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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第百三話 痴女です! 痴女がいます!

 魔物は成長し条件を満たすと進化し姿を変える。あるものは環境に適応した身体を、あるものは強靭な膂力を、またあるものは強力な魔法を得る。詳しいメカニズムは解明されてはいないが、それが大半の人類や通常の生物には無い魔物の特徴だった。

 そして進化した上位の魔物には、また別の能力を宿すものも居る。

 今宵、ある魔物がその能力を習得しようとしていた。


 樹海の木々の中に隆起した岩山が、彼等の住処である。その合間の開けた場所で周囲を群の仲間達に囲まれ、魔物は熱く滾る。

 漸く得た膨大な魔力を圧縮し、身体を作り変える。巨体は不要。しかし膂力は衰えず。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 暫しして、魔物はその力を完全なものにした。

 追い求めていた力を漸く手にした魔物は嬉しそうに牙を剥く。


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 万感の思いを込め、月夜に吠えた。


「アオオオオオオオオオオオオン!!」


「アオオオオオオオオオオオオン!!」


 仲間達も遠吠えを上げる。

 これは祝福であると同時に、他種の魔物達への示威行為である。

 我等こそ樹海の支配者であり、逆らう事は許さぬ。そう宣言しているのだ。


「よくやった」


 不意に低い声が響く。

 新たな力を得た魔物も他の仲間達も即座に地に伏せ、その声の主に畏敬の念を示す。彼こそ樹海の支配者である群の頂点、即ち樹海の王である。


「だが、代償は高く付いたな」


 岩山の上から睥睨する王に、魔物はごくりと唾を飲んだ。


「その傷を付けた相手は殺したか?」


 王の問いに、魔物は怯えながらも首を横に振った。

 仲間達に動揺が走る。

 この魔物は実力も狩りの成功率も他の仲間達とは隔絶した差があり、群の中でも高い序列に居る。それが単身とはいえ獲物を取り逃がしたのは、彼等にとって予想外であった。

 そしてそれは―


「お前は獲物を必ずしとめて来るから、群を離れるのを許して欲しいと言った。覚えておるな?」


 彼等は本来群れる種である。群の中の結束は固く、故に身勝手に縄張りから離れるのを良しとしない。

 ましてや彼等は樹海の支配者であり、王である。圧政者でも暴君でもなく、秩序ある支配者であり、王なのだ。樹海内は勿論、周辺地域への影響も、彼等は配慮しなければならない。

 今回はあまりにも必死に請うので条件付で許したが、それが果たされなかった。ならば王としてするべき事は決っている。


「自身の宣言を違えた罰を与える」


 誰もが黙り、王の言葉を待つ。

 一秒が永遠にも思える沈黙が横たわり、そしていよいよ告げられた。


「追放だ。金輪際、この地に入る事は許さん」


 魔物は追い縋ろうと思わず顔を上げ、しかしすぐに(こうべ)を垂れた。

 王の言葉は絶対である。

 魔物は諦めと共に背を向け、とぼとぼと歩き出した。引き止める者は居ない。


「よろしかったのですか?」


 魔物の姿が見えなくなり、王の側近が口を開いた。王に意見出来るのは、力量でも知性でも、何より胆力でも、この側近だけだろう。


「身内に甘い王など、誰も付いて来ん」


 それだけ言うと、王は踵を返して寝床へと向かう。


「ふん、バカ娘め」


 バーヘン樹海の頂点、狼王ロアは一度だけ足を止め、鼻を鳴らした。







 魔法学校が長期休暇に入り、寮生達全員が帰省した。俺とオリビアも例に漏れずそうするつもりだったが、なんとリューカとルリは帰省せずに寮に残るのだと言う。レイバナ国とサペリオンを往復するのに、長期休暇でも時間が足りないのだとか。しかし一ヶ月以上誰も居ない寮に二人だけでは退屈だろうと思ったオリビアが二人を家に誘ったのだ。オフィーリアは家の存在を隠したがっていたが、オリビアがその上でリューカを信用して誘ったなら俺は反対しないし、問題が起きたら俺がフォローすればいい

 最初は遠慮していたリューカだったが、結局オリビアに押し切られた。先日リューカが吸血鬼だと打ち明けられて以来―俺としては忘れたい事件だが―二人は以前よりも仲良くなったように思える。オリビアの言う通り、友達だからと全てを明かす必要は無いが、それを切っ掛けに親密になったのだからこれは良かったのだろう。


 そして今に至る。

 青々とした木々が生い茂る深い樹海の中、足元は悪く進むのは困難だが、なれ親しんだ場所なのでむしろ心地良くすらある。とは言え、それはこの場所で育った俺やオリビアの話であり、初めて来た二人には厳しいだろう。


「リューカさん、ルリさん、大丈夫ですか?」


「ええ、ご心配には及びません」


「こっちもまだ余裕よ」


 振り返って声を掛けると、意外にも二人は疲れた様子は無い。特にルリは景色を楽しむ余裕すらあるようだ。


「もう少しで着きますからね」


「ねぇ、ナタリア、おかしいわ」


 と、そこでオリビアが怪訝そうな声を漏らした。


「いつもならもっと魔物や動物が出て来る筈なのに、全然遭わない」


「確かに…」


 これが樹海の浅いところならまだ解るが、ここはかなり奥地だ。魔物どころか動物の気配すら無い。

 不思議に思いながら、俺は収納空間の中を確認する。魔銃と各マガジンの魔力充填は完了しているし、薬の類も充分だ。何が起こっても今出来る用意はしていると言える。


 そして茂みを越え、ガーデランドの屋敷を隠す結界の前まで来た。


「見てはいけません! お嬢様」


 即座にオリビアの目を塞ぐ。

 結界の前に金色の毛並みを靡かせた狼獣人の女が、一糸纏わぬ姿で立っていたのだ。俺も一応対外的には女という事になっているので、同性は肌を見せるのを躊躇わないかもしれないし、そうなるのも仕方無いと思う。けれどそれが樹海の中となれば話は違う。魔物や野盗に襲われ身包みを剥がれたならあんなに堂々としているわけが無い。

 つまりこいつは―


「ナタリア、どうしたの?」


 痴女です! 痴女がいます!

