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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第百二十九話 漆黒を引き裂く陰の刃 ※イラスト(自前&頂き物)有り

「先生、少しいいですか?」


 二日目の昼食後、散策の開始を指示しようというところで一人の男子生徒が声を掛けてきた。名前は確かロジャーだったか。

 俺が了承するとロジャーは神妙な面持ちで魔法を展開した。


 ロジャーが見せてくれたのは収納空間だった。容量は小さめの鞄一つ分と言ったところか。少ないと感じるかもしれないが、非常時の携帯食や医薬品を詰め込む程度ならこれで充分だろう。


「今、僕が出来る精一杯がこれなんです。どうすれば先生の様な容量に出来ますか?」


 ああ、思い出した。ロジャーは俺が初めて授業した時に怪我した子だ。

 しかし容量の増やし方か。


「最初に言っておきますが、私を比較対象にするのは止めた方が良いですよ」


 自分で言うのもなんだが、俺の容量の大きさは異常だ。魔法の適正の有無というのは誰にでもあるもので、俺の場合は収納空間にそれが有り、諸々の攻撃魔法には無かった。

 それに熟練の魔術師が専念してもリュック一つ程度にしかならないのが収納空間だ。最終学年とはいえ学生の身でこの容量は目を見張るものであり、彼の努力が窺える。


「容量を増やすには可能な限り最大容量を展開し続ける事ですが、それは既にしているのでしょう?」


 尋ねるとロジャーは躊躇いがちに首肯した。これはやっていないと言うより、やってはいるがその方法による現状の成果に自信が無いのだろう。

 一応俺もその方法で容量を増やしたが、やり方なんて人の数だけあるもので、基本と言われている方法が全ての人に合うとは限らない。けれど他の方法が確立されて無い以上は、既存の方法に頼るか我流に賭けるしかない。


 そう話すと、ロジャーは遣る瀬無さそうに目を伏せた。


「ただ物を入れておくだけが収納空間の使い方ではないのですよ」


 励まし、というわけではないが、此処で収納空間の使い道についても話しておこう。


 収納空間という魔法は物を自由に収納出来る異空間を生み出すものだ。この異空間の形は術者次第であり、イメージしやすい箱状か袋状に作られる事が多い。だが形が自由という事は、意図して変形させる事も出来る。そして中に物が入った空間の口を開き、底もしくは壁で中の物を勢いよく押し出してやれば―


「このように飛び出させる事が出来ます」


 宙で弧を描いたマガジンをキャッチし、ロジャーに見せる。

 俺はこれを魔銃の持ち替えやリロードに使っている。他にも出す物次第では武器になるだろう。


 それと収納空間は錬金鍋の代わりになるのも見せた。

 道具が不要で自身の魔力を逃さず伝達出来るというのは大きな利点だ。とは言え、扱える容量と作る物の大きさによっては錬金鍋の方がいい場合もあるが。


「このように容量が少なくても応用は出来ますので、ただ容量を増やす事に拘るのではなく、その使い方も自分で模索してみると良いでしょう」


 いつの間にか他の生徒達も聞き入っていて少し気恥ずかしかったが、これが彼等の糧になってくれれば幸いだ。


 ちなみに俺はルフとの戦闘で収納空間の口による破断を攻撃に転用したが、生徒達にその事は教えていない。

 あの時は意識が朦朧としていたし咄嗟の行動だったので術式が不安定で、とても他人に教えられる代物ではない。ただ目の前に開いて挟むだけなら今でも出来るが、相手の行動を予測して待ち構えないといけないので使い勝手が悪く、もっと実用的に改良したいと思っているけど、俺の技術ではまだ時間が掛かるだろうな。


 その後改めて午後の散策を開始する。

 昨日と同様に樹海の中を歩き、魔物との戦闘や採取を行っていく。オークやゴブリン程度なら難なく倒せる生徒達なので、俺のやる事はあまり無かったりする。そもそも魔術師である生徒達と魔銃を使う俺は共に距離を取って相手の間合いの外から一方的に撃つのが主体で、役割が被り気味なのだ。

 相手を近付けさせないように、近付かれても再び距離を取って仕切り直せるように。生徒達はそういった戦法も考えているようで、土魔法で相手の足元の地面を変形させて移動力を削いだり、結界をその場に残して敵を足止めしている隙に離れたり、様々な方法で距離を保っている。

