第百四話 流儀と責任
リューカとルリを空いてる部屋に案内し、俺とオリビアとコメットウルフはリビングに集まった。コメットウルフはそのままでは大き過ぎて家に入れないので、獣人の姿になってもらっている。
「ええと、何処から説明してもらおうか?」
席に着いた―椅子に座るのを嫌がったコメットウルフは床に座っている―ところでオリビアが切り出す。
「わう?」
コメットウルフは当事者だというのに、暢気に足で頭を掻いている。こうして見ると獣の姿をした人類である獣人と違い、あくまで二足歩行出来るようになった獣だと判る。
「まず確認したいのですが、貴女は以前私が戦ったメテオウルフですか?」
俺が尋ねると、コメットウルフは足を下ろして頷いた。
「そう。進化した。今、コメットウルフ」
やっぱりそうか。
「強くなる、魔力いっぱい必要。お前、魔力いっぱいある。食べたら、強くなれる」
コメットウルフがじっと俺を見てくる。
やたら執拗に狙ってくると思ったが、それが目的だったか。
「臭い覚えた。遠くに行った、追いかけた」
コメットウルフの喋り方はカタコト気味で拙いので、俺もオリビアもひとまず口を挟まずに聞きに徹している。
「お前、色んな臭い付けてた。わかりにくかった。いっぱい探してたら、いっぱい戦って、進化した。お前、やっと見付けたら、戦ってた。横取り、ダメ」
俺を狙ってわざわざイングラウロまで来て、探し回っている間に進化して、やっと見付けたと思ったらラッカス達に襲われているところだった。それでこれは自分の獲物だとばかりにラッカス達に襲いかかったと。
あの時俺達を後回しにしてたのはそういう事だったのか。
「でも、そいつにやられた」
「やっちゃった」
指差されたオリビアがお茶目に舌を出す。
可愛いな、おい。
「違う人間食べた。魔力いっぱい。人狼になれた」
ラッカスはコメットウルフに食い殺されたってフルートが言ってたな。魔力が必要なら魔族から力を得たラッカスでも充分だったという事か。
「まさか魔物が進化して獣人になるというのには驚きましたね」
「獣人、違う」
コメットウルフは首を横に振った。
「獣人は、人。人狼は、魔物。違う」
「ナタリア、この人狼って言うの、たぶんアリアがアラクネになれるのと同じだと思う」
「ああ、成る程」
アリアはアラクネになれるが、種族は紫鋼蜘蛛であり人型の部分を消す事も出来る。と言うか、アラクネの姿は蜘蛛の魔物が力を付ける事で得る特殊な姿だ。
だからこいつも獣人という人類になったのではなく、コメットウルフと言う魔物が人狼と言う形態になれるようになったと言うのが正しいのか。
「でも、お前達に、負けた。ボス、怒った。追放された。お前達のせい。でもお前達、強い。だから、お前達の群に、入る。最初、会った場所、お前来る、思った」
俺達が追放された原因だから責任持って面倒見てくれと、そういう事か。
無茶苦茶だな。
「あのですね、そっちの事情は理解しましたが、そんなのこっちには―」
「群に、帰れない。行く場所、無い」
コメットウルフは俺の言葉を遮ってジト目で見上げてくる。
いや、確かに俺達が原因ではあるけど、俺達は自分の身を守っただけだ。こいつにどんな理由や結果があろうと、それはこいつの問題であって俺達が責任を負う義理は無い。
「ねぇ、ナタリア、引き取ってあげちゃダメかな?」
「お嬢様?」
なのにオリビアがそんな事を言い出した。
「この子、一人群から追い出されちゃったんでしょ? 頼る相手もいないなんて可哀想よ。私はナタリアが居てくれたから大丈夫だったけど、もし一人だったら、きっとどうにもならなかったと思う」
群から追放されたこいつと両親を亡くした自分を重ねたか。
オリビアの言う事も解る。でもここは心を鬼にしてはっきり言おう。
「お嬢様、はっきり申し上げますが、私達は自分の身を守る為に撃退した、ただそれだけの事です。どちらが悪いわけでも落ち度があるわけでもありません。その結果はこいつ自身が背負うべきです。それともお嬢様は私がこいつに食われていれば良かったとお思いですか?」
「そんな事っ! 無いわよ…」
即座に否定するオリビアだが、その言葉尻は弱々しい。
オリビアは理屈や道理おいては聡い子だ。俺の言いたい事も理解してくれた上で悩んでいるんだと思う。でもだからこそ俺は厳しく言わなければいけない。
「一人なのが可哀想だと言うならば、世の中の孤児や身寄りの無い人は沢山居ます。それら全員を救いたいと思いますか? 覚悟も無く中途半端に手を差し伸べて、その後の責任は取れますか? それを偽善と罵る者も、貴女を利用しようとする者も、今後現れるでしょう。その時に貴女はどうするおつもりですか?」
かなり厳しい言葉を選んだせいか、オリビアの顔が俯く。
非情なようだが、前世の世界もこの世界もいい事ばかりじゃない。悲劇、理不尽、不幸が、なんて事無いごく普通に起こり得るし起こっている。悪意を持って他人を傷付ける奴もいるし、自分の価値観を押し付けてくる奴だっている。自分がそっちになる可能性だってあるし、俺だって偉そうには言えない。
自分の身を守るにはある程度非情にならなきゃいけない。自分の善意が自分を押し潰すなんて、絶対にあっちゃいけない。
「全員を救うなんて無理だと思う。私はそこまで優しくないし、正しくもない」
暫く沈黙した後、オリビアはゆっくりとだが口を開いた。
「利用されるのも、嫌な事を言われるのも怖い。そうなった時に、どうしたらいいのかなんて判らない。けれど―」
オリビアは顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。
「私は私と関わって群を追放されたこの子を放っておけないって思った。それだけは間違い無い」
確たる意思を持った強い目だ。
だったら、俺の答えは決まってる。
「そうですか。お嬢様がそこまで仰るなら、反対はしません。ですが最後まで責任は持ってくださいね」
「ありがとう、ナタリア!」
嬉しそうに声を弾ませるオリビアに、子供にペットを飼いたいと言われた親ってこんな気分なのかと思った。
「ねぇ、貴女、名前はあるの?」
「みんな、呼ぶ、クラリッサ。長い、クラでいい」
略すほど長いか?
「そう、よろしくね! クラ!」
「うん、ボス」
クラリッサはオリビアをボスと呼ぶ事にしたようだ。狼だから集団の頂点をボスと呼ぶのは当然かもしれないが、凄い違和感だ。
「今日は移動で疲れましたし、明日、冒険者ギルドに従魔登録に行きましょう」
俺はそう言うと席を立ち、リビングから出た。
「性格悪いわねぇ」
すると廊下の壁にもたれ掛かっていたルリに、いきなりそんな事を言われた。
こいつ、盗み聞きしてやがったな。
「わざわざあんなキツイ言い方する事無いんじゃないの? あんまりやりすぎると嫌われちゃうわよ?」
「オリビアだって来年には成人なんだ。いつまでも無邪気な子供のままじゃいられないし、オリビアの為にならないだろ。たとえ嫌われたとしても、俺が言わなきゃいけないんだ」
オリビアを叱ってくれる両親はもう居ない。だったら俺が、たとえ嫌われたとしても、身を守る術を教えなきゃいけない。
それが、オフィーリアが死んだ時、親代わりになると決めた俺の責任だ。
「……嫌われてないよな?」
「めっちゃ気にしてんじゃん」




