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ふわふわのベッドが名残惜しい!!。

お布団は、羽毛布団と毛布×2枚で寝ています。

寒い季節がやってきましたが、どうか生温かい目でご覧ください。


「ふっっっっざけんじゃないわよ!!!!」


あんな風に女に怒鳴られたのは、初めてだった。

銃を突きつけられて、今にも殺されそうなのに、とんでもない女だと思った。



ーーこの女を、俺のモノにしたい。


そう思った。



***



「着いたぞ」

市街地から遠く離れた森の中に存在する、カーサスファミリーの本拠地。

豪邸と言っても過言ではないその建物は、黒く光る高い柵に囲われた要塞のようだ。

「フタバ、起きろ」

隣でぐーすかと、涎を垂らして眠るフタバに、俺は声をかけた。

(ついさっきまで、怯えていたのにな)

俺がマフィアのボスだと明かすと、フタバは怯えた目をした。

ーーが、それも一瞬だった。

すぐにまた、俺を怒鳴りつけた時の、気の強そうな目を向けてきたのだ。

(肝が座っているのか、危機感が足りていないのか……)

つい1時間も前に自分を殺そうとしていた男の前で、普通寝るか?

俺はフタバの顔にかかっている髪を退けて、寝顔を覗き込んだ。


フタバは綺麗だ。

弄っていない真っ黒な髪は、フタバの動きに合わせてサラサラと揺れる。

真っ黒な意志の強い瞳は、この俺でも一瞬魅入ってしまいそうになる。

そして何より……

「……お前の唇は、愛らしい」

ふっくらとしたピンク色の唇。

ここから溢れ出る言葉は、俺を楽しませる。

普通の女なら、真っ赤なルージュで武装して、俺に気に入られようと媚を売る。

しかしフタバは違う。

俺を否定する言葉を発し、俺の思い通りにはならないと、強く断言する。


「お前は面白い」


出来ることならこの唇に触れて、どんな感触なのか、自分の唇で確かめたい。

(ーーそんな事をしたら、余計に嫌われるな)

ただでさえ、フタバは俺に嫌悪感を抱き、敵対視している節がある。

(これ以上嫌われるのは御免だ)

そう考えると俺はフタバを抱き上げて、車から降りた。



***



(やっぱり、一番高い部屋にして正解だったわ……)

ふわふわのベッドに包まれながら、私はボンヤリと目を開けた。

高い天井からぶら下がるシャンデリアを見つめて、イタリア最高ぉ〜〜と寝返りをうつ。

これまたふわふわの枕からは、ラベンダーの香り。

それを胸いっぱいに吸い込んで、私はようやく異変に気が付いた。

(…………………ラベンダー?)

昨日、寝たときにこんな香り、したっけ?

それに……

(私の部屋、シャンデリアなんてないーー)

確かに、ない金を叩いて高い部屋にはしたけれど、シャンデリアなんてモノは無かった。

そこまで考えて、私はベッドから飛び起きた。

「…………ど、どこよここ……」

開いた口が塞がらないとは、まさにこの事。

豪華な光輝くシャンデリアはもちろん、私の寝転がっていたベッドは、ドでかいキングサイズ。部屋にある机も椅子も、飾られた調度品も、全てが純白に輝く一級品だ。


ーーーそうだ、私、マフィアにーー。


鮮明になっていく記憶に、頭を抱える。

車に乗せられて、私を「恋人にする」宣言をした男がマフィアのボスだと明かされて、警戒してたのに、寝てしまったのだ。

(何で寝ちゃったのよ、私!!確かに美術館のベンチで寝そうになってたけどさぁ!!)

三大欲求って恐ろしい!!!

と、ひととおり自分を責めてから、私はベッドから降りた。絨毯が足を包み込んで、気持ちがいい。

ベッドの脇に綺麗に揃えられた靴を履いて、部屋の扉を開ける。

(金の細工がされたドアノブなんて、初めて見た…)

さようなら、ふわふわなベッド。

さようなら、ラベンダーの枕。

さようなら、綺麗なドアノブよ……。

ここが敵陣でなければ、ずっと寝ていたのになぁ…。そう涙ぐみながら、私は忍び足で部屋から出た。




「どうやら、お前は忍者ではないようだな」

男は、可笑しくて仕方がない、というように含み笑いをした。

見つからないように忍び足で部屋を出た私は、曲がり角でこの男ーーカーサスファミリーのボスであり、私を拉致した張本人、アルドにぶつかってしまったのだ。

私は渾身の睨みをきかせて、一歩後ずさった。この男は何を考えているのか、さっぱり分からない。

(さっさと逃げたほうが、得策ーー!)