 そしてそれらを抜けてくる相手への対処は―


「少しは仕事しないとな」


 俺が止めるというわけだ。

 ゴブリンの振り下ろした剣を魔力刃で受け止める。

 この個体は他のゴブリンより巨体で、おそらく更に上位へと進化する寸前なのだろう。だがそれもここまでだ。

 がら空きの腹を蹴り飛ばして距離を空け、ブラックホークで胸と喉と眉間を撃ち抜く。

 どさりと音を立てて倒れるゴブリン。

 生徒達の緊張が弛緩し、俺も魔銃をホルスターに仕舞おうと思った矢先、こちらに接近する大きな魔力反応を感知する。


「ちっ」


 軽く舌打ちしながらその方向に飛び出し、間に居た生徒達を庇う様に全力で結界を展開する。

 重い衝撃と共に結界が甲高い悲鳴を上げた。

 2mを超える巨躯と筋骨隆々の肉体、頭部の三本の角と口からはみ出した牙。姿形はオーガだが、肌の色が人間に近い通常種とは違い、こいつは鉛の様な鈍色をした特異個体だ。おそらく今まで戦っていた群のリーダーなのだろう。手下がやられて自ら出てきたといったところか。

 オーガの両手に握る二本の剣で結界が軋む。もう限界か。

 結界を自壊させると同時に飛び退きながらブラックホークを発砲するが、銃弾は悉く剣で弾かれる。

 こいつ、ただ力任せなだけじゃなくて弾道を見切る目と的確に防ぐ技術を持ってる!?


「先生! 援護します!」


 生徒達がオーガに向けて魔法を放つ。炎の矢が、風の刃が、雷の槍が一斉に降り注ぐ。だが一筋、二筋、三筋と剣閃が走り、生徒達の放った魔法全てを掻き消した。


「グオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!」


 威嚇か攻撃された事への憤怒かは判らないが、オーガは森全体を揺るがさんばかりに咆哮した。


「あ……」


 その強烈な殺気に中てられた生徒達は竦み、へたり込んでしまった生徒も居る。

 オーガは向きを変え、明らかな隙を見せた生徒へと狙いを付ける。だがその腕に俺の切り離した腕の神経糸が巻き付き、それ以上進むのを阻む。


「グゥゥ」


 半身振り返ったオーガが低く唸る。


「誰がそっち行っていいっつたよ? お前の相手は俺だ」


 残った腕の掌を上に向けてクイッと曲げる。

 言葉は通じなくてもジェスチャーは通じたようで、オーガは俺に向きを戻した。

 俺も神経糸を戻し、両腕に魔力刃を構える。こいつを相手にただ撃っても無駄だろうからな。


 先に動いたのはオーガだった。巨体に似合わぬ俊足で一気に距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。

 その一撃を片手でかろうじて受け止め、もう片方の手で反撃を繰り出す。

 だが片手が空いているのはオーガも同じで、俺の反撃は容易く止められた。

 それぞれが攻め合い、止め合い、拮抗した。


 ―などと思っているのなら甘い。


 真下から蹴り上げる。当然爪先には魔力刃を展開している。


 鋭い音を立てて魔力刃が空を切った。オーガは寸前のところで身を仰け反らせて躱していたのだ。けれどその隙は逃さない。


 袈裟斬り、左斬上、右薙、唐竹。


 逆袈裟、刺突、右斬上、左薙。


 両手両足に魔力刃を展開し、人形だからこそ出来る変則的な動きを絡めた連続攻撃。ルリに稽古をつけて貰って少しはマシになったが、それでも強者を相手取るにはこういった邪道で誤魔化して漸く戦える程度だ。そしてこのオーガは強者だった。

 両手足からの斬撃も人体の関節を無視した動きも、技術や存在の希少性で言えば俺だけにしか出来ないと言っても過言ではない。当然ながら俺がこのオーガと遭遇したのは今回が始めてであり、オーガにしてみればこんな戦法は初見の筈だ。にも拘らず、オーガは先程からこちらの攻撃の殆どを受け止めている。

 流石に全てではないが、それでも徐々にこちらの攻撃が通りにくくなっている。この分だとじきに対応し切るようになるし、そうなってしまえばたとえ腕の1本や2本増えたところで無駄だろう。

 手数で誤魔化しているうちに畳み掛けなければ。


 だがそれよりも先にオーガが動いた。


「ガアアアァァァァ!!」


 裂帛の咆哮と共に剛剣が閃く。全ての魔力刃が砕かれ、無防備が晒された。

 二本の剣が高く振り上げられ、今まさに振り下ろされんとしている。

 オーガの膂力で振るわれる剣の直撃を受ければ、流石に俺でもただでは済まない。


 世界が遅滞する。


 考えろ!


