第九話 花
今日、オフィーリアは町に行き、俺は庭で図鑑を片手に薬草を摘んでいた。するとオリビアが息を切らせて出てきた。
「ナタリア、何をしてるの?」
何でそんなに急いで来たんだ?
「ご主人様に言われて薬草を集めています」
「難しくない?」
「花が特徴的ですし、図鑑もあるのでなんとかなります」
「へぇ、結構綺麗な花なのね」
「そうですね」
この薬草に限らず、庭には幾つも小さい花が咲いている。今探している薬草は鮮やかな橙色の花が咲いた背の低い薬草だ。橙色の花は他に見当たらないので、結構簡単に探せている。
「ねぇ、ナタリアは何の花が好き?」
それは難しい質問だな。この世界の動植物は元の世界と同じものもあるが、違うものも多い。この薬草図鑑だって知らないものが殆どだった。下手に応えてこの世界に無い花を言ってしまうとややこしい事になる。
ここははぐらかすのが無難か。
「そうですね、私はまだ生まれて日が浅いですし、この家から見えるもの以外見た事がありません。ですので好きな花と言われても、それを選べるほど花を知りません」
「そうか。なら私がナタリアに花を見せてあげる。沢山摘んで来るわ。そうすればナタリアにも好きな花が出来るかも」
「ええ、楽しみにしています、お嬢様」
オフィーリアはいずれ俺に冒険者家業を手伝わせると言っていたし、それは俺も多少は戦えるようになった頃だろう。それならオリビアを連れて、近くで花を摘みに行くのもいいかもしれない。
オリビアが家の中に戻り、薬草摘みを再開して一時間ほど経った頃、オフィーリアが街から戻ってきた。
「ナタリア、食料を仕舞うの手伝って頂戴」
「はい、今行きます」
キッチンへ行くと、一週間分は優にありそうな量の食材が山積みになっていた。
今までこんなに一気に買い込む事は無かったのに、どうしたんだろう。
「もう、困ったものだわ」
「何かあったのですか?」
「隣の町で違法奴隷商の摘発があったのよ」
この世界には奴隷がいる。貧困奴隷と犯罪奴隷だ。その名の通り、貧困者が借金のかたに買われたり身売りしたりしたのが貧困奴隷で、逮捕された犯罪者が犯罪奴隷だ。これらは人としての扱いとは言えないが、ちゃんと法の元に整備されている。
問題は違法奴隷で、言ってしまえば人攫いだ。容姿の良い子供や希少種族なんかはよく狙われるらしい。平民の戸籍なんかが無い世界では、捕まってしまえば身分を証明する手段なんか無い。取り締まってはいるが、根絶には程遠いらしい。
「問題なのは何人か取り逃がして、そいつらがこっちの町の方に逃げたかもしれないって事なのよ」
「それは何ともまぁ」
現場にも事情があるので一概に非難はしたくないが、ああいった裏社会の手合いは一旦鳴りを潜めると探し出すのは難しい。
それにそんな事件があっては街の空気が悪くなって、一時的にだろうが治安も悪化するだろう。これで全員逮捕となっていれば治安組織の顔も立って、犯罪への抑止になるから何も問題無かったのだが。
「それで暫く町に行かないで良いように多めに買ってきたのよ」
「なるほど」
俺はオフィーリアの言に頷いて、食料を種類ごとに分ける。
「あ、オリビアにも町に行かないように言っておかないと。ナタリア、少しここお願いね」
「はい」
オフィーリアがキッチンから出て行き、俺は作業を続ける。
肉類は半分くらい冷凍したほうがよさそうだな。野菜や魚は干して保存食にするのも良いかもしれん。
そんな事を考えていると、オフィーリアが戻ってきた。
「ナタリア!」
しかしその様子は尋常じゃなかった。
「オリビアが!」
オフィーリアが差し出した紙には、不恰好な字が書かれていた。
『外にお花摘みに行ってきます。夕方には戻るから心配しないでね。オリビア』
お花摘み!?
まさかさっき言ってた!?
「違法奴隷商が森に逃げ込んだって噂もあったのに……ナタリア、私はオリビアを探しに行くから貴女は留守番をお願い!」
「あっ! お待ちください、ご主人様!」
俺の制止も聞かずに、オフィーリアは飛び出して行ってしまった。
俺は言われたとおり、二人の帰りを待って留守番する事にした。
なわけねぇだろ。
オリビアが花摘みに行ったのは何でだよ?
俺が適当な事言ったからだろ。
この馬鹿なデク人形に色んな花を見せたいって、そう思って行ったんじゃねぇか。
俺の為だろ。
俺のせいだろ。
それなのに大人しくお留守番なんて冗談じゃない。
何も起きないかもしれない。杞憂に終わるかもしれない。空回りするだけかもしれない。
だったらそれでいい。俺が馬鹿見て、痛い目に遭って終わりだ。
でももし何かあったら、ここで何もしなかったら、それこそ俺はただの馬鹿なデク人形だ。言われた事をこなすだけの道具だ。
でも俺は俺なんだ。道具じゃない。
俺は庭の外を知らない。
そしてきっと弱い。
だからどうした。
無知や非力が何もしない理由になるかよ。
「待ってろよ、オリビア」
お前の大好きなメイド人形が探しに行くからよぉ!




