですか?」
「子供でもランクC-、成長すればAにも届く、この森の主とも言える魔物ね」
「もし戦ってたらどうなりました?」
「私がオリビアに嫌われてたわね」
逃げて正解じゃないか。
「そんな顔しないでよ。最初に強い魔物を経験すれば、後は気楽でしょ?」
今まで感情が顔に出ないようにしていたが、今回は流石に抑え切れなかったらしい。
しかしオフィーリアの言う事も尤もだ。あんな強い魔物を知ってると、それ以下の魔物は楽に思えるだろう。
もしかしてそれを見越していたのだろうか。
「次は何の魔物が出るかしらねぇ。さっきのクランプボアはまだ小さかったし、シャーマンエイプも単体じゃ意味無いわよね。いっそデビルタイガーでも出て来てくれれば面白いのだけれど」
それは無いか。今明らかに強そうな名前が聞こえたぞ。
ともあれ、気を取り直して森を進む。
程なくしてゴブリンを発見した。数は四。
反応すると同時に全員の頭を撃ち抜く。気付かれる前に先制出来たから楽だったな。
オフィーリアが下級魔物の素材は価値が低いから無視していいと言っていたので、特に剥ぎ取りもせずに進む事にする。
それからも何度か魔物と遭遇したが、特に窮地に陥るという事も無かった。
銃で敵の射程外から即死級の威力が撃てるというのは大きい。多少の群でも不意を突けば壊滅させるのも難しくない。
やっぱり銃って戦いを変えちまうね。
下級魔物が相手ならオフィーリアに助けてもらわなくても大丈夫そうだ。
おっと、夢中になってて忘れていたが、そろそろ昼だ。
「ご主人様、昼食はいかがなさいますか?」
「え、ああ、そうね、頂くわ」
オフィーリアは何か考え事をしていたらしい。
適当な木の下に腰を下ろすと、オフィーリアが周囲に結界を張る。これは家を守っているのと同じもので、外敵からの認識と侵入を防ぐものなんだそうな。
俺は魔法で作った収納空間からバスケットを二つ取り出す。片方には弁当、もう片方にはティーセットが入っている。
バスケットから出したポットに茶葉と基礎魔法で精製した水を入れ、炎の基礎魔法で加熱する。
「収納空間は使えるようになったって言っていたけど、もうそんなに入れているの?」
「はい。いけませんでしたか?」
この魔法で作った異空間に物を収納する収納空間は、攻撃魔法がさっぱりの俺がまともに使える数少ない魔法の一つだ。その容量は術者の魔力に依存し出し入れにも魔力を消費するが、初心者の俺でも簡単に詠唱破棄までいける超お手軽魔法だ。
生憎他の魔法が使えないお陰で俺の魔力は余っている。まだ扱い慣れたと言える程ではないし余裕が無くなるのは嫌なので容量は控え目にしているが、バスケット二つ分くらいは易々と入るサイズだ。
「貴女って器用なのか不器用なのかよく判らないわね。攻撃魔法は苦手なのに覚えたての収納空間がそんなに容量あるなんて。最初は小石一個がいいところよ」
なぬ?
しかしそれは練習量の問題じゃなかろうか。攻撃魔法は家事の合間に家の裏に行かないと練習出来ないが、収納空間は常に使っていられる。差が出るのも当然だろう。ちなみに今の最大容量はバスケットが四個入るくらいだ。
「そう言えばそれの使い心地はどう?」
オフィーリアはサンドイッチを頬張りながら、俺の腰にあるブラックホークを指差す。
「素晴らしいですね。精度、威力、連射、弾持ち、どれをとっても優秀です。炸裂弾は扱いが難しいですが、上手く使えば接近時の切り札足りえるかと」
「ふーん。使い難いところとかは無いの?」
「そうですね。どうしても面制圧が出来ませんので、もっと大量に弾をばら撒けると集団戦で楽になりますね。その場合精度は多少低くても問題無いかと。それとは逆に長距離から一方的に攻撃出来るようにするのも面白いですね」
ブラックホークは優秀だが、それはハンドガンというカテゴリの中での話だ。制圧力はマシンガンやアサルトライフルに、射程と威力では狙撃銃に劣る。それが扱いやすさを重視したハンドガンの限界だ。
「なるほどね。たぶん作れない事無いでしょうから検討してみるわ」
おお、流石オフィーリア。上手くいけば新しい銃が出来る。
やったね、たえちゃん。武器が増えるよ。
「あー、まだ出発する気にならないわね」
食べ終えてバスケットを片付けると、オフィーリアは突然そんな事を言い出した。こっちとしてはオフィーリアがついて来てくれなきゃいざというとき困るので、彼女が出発する気になるのを待つしかない。
「ナタリア、動かないでね」
オフィーリアはいきなり横になり、俺の膝に頭を乗せた。男が彼女にしてほしいシチュエーションランキングの上位であろう膝枕だ。
うわー、こんなの初めてだわ。俺も憧れてたんだよな。しかも相手はこんな美人だし。前世で経験したかったわ、畜生。
「なかなか心地良いわね。あの人がよくせがんだ訳だわ」
薄く目を閉じて笑みを浮かべるオフィーリア。あの人っていうのは、きっと死んだ旦那さんの事だろう。
オフィーリアって旦那さんを亡くしてるんだよな。一人娘のオリビアも本人の夢のために離れた学校に通ってるし、きっと寂しいのだろう。
それなのに何故こんな森の中で暮らしているのか、食事以外は自室に篭って何の研究しているのか、俺はそんな事も知らない。
いつか教えてもらえる日が来るだろうか。
俺はそれに値するのだろうか。
俺はこの人の期待に応えられているだろうか。
小さく寝息を立て始めたオフィーリアの黒髪をそっと撫でながら、そんな事を思った。