そう判断すると、私は身を翻して来た道へと全速力で駆け出した。




「ふ、ふふ、はは…っ!」

フタバの足音が聞こえなくなると、俺は腹を抱えて笑った。こんなに笑うのは、本当に久しぶりだ。

「ーーーまったく、どこへ逃げようというのか」

そろそろ起きる頃だろうと思って、様子を見に行こうとしたらこれだ。

普通、知らない部屋に運ばれていたら、恐怖で縮こまっているはずなのに、まさか部屋から抜け出しているとは。

それに、ここは俺の家。マフィアの本拠地なのだ。下手に動けば危険もあるというのに、あの小鳥はそれすらわかっていない。

一度、痛い目にでも会えば、大人しくなるのだろうか。

(いや、ならないだろうな)

俺は口元を押さえて、溢れ出す笑いを堪えた。


フタバは本当に面白い。


(お前が動けば動くほど、俺はお前を逃したくなくなるというのに)

くるりと身を翻すと、俺は来た道をのんびりとした歩みで戻ることにした。

(あの愛らしい小鳥は、必ず俺の元へ来る)

ーーーどう足掻いても、逃げられないのだから。

そう考えて、俺はまた笑った。




「どうなってんのよ、この建物!!!」

走っても走っても、建物の出口は見当たらない。それどころか、はじめに寝ていた部屋以外に、部屋はひとつもない。

あの男とぶつかった所に曲がり角がひとつ。その後、はじめの部屋を過ぎてから少しして一度曲がったきり、曲がり角すらない。

(流石に広すぎる…)

それにーーー。

「窓がひとつもない…」

そう、この廊下には窓がひとつもないのだ。それどころか、はじめの部屋にも窓は無かった。

(……………もしかして)

私は一度立ち止まって、真っ直ぐ何処まで続いているのかすら分からない廊下を見つめる。


そして、意を決して身を翻すと、元来た道を全速力で駆け出した。




「何だ、思ったよりも早く気が付いたか」

男は唇を歪めて、楽しそうに玉座から私を見下ろす。

それとは対照的に、私は肩を大きく上下させながら、男を睨み付けた。

はじめの部屋を通り過ぎ、さらに角を曲がった行き止まりに、この部屋はあった。大きく、一目で重いとわかる扉は、私が目の前に立つと、まるで待ち構えていたかのように、自然と開いた。

「は、やく、ここから…出しなさい、よ!」

「そう急ぐな、まずは水でも飲んだらどうだ?」

随分と向こう側まで、走ったようだしな?

男は立ち上がると、テーブルに置かれているグラスに水を注いで、私の目の前まで持ってきた。

「……いらない」

「そうか、なら俺がもらおう」

残念とでも言うかのように、男はワザとらしく肩を竦めると、コップの水を飲み干した。


ーーー今だ。


「動かないで!」


私はズボンのポケットに隠していた陶器の破片を、男の首元へと当てがった。

はじめの部屋に飾られていた、調度品のひとつだ。

ここへ来る前に部屋へ寄り、割ったのだ。

この男を脅して、逃げるために。

「あの部屋で一番高い陶器を割ったな」

「知らないわよ!」

知るわけがない。こっちは逃げるために必死なのだから。

第一、ただの一般人の私にどれだけ高級かなんて、わかるはずがない。

「さあ!形勢逆転よ!さっさとこの馬鹿げた地下から出して!」

そう、ここは地下なのだ。

扉がなければ、窓もない。人にも会わないし、おかしいと思ったのだ。

「よく気がついたな。確かにここは、俺たちカーサスファミリーの本拠地の下に存在する、秘密の地下通路だ」

感心したように話す男から目を離さずに、私は破片を握った手に、力を込めた。

「もう一度言うわ。ここから出して」




腕の中で寝息を立てるフタバの掌には、血が滲んでいた。

(あんな物を握るからだ。傷ができてしまった)

俺は胸元からハンカチを出して、傷口に当てがった。

(この俺を脅して逃げようだなんて、大したものだ)


ここから出せ、と脅してきたフタバは、俺が持っていたグラスを落とすと、それに気を取られて隙ができた。いや、そんな事をしなくても、フタバは隙だらけだった。取り押さえる事など、造作もない。

そうして、大きく隙のできたフタバの手を取って引き寄せ、俺は薬の仕込まれた布を、フタバの口元にあてがったのだ。


規則的な寝息を立てるフタバを抱き上げて、俺は部屋の奥にある扉を開ける。扉の向こうには、細く暗い道が長々と続いていた。

その暗闇に、俺の足音だけが響く。

ここは元々、俺の父が愛人を匿うために作った空間だ。病弱で意志の弱い愛人は、正妻からの嫌がらせに耐えられず、精神を病んでいった。それを危惧した父が、わざわざ地下に部屋を作り、愛人を匿った。

ここは所謂、父と愛人の愛の巣ーー。


そして、その巣で産まれたのが、この俺だ。


(まったく、くだらないことだ)

長い長い道が終わり、壁にはめられたパネルに番号を入力すると、壁がゆっくりと横にスライドする。

現れた四角い空間に入り、またパスワードを入力すると壁は閉まり、上へと上がっていった。


(まったく、くだらない)

その言葉を繰り返し、俺は寝息を立てるフタバの額に、そっとキスをした。

(上に着いたら、まずはこの傷を手当てしよう)

縫うほどの傷ではないが、きっと痛むだろう。

それから、フタバの部屋を用意し直さなければいけない。窓ガラスは防弾だが、飾られている陶器は本物だ。また、こんなふうに怪我でもされたらたまらない。

(いっその事、全てプラスチック製にでもさせるか?)

そんな事を考えながら、俺は再びフタバの額に唇を寄せた。





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