 周囲を認識し、理解し、予測しろ!

 人形モードにはなるな!

 自我を保ったまま、対処を、対策を、可能性の中から最適解を選べ!


 そして正確無比に実行しろ!


 よろけた背後に結界を作り、それを支えにして即座に体勢を整える。結界はすぐに消滅させ、左に二歩、後に三歩移動する。


 振り下ろされた切先が目の前を掠める。

 安堵している暇など無い。

 前面に結界を張って突進し、全身を使った盾打撃(シールドバッシュ)と化す。

 攻撃の態勢に入ったオーガは体制が崩れ、その隙を逃さず攻める。

 壊された魔力刃の再構築は間に合わないが、まだ“手”はある。

 スカートの下から骨の様に細い二本の腕が伸びる。その先の簡素な指の間に青い燐光を放つ刃が構築された。掌に作るものより細いが、確かな魔力刃だ。

 薙ぎ、更に刺突。オーガの強靭な皮膚を斬り裂き、貫いた。

 左手の魔力刃再構築完了。回し蹴りの要領で全身を回転させ、三本の魔力刃による同時攻撃。

 これにはオーガも顔を歪めて体から血を流した。だがまだ致命傷ではない。


 ひるんでいる隙に距離を取り、王手をかける。


 一つの収納空間に口を三つ開き、手元に出した口に魔力刃を消した左手を入れ、中で鋼糸を操作する。もう二つの口の出口はオーガの左右だ。そこから鋼糸が伸び、オーガの両腕を拘束する。

 オーガが必死にもがいて振り切ろうとするが、通常種より強い特異固体とはいえ所詮はオーガ。アリアの鋼糸と俺の魔力を超越し得ない。


 隠し腕でそれぞれ拳銃(ブラックホーク)軽機関銃(ホワイトヴァイパー)を、右手で狙撃銃(ブルーハウンド)を持ち、銃口を向ける。この距離ならスコープを覗き込む必要も無い。


 悪いな。俺は剣士じゃないんだ。


「ごきげんよう、死ね」


 三つの銃口が一斉に閃光を放ち、魔力の全てを吐き出して標的を穿つ。


 夥しい血を吹き出し、オーガは両腕を吊るされたまま絶命した。


「ふぅ」


 周囲の未確認魔力反応が消え、漸く息を吐く事が出来た。


「ナタリア先生!」


「大丈夫ですか!?」


 生徒達が心配して駆け寄ってくる。


「ええ、異常はありません。貴方達こそ怪我はありませんか?」


「はい、大丈夫です」


「それは良かった」


 かなり苦戦したが、生徒は無事だし、ルリと稽古した成果や隠し腕の有用性も確認出来た。なかなかに有意義な戦闘だったな。

 隠し腕は他にも使えそう出し、今後も研究するとしよう。

 やっぱり隠し腕はスカートの中じゃないとな。


「あの、先生、すごく言いにくいんですが」


「?」


 思索に耽っていると、女子生徒が気まずそうに声を掛けてきた。他の生徒達も何処か様子がおかしい。特に男子生徒は俺から目を逸らしたりちらちらと盗み見たりしている。

 どうしたんだろうか?


「その…スカートは…早く何とかした方が良いと思います…」


「スカート?」


 言われて見下ろすと、そこにはビリビリに破れた黒いスカートと、その隙間から覗く蠱惑的な生足とガーダーベルトがあった。


「ああっ!!」


 さっき隠し腕から魔力刃を展開した時に破いてしまったんだ!


 やっぱりダメ!


 スカートの中に隠し腕は中止!

明けましておめでとうございます。

今年も『メイド人形はじめました』をよろしくお願いします。


お正月とは関係ありませんがイラスト描きました。

リス獣人令嬢クリスティナ・バーナードです。

挿絵(By みてみん)


2020.01.04追記

いつもの身内からイラストを頂きました。

なんと集合絵です。

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


初描きもいるのに可愛く描いてくれました。

ありがとう!

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[一言] ナタリアさんおっちょこちょいwww
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