 俺は口に出さず心の中で叫んだ。人気の無い樹海で露出プレイを愉しむ変態だ。

 現にこの狼獣人の女は俺達に見られているにも拘らず、惜しげも無く裸体を晒している。

 こいつはお嬢様の教育上よろしくない!


「ある日森の中、痴女さんに出会った! 全裸狼メスケモひゃっほぅ!」


 そして自分がウサギの半獣人であるのに狼に跳び付いていくルリ。

 こいつホントブレねぇな。

 相手が女なら天敵種族でも変態でも良いのか。あ、こいつが既に変態だわ。


「狼さん狼さん、こんなところでどうしたの?」


 ルリが尋ねると、狼獣人の女はゆっくりと口を開いた。


「責任…取ってもらう」


 そうたどたどしく言って指差した。


 え、俺!?


「キズモノにされた…黒くて、硬くて、熱いので…スゴク、痛かった」


「……」


「そんな……」


 ルリがゴミを見る様な目を、リューカが驚いた目を向けてくる。


「知らん知らん知らん、身に覚えが無い!」


 全力で首を横に振って否定する。

 この狼獣人とは初対面の筈だしそもそも俺に黒くて硬くて熱いの付いてないし。


「ねぇ、ナタリア、何があったの?」


 オリビアが俺の手を剥がしてしまった。

 すると狼獣人はゆったりと指先を動かし―。


「そっちのにもされた。責任、取って」


「え?」


 オリビアを指差した。


「逃げましょう、リューカ様。あの二人は私達を人気の無い森に連れ込んで、あんな事やこんな事するつもりですよ」


「やらんわ!」


「そうよ、やるならナタリアにするわよ!」


「そうですよ」


 俺もオリビアもそんな事はしない。

 オリビアの言う通り、やるなら俺に……え?


「待ってお嬢様、今聞き捨てならない事言いませんでした?」


「キズモノにされたって言うけど、何か誤解じゃない?」


「間違い無い。臭い、覚えてる。これも、証拠」


 困惑する俺をスルーして尋ねたオリビアに、狼女は肩と腹の毛を捲る。そこには既に塞がってはいるが、出来た当初は深く抉ったであろう痛々しい傷痕があった。肩の傷は()()に似ている。


「肩はそっち、腹はそっちに、着けられた」


 肩で俺、腹でオリビアを指差す。

 キズモノって性的な意味じゃなくて負傷かよ。

 それでもやはり俺には身に覚えが無い。それはオリビアも同様で、不思議そうな顔をしている。


「わからないなら、こっちの姿、見せる」


 狼獣人が手を地面に着けたかと思うと、全身の毛がふわりと逆立った。

 異様だ。その光景がじゃない。こいつから溢れる魔力量がだ。

 魔力だけじゃない。気配、存在感といったものがあまりにも濃厚で、思わず後ずさってしまうほど圧倒される。

 ルリも腰に差した刀の柄に手を添える。

 なんだ、こいつは。


 俺達の目の前で、狼獣人の女は形を変える。

 物を掴む為の指は縮み、地を駆ける為の前脚になった。身体を支えていた二本の脚は前脚が加わった事で負担が減り、余裕を持って腰を持ち上げる。体から真っ直ぐ上に伸びていた首は大きく逸れ、四本脚の姿勢でも頭を真正面に向けるように折れ曲がった。

 だがこれだけならまだ四つん這いになっただけだと言ってしまえるだろうが、勿論そうではない。

 狼獣人の全身が形はそのまま膨脹し、四メートル近い巨体となった。

 金色の体毛に頭側部から尾の先まで銀の流線模様の入った巨大狼だ。

 人など簡単に食い千切れるであろう爪牙に、生物ではない俺でも生命の危機を感じずにはいられない。


 だが、俺の頭の中の冷静な部分が一つの答えを導き出した。


「…コメットウルフ?」


 俺がおっかなびっくり口にすると、巨大狼は頷いた。

 こいつ、もしかしてラッカスに襲われた時に乱入して来たコメットウルフか?

 けれど俺はこいつに銃弾の一発も命中させていない。俺が肩の傷を付けたという事はまさか、俺が初めての実戦訓練で家を出ていきなり遭遇したメテオウルフ?


「うーん、良く判らないけど、ずっとここで話すのもなんだし、とりあえず家に入る?」


 この猛獣を前にして、オリビアは全く怯えた様子が無い。

 確かに家の前とは言え樹海内で長話は避けたいので、オリビアの提案通り話の続きは家の中でする事にした。

 予想外の客も増えたが、こうして俺は一年ぶりに生まれた家に帰ってきた。

序盤から仕込んでいた伏線をやっと回収できたぜ!


一応程度の補足

ナイトウルフ(第三十一話に登場)とメテオウルフは共に狼の魔物ですが別種です。

ナイトウルフが進化してもメテオウルフにはなりません。